第14話 没落令嬢は曲剣を構える
第14話 没落令嬢は曲剣を構える
酒場での会食の翌日、ポーション作成の実務を午前中学び、午後は魔装糸を作成することになります。
「……う、上手くいかぬ……」
「あー 姉ちゃん俺より不器用かもな。俺より不器用な人初めて見た」
「ぐぅぅぅ……私は騎士だからな!」
「俺もリリアルの騎士の端くれだよ。まあ、日ごろは鍛冶しかしないけどな」
「「「……うそ……」」」
リリアルの魔術師として一期生の皆は「従騎士」となっていたのだそうです。何度も、魔物や犯罪者の討伐に参加し、更に竜討伐に参加した者が王家から騎士として叙爵され、その後、ミアン防衛戦に参加した一期生が全員騎士となったので、現在、十二名の王国の騎士がリリアルに所属しているそうです。
「……伯爵どころではないな。侯爵・辺境伯並みの騎士の数だ」
「二期生の他に薬師も抱えているのでしょう? 彼女たちは魔装銃を装備しておりますわね」
兵力としては少数ではありますが、魔騎士一人が兵百人に匹敵すると考えると、千人以上の戦力を有していることになります。王家の抱える近衛連隊が二千五百ですから、その半分ほどの戦力を僅か一分隊規模でリリアル男爵は保有していることになるのです。
「それなのに謙虚なのです」
「ああ、実に慎ましやかな御仁だ」
「まあ、私の自慢の妹ちゃんだからね。胸と性格は慎ましやかなんだよ」
確かに、アイネの胸と性格は大胆を通り越して図々しいまでです。淑女らしからぬけしからん胸であることは間違いありませんわ。
魔装糸の紡糸はイーナ以外は順調でしたわ。身体強化や気配隠蔽を長く続けるための魔力操作の鍛錬が生きております。深呼吸して、ゆっくりと長く息を吐き続ける……感覚に似ております。
「イーナ、魔力を溜めて一気に放つのではありませんわ。少しずつ、一定量ずつ息を吐くように魔力を指先から流すのです。あなたは剣を握る時に力一杯握りしめるのですか?」
「いや、卵を握るように……む、そうか、そういう事なのだな……」
イーナの魔力は徐々に絞られていき、やがて魔装糸を紡ぐことが出来るようになったのですわ。
「凄い事なのです!」
「ドラは教えるのがお上手です」
「まさに、我らがリーダーだからな」
「……揶揄うのはおやめになって……」
リーダーぶって恥ずかしいですわ。
「ふーん、よく見て相手の理解できる表現に置き換えて説明する。中々上手だったよドーラちゃん。その調子で、ドンドンみんなを導くのだよ」
導く等とおこがましい事です。皆さんがその実を尽くせば、必ず道は開けるはずなのですわ。
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午後のお茶をリリアルの食堂でいただき、その後は曲剣の練習となります。講師はニース騎士爵様です。
場所は学院の園庭中央の鍛錬場となります。
「ではでは、講師の登場です!!」
何故かアイネもおりますわね。いらない子ですわ。
「さて、本格的に絡むのは初めてかしら。冒険者の時の名乗りをするわね。私の事は『メイ』と呼んでもらえる?」
「冒険者か。して、等級は!」
星三の冒険者であるイーナが黙っておりません。王国では色で表すそうで、メイは濃赤等級に当たるそうです。帝国の冒険者等級に比準すると『星三』に相当するそうです。男爵閣下は『薄紫』で『星四上位』に相当するとのこと。既に十代で二頭の竜討伐を行っているのですから、伝説級と呼ばれる『星五・濃紫』でもおかしくはありません。
冒険者等級をあげない理由として、既に王国に副元帥・男爵として奉職していることから、指名依頼を受ける冒険者としての等級を上げる必要性がないからだそうですわ。
「ノルマもあるから、正直冒険者としての活動は王国内ではリリアルの魔術師に任せることになりそうなの」
「……つまり、冒険者としての活動は魔術師育成のための過程の一つと考えているのでしょうか」
「そうそう。王国内の治安はここ数年で相当改善しているから、冒険者が好む美味しい依頼が減少しているというのもあるわね。リリアルが横から少ないパイを掻っ攫うのは外聞も悪いしね」
メイは最初に曲剣と直剣の操作の違いについて説明を始めました。
「騎士の剣、いわゆるロングソードは重心が手元にあるの。だから、剣自体はとてもバランスよく取り回しがきくのね。その代わり、打撃なり斬撃にはその持ち主自身の力が重要になるのよ」
攻守に優れたバランスの武器であるが、決定力に不足するのが直剣であると。それに対して曲剣は剣の先端に近い位置に重心がある為、その勢いが切っ先に集中すること、刃が点ではなく線で同じ場所を切り裂くので、断つ力が強いという優位性があるのだそうですわ。
