第02話 商会頭夫人の提案
第02話 商会頭夫人の提案
アイネ夫人は、端的に訪問意図を説明されましたわ。
「えーと、みんな『妖精騎士』って知ってる?」
ええ、王国から始まった少女の魔術師が活躍するお芝居の題名ですわね。荒唐無稽なお話だと聞いておりましたが、少し前にサボア公爵様をお助けし、南都に現われた竜も王太子様と共に討伐されたとか。あのお芝居が実話であると知って、かなり驚いたものですわ。
他の三人も同様に知っているという意思表示をします。
「今は王国でリリアル男爵という爵位を頂いて、王妃様の肝入りで魔術師の卵を孤児から探して育てているんだよ。聖リリアル学院っていうんだけどね。そこで学院長をしながら、王国の副元帥も務めているんだよね。
いやー あの自己評価の低い内気な妹ちゃんがすっかり立派になっちゃってお姉ちゃんは感激だよ!!」
「「「「お姉ちゃん?」」」」
リリアル男爵は何と夫人の妹さんで私と同じ年だそうですの。ええ、片や元伯爵令嬢、片や女男爵ですわ……
「将来的に、騎士団を持たせるために『伯爵』になるんだけど、毎年陞爵させるわけにもいかないから、今は男爵だけど、ニ三年で子爵・伯爵になると思うんだよね」
伯爵令嬢と女伯になりますわね。イーナが短く口を挟みます。
「身内の自慢話か」
「そうじゃないよ。いまのは前振り。ここからが本題です」
学院には既に孤児出身の魔力を有する者を育成し、魔術師・騎士として育成し、二十人からの戦力があるというのです。公にはされておりませんが、王国内で起こる魔物に起因する事件に関して投入され、かなりの戦果を上げているそうです。やはり自慢ではないのでしょうか。
「妹ちゃんとその生徒たちは魔術師として騎士としてとっても優秀なんだけどね、やっぱりあの子達には生まれ育ちの限界があるんだよ。見た目が凄く良い子が多いけれど、孤児は孤児。知識や魔術は得られても、素性は変えられないの」
それはよくわかります。お金がないからと言って、貴族の令嬢が庶民のように額に汗して働くことはしてはならないからですわ。
「そこでお姉ちゃんは考えました。孤児が駄目なら、最初から貴族の子にすればいいじゃない? ってね☆」
何を言い出したのでしょうかこの方は。
「あなた達は生まれも育ちも貴族じゃない。でも、今それを全く生かせていない。何故? あなた達の実家が経済的に恵まれていないからよね?」
私を含め四人の顔が歪みます。ええ、あなたのおっしゃる通りですわ。
「私も元は子爵令嬢だし、社交は結構頑張ったんだよね。でも、公爵令嬢には絶対敵わないんだよ。だって、使える資産が違うんだもの。まあ、私の場合は、子爵家の跡取りだから無難に少し上の爵位を持つ家の次男・三男の優良物件狙いだったんだけどね」
王国の下位貴族で家付き娘なら婿のなり手はそれなりに選べるでしょう。ニース辺境伯の次男は騎士団長をされていますから、三男でしょうか。
「それで、あなた達に提案です。貴族の子女である経歴を生かして、私とお仕事をしてみませんか? 魔力のある方大歓迎。年齢は将来的には不問、最初は固定給だけれど、数年後には歩合制に移行します。経費を使って素敵な出会いの可能性もある社交を経験できます。但し、多少の危険は伴いますし、お仕事で失敗した場合は命の補償は有りません」
「……え……」
「だって、諜報員だもの。死して屍拾うものなしだよね!」
軽く言ってくれるじゃありませんか。それだけでは、何を目指しているのかわからないですわ。
「もう少し詳しく説明して欲しいのです」
「そうだね、でもはっきりは言えないことが多いかな。一つは、修道会から『巡礼』という名目で頻繁に出かけてもらいます。場所は……帝国とかもありです」
「……帝国なら多少土地勘がある。冒険者時代のだがな」
「大いに結構。イーナちゃんのその経歴はとてもいいと思ってるんだよ。それに、ドーラちゃんは魔術そこそこ使えるんじゃない?」
私の数少ない取り柄は、魔力量が比較的多い事です。ですが、魔術師の訓練を受けられるほどの家系に余裕が無かったので、使えるのは『小火球』と僅かな水の生成程度です。それと、精霊の加護があります。
「イーナちゃんは身体強化とか魔力纏いはできるのかな?」
「む、当然だ、騎士としての嗜みだな」
お父様の治療費を賄うために騎士を諦め冒険者となったイーナは、幼い頃から魔力を用いた剣技を鍛錬していたのでしょう。当然ですのね。
「リーザちゃんとベネちゃんも二人よりは少なめだけれど、無いわけじゃない」
「ですが、使ったことはありません」
「そうなのです。今まで必要ではなかったのです」
「えー もったいないじゃん。妹ちゃんは子供の頃、自分でポーション作って冒険者ギルドに卸してたよ。一本金貨一枚とかになるんじゃないかな今でも」
