第05話 没落令嬢も歩けばゴブリンと戦う
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第05話 没落令嬢も歩けばゴブリンと戦う
「……っ……」
「だ、大丈夫でしょうか」
「大丈夫大丈夫。お手本を見せるのでよく見ていてちょうだいね」
三匹は間隔を左右に開けながら、ジリジリと近寄ってきます。確か、ゴブリンという魔物であったと記憶しています。森の中で女子供を襲ったり、人里に現れては農作物を盗んだり、家畜を奪うようなことをする迷惑な魔物です。
力はそれほどありませんが、残酷な性格で弱いものを虐め殺すのが大好きだとか。子供の頃、暗くなるまで外で遊んでいる子供や、一人で森に入る子供たちに「ゴブリンが来るぞ」と脅し文句にも使われるくらい珍しくない魔物ですが……見るのは初めてです。
「だ、大丈夫でしょうか」
「御手並み拝見……といきましょう」
アイネは右手でメイスを肩口に構え、左手を前に突き出し半身の構えを取ります。ゴブリンから見れば、メイスは見えていないのではないかと思われます。確か、剣の柄を相手に向ける構えがありますが、剣の長さを相手にわからないようにすることで、間合いを読みにくくする効果があるとか。
左手を前に突き出すのも、バックラーと言う小型の盾を用いる剣術ではポピュラーなスタイルです。幼児のようなゴブリンからすれば、アイネの体が随分と遠くに感じるのではないでしょうか。
「構えはこんな感じね……それで……」
先頭のゴブリンが手に持った粗末な斧のようなものを構えてアイネに向かって飛び掛かっていきます。アイネは、その斧を左手で受止めると体を反転させ、思い切り頭の上から棘のついたフレイルで自分の胸の高さほどにあるゴブリンの頭に叩きつけます。
『GoHyuuuu……』
『Gyagaya!!』
頭を半ばまで叩き割られたゴブリンが気味の悪い声を上げ、目を飛び出さんほど見開いてばたりと倒れます。その背後の二匹が、驚き叫び声をあげます。
逃げるかどうか迷うゴブリン二匹のあいだに一瞬で飛び込んだアイネはそのフレイルを横に構えたまま、ダンスのターンのように回転し、ゴブリンの首がへし折れるほどの勢いでその頭を薙ぎ払い、勢い余ったゴブリンが横に吹き飛んでいき動かなくなります。
「あのね、こいつら死んだふりとか騙し討ちとか、命乞いとか平気でするから騙されないようにね」
「「へっ?」」
アイネはうつ伏せで動かないゴブリンの後頭部を、何度もフレイルで叩きのめし、完全に息の根を止めています。かなり……グロテスクな様子です。
「そ、そこまでやらないとダメなんでしょうか」
「駄目だよ。不意打ちされて、あなた達の誰かが人質にでもされたら……仲間を見捨てられるの? それに、不意打ち上等なのが魔物だったり悪人なんだよ。殺されたら負け、殺した方が勝ちってのがそもそものこの世界のルールだよね。教皇の選挙とかでもよくあるでしょ?」
いや、そこで教皇様の選挙の話を引き合いに出すのは不適切ではありませんの?
「暗殺される方が悪いって話でしょ。魔物相手に騎士道精神で立ち向かってどうするのよ。その騎士達も、異教徒相手には魔物並みに残虐な対応しているのだから、その辺、あなた達も気持ちを入れ替えないと……死ぬよ」
つまり、私たちの進む道というのは、そういう世界であるという事ですのね。
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ゴブリンの死体を相手に、アイネの講義が続きます。それにしても、私たちは気配隠蔽をしていたはずなのに、なぜ、ゴブリンに気が付かれたのでしょう。私たちのどちらかが気配隠蔽を失敗していたのかもしれません。
「……それ? 私は気配隠蔽していないからね」
「なぜですの?」
「なんでですか!!」
おや、ベネが珍しく声を荒らげていますわ。やはり、魔物が目の前で殺されるのを見て、冷静ではいられないのでしょう。
「だって、魔物を殺すのも練習だから。それに、躊躇したり迷ったりしたら仲間が死ぬってことも理解してもらわないといけないからね。あなたにとって、魔物や敵の命の方が仲間の命より大事って言うならいいけどね」
「そ、そんなはずないですぅ!! で、でも……殺さなくても……」
「殺さなくては駄目よ」
私の中でカチッと嵌る音がする。つまり、この場で魔物を殺さないことによって、別の日、別の場所で魔物に殺される人や家畜が生まれてしまう。見えない場所、関係ない人かもしれないけれど、そんなことを許容することは貴族の子女として許容できない。そういうことですわね。
「うん、ドーラちゃんは理解できたみたいだね。流石リーダーということなか」