「言い換えれば、斬れない物には意味が余りない武器ね。突き刺す力も逃げやすいし」
刺突に向いている槍やショートソードには反りが無く細い刀身を持っています。
「それでも、リリアルは反りのある刀身の剣や長柄武器を好んで使うの。何故かというと、一つは少数で多数を相手にする場合、致命傷でなくても一撃で戦闘力を奪う為に『断つ』ことを選んでいるの」
打ち合いではなく、すれ違いざまの一撃で傷を負わせ次の目標に向かう移動しながらの攻撃。それは、騎兵にも通じますわね。たしか、サラセン兵は軽装の鎧に曲剣を装備しておりますし、近年の銃の配備で重い鎧を着ない騎兵は曲剣を装備するように収斂しているようですわ。
「それと、魔銀製もしくは魔銀鍍金製の武具は、斬撃力を強化し、身体強化でさらにその威力を高めるので、フルプレートの騎士の腕ぐらいは裁断できて当たり前なのよ」
「「「「……え……」」」」
「相手も魔銀鎧で魔力を行使していれば難しいけれど、鎧に魔力を流すのは大きな面だけど、武器は点か線でしょ? 時間的にどちらが長く魔力を行使できるかは考えなくても分かるわよね」
それ以上に魔銀の鎧など、国主クラスでなければ装備することはできませんわ。それこそ国宝のように扱われる武具になるでしょう。それは、ほとんど敵がいないというようなものですわ。
魔銀鍍金であっても、鍍金が剥がれなければその表面を覆う魔力の効果は健在ですし、剥がれた場合でもその剥がれた場所以外は効果があります。
「なので、剣での打ち合いは勧めないよ。鍍金が剥がれるから」
「……むむ……」
「あ、心配しないで良いわよ。剣で受止めたら、並の剣なら剣ごと相手も斬り裂かれるから」
「「「「……え……」」」」
魔銀製の武具と言うのは相当なものですのね。それにしては、戦場で勇名を馳せる方のお名前を伺いませんが。何故でしょう。
「魔力を身体強化に回して、剣にまで纏わせると……どのくらいもつと思う?」
「……なるほど。鎧も纏わず、打ち合いもせず、ただ一陣の風のように斬りまわるのはそういう理由か」
「まあそれもあるけど、私たちは武名を戦場で上げるつもりはないのよね」
「どういう事なのかわかるように説明して欲しいのです!!」
ベネの言う通りですわね。さっぱり理解できませんわ。
「ふむ、では私なりの解釈で説明するので、間違っていたら訂正して欲しい」
「ええ、構わないわ」
イーナ曰く、騎士が戦場で派手な鎧、目立つ紋章の入ったサーコートに盾をもち戦うのは、周囲の者に自らの武勲を承認させる為なのだ。つまり、戦場の真ん中で、それなりの時間戦い続ける必要があるのだそうです。
ところが、魔力を纏って長時間の戦闘を行うことは不可能。一瞬だけであるとか、身体強化のみ常時発動させるということになるのだそうです。
「それでも、十五分程度だろうな」
「短い時間ですね」
「あっとゆうまなのです!」
リリアルは人間相手の戦場で活躍したことはありませんわね。魔物討伐や、犯罪者の摘発が主な任務です。その場合、気配を消して接敵し、恐らくは数分で仕留める形で事を納めているのではないかと推測されます。
「故に、切り結ばず、一撃離脱に徹することで、稼働時間を稼いでいる
ことになるのだな」
「それと、『魔装』は任意に魔力を流し込んで金属鎧並みの強度を発生させるから、身体強化で重たい鎧を無理に動かすか、その魔力を布に通して強度を稼ぐかの違いなのよね。そもそも、魔銀の武器なんて数が少ないし、使いこなせる騎士も少ない。いても、直接戦場で武勲を立てるような騎士ではなく、君主クラスの装備だからね。鍍金のお陰で、随分と数を揃える事が楽になったよね。うちも、魔銀製の装備は男爵本人くらいしか装備していなかったしね」
魔銀の武具は鍍金処理の物と言えども、相当価値のある存在のようです。
「では、簡単に手本を見せるわね。みんな適当に木剣を構えて。こんな感じで……動くのよ!!」
私たちがおずおずと剣を構えると、メイが一瞬にして消えたと錯覚する素早い動きで私たちの横を掠めながら、木剣を胴に軽く当てていきます。私も、バスっと胴を叩かれました。それは、数秒の事でした。
「と、こんな感じだけど、分かった?」
「む、分らん!!」
「早すぎてわからなかったのです!!」
「型稽古からお願いします」
そうですわね。曲剣の操作以前に、剣の扱い方から学ばねばならないということですわ。
「ごめんごめん、じゃあ、完全に初心者扱いで教えるね。曲剣に関しての扱い方からね……」
さて、剣の振り方から私たちは改めて教わらなければなりません。そういえば、サラセンには剣を持って舞うダンスもありましたわね。そのつもりで聞いてはいけないのでしょうね。