話には聞いたことがあります。錬金術師が薬草を元に魔力を用いて精製する回復ポーションや魔力ポーションが高額で取引されているという事。それに、今、法国を通じて神国の兵士がネデルに向かう為この周辺を行軍しています。全ての兵士にポーションを用いるとは思えませんが、騎士や貴族
の方の負傷には高価なポーションも用いられるため、相場も上がっていると言われていますわね。
「魔力があって、レシピと作り方とその道具あれば、作れると思わない?」
「はあ。でも、どれもここにはないではありませんか」
私だって、無駄に修道女見習をして年を取りたいわけではないのですわ。貴族の子女として生きたいのです。それなのに……
「だから、それを全部用意してあげるよ私が」
「それで、見返りは何を求めるのですか?」
「簡単だよ。私の指示する仕事をこなしてもらうこと。それと、この借用書にサインをしてもらう事になるかな」
『借用書』には、十ヵ月間で毎月大銀貨一枚ずつ支払う事と記してあります。
「なんだこの内容は」
「まあ、最後まで聞きなさいって。最初に私が大銀貨十枚をあなた達にプレゼントします。問題なければ、その銀貨を毎月支払いに当ていきます。その間に、私が魔力の操作・気配隠蔽・身体強化・魔力纏い・そしてポーションの作成まで教えちゃいます。錬成道具はこっちで貸してあげる」
「……つまり、大銀貨十枚はあなたの私たちへの保証金ですのね」
夫人は笑顔で頷く。「賢い子は嫌いじゃないよ」と付け加えて。
「イーナちゃんは冒険者として復帰すればいいかもしれないけどさ、どうせなら、もう少し周りのやつらを驚かしてやりたいじゃない。お金は稼げばいいし、その方法を身に付ければあなたたちをここに縛り付けるものはなくなるでしょ?
それに、王都の社交界に顔を出すようになれば、あなたたちが出逢いの機会を得る可能性だって高まるとは思わない?」
修道院で燻ぶり、実家を当てにして無為に時間を過ごすよりはずっとましですわね。
私の実家もそうですが、他の家も似たり寄ったりでしょう。ここに送るまでは「なんとかする」「嫁入り先を探す」と言っても、実際はその伝手も持参金の算段も出来てはいないのです。それは……親も自分自身も薄々納得している事なのですわ。
この修道院にいる貴族の娘たちというのは、大方そのような境遇なのです。見習から年齢を重ね修道女になられた諸先輩方を見ると、それはそれで運命と思う事もありますが、まだ諦める時間ではないと思うのはここにいる全員が思っている事でしょう。
「私は……魔力量が心許ないですけれど、それでも可能なのでしょうか」
一番魔力の少ないリーザが不安を口にする。
「普通はね。でも、リリアル式の魔術師育成ならなんとななるよ」
「私は十六歳ですけれど、それでも?」
「うん、それでも。大体、妹ちゃんが魔術師になったのって十三歳からだから。それまで、魔力なんて全然使っていなかったんだよ。まあ、量は私と同じで沢山持っていたけどね。だから、魔力持ちは練習し始める時期に遅すぎるなんてことはないよ」
夫人は「そんなことより、継続する意思の方が余程大事だよ」と付け加える。
リリアル男爵は親のいない孤児の中に、諦めない心を持つ強い魂を求めたのだと言いますわ。なので、姉である夫人は……
「だって、あなたたちここで諦めたら試合終了じゃない? それに、私は貴族の娘たちで能力があるのに修道院に放り込まれている娘の中から頑張れる子を探せばいいだけだから、強制はしないよ。
私は約束は守るけど、その代わりあなた達も対価を支払ってもらうわ。何もない人生から貴族としての誇りある人生を生み出すのだから、安くはないけどね」
修道院に入れられ、実家からも見放されただひたすらに齢を重ねる人生を送らない為の対価……血で払えという事なのでしょうか。
「……勿論払うさ。それが騎士であり、冒険者の生きざまだ」
「勿論払います。あの婚約者とその実家の商会を叩き潰せるのなら」
いや、そんなお話ではないでしょうリーザ。機会があれば有効に使おうとは思いますが。
「もちろんやるのです!! ここで試合終了なんて看過できないのです!!」
ベネが珍しく気炎を上げます。
「私も異存はございませんわ。少なくとも、私たちは貴族の子女として覚悟を持って生きるように育てられておりますの。ですから、自らの命を賭け金にすることなど至極当然の事ですわ」
アイネ夫人はニヤッと笑う。
「ふふ、貴族なら当然。その心意気だよね!! 騎士が戦場で命を賭けるように、淑女・貴婦人は社交に命を賭けるのだよ。即ち、あなたたちは十分にその戦場に出る覚悟があると私は思うんだよね☆」
社交は戦場……確かにその通りですわ。私の実家にはその心づもりが足らなかったのかもしれません。婚約をやすやすと白紙にされるなどというのは家名を穢すことになるのです。
修道院で過去を嘆き、今を嘆き、未来を嘆く時間はもう終わりですの。四人はそう気分が高まるのを感じましたが……まさか……このように大変な思いをするとは考えませんでしたわ。




