第30話 魔装修道女は錬金貴族に会いに行く
第30話 魔装修道女は錬金貴族に会いに行く
イーナはさっそく手紙を書くそうですが……ベネは不満そうですわね。
「我がベンジーナ家の事が放置されているのです!」
「あはは、忘れてないわよ。考えはあるの」
一つは、聖エゼルで錬金術の道具を一式借り上げるという手段です。実際、ポーションの作成などで修道院の道具が使えなくなるので、どこからか蒸留設備などは譲り受けねばならないのです。
「要は、ベネちゃんとその家の道具が聖エゼルで使われている間、使用料を払ってもらえるというのが一つだね」
「なるほど、多分、そのままほったらかされているいると思うのです」
些少ではあるが生活費の足しになる。その上で、アイネの提案がある。
「正直、ベンジーナって名前はトレノ限定のローカルブランドなんだよね。だから、トレノの街の中に聖エゼルが作成した薬類を流すなら、その家名は使い道がある。業務提携すればいいんじゃないかな」
「その場合……」
「マージンを払う形かな。掛けで売ってあげるから、実際に預けたポーションと月末の在庫の差額分を払ってもらう形だね」
「売れた分だけ仕入れたことにするわけですわね」
「そうそう」
アイネ的には修道院よりさらに僻地の城塞で作成したポーションの売り込み先を考えているようです。販売窓口を錬金術師としてトレノにおいて名の知れたベンジーナとすることで、売りやすくなり、ベンジーナ家は在庫リスクを持たずに販売できるわけですわね。
「でも、作り過ぎて余ったりしませんか?」
「その時は、南都のギルドか王太子殿下の騎士団に卸すよ」
「「「……ああ!!」」」
リリアルのポーションは王都の冒険者ギルドと騎士団に卸されているそうですが、近年立ち上げられた南都の騎士団に関してはその窓口が不足しているという事です。
「王太子殿下とは面識もあるし、後ろ盾としても関係を続ける方がいいから、そのあたり、王都周辺から北はリリアル、南都からニース領にかけては聖エゼル……って感じになればいいよね」
錬金術の道具を借り受け、トレノ近郊ではベンジーナ家のルートで対応し利益を分かち合い、余剰分は王国に販売し貸しを作るということなのでしょう。悪賢いですわね。
「何だか、修道女騎士になって、色々片付いてきたな」
「ですが、ドラは何もないではありませんか」
「あるよ。大いにあるよ!!」
男爵子爵家と異なり、伯爵家はそれなりの所領がありますわ。家業があるわけでもありませんから、取引先として何ら貢献することはありません。
「ははは、そうじゃないよドーラちゃん。修道騎士団の団長が『実姉』という伯爵家がどれほど世の中に存在すると思っているの?」
「「「……ああ!!」」」
聖征の時代であれば、次々と団長・総長が戦死し代替わりしてまいりましたが、数も少なくなり、そのようなポストは高位貴族の子弟が担う事が多くなりつつあります。
「弟君だって姉が『騎士団長』というのは、大いに心の支えになるよね。公爵や辺境伯なら自前の騎士団も軍もそれなりだけれど、伯爵家の騎士団はちょっと強い自警団みたいなものだからさ」
確かに、魔術師が四人もいる伯爵家の騎士団など存在しませんわね。
「四人は一心同体……とまではいかないだろうけれどさ、この騎士団で一緒に活動してそれぞれの家と自分のために働くって事で良いんじゃないかな?」
「なんだか随分世俗臭の強い修道女騎士団だな」
「黒幕が俗の権化ですから仕方ないでしょうね」
「俗というよりも、発想が完全に国賊なのです!!」
言葉の上で国に忠誠を謳いながら、実際に何もできないよりは、私利私欲に基づく動機であっても結果として貴族の義務を果たしている者が遥かにマシですわね。そういう意味で、アイネは貴族らしい存在ですわ。
「じゃあ、早速、錬金道具借りに行こうか!」
「先触れもなしに伺うのは失礼ですよアイネ」
ちぇーではありませんわ。それに、色々準備があるのです。
「兎馬車の用意もあるから、今すぐは無理であろう」
「契約書、用意してからですね。早速作成し始めましょうか」
日を改めて、トレノ郊外にあるベンジーナ家の館に皆で向かう事になりましたわ。
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そして、先触れもそこそこに、私たち四人と一人はトレノ郊外にあるベネの実家へと兎馬車二台で向かう事になります。残念なことに、私とベネとアイネが同じ馬車です。
「ベンジーナの館って、普通だね。普通の子爵家」
「それはそうなのです。儲けたお金は、次の錬金術の素材に投入されるので、いつもカツカツなのです」