「……いいえ。魔物が人に害を与える存在であることを考えれば、見つけ次第駆除すべきであると思い至ったまでですわ。この辺りの旅人や領民に被害が出ることは明らかですもの」
「そ、それは……そうかもです……やるならやらねばですぅ……」
ベネも貴族の娘。物事の優先順位は理解できている事でしょう。民を守ってこその貴族なのですから、魔物を駆除するのも立派な仕事なのですわ。今は修道女の身ではございますが。
「わかってもらえたなら何よりだよ。それに、これからもこの森で素材採取するなら、ゴブリンなんてさっさと駆除した方が良いに決まってるじゃない?良いゴブリンは、死んだゴブリンだけなんだからさ」
ニヤリと笑うアイネ。その笑顔の意味を察し、私たちは薬草を探しながら、周囲の魔物にも気を配る事を始めるのでした。
「おや、お客さんだね。今回わぁー じゃじゃん!! ドーラちゃんの出番です!!」
「応援なのですぅ!!」
アイネの指名に少々イラっとしましたが、ベネも見ている事ですし、私も見苦しい姿を見せるわけにはまいりませんわ。それに、私、鼠駆除は家族の中で一番ですの。ええ、あの人の食べ物を奪う、にっくき小動物を散々叩きのめして参りましたので、緑色の小鬼程度大したことではありませんわ。緑が怖くてはキュウリはいただけませんわね。ブチっと潰して差し上げますわ。
アイネが煩いので、最初だけは真似して差し上げます。左手をかざし……でも、鼠相手より楽ですわ。鼠は逃げる知恵がありますけれど、ゴブリンは女だと思って舐めている様子です。
飛び掛かってくるゴブリンに下ろしたフレイルを掬い上げるように顎をかちあげます。魔力をもりもりと通したので、その勢いで数mは打ち上げられたかのように吹き飛ばされます。
逃がさないようにゴブリンの足の向く方向に走り出し、頭を押さえます。そして、間合いに入ったところで斜め上からの振り降ろしのフルスイング。
バギッ!!
うっ、頭蓋骨が砕けて……中から赤みがかった白いものが飛び出します。人間のそれと同じなのでしょうか。
「やるじゃない☆」
「すごいですぅ、尊敬なのです!!」
初陣という事で、少々力が入り過ぎてしまったようですわ。それと、中身が飛び出したゴブリンは死んでいるでしょうけれど、打ち上げゴブリンはとどめを刺さねばなりませんわね。
ミシッ!!
首の骨を踏み折りましたわ。アンデッドではないので、これで問題ありませんわね。
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さて、その後に関しては簡単にお話を纏めさせていただきます。ベネは最初にゴブリンを叩く際にはおっかなびっくりでしたわね。ですが、アイネが魔力壁で押さえつけ、据え物にしてから敢えてフレイルで叩かせたのです。
「肩に担ぐように構えて……振り下ろす」
「か、構えて……振り下ろすのです!!」
動けないゴブリンの頭に二度三度とフレイルを振り下ろしているうちに、何だか楽しくなってきたようです。
「ふんふんふん!! ゴブリンがゴミリンですぅ!!」
「そうそう、その調子だよ☆」
「……」
その後、夜中に悪い夢でも見たのか大声を出していたのは……躁の後の鬱の反動なのかもしれませんわね。ですが、彼女にも慣れてもらわねばならないのでしょう。剣を振るうのは難しくとも、フレイルであれば当てれば怯むなり戦意を失う也するわけですから。自衛の範囲ですわね。
薬草を無事収穫し、私たちは修道院へと戻りました。先代様と同行したイーナはとてもご機嫌で、剣ではなくフレイルの扱いについても誤解があったと口にしております。因みに、帰りの馬車ではアイネとベネが馭者台に座って教練しております。
「自分たちが戦うだけではいかんのだ。民は、民自身が護れるように導くことも騎士の仕事なのじゃよ」
「……目からうろこが落ちる思いです……」
騎士が民の代わりに戦う故に、『戦う者』の身分にあるという考え方もありますが、貴族・戦士は導くものでもあるわけですので、先代様のお言葉も説得力がありますの。
アイネが私たちをどこに導くつもりかは分かりませんが、少なくとも、貴族らしい行いであるとは理解できます。
教会に戻ると、そこにはニース商会から派遣された手袋職人と靴職人が私たちを待っておりました。足元を見られぬように、また、これからの活動では歩くことも大切な仕事になるという事で、短靴と長靴をそれぞれ二足ほど仕立てるとのことでございます。手袋は補正を入れて各自のサイズに合うようにするとのこと。
言葉遣いとは裏腹に、アイネ夫人は心配りができる方なのかもしれない……等と思った私は、その後、後悔することになります。




