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第03話 リリアル流ブートキャンプ

第03話 リリアル流ブートキャンプ


 それぞれが大銀貨十枚をアイネ夫人から頂き、私たちは来月までに、魔力による気配隠蔽と身体強化を身に着けることを課題として出されたのですわ。


「一応、私が練習の方法を教えるね。じゃあ、魔力の少ないリーザちゃん、手を出してもらえるかな?」

 まともに訓練をしたことのないイーナを除く三人は、夫人に手ほどきを受ける事になりました。


 基本的な、魔力循環、これは貴族の魔力を持つ者なら容易に認識できるものです。リーザも早々に認識し、体の中の魔力を扱えるようになりました。ここで、普通は『火球』のようなわかりやすい魔術を学ぶのですが、夫人の言う『リリアル流』は少々違うようです。


「先ず初めに、『気配隠蔽』を学びます」

「ふむ、あまり聞かないが……理由を教えていただけるだろうか」


 『気配隠蔽』は冒険者のイーナもあまりなじみがないようですわね。


「リリアルの冒険者は『冒険』しません」

「ん?」

「それはどういう意味でしょう」


 そうですのね……確かにそうかもしれませんわ。冒険主義者……とても長生きできそうもない発想です。騎士物語ではそれが山場へと導く道標になるかも知れませんが、現実はそうではありません。


 取引で『冒険』する、人を『冒険』で採用する……ありませんわね。冒険者という言葉をとらえて「冒険的な行動をとる」と考えるのは浅はかなのでしょう。


「目的を達成する為の環境を整えることが出来ないなら、整えることを優先にすべきだという事ですわね」

「そうそう、ドーラちゃんは良くわかっているね。例えば、この『気配隠蔽』を最初にマスターするとだね、薬草採取で森に入っても魔物に出会ったときに見つかりません」

「それでは、魔物とどう戦うのだ」

「そんなの気が付かれる前に仕留めるんだよ。冒険者で相手に気が付いて欲しいのは護衛任務くらいでしょ?」


 警備や護衛は「警戒している」とアピールすることに意味があるのですわ。私たちがもし、何らかの任務を帯びるとすれば、それは極力『秘密』に行動する必要があるでしょう。どこかの屋敷に忍び込み、証拠を探したり、人知れず重要人物をお守りする……等という事もあり得ますわね。


「だから、リリアルが仕掛ける時は、必ず勝てる状況を整えてから始めるんだよ。下調べも戦力も戦法もしっかり整えてからね」

「……」


 イーナはちょっと顧みる事があるようですわね。先手を取り、必要な準備を怠らないということは貴族にとっては当然の事。と言いたいところですが、この場にいる者にとっては自分自身、自分の家の当主がそうではなかったからということも十分弁えておりますわ。


「私たちも淑女としての教育を受けた身です。アイネ様の仰ることは重々承知しております」

「そうだね。でも、承知していても出来ない事があるじゃない? 少しずつ、あなた達も仕事を覚えてもらうんだけれど、先ずは『気配』を消し、そして、身を守るための『身体強化』まで行ってもらうから」


 アイネ夫人は「毎日魔力が空になるまで身体強化と気配隠蔽をするのだよ諸君」といい、来月また面会に来るからねと去っていかれました。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 それからの毎日は、イーナを中心として日々、魔力を用いる鍛錬を繰り返す事になりました。幸い、私とベネはそれなりに魔力があり、イーナはそれまでの冒険者稼業でそれなりの魔力の遣い方を学んでいるので、少ない魔力を効率よく使えたのですが……


「……もう……だめです……」

「しっかりしろリーザ。お前の元婚約者の商会を滅ぼすまで、死ぬことは許さん!!」

「そうなのです。リーゼ姉さまファイトですぅ!!」


 魔力量が最も少ないリーザは夕食前にはヘロヘロになっています。このオーダーは一日中、気配隠蔽を行い、魔力が空になるまで行うこと。それが達成できたならより少ない魔力を用いて実行することが目標として課されていますの。魔力量のそこそこ多いと自負している私でもかなり厳しく感じております。


「しかし、アイネ夫人の話では、リリアルの子達は十になるかならないかで孤児院からリリアルに連れてこられ、一日中気配隠蔽に身体強化、更に、魔力を用いた錬成も行っていると言ってらしたな」

「貴族の子女としては、孤児の方達には負けられないのですぅ!」


 いいえ、家から切り捨てられた私たちは生まれつきの孤児よりも、ずっと恵まれておりますし、悲しい存在でもあるではありませんか。


「元婚約者と元実家を見返す為にも、ここは踏ん張りどころですわよリーザ」

「……わかって……おりますわ……お姉さま……」


 ベッドの上で身じろぎも出来ないほど魔力の枯渇したリーザですが、その瞳にはつよい意志が宿っております。この四人、一人も欠ける事無く、貴族令嬢への道へ復帰して見せるのですわ。


