第22話 魔装修道女は山賊を叩きのめし泳がせる
第22話 魔装修道女は山賊を叩きのめし泳がせる
馬車の背後から四人の男、背後にも同数の男がいます。数は相手の方が多いですが、こちらには銃もあります。
「ドラ、生かすか殺すか決めてくれ」
「では、手足を失うくらいまでは大目にみましょう」
イーナが聞いてくるのでそう答えます。ハルバードを背後から取り出すと、彼女は前に出て威嚇します。
「リザ、こちらへ!!」
魔装銃と弓銃を抱えて、リザが前の兎馬車へ移動します。
「近づいてくる者を優先に。銃は胴を狙って」
「……死ぬかも知れませんよ」
仕方がないのではないでしょうか。私たちが替わりに死んでやるわけにはまいりませんし、義理もございませんわ。
「行くぞ!! 山賊ども!!」
イーナが大声を上げて威嚇します。私も短銃を構えて前に出ます。イーナのハルバードを避けるように散開した山賊たちの外側に走りリザの射線の妨げにならない位置取りをします。
Paw!!
火薬とは異なる発砲音に一瞬気を取られる山賊ども。そして、その隙に私は、最も近い男の前に近寄ります。
「なっ!!」
Paw!!
男の膝頭を撃ち抜き、しゃがみこんだところを思い切り銃の台座で殴りつけ昏倒させます。
「やるな、ドラ!!」
嬉しそうな笑顔のイーナ、私も好きでこんな事をしているわけではありませんのよ。
「背後の魔術師を何とかしてくれ」
「魔術師?」
馬車の背後に隠れながら、何やら呪文らしきものを唱えているものが恐らく魔術士なのでしょう。私は走りながら短銃に弾を込め、その魔術師に距離を問わずに射撃を行います。リザの位置からは死角ですが、側面を走り抜ける私には十分射界を確保できる場所に相手がおります。
「くそぅ! 魔導具か!!」
悪党の一員とは言え流石魔術師、この銃の本質を見抜いたようです。マスケットであれば、内部の燃えカスを清掃し、火薬を詰め、突き固めて弾丸を入れる工程が必要です。早い者で再装填に十五秒から二十秒。それも、立ち止まり作業する必要があります。
魔装銃なら、走りながら弾を奥まで放り込むだけで再射撃可能です。魔力の無い者であれば魔石の魔力が射撃数の限界となりますが、魔力持ちである私たちにとっては、弾丸がある限り射撃可能です。
Paw!!
Paw!!
Paw!!
横目でちらりと様子を伺うと、イーナが一瞬左右に動き、背後からリザが向かい合う賊に射撃をするというコンビネーションで敵を切り崩しています。残念ながら……胴に命中した相手は即死ではありませんが、生きながらえるのは難しそうです。
イーナとリザが残りの三人を倒した時点で、魔術師は遁走し始めました。
Paw!!
「がぁ!」
リザと私の銃撃が命中し魔術師はよろめきますが、肩口を手で押さえそのまま走り去っていきます。
背後では、残りの賊を倒したアイネが意気揚々と戻ってまいりました。
「アイネ、この者たちをどうしましょう」
「あー 面倒だけど……どうする?」
「どうするというか、修道女が人殺しは良くないだろう?」
イーナが珍しく当たり前の事を話すので少々驚きましたが、銃で思わず大怪我した結果死に至るならともかく、わざわざ剣で斬り殺すのは少々気が重いですわね。
「領主に引き渡す。あー 公爵家の直轄ですね」
「そうだね。それに、この時間からじゃあ戻るわけにもいかないし、代官のいる街まで移動しようか」
「このままでは逃げられるのです」
アイネの言はもっっともなのですが、街までこの人数を移動させるのは難しいでしょう。
「なら、その馬車にでも縛って乗せておこうか。馬はどっか行っちゃってるみたいだし、路肩に避けてさ」
「では早速、馬車を移動させるとしようか」
魔力で身体強化したイーナとベネが馬車をよいしょと路肩に移動させます。その上で、アイネが魔法袋から取り出した縄で賊の手足を縛り上げ、武器を取上げ回収していきます。その上で、手分けして荷台に放り込んでしまいます。
「さて、それじゃあ、さっきの魔術師追いかけようか」
