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偶人奇譚 Ⅰ 虫食み仏  作者: Thing
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 ……暗闇だった。目は見開いているはずだけれど、なにも見えない。


 死んだのかな、とオーレンは思った。伏せてはいたが、爆発の目前にいたのだ。即死してても不思議ではない。しかし、いまの状況は初めて死んだときとはずいぶん実感が異なっていた。闇でも光でもない虚無の中で漂い続けるあの感覚。オーレンは魂に刻まれた記憶を思い出して身震いした。既視感ならぬ既死感だ。あのときの感触の方がもっとおぞましかった。いまは単に体の上をなにかで覆われているだけだ。やがてオーレンは自分が瓦礫の下敷きになっていることに気づいた。あいかわらず、自分は生きているとも死んでいるともいえない半端な不死(しねず)のままのようだ。うまく身体が動かない。考えてみれば、背骨が折れているのだ。構造的に力の入れようがない。それでもオーレンはかろうじて動く片腕だけでどうにか瓦礫をおしのけた。


 西日の赤い輝きが、隻腕のオーレンを照らした。もう夕暮れだった。


 冥恩寺は屋根ごと吹き飛んで完全に崩落していた。立ちこめる土煙の中、建物の残骸だけがあたりに散らばっていて、本堂はもはや跡形もない。いくら作りがしっかりしていたとはいえ、木造住宅の内側で大爆発を起こしたのだ。当然の結果だった。

 オーレンの左耳の鼓膜が破れていた。爆発の衝撃波にやられたのだ。片腕では両の耳をふさぐことはできない。禅の公案で似たようなものがあったな、となんとなく思い出した。

 オーレンの全身はひどい有様だった。無事な骨を探す方が難しい。細かい切り傷や擦り傷は、もう数える気すら起きない。自分でやったことだが、左腕は根元から千切れ、所在も不明だ。

 オーレンは帽子の小物入れを開くと、ピンク色の丸薬を一粒つまみ上げて口に放り込んだ。すぐに体が熱を帯び、折れた骨が軋み始める。骨を折れる感触は苦手だが、骨がむりやりつなぎ合わされていくこの感触はさらに不快だ。

回生丸(かいせいがん)』は骨折程度ならすぐに治してしまう道士さまの秘術の一つだが、間違いなく普通の道理を歪めている異常な回復薬だとオーレンは思っている。道士さまからもなるべく使うな、と言い渡されていた。しばらくオーレンは骨が再構築されていく不快感に耐えると、どうにか起き上がれる程度には回復してきた。これも実際のところはただの一時しのぎだ。丸薬の効力が切れれば、また全身の骨がばらばらになってしまう。下山したらすぐに道士さまに『修理』してもらわないといけない。

 立ち上がったオーレンはあたりを見渡す。美夜のことが気がかりだった。彼女は無事だろうか。爆発鉄鎚を振るった美夜は爆心地の目の前にいたはずだ。

「あ、オーレンちゃん生きてた。死んでたか。でもまあ、おおむね動いて会話もできるみたいだね」

 オーレンが振り向くと、ハンマーを担いだ美夜が笑顔で立っていた。怪我どころか煤一つない。いかなる技巧のたまものなのか、オーレンには推察することができなかった。爆発鉄鎚は、いまもなお熱が残っていてうっすら赤熱化していた。

 美夜は片方の手に布きれの塊をぶら下げていた。よっこいせ、と美夜はそのボロを地面にそっと置いた。オーレンは布きれをよく見てみた。


 冥泉だった。


「ぎゃあ」

 オーレンは小さく叫んで飛び退いた。冥泉の肉体は四肢が吹き飛び、首から胸にかけての部分だけがわずかに残っているという有様だった。かすかに小さくぶつぶつ呟く声が聞こえる。まだ生きているのだ。

「何故……何故、己の邪魔をする……どいつもこいつも……ちくしょう、ちくしょう……!」

 冥泉は恨み言を吐き続けていた。美夜に向けてか、オーレンに向けてか。あるいは他のすべてに向けてのものか。

 美夜はひざまずくと、冥泉の顔と向き合った。落ちくぼんだ冥泉の目には、もはやなにも映っていない。ただ、よどんだ昏い瞳が狂気を帯びているだけだった。

「……あんたの弟、大僧正なんだってね」

 美夜は冥泉に語りかけた。

「超偉い人じゃん。さすがに私も会ったときは緊張したよ。でも、すごく優しいおじいちゃんだったよ。無明に迷い続けてる兄を解放してあげてほしいって泣きながら、あたしに言ったんだ。こんなチャラチャラした、ガキにだよ? 本当に、お兄ちゃんのことが気がかりだったんだよ、あのおじいちゃん……ねえ……もう聞こえてないか……」

 美夜はため息をついた。彼女にしては珍しい憂い顔だった。

 もとより可能だとは思ってはいなかったが、できれば美夜は冥泉の心に巣くっていた虫も祓ってやりたかった。それは無理だったようだ。


 冥泉の呪詛の言葉は静かに続いていた。

 虫憑きの仏僧は、薄れる意識の中で己が過去を反芻していた。

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