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第04話 没落令嬢、剣を選ばず

お読みいただきありがとうございます!

第04話 没落令嬢、剣を選ばず


 手袋を用いた教練も終わり、翌日、改めて私たちは薬草などの素材採取の演習に向かう事になります。イーナ曰く、冒険者として初心者のようだと言うのですが、そういう雑用も冒険者の仕事であると初めて知りました。


「リーダーを指名します。ドーラちゃんでーす!!」

「「「「……え……」」」」


 私は冒険者であったイーナが適切だと思うし、他の三人も同じでしょう。最年少のベネはともかく、リーザにも資質はございますわ。


「元伯爵令嬢だから……か?」

「ん? それもあるけれど、実は違います」


 アイネが不敵に笑う。もうアイネでよろしいですわね。


「リーダーに必要なのは経験ではありません。経験は後から付いてきます。必要なのは、他人を活かすことが出来るかどうか、それを自分を犠牲にしてもできるかどうかなのだよ諸君!!」


 この修道院に集まっている貴族の娘は、何らかの形で自分を殺して家族を活かす事を選択した者たちばかりではないのかしら。イーナも、亡くなられたお父様の治療費を稼ぐために自分の将来を犠牲にしたのではなくって?


「イーナさんも、お父様の為に、冒険者になられて……」

「あー そういうのじゃないの。自分自身が稼いじゃ駄目なのよ。それは、普通の献身でしょ?」


 リーザの言葉をアイネが遮る。何がどう違うというのかしら。


「ドーラちゃんのいいところはね、自分を度外視して理性的に行動できる所だね。最後に本質って出てしまうものだから、どんなに経験を積んでも最後は自らを頼るイーナちゃんにはお任せできないのです」


 何となく理解はできる。危険な時ほど、追い込まれた時ほど、人の本質は試される。そこは……変えようが無いという事かしら。


「迷ったけど、そこは譲れない。ドーラちゃんは、考えました。婚約が白紙にされるときに、自分たちの家族が最も効果的に振舞う方法。それは、その白紙にする条件で如何に資金を獲得するかです。だって、相手はもう金で解決できると踏んでいるんだから、その面で交渉するのが一番効率的じゃない?

 それで、たんまり資金を獲得する事で、彼女の実家は彼女が無理して成り上がりの伯爵家に嫁いで一生苦労する事を回避します。さらに、彼女は稼いだお金でトレノ市内の豪華修道院に入って楽々修道女見習生活を行うことも出来ましたが、その資金を実家の復興と弟さんの将来の為の資金に全てつぎ込むように家族を説得します。一度ケチがついた自分の嫁入り先に無駄な資金をつぎ込むのではなく、家を再興し弟が苦労せずに済むことを選んだのです。

 四人はよく似た環境にいると思えるかもしれないけれど、流されてここに来た三人とはドーラちゃんだけが違うのです。 それと、自分は前に出たがる奴は指揮官に向いていない。力で解決することが当たり前の奴もね。だから、イーナちゃんはリーダーにはなれません。むしろ、人に使われる方が活きるタイプ。騎士ってそういう者でしょう。男爵にはなれても伯爵や公爵にはなれないんだよ」


 上位貴族の端くれとは言え、指導者としての視点で考える伯爵家と、騎士の延長である男爵・子爵家では考え方が異なる……という事でしょう。しかし、よく私の家の事を調べられたものですわね。


「リーダーは見えている情報、見せられている情報、見えない情報を組み合わせて最適な行動を選択する。そして、失敗した時、間違った時も、次善策に動揺せずに移せる者を言うんだよ。だから、この修道院には、失敗してそこから次善策を選んだ人がたくさん集まっているからね。その辺に転がっている役立たずの令嬢よりずっと使えるはずなんだよ」


 アイネは笑顔をたたえたままジロリと私たちを見まわします。


「あるがままで構わないけれど、ついて来れない奴は叩き出すか叩きのめすからね。覚悟してついてきなさい」

「「「「はい(Sì,)指揮官殿(comandante)!」」」」


 思っていた以上に、この先の道のりは険しそうですわね。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 私たちは護身用に『棒』を持たされます。それは決して長いものではなく、肘から先くらいの長さの木製の柄に、棒の先端に金属の棘が付けられたその半分ほどの長さの短い棒が付きます。


「これは、『フレイル』という武器です。まあ、剣を使うのはある程度訓練が必要だけれど、これは振り回して殴りつけるだけだからね。実戦で即使う護身用の武器としてお勧めです」

「アイネよ……それはお前の好みの問題でもあるのではないか」

「ははは、流石に修道女が剣を振り回すのは問題がありますわ。それに、リリアルの薬師のような非戦闘要員の素材採取時の護身武器はフレイルですから問題ないでしょう」

「そうか。お前の判断ではないのなら安心じゃ」


 安心……できませんわ!! イーナは「これは……なかなか良いバランスのホースマンズ・フレイルだな」などと口走っております。騎士が馬上で鎧を着た相手を攻撃する場合、剣では弾かれたり折れたりする可能性がある為、メイスと呼ばれる金属製の棍棒やこのフレイルと呼ばれる二本の木を金属で繋げた武器で殴りつけるのだそうです。


