第13話 没落令嬢は装備を整える
第13話 没落令嬢は装備を整える
魔装銃に関しての理解は進んだのですが、マスケットを持ち歩く修道女というのもとてもおかしく感じます。それに、当初からリリアルの皆さんも銃を装備していたのではないと思われます。
その辺り、率直に私は男爵閣下に聞いてみましたの。
「私たちが身に着ける武器としてどのようなものが好ましいでしょうか」
「参考までに、一つは侍女として身に着ける類ですから、バゼラードのような実用的なダガーが良いのではないでしょうか」
兵士が身に着ける装備の一つである万能ナイフだそうです。長さは30-50cm とダガーから短剣に近いものまであるようですわね。素材の採取や獣の解体、野営などの準備にも使えるといいます。
「私たちはスクラマサクスを使っていたのよね。所謂剣鉈と呼ばれる片刃の昔ながらの剣のことよ」
これは王都周辺の物なのだろうか。見たことのない剣ですわね。勿論、騎士達のロングソードやショートソードのようなものも近くで見たことはございません。
「我々の故郷だとベイダナだろうな」
「反りのある鉈ですね。大きさも重さも似ている気がします」
イーナもリザも修道院で備え付けの剣鉈を思い浮かべているのだろう。
「それって、こっちでもあると思う?」
「さあ。サクスは冒険者ギルドのお奨め武具屋にはあったのだけれど……いえ、恐らくは……」
工房の土夫経由で王都の武具屋か鍛冶師に聞けば恐らくは入手可能ではないかというのですわ。王都でも数少ない魔銀を扱える鍛冶師をリリアルに工房を用意し、その技をリリアル生に学ばせているのです。確かに、濠の傍に水車小屋があり、工房もありましたわね。
「その鉈剣、予備も含めて十本ほど魔銀鍍金加工で用意をしてもらえるかな?」
「ええ、お代はニース商会にツケておくわ」
「私も使ってみたかったので、丁度いいかもね☆」
魔銀鍍金とはどのようなものなのでしょう。魔銀とは異なるのでしょうか。
「ああ、魔銀鍍金は魔銀で作る程ではないけれど、魔力を有効に使いたいという思いが弾けてできた……『魔銀を溶かして鋼鉄製の武具に魔装することです。思いは関係ありません』……えー そんなことないよね!」
この事は勿論、男爵閣下に賛同致しますわ。
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精霊の加護の件、そして、魔装銃の練習は暫く続くことになります。やはり、飛び道具を有効に使うために、私とベネは短銃、リザはアルキブゾを貸与してもらえることになりそうですわ。それと、リザは弓銃の練習も行う事になります。
「魔力量が少ない分、腕を磨いてもらおうかな」
「全力を尽くします」
魔力が少ないとはいえ、彼女の気配隠蔽やポーションを作成する精度は四人の中で一番優れているのですわ。リリアルで学ぶ経験に最も期待しているのはリザに違いありません。
とは言え、弓銃はかなりの重さがあるので、身体強化を常時活用しつつ、魔力量の底上げを行う必要もありそうです。僅かな時間で魔力が底をつくようでは本末転倒になりますもの。
すっかり日も傾き、夕食の時間となります。私たちの夕食は、リリアルの食堂ではなく、敷地の外にある宿屋兼酒場でとることになりました。
「確かに、学院の食堂では酒を飲むわけにはいかんな」
「……そういう理由ではないと思いますの」
「正解だよイーナちゃん。いやー土夫と話すのに、素面じゃむりだからね☆」
今日の食事の相手は、リリアル工房の工房主である土夫の親方とになるようです。
酒場の一角は既に席が作られており、私たち四人にアイネ、そして、白髪交じりの老土夫とその横に小柄ですががっしりとした体型の少年がおります。
「おお、待っておったぞ!!」
「いや、先に飲み始めているじゃない?」
「鍛冶場は暑いのでな。のどを潤しておったのよ」
大きな器には恐らくエールが入っているのでしょう。ワインと比べると酔いにくい分、沢山飲まねばならないのでしょうか。
「蒸留酒じゃないだけまだましだよ」
「ふむ、鍛冶師の基準がわからないね」
「鍛冶師じゃなくって土夫だね」
少年がアイネと対等に話をしているという事は、リリアル生なのでしょう。リリアル男爵よりアイネは距離感が近いので、その辺りで言葉遣いが院長先生と呼ばれる彼女より砕けた言葉遣いの者が多いのですわ。
「それで、相談なんだけどね」
「おお、魔装侍女の件だな。手袋と頭巾、マントにコルセットまでは滞在中に用意できるだろう」
「それと、魔装糸の紡ぎ方を教えて欲しいのよ。今日は見学だけだったから、明日は時間とって教えてもらいたいんだよね」
「それは俺の仕事だな。分かった。この姉ちゃんたちはどのくらい魔力操作の練習してるんだ」
次々に私たちの頭越しに話が進んでいきます。アイネと鍛冶師の間の打ち合わせ内容を聞かせる事と、顔合わせのようなものですわね。
「ここは猪と魔猪の肉がお勧めだ」
「「「……魔……猪……」」」
魔物ですわよね。猪が悪霊に憑りつかれて魔物化したものですが……食べられますの?
