序章
「淑儀様、姉上様から書状が届いております」
淑儀と呼ばれた女は、向宮の手から書状を受け取ると、忙しなく中の紙切れを取り出し、その手に広げた。
暫くの間、其れに目を落としていた淑儀は、ゆっくりと顔を上げ、上座に座る女と視線を交わらせる。
「例の巫女は……」
「刺客を送った。案ずるな」
小さく頷いた淑儀は、姉からの書状を女に手渡すと、間をおかずに立ち上がって一礼した。そのまま部屋を後にする――その姿が見えなくなる間際、女が再び口を開いた。
「――必ず成し遂げるのだ。寸分の狂いもあってはならぬ