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明惠公主  作者: 英
4/6

第一章(2)





「…うう、ん……」


 驚くほど掠れた声は、どうやら自分のものらしい。徐々に鮮明になっていく視界の眩しさに、ソヒョンは眉を潜めた。


「…! 姉上!」


 切羽詰まった、聞き慣れた声が耳に入り、そちらの方へ目を遣れば、珍しいほど情けない顔をした弟ーー即ち寧彦大君(ニンノンテグン)が目に入った。


「…、寧彦大君(ニンノンテグン)…! なぜ…」

「主治医!主治医はいるか! 姉上がお目覚めになられた!」


 

「ーーーどうやら、精神的疲労が原因のようでございます、王子(テグン)様。」

「そうか…では病ではないのだな?」

「はい。薬を飲んで暫く安静になされましたら、じき回復なさるでしょう」

「わかった。そなたはもう下がってよい」


 目覚めた後の疲労感によりソヒョンの意識が朦朧としていう間に、主治医の脈診も終わり、寧彦大君(ニンノンテグン)も普段の落ち着きを取り戻す。姉上がお目覚めになったと兄上と父上、母上にお伝えしろ、と彼お付きの()内官に言伝を頼んだ後、漸くソヒョンに向き合った弟は、安堵の息をついた。


「姉上が倒れたと聞いて、肝が冷えました…もしや煙をお吸いになられたのではと……」

「待って、それよりも、私も聞きたいことがあります。貴方と兄上は無事だったのですか? 火事に巻き込まれたと聞いて…」

「ええ。火が大きくなる前に、裏門の扉を破って逃げ延びたのです」

「そう…よかった」


 姉上に話がある故兄上ーー世子(セジャ)を待ちましょう、と寧彦大君(ニンノンテグン)が妙に険しい顔でソヒョンに告げてから半刻も経たないうちに、世子(セジャ)が到着した旨を伝える(チョン)向宮(サングン)の声が届いた。





「――兄上、今、なんと?」


 ソヒョンが掠れた声で問う。


「……今回の火事は、何者かが企てたもののようだ」


 何のご冗談を、と言おうとした口は、兄と弟の険しく沈んだ顔によって閉ざされる。


「な……ぜ、そのような恐ろしい事を」

「火が上がる直前、何者かの足音と、物陰が見えた。その時は、私か寧彦大君(ニンノンテグン)のどちらかの内官だと思ったのだが……後から聞いても、違うと言う。だが、火が、その物陰の場所から出たのは確かだ」


 きっと兄達の冗談だ、でなければ、何かの勘違いだ、というソヒョンの希望は呆気なく散った。いくら違うと信じたくとも、聞いた限りでは信憑性があるし、そもそも、(寧彦大君(ニンノンテグン)は兎も角としても)世子(セジャ)は確信のないことは言わない性格だ。


「で――であれば、何故父上にその事を言わないのです……!? それが本当なら、れっきとした謀反です。父上に報告し、義禁府(ウィグムブ)に捜査させるべきでは?」

「証拠もないのに、王様(チョナ)を振り回す訳には行くまい。それに、下手に敵を刺激するのは危険だろう。一国の王子を二人も殺めようとした者だ、何をするか分からぬ。……当分は気付かぬ振りを」


 どうやら兄達が話すこの恐ろしい話は、事実のようだ。受け止めきれない現実に、ソヒョンは恐ろしさどころか可笑しさをも抱く。


「姉上。実は、この件で、姉上に言わねばならないことが」

「わ、私に…?」

「今回の件で、恐らく敵の狙いは私と兄上だと思いますが……万一に備え、姉上も警戒をお願いします。それから、淑晏堂(シュガンダン)の護衛の数を増やしますが、理由を聞かれても、どうか知らぬ振りを。今回の件は、私達三人以外に、誰も知ってはならぬのです」


 コクリ、ソヒョンが静かに頷く。



 それは、火が止められる少し前、亥の刻のことだった。



 



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