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「彩賀美夜。高校一年生。不死狩りやってます。よろしく」
女子高生――美夜は焚き火で猪の肉をあぶりながら自己紹介をした。
「山を登ってたら、いきなり猪に出くわしちゃってね。追っ払おうとしたんだけど、襲いかかってきたから、うっかり『こいつ』で頭ぶん殴って倒しちゃったんだ」
美夜はかたわらに立てかけている巨大なハンマーを指さした。彼女が肩にかけていたスクールバッグにくくりつけられていたものだ。見た目は大きなピコピコハンマーのように見えるが、明らかに鋼鉄で造られている。その先端、カナヅチでいえば釘を打ち付ける頭にあたる部分が真っ黒に焦げていた。
「不死をぶっ殺すための爆発鉄鎚っていうの。イカしてるでしょ」
「はあ……」
オーレンは生返事で応える。美夜の話は、一般的な女子高生のものとはおよそかけ離れていたが、オーレンの耳には届いていなかった。そんなことよりも早くお肉が食べたい。オーレンの眼は焚き火であぶられている串焼き肉に釘付けだった。銃で撃たれて死んだはずなのに現世に蘇っている自分がいるような世の中だ。不死を狩る女子高生がいてもそう不思議ではないだろう。なぜハンマーを振り回しているのかとか、さっきの爆発はなんなのかとか、そういった疑問はオーレンの中ではもはやどうでもよくなっていた。空腹でお肉以外のことが考えられない。
「オーレンちゃんって言ったっけ? ガケから落ちてよく生きてたね。というかそんな軽装で御山の巡礼だなんて登山をなめきってるね」
制服姿の美夜にだけは言われたくないが、オーレンは黙っていた。美夜にはキョンシーであることを伏せて、日本各地の寺を巡礼している道士見習いと名乗っていた。正直、自分でも無理がある説明だと思ったが、あっさり美夜はオーレンの言葉を信じた。
「あ、これもう焼けてるよ。はいどうぞ、味付けもなにもないけど」
美夜は串焼きをオーレンに手渡した。肉の脂がしたたっている。ごくりとオーレンは喉を鳴らした。
「ありがとうございます……いただきます」
オーレンは串焼きにかじりつく。ムニャムニャとかみしめるが、すぐにその表情が微妙なものになった。
「うーん……ジビエ……」
オーレンの感想を聞いて、美夜も串焼きを食べる。同じように顔をしかめた。
「……獣臭いねえ。血抜きも完全じゃないし、熟成する暇なんてなかったからね」
「いえ、でも、おいしいです……」
おこぼれにあずかっておいて文句を言うのも失礼な話だ。それに、獣臭いのは事実だがこれはこれで野趣があっていい。
しばらく二人は黙々と猪を食べ続けた。
三十分後、オーレンと美夜はすっかり猪を平らげていた。骨や内臓などの食べられない部分の残骸は木の陰に穴を深めに掘って埋めた。美夜は石で簡単な墓を作り、手を合わせていた。オーレンも彼女にならった。
「ご馳走様でしたっと。さて、オーレンちゃん、山頂の寺に用があるって言ってたっけ。しっかし、冥恩寺はとっくに廃寺になってるのに巡礼する意味とかあるのかな?」
「ええと、それでもなお、巡礼は修行になると師父から言われておりまして」
しどろもどろになってオーレンが答える。嘘に嘘を重ねるのは苦手だ。
「わたし、まだまだ未熟者ですので……」
曖昧な笑みを浮かべるオーレンを美夜は不思議そうに見た。
「そうかな? この山に入れただけでも相当な実力者に思えるけど。ここ、相当上等な迷路結界張ってあるのに」
「めいろ、けっかい……?」
オーレンが思わず聞き返した。入山するときは特になにも感じなかった。
「え、もしかして結界に気づかないで境界越えちゃったの? 私はいろいろな秘儀を使ってごまかして越えてきたんだけど、ああそうか」
美夜は笑った。
「あなた、死んでるから結界の判定に触れなかったのかな」
「ひゃあ」
いきなり核心を突かれてオーレンは悲鳴を上げた。
「なな、なにを言ってるんですか美夜さん。し、死んでるとかそんなオカルトな」
オカルトが服を着て歩いているという自覚はあるが、オーレンはどうにかごまかそうとする。
「美夜ちゃんって呼んでよ。つーか、隠してもバレバレだよ」
美夜はオーレンの首元を指さした。
「……いまも首、折れてるじゃん。三六〇度くらい」
美夜の指摘に、オーレンはあわてて首に触れる。事実だった。先ほどの爆風で折れた首の位置をあわてて直したせいで角度を間違えていた。
「ああ……だから首が曲がるのは嫌なんだ……」
観念してオーレンは自分が不死であることを認めた。美夜はオーレンの服装をまじまじと観察する。
「大陸方面の不死に見えるけど、走屍かな。あ、道教ベースだからキョンシーか。お約束のお札がないと思ったら、肉体制御の札は帽子の中にあるのね。うまく考えられてるな。関節の硬直もほとんどない。オーレンちゃんの師父はそうとう優れた道術使いね。本流からはちょっと離れた亜流っぽいけど」
「そこまでわかるんですか……」
「ま、大陸の不死もそこそこ見てきたからね。でも、ちゃんと会話できるタイプは初めてだよ」
美夜はからからと笑う。
「……あの、美夜さん、私も不死なんですけど……狩りますか?」
オーレンは美夜のハンマーを横目に見ながらおずおずと訊いた。あれで叩かれる羽目になるのは、できれば避けたかった。
美夜は腕を組んでふーむ、と考え込む。その姿は隙だらけだった。いまなら殺せるかな、とオーレンはスカートのポケットに隠し持っていた毒針をさりげなく握った。お肉をごちそうになった恩人を手にかけるのは気が進まないが、任務の妨げになるようだったら今のうちに始末しておくべきかもしれない。
「オーレンちゃん、人とか食べる?」
出し抜けに美夜はオーレンに顔を向けると、恐ろしい問いを投げてきた。
「食人の経験はないですし、したくもないです……」
オーレンは即答する。できれば好物の蒸し饅頭だけ食べていたい。
「あ、そう。じゃ、人を襲ったりする?」
これには答えに詰まった。任務で人に毒を盛ったり、ハニートラップにかけたり、金庫破りをしたり、マフィアを潰したりするのはオーレンにとって日常茶飯事だ。最近、妖怪退治などをしたこともあったが、広くとらえれば人を襲っていると言われても釈明できない。
「襲いたいという衝動に駆られたことはない、です」
迷ったあげくオーレンはうまく言葉を選んで答えた。道士さまの『命令』なら善人でも悪人でも襲いますが、という言葉は飲み込むことにする。
「そっか……ならいいや。別に狩らなくてもいいでしょ」
美夜はあっさりと言った。
「……いいんですか? そんな、簡単な……」
オーレンが思わず突っ込んだ。ハンマーを振り回す美夜に追いかけられることになっても困るが、あまりにもあっけなさすぎた。
「同じ釜の飯を食った仲じゃない。いや釜じゃなくて猪だけどさ。細かいことなんて気にしない気にしない! あっちの方に参道みたいなものがあったよ。たぶんあれ登っていけば山頂のお寺に着くと思う。月並みだけど旅は道連れっていうじゃん。一緒に行こうよオーレンちゃん!」
快活に笑いながら美夜はハンマー付きのスクールバッグを担いで歩き始めた。その後ろ姿を、オーレンは困り顔のままで見ていた。
ややこしいことになってきた。




