便利なじいやと共に
* ハジメ村 *
そう書かれた古ぼけた看板には歓迎の気持ちは微塵も感じられず、きっと観光客なんかは訪れない寂しい村なのだと一瞬で悟ることが出来た。
「宿を手配してございます。暫くはこちらを使ってこの世界へ馴染むことから始めるのが宜しいかと……」
「そ、そうね……」
いつの間に手配したのか分からないが、とりあえず言われた宿へと入ってみる。当然宿も古ぼけており、部屋の良さは期待できそうになかった。
「ココへお名前を……」
カウンターにて手渡された筆ペンを握り、私はふと考えた。
(折角別世界へ来たのなら、名前も変えてみようかしら?)
「お好きなお名前を」
笑顔で私の考えを察した彼は、静かに佇み私の所作を待っていた。
「何かこう……格好の良くて気品があって綺麗で品が合って美しい……」
(お嬢様。意味が被りに被っておられますぞ……)
「何か『ル』で始まる格好の良い名前……」
宿のサインでしばし悩む私を待ち続ける二人。
「う~ん……ル……ル……ル……ゥ……う~ん」
「お嬢様、ルルルゥ……で如何ですか?」
「……ま、それにしましょうか。何かあれば変えるわ」
サラサラと台帳へとサインをし、部屋の鍵を受け取った私は指定の部屋の扉を開けた―――
「へ?」
飛び切りゴージャスなベッド。並べられた銀の食器。とても美しい装飾が施されたティーセット達。
とてもボロ宿屋に似つかわしくない品の数々が、所狭しと立ち並んでおり、壁がボロにも関わらず中は最高にゴージャスになっていた!!
「すみませんルルルゥお嬢様。急拵えでしたので、これ位しか用意できませんでした。お許し下さい……」
「―――へ?」
ベッドのスプリングでバインバイン跳ねて遊んでいた私に頭を垂れる彼。
「いやいやいやいや! こんなに凄い物見たこと無いわよ! 元の世界よりゴージャスじゃないの!?」
「恐縮でございます……」
頭を上げた彼は笑顔で白い歯を見せてくれた。どうやってこのボロい部屋にデカデカのベッドを入れたのかは聞かないでおこう……。
「では、本日はゆっくりとお休み下さいませ。後程お食事をお運び致します。あ、何か御座いましたらお呼び下さいませ。すぐに駆け付けます故……」
ゆっくりと閉められる扉を前に、私は思い出したかの様に彼を呼び止めた。
「待って!」
「……如何なさいましたか?」
「貴方の……名前を聞いてなかったわ」
「お好きな様にお呼び下さいませ」
「……じゃあ……『じいや』で。やっぱり執事と言えばじいやよね♪」
「仰せのままに……」
白い歯と共に閉められた扉。私はベッドに横たわり少しばかり耽ってみる。
「…………じいや」
「はい」
にゅるりとベッドの下から現れたじいやは、白い歯を見せ服のシワを丁寧に直している。
「ど、何処から現れたのかしら!?」
「手品は私の特技でごさいます」
私は先程閉められた扉とじいやを一別し、じいやの予期せぬ行動に高鳴る鼓動を抑え息を整えた。
「べ、別に何でも無いわ。呼んでみただけよ」
「左様で御座いますか。ではまた何か御座いましたら……」
と、扉から廊下へと出て行ったじいやを確認し、私はベッドの下を覗いた。
(誰も居るわけ無いよね)
安心してベッドに横たわるも、やはり気になるのでもう一度じいやを呼んでみることにした。
「じいや」
「はい♪」
再びベッドの下から現れたじいやはとても満足そうだった。
 