「「「「……え……」」」」
アイネ、このままどこまで追いかけるつもりなのですか。既に夕闇が迫っておりますわ。
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このまま移動しても代官のいる街までは辿り着けません。それにしても、アイネは魔術師をどのように追いかけるつもりなのでしょう。
「この夕闇迫る中、手負いとは言え魔術師を追いかけるのは難しいのではないのか」
イーナの疑問にアイネが端的に答えます。居場所は分かっていると。
「以前から、この街道を馬車で通る時あいつらいつも見かけるのよね。ニース辺境伯家の紋章入りの馬車は危険だから見逃していたのだと思うの」
「つまり、常習であると」
「それはそうでしょう。主要街道沿いに山賊が出没して、被害が出ているのにサボア公爵は何の対応もしてない。領民がその主体で、足が付かないように根こそぎ奪える場合だけ仕掛けているんだよ」
なるほど。十人もの賊に魔術師までいて討伐がなされる事態が起こらないというのは、地元の住人が犯人であるという事ですわね。
「普通の山賊は、あんな綺麗な装備してないよ。どう考えても、まともな生活して臨時収入求めて山賊してるんでしょう」
「アイネの言う通りかもしれん。あいつら、妙に小綺麗だし装備も整っている」
サボア公爵領のこの界隈の谷沿いの山村は『自治』とやらを謳い、領主の庇護を受けない代わりに、税も少なくしろと要求している者たちが非常に多いのだそうです。
「帝国の工作か山国の影響かはわからないけれど、税を安くしていることは間違いないね」
「それで……公爵様は大丈夫なのでしょうか」
「勿論だよ☆ 庇護しない……のではなく、実費負担にしているからね」
今までは、様々な税の負担をする代わりに、外敵や魔物の討伐などは全て公爵家の騎士や兵士が対応してきたのだそうです。『自治』を謳い、基本的な年貢以外納めない『自治』村で公爵家に兵士などを借り受ける場合、兵士の日当や食料・宿泊に必要な物資にかかる経費を請求される事になり、結果として村の負担が増えているというのですわ。
「冒険者に依頼とかすれば……」
「いないよ。傭兵になってよそに行っているからね。ギルドに依頼を出しても受ける人間がいないんだよ。だから、冒険者を使うより高くつくね」
「『自治』も大変なのだな」
「だからって、近所の街道で勝手に人攫いや盗賊をやって資金稼ぎするのはどうかって話。ニース領でも被害が出ているんだけど、サボア公国内の問題って事でお義父様も頭の痛いところなんだよね」
つまり、アイネは私たちを餌にニース辺境伯領の問題を解決するつもりであったというわけですわね。
「何だか、騙されたみたいですぅ!!」
「でも、最初から分かっていたら訓練にならなかったかもしれない」
「ふむ、リザは魔装銃手として優秀であるという事が分かったことは私たちにとっては朗報だな」
「確かに……人間相手の実戦は初めてでしたし、アイネがいて正直助かったのです」
「でしょ! まあ、この街道を通る人がずっと被害を受けるより、私たちが相手を捕まえた方が良かったと思うんだよね」
それはともかく、その魔術師が逃げ込んだ村はどうするのですか。
「夜更けに強襲だね」
「なんと!」
「明るくなってから……」
「そんなの、逃げ出すかもしれないし、追いかけきれないから、結局、村の人間捕まえられないよ」
それはそうかも知れません。反対に、明るくなって帰ってこない十人を取返しに新手が現れる可能性もありますわ。ならば、アイネの言う通り、先手を取って村を夜の時点で制圧する方がましです。
「しかし、どうするのだ。五人で一度に捕えられないではないか」
「ん? 誰が一度に捕えるって言った。一軒一軒戸別訪問するに決まっているじゃない」
夜中に五人で一軒ずつ周って、家の人間を捕縛して回るということでしょうか。それにしても、十人もの大人の男を捕らえたのですから、残りの村人も同程度と考えてよろしいのでしょうか。




