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第16話 没落令嬢はリリアルに馴染む

第16話 没落令嬢はリリアルに馴染む


 リリアルに滞在して二週間ほど。魔銀鍍金製の『ベイダナ』も完成し、座学に実務に武器の操練、それと王国流の貴族のマナーなどを学び、私たちは今までにないほど充実した日々を過ごしております。


「では皆さん、やっと『没落令嬢団』用のフィナンシェの金型が出来上がりましたので、今日から練習を始めます」

「「「おお!!」」」


 リリアルの薬草畑の魔力を含んだ雑草を食べた鶏の卵を用いたフィナンシェは、治癒力を高める効果があるのでとても楽しみにしておりますの。恐らく、アリア修道院でも同じようなことをするつもりなのだと思いますわ。


 ですが、先々、あの修道院が神学校となった場合、私たちの行き先はあるのかどうか不安でもあります。


「一応プランはあるんだよ。トレノの郊外にアリアの分院という形で没落令嬢専用の修道院を確保するつもりなのよ」

「……アイネ、『団』が抜けていますわ」

「あはは、そうそう。没落令嬢団ね」


 付くとつかないでは大違いですわ。


「団員は精々十二名くらいを想定しているんだよ。それほど沢山は必要ではないし、そもそも希望者自体それほど多いとも思っていないからね」


 菓子作りや鶏の世話は近隣から募集することも出来ます。ですので、小さめの女子修道院……という形になるのでしょうか。


「修道院長様はどうなるのでしょう。まさか、私たちでは務まりませんわ」

「それは王国とも関係がある方を考えているんだよ。心配しなくても大丈夫だよ」


 トレノに王国ゆかりの方がいるとは存じませんでした。私たちは特に心配することはないようです。修道院の名前はサンジリオ・アリア(仮)だそうです。サンジリオ……聖なる百合でしょうか。




 さて、フィナンシェを作る作業はそれほど大変ではありませんが、素材を寝かす時間がありますので、一日ですべて完了するわけではありません。


 ですが、ここにすでに一日寝かせた素材があります。


「じゃあ、そろそろ始めようかな」


 アイネはフィナンシェ作りを教え……られるはずもなく、使用人頭をはじめ、この先、ニース商会のパティシエとして採用される予定の使用人見習の皆さんと……男爵閣下が参加されることになります。緊張しますわ。


「皆さん、姉が迷惑をかけて申し訳ありません」

「そんなことないよね! みんな喜んでくれてるよね!!」

「そうやって、自分の楽しみに余所様を巻込むのは王都の社交界だけにしてちょうだい。学院の皆も困っているわ」


 やはり困らせているのかと知って安心……いえ、困惑しておりますわ。


「男爵閣下、今日はよろしくお願いいたします」

「ええ、お手伝いさせていただきます」

「こう見えて、妹ちゃんは家事万能だからね。一家に一人、妹ちゃんが欲しいくらいだよ☆」

「……静かにしてちょうだい。あと、髪を落さないように皆さんのように布で覆ってちょうだい」

「はいはーい」


 男爵閣下は家事も万能なのですわね。貴族の子女とは言え、下級貴族の次女というものは、将来的なことを考えて使用人任せにしない生活をおくっていたのかもしれません。


「妹ちゃんは、お菓子作りも得意です。フィナンシェもね」

「残念ながら、フィナンシェをニース商会で売り出す際に、沢山試作を作ったので、失敗体験には不足していないわね。リリアルの子達も、失敗したフィナンシェを沢山いただいているので、良し悪しはかなり詳しいわ」


 それは……かなり贅沢ですわね。




 既に素材は作られているので、型に湯煎したバターを刷毛で塗り、さらにその上から小麦粉を篩います。


「あー 駄目ですよイーナ。だまになっているのです」

「アンドレイーナ様、細かく篩った小麦粉でないと、フィナンシェの焼き上がりの仕上がりに不具合が出て不良品になります。しっかりと手順を踏まえてください」

「む、それは失礼した。なにしろ、女らしいことは何一つできないのでな。それと、私の事はイーナと呼んで欲しい」

「承知しました。では、私の事は『アリー』とお呼びください。冒険者の時の名乗りですが、この名であれば立場を考えずに接することが出来ます」

「そうか。では、アリーよろしく頼む」

「ええ、こちらこそ」


 そのやり取りを聞いたベネが「ずるいですぅ!!」と続き、私たちは互いに愛称で呼び合うようになりました。これまで、メイが主に学院での活動のサポートをしてくれていたので、アリーとはあいさつ程度しか関わりがございませんでしたので、この関係の変化は私たちにとって喜ばしいものでした。