「魔猪の大ボスが小僧の舎弟でな。縄張りに入ってくる魔猪や猪を狩るのよ。それで、森の中の魔物がこの城館周辺には寄り付かない」
老土夫が「うまいぞ」と付け加える。豚と比べると固い肉という印象と、生臭いイメージのある猪ですが、魔物化しているものはどうなのでしょう。
結論から言えば、筋張っている部分に『隠し包丁』を入れ、柔らかく煮込んだり、焼いたりしたものが出されましたわ。魔猪のすね肉のシチューは牛の物よりも美味しく感じます。
「魔力持ちなら、魔物の肉は美味しく感じるものだ。まあ、合う合わないはあるが、概ねうまいと感じる」
「牛馬より滋養があるから、口にする機会があれば逃さない方が良いよ」
退治する対象である魔物化した猪である『魔猪』は、猪の幾倍も討伐が困難であり、森の中に潜んでいることから、発見・討伐が難しい。
「無理やり殺すから、傷だらけでマスケットの弾丸とか毒とかいろんなものを使ってズタボロにするしかないんだよね普通」
「リリアルだと、まあ、ほら、まとめて固めて殺すだけだから」
どうやら、リリアルの魔術師の場合、『魔力壁』で取り囲んで、魔銀製の長柄で心臓を突き刺すか首を斬り落とすので、綺麗な状態で肉にしやすいのでここの名物なのだそうですわ。
焼いた肉も食感も良く固くもなく、生臭くもありません。牛よりも少し淡白な気もしますが、十分美味しいです。
「猪は雑食故、脂が臭みを持っているものがあるが、魔猪は魔力持ち故、その脂の臭みがない。肉は少し固いが、調理法さえ正しければ味は良い」
「熟成させないと固い肉だもんね。ここは、保存庫が充実しているから、じっくり寝かせた肉の在庫が沢山あるからいつでも食べられるんだ」
老土夫と弟子の少年は我がことのように自慢しております。ここも、ニース商会系列の宿屋兼酒場なのでしょう。アイネもまんざらではないようです。
「足を止めて泊ってくれる人が増えればいいなとは思うよ。最初は、リリアルに仕事できた人とかになると思うけれど、訪れる人や長期滞在で学ぶ人が増えてちょっとした都市になればかなり変わると思うよ。それに、駐屯地の騎士様たちや、この街道を巡邏する王都の騎士様たちも酒場を利用して頂いているからね」
王都の中と比べると、宿代も安く部屋も広い。王都に無理して泊るより、用事を済ませてここで泊まる旅人も少なくないのだそうですわ。
「順調に街になりつつあるな」
「そうだね。妹ちゃんが伯爵様に陞爵されたあとには、ここは『リリアル』って城塞都市になるんだろうね」
伯爵に陞爵ですか。私たちと同世代の貴族の子女が既にそれだけの物を積みあげているというのは、想像も出来ません。嫉妬や羨望を覚えないわけではありませんが、相応の苦労を考えると私には同じことはとてもできません。
「それより、『ベイダナ』の件だが王都で揃うぞ。まあ、四振り……いや五振り必要で良いか」
「まあ、足らない分は追加で用意してもらえれば。今回は人数分で構わないです。いつくらいに貰えるのかな?」
老土夫と弟子は相談すると『三日……いや二日』と答えたのです。剣が届くのに一日、そして、魔装鍍金を施すのに一日だそうです。
「いやー 一から作ることを考えると、鍍金便利だよね☆」
「魔銀製の剣と比べると魔術の補助装備としては頂けないが、武具としては十分役に立つ」
「でもさ、曲剣を使うのって難しいだろ? お姫様たちは使えるのか」
……正直、お姫様等と呼ばれる身分ではございませんが、少年からすれば貴族の娘は一律『お姫様』なのかもしれません。随分と貧相なお姫様であると自覚はごさいますわ。
「大丈夫! リリアルの曲剣遣いと言えば……」
「ああ、副院長だね」
「明日から、特訓が始まります☆」
午前中は魔術師・薬師としての講座を受講し、午後は魔装糸の紡ぎ方を学び、ベイダナが届いたのちは……剣の扱い方の鍛錬が始まるのです。少なくとも、リザの魔力は毎日『空』になる事でしょう。