「剣は刃を立てるという訓練が必要。適切に振るわないと斬れないのだよ。刃物だからな。フレイルは当たればそれなりに痛いし、鎧越しにも打撃が加わるから悪くない装備なんだ」


 頭や首の骨を折ったり、足や腕をへし折ることもあるそうです。出血死ではなく、痛みで戦闘力を奪うというところなのでしょうか。


「それと補強は魔銀製だから、魔力を手袋越しに流して使うと、フレイルの先端まで魔力が流れるから、更に魔物には大きなダメージが入ります。今日は実際に森に入って薬草を集めながら、狼やゴブリンと戦ってみよう☆」


……「みよう☆」ではありません。


 アイネは反論しようかと思っている私たちが言葉を告げる前に、「班分けするよ!」とばかりに話を進めます。


 イーナとリザが先代辺境伯様と、私とベネがアイネに引率されて森に入ることになります。修道院に入る前も、馬車で草原に向かいランチを取るなどの事はありましたが、徒歩で森に向かい、歩きながら薬草を探すというのは、初めての経験です。果たして、薬草は見つかるものなのでしょうか……





 修道院からさほど離れていない森の入口まで、私たちはアイネの馬車で移動します。とても素晴らしい乗り心地の馬車ですわね。辺境伯様の乗る馬車とはここまで素晴らしいものなのかと感動しております。


「違うよ、これは魔装馬車だからだよ」

「「「魔装馬車?」」」


 イーナと先代辺境伯様は馭者台で馬車を操作しております。客室にはアイネと私たち三人が乗っておりますわ。


「この馬車の車軸・車体を支える架台に魔銀の支柱が挿入されているのね。実際、魔力を馭者もしくは仕様によっては客室から流す事で、馬車の荷重がほぼなくなるんだよ。原理はよく知らないけれど、これもリリアル謹製だよ」


 どうやら、リリアル学院と王家、それにニース商会関係にのみ提供されているのだそうですわ。確かに、魔力で客室を強化したり、走力を改善するような技術をおいそれと外部に提供するわけがございませんわね。


「振動もほぼないし、馬車が実際重さを感じないほどになるから、馬も疲れないのね。馬は人をのせないで駆けている状態だから、普通の馬車の数倍の距離を同じ時間で走れるのです。疲れ知らずだね」

「「「……」」」


 このような物が各国の軍隊にでも配備されたら、大変なことが起こるでしょうし、商人が用いればどれほど有利に商売が進められるか計り知れません。リザやベネも同じ考えのようです。


「まあ、普通の家では買えないから無理だよ。金貨千枚とかするからね」

「「「……金貨千枚……」」」


 伯爵家の一年間の収入を遥かに超えます。私の実家が貧しいのか、馬車が高価なのかはわかりませんが、とても手に入る品ではないようです。





 わずかな時間で目的地に到着すると、見張の馭者を置いて、私たち六人は三人ずつに別れ森の中へと進んでいきます。それほど深い森というわけではなく、修道院の関係者が薪を集める森でもあるようですわ。


「ちゃんと領主である修道院には許可取ってるからね!」


 といいつつ、先頭に立ってズンズンと森の奥に進んでいきます。私とベネもその後に続きます。勿論、散々練習した気配隠蔽を行ってです。魔力量の少ないリザは隠蔽を継続するのは厳しそうですが、騎士と元冒険者がついているあちらは安心できます。


 そういえば、アイネは魔物と対峙したことはあるのでしょうか。貴族の子女、まして今では商会頭夫人として社交もしているような女性が……魔物討伐をしているとは思えませんわね。私は、気になったので率直に確認してみることにしましたの。


「アイネ様は魔物討伐などされたことはあるのですしょうか」

「あるよ」


 まるで、気にも留めていないかのように軽い調子で返答をします。


「リリアルの子達に同行して討伐に参加したことがあるよ。ガイア城のアンデッドとか、聖都の近くのグール? 吸血鬼の僕とかかな。勿論、この『血染めのフレイル』が火を噴いたんだよ!!」


 フレイルが血で染まるとは、どれほどの勢いで叩きのめしたのでしょう。それに、フレイルは火は噴きませんわね。噴くのはマスケットではないかと思いますわ。それにしても、かなり強力な魔物ではないかと記憶しています。腕に自信ありというところでしょうか。


 私とベネは二人で修道院で育てている薬草を思い出しながら、その葉を集めていきます。根は残すようにして、必要な葉だけを集めないと、薬草が育たなくなってしまうと聞いていますのでそのようにしておりますわ。


 森の入口から随分と中に入り、木々が生い茂る場所まで進んでくると、アイネが立ち止まるように指示をします。


「来たわよ。先ずはお手本ね」


 アイネの視線の先には、緑色の肌をした幼児のような魔物が三匹ほどいます。その目は濁っており、こちらの様子を窺っているのが見て取れました。



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