「ふふ、これでやっと仲良くなれそうじゃない」

「姉さん、今までも仲良しよ。それは、一層親密な関係になった……ということに過ぎないわ」

「そうだね。今まで同年代の友達一人だったから、これを機に四人と仲良くなってくれるとお姉ちゃんも嬉しいよ」


 余計なことをとアリーは口にします。彼女は家を出るための準備として幼い頃から商業に関する法律や簿記の勉強、護身や馬術、薬師としての勉強を一人で行っており、さらに、薬師・錬金術師として子爵家の許可の元、十二歳になる少し前から活動をしていたので、同世代の貴族の子女の友人はニース男爵令嬢であるメイだけであったのだそうです。


「さ、最近はカトリナ様とも親しくさせて頂いているわよ」

「あの子はどちらかというと強敵と書いてライバルと読むタイプじゃないの?」


 公爵令嬢の近衛騎士とリリアル男爵の間にどういう経緯があったのかが分りませんが、王家近くに仕える者同士の立場的な物でしょうか。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 フィナンシェは多くのバターや砂糖・アーモンドの粉を用いるので、とても高価なものです。焼き上がるのにニ十分ほどかかりますが、その間、良い匂いの立ち込めるキッチンでまんじりともしない時間を過ごします。寝ているわけではありませんが。


「計測した量通りに素材を用意して、決められた手順で混ぜ合わせていくことで、基本的には失敗しません。錬金術と料理は素材が異なるだけで、同じような極意というか成功のコツに至ります」

「面白い。そう考えると、アリーが料理上手である事と優秀な薬師・錬金術師と言われる事には共通点がある」

「つまり、イーナにはまったくむいていないのです!!」


 料理と錬金術を結び付けて考えるとすれば、最も上手なのはリザでしょう。魔力が少ない分、精密なコントロールを得意としておりますし、きちんと計算し容量用法を守ることは商人である一族に共通する性格なのかもしれませんわ。


 その辺り、戦士の一族であるイーナとは相容れないものがあるのでしょう。それにしても、イーナの不器用さは名状しがたいものです。




 フィナンシェが焼き上がり、食堂だけでなく敷地内にバターとアーモンドの香ばしい匂いが広がります。


「完成したのならば、早速試食ですね。お茶の時間にしましょう」


 それなりの数を作成したので、リリアル生全員で食べる分は十分にあります。但し、午後のお茶を全員がするわけではないので、食べ損ねた人の分は夕食のデザートの追加に回されます。


 修道院もそうですが、お菓子の職人がいるような大きな修道院では、食事にデザートが付くことも当然です。いない場合、果実などが出されることになります。


「さて、私の力作が……」

「いや、それじゃないと思うわ。これでしょう?」


 リザからイーナに断罪がなされます。小麦粉をだまにした金型のフィナンシェには当然目印が付いております。スライスしたアーモンドが飾りつけのように乗っております。


「む、失敗は成功の母ではないか!!」


 そういうことは、定められた手順通りに作成した上での言葉ですわね。だまになった小麦はしっかり焦げておりましたわ。





 私たちの作ったフィナンシェに関しては「まあ、こんなもんかな」というアイネの評価に対して、アリーは「商会の売り物と遜色ありません」と肯定的な評価をしてくれました。ああ、なぜこれほどに姉妹で違うのでしょう。


 とはいえ、元貴族令嬢の修道女を自分の手足として使うというような発想は、生真面目なアリーでは考えられない事でしょう。人を利用する事になんのためらいもないアイネだからこその発想ですわ。


「えー だって、孤児よりも元貴族令嬢の修道女の方が教えるの楽じゃん」

「……そういう問題ではないのよ。寄るべき実家があり、修道女として穏かに過ごす人生を変えてしまうというのは、どうかと思ったまで」


 フィナンシェを頂きながら、姉妹の会話に耳を傾けると男爵の学院設立の背景には、王都の抱える多くの孤児たちを如何に救うかという目的があったのですわね。


 孤児を平等に施しを与えるのではなく、魔力を持っていても生かすすべのないものを選び魔術師・薬師として育て、その子たちが救護院・孤児院で役立つことで孤児に対する認識を変えさせる。そして、救護院では仕事に早く復帰できることで貧困対策にもなる。


 中等孤児院に向けて、読み書き計算を学ぶことに意義があることを示し、孤児だからという理由で将来の展望が描けないわけではないことを理解させ、孤児院の生活環境を改善する。


 では、私たちの修道院生活がどのように変わるのか。それは、孤児ではないのですから、私たち自身が変えていかねばならないのですわ。その為には……これまでの人生を見直さなければなりません。



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