 そういう毎日が永遠に続くかと思っておりました。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 一月後の面会、外出許可を取っております。今日は、近隣の山野へと薬草となる素材を採取に行くのだそうです。そして……


「淑女の皆様方、前ニース辺境伯の爺が今日は供をさせて頂くからの」

「「「「……えー……」」」」


 先代のニース辺境伯様と言えば、この辺りでは知らぬ者はいない優れた領主であり武功を誇る方です。正直、緊張で体が震えだしそうです。


「お爺様は、サボア公爵家の騎士団の顧問を引き受けられているのだよ。そこで、この『没落淑女団』の教育にも携わる……絡む? という事になったのかな」

「ははっ、アイネよ王国の騎士学校でともに教鞭をとった仲ではないか」

「はい。お爺様は教鞭……というより教剣もしくは教鉾でしたわね」


 そういえば、サボア公爵邸で御前試合をリリアル男爵となさったというお話も噂で聞きましたわ。とても祖父と同世代と思えません、力の漲るお体をされています。


「わ、私はアンドレイーナ(Andreina)と申します!! 閣下の騎士としてのお姿敬愛しております!!! どうぞイーナとお呼びください」


 子供の頃から憧れの騎士であった辺境伯様にお会いし、興奮するのは分かりますが、淑女としてどうかと思いますわ。


「お爺様、彼女は騎士の家の娘で、お父さまの御病気の治療の為に、冒険者として活動して治療費を賄っておりましたのよ」

「親孝行な娘が、このような境遇になるとは……アイネ、お前が爵位を継いだ暁には、イーナを警護の騎士として是非側においてもらいたい」


 思わぬ就職先の提示に、イーナが硬直しております。確かに、女性当主のそばには女騎士の護衛も必要かもしれません。


「お爺様、それは彼女自身が自分の力で手に入れるべきものですわ。この先、大いに力を付けて私の側仕えなどできないほどの強者になるかもしれませんもの」

「ふむ、その考えはなかった。いや、アイネの言う通りだな。先のある若者に無粋なことを言ってしまった。忘れてほしい」


 あー という顔のイーナ……気持ちはわかるけれど、簡単に手に入れたものは簡単に失うものですわ。アイネ夫人の考え方が正しいと思います。


「いくつもの家から『ぜひ我が家に』と誘いが来る位にならないと、つまらないじゃない?」


 そうです、そろそろ理解できてきました。アイネという女性の視線が、私たちの思うよりもずっと高いところに定まっているところをです。





「それじゃあ、みんな、とりあえずこの手袋をしてもらえるかな」


 既製品の手袋ではピタリとは行きません。掌の部分、指の太さ・長さ、一人一人が異なります。靴以上に手袋というものは既製品と注文品では出来が大きく異なるものです。


「指が余りますぅ」

「……む、これは……少々キツイな」


 最も年下で小柄なベネと、女性としてはがっしりした手を持つイーナから不満を伝える声が聞こえます。私はそれほどではありませんが、それでもサイズが合わないと感じてしまいます。


「まあ、今日の所はそれで我慢だよ。その内、手袋も自分たちで仕上げるようになるんだから。それまで我慢だよ」

「「「……え……」」」

「それ、学院で作った特殊な繊維で織った布を手袋に仕上げて貰ったものだからね。大きいのは詰めてもらうとかできるけれど、小さいのは新しく布を足して裁断を変える感じかな。指先とか掌の部分をね」


 イーナに関してはどうやら、その布を私たちで織ってから職人に頼んで合うように調整させることになりそうです。糸を紡ぎ、布に織り上げ、手袋を補正するということになります。


 糸を紡ぐことも布を織る事も女性としては裁縫や刺繍同様に身に着けて損のない技術ですわ。


「では、その手袋を手にはめた状態で、手に魔力を集めてみてちょうだい」


 そして、アイネが「こんな風にできるからね~♡」と自らもその白銀色の手袋を装着すると、先代辺境伯様が振り下ろす剣をその掌で受止めます。何やら固い物を叩くような音がして、剣はその掌で受け止められたのです。


「嘘だろ……」

「……あ、危ないですぅ……」

「その魔力を通した手袋の防御力なのでしょうか」


 リザの考察は正しそうですわ。淑女が身に纏うような一見シルクのように見える手袋が、高位騎士の剣の振り降ろしを受け止める程の備えになるとは少々驚きですわ。


 その後、手袋を用いた防御・受け流しの練習から始まり、素手で武器を持った者に対する反撃まで練習することになりました。イーナは相当に感動しておりましたが、流石に素手で岩を叩き割るほどの効果があるとは……思いもよりませんでした。


 少々、私たちには身に余る装備であるかもしれませんわ。




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