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ソーイングセットに入っていた裁縫針をほとんど駄目にして、ようやく美夜はオーレンの左腕を縫い合わせることに成功した。美夜は裁縫は得意な方である。しかし人体に対して針を入れるのは、得意とか得意でない以前の問題であった。「こんなのでいいの……」縫い終えた美夜の問いに、「ばっちりです!」とオーレンは左腕をぶんぶん振り回して答えた。美夜はその姿を見て、もう彼女の体の道理について深く考えることをやめた。
オーレンの胸元からピロロロロと気の抜ける電子音が鳴る。オーレンは胸元を探る。不通になっていたスマートフォンだった。冥泉が消滅して結界が絶たれたらしい。映像通話の呼出だった。オーレンは端末のカメラを自分に向けて応答のボタンをタップする。
「お、つながった」
画面には、顔の前に布を垂らした男が映っていた。オーレンの雇い主の道士さまだった。彼はカメラを通してオーレンの様子を見た。
「オーレン、無事……ではないようだな。あ? なんだその腕。縫ったのか? まさか今度は左腕を飛ばしたのか。この間、右腕を飛ばしたばかりじゃないか――っと、ちょっと待ってくれ」
道士さまが画面から消えた。遠くから少女の怒鳴り声が響いていた。中国語だった。しばらくすると、声はおさまり、静かになった。画面に道士さまが戻ってきた。
「ごめんごめん、胡暁華が騒いでいてね。ちょっと黙らせてきた。彼女、きみが遭難したっぽいって言ったらなぜか激怒してね。はは、オーレン、そんな困り顔しないでくれ。フゥちゃんに手荒なことはしてないから。ちょっと縛鎖の霊符を一ダース――と。誰かいるのかな?」
道士さまがオーレンの背後に立っている美夜に気づいた。
オーレンは美夜にことわると、端末を彼女に向けた。どうもー、と美夜はカメラに向かってひらひらと手を振った。
「彩賀美夜、高校一年生。不死狩りやってます。好きな食べ物はボルシチです。よろしく」
適当すぎる自己紹介だった。道士さまは美夜の顔を見て首をひねった。
「彩賀? 不死狩り? ああ、まさかきみ、彩賀のいかれ工房の一人娘か? ……なんだってオーレンとつるんでるんだ?」
「いやあ、ちょっと成り行きで、オーレンちゃんと共闘することになりましてね。大変お世話になりました。あ、すいません、もう一度うちの工房をいかれと呼んだら、あなたのことぶっ殺しにいきますからね」
美夜は気さくな笑顔を向けたまま物騒なことを言うと、そっぽを向いてオーレンから離れた。露骨に機嫌が悪くなっていた。
「ふむ、嫌われてしまったようだね。まあかえって余計なことを聞かれずにすむ。オーレン、任務について報告してくれ」
オーレンは道士さまにこれまでの首尾を報告した。彼女の説明はまともな人が聞いたなら、支離滅裂と思うような話であったが、画面に映る道士さまはたいして驚きもせずに聞いていた。
「……『回生丸』も、『呪詛真影』もなるべく使うなと言っていただろう。キョンシー化が深化しすぎると、いずれ戻れなくなるぞ。……しかし、虫食みの術とは、ね。不死の噂を聞いて調査させてみたら、とんだ厄ネタに出会ってしまったな。黒葛原の系統の巫蠱術じゃないかそれは。おおかた苦行僧に目をつけて、不死の押し売りをしていたといったところかな。そんな不完全な呪法を無闇にばらまいているから『不死狩り』なんかに目をつけられるんだ。まったく――」
ほんの少しだけ、道士さまの口調に怒気がこもった。
「――だから、蛇は嫌いだと言ったんだ。黒葛原の蛇女ときたら、これは最悪だな。オーレンの縁に、妙な厄が憑いていなければよいが」
道士さまの言っていることが、オーレンにはなんのことだかさっぱりわからなかった。
「まあいい。今後、日本にはなるべく関わらないようにしよう。さて、とにかく秘伝書はすでに入手してあるんだなオーレン? 彩賀の娘に気取られてはいないな?」
「はい」
オーレンはよどみなく答える。
彼女の任務は、すでに完了していた。
「ならいい。お疲れ様。よく頑張ったね、我が愛しの人形。早いとこ我が家に帰ってきてくれ。胡暁華が拘束を解き始めてる。結構強力なんだけどな、あのお札。もう二ダースほど追加でいっとくか……」
お札をひらひらさせながら道士さまが目線をカメラから外す。あの視線の先にはお札まみれにされているフゥちゃんがいるのだろうか。もたもたしていたらオーレンの相棒がミイラ女にされてしまう。
「すぐ戻りますので、お札の追加はもうちょっと待ってあげてください……はい、それじゃあ、フゥちゃんによろしく……」
オーレンは通話を切った。