アイネの失礼な言葉を気にもせず、ベネは錬金術師の心意気を話しております。考えると、リリアル男爵もそのような方ですわね。自身の私財も含めてリリアルに投下されているのでしょう。財産に興味がない辺りが、アイネとは大いに異なります。
「商会頭夫人が利益考えないでどうするのかというのもあるんだよ」
「銭ゲバがいるぞ」
後ろの兎馬車の馭者を務めるイーナからの鋭いツッコミ。どれだけ耳が良いのでしょうか。人間離れしておりますわね。
「銭ゲバなのです!」
「いやー 心臓の肉一ポンドだよー」
それはニースではなく、別の国の商人ですわよアイネ。
トレノの北西に数キロ離れた場所に、ベネの実家であるベンジーナ家の館はございました。
「元は見張塔のようだな」
「はい! ご先祖様が不要になった見張塔を安く買い取って、色々と改造したのです」
リリアルの薬師たちの実験棟も塔のようなものを改装しておりましたが、何か関係があるのでしょうか。
「見た目はかなり変わっているのでしょう」
「一階は炊事場と食堂、二階が使用人部屋、三階が家族の部屋、その周辺に張り出しの部屋が追加されていまして……」
元は変形六角形の多重の塔であったようですが、見張塔は大きさの割に内容積がほとんど螺旋階段と壁に使われているので、高い塔ほど重さを支える為に壁ばかりとなってしまいます。
その容積不足を補うために、外側に木造の小屋のようなものをかなり加えて改造しておりますわね。その昔、子供の頃に読んだ物語の挿絵に出てくる『魔術師と動く城』の城に似ている気がしますわ。
「うーん、凄いね。オブジェとして一級品だね。如何にも錬金術師って感じ」
「だが、実は資金繰りに窮している開店休業中とは知られていない」
「仕方ないのです。戦争が終わると、ポーションも売れなくなって……在庫を抱えて生活が出来ないのです!」
アイネが「パンが無ければポーションを飲めばいいのよ」などと、二十四時間戦う戦士のようなことを言っておりますが、添加剤に過ぎないポーションだけで体は持たないのですから、無理ですわね。
兎馬車がベンジーナ邸の前に付くと、中から年配の使用人らしき男性が出迎えてくれます。
「お帰りなさいませベネデッタ様」
「ええ、お父様は御在宅かしら」
「はい。お待ちでございます。それで、この方がたが……」
男性が言葉を待っているようですので『聖エゼル女子修道騎士団の者です』と簡潔に答える事にします。男性に案内され、四人と一人が進んでいきますが、応接室は三階のようです。階段を上るのは大変ですわね。
幸い、石壁の中ではなく、張り出したテラスのような場所が応接室兼サロンのように誂えられております。中に入ると、ベネの両親と思わしき男女が待っております。
「ようこそベンジーナへ。ベネデッタも元気そうで何よりだね。私が当主のベンジーナ子爵だが……」
「初めまして子爵閣下。私は、シスター・アレッサンドラ、ベネデッタさんの所属する聖エゼル女子修道騎士団の団長を務めております。そして、同僚のシスター・アンドレイーナ、シスター・アンナリーザ。それと、ニース商会会頭夫人であるアイネ様です」
「……ベネデッタは確か、アリア修道院にいたのではないのか」
所属が変わっているのに驚かれるようですが、そもそも、毎月送金していれば気が付いたことでしょう。つまり、我が伯爵家同様、送金していないという事ですわね。
「後日、サボア公家から下命を受けまして、修道女騎士として叙任される事になります。現在は準備期間中で、それで折り入ってご相談があるので本日は伺いました」
子爵の「金ならないぞ」というセリフが心に突き刺さります。ベネも顔が沈痛な面持ちになります。はぁ、お金が無いというのは心を貧しくしてしまうものなのでしょうね。
「じゃあ、話は早いね。どの道、この家はこのままだと終わりじゃない? 致命的に錬金術師としての才覚が足らないからね。だから、名前だけの錬金術師なら看板だけ貸してもらおうかと思って今日は商談に来ました」
「ぶ、無礼な! 商人如きが、子爵家に何を言うか!」
ベネが横で「お父様、およしになって」と止めに入りますが、話は止まりません。
「えー 私も一応、次期子爵だからね。それに、ニース辺境伯の息子の嫁でもあるから、別に身分の上下はないんじゃないかな。サボア公とはお友達だし、王国の王太子殿下とも昵懇だよ。そもそも、このままじゃ誰も子爵家継がないから、断継するんじゃないのかな?」
ベネ曰く、立て直すことが出来たら錬金術師の養子を貰って跡を継がせるということで、それまで修道院で頑張るという話を聞いております。少なくとも、娘が金の無心に来たと思う程度では、難しいのではないでしょうか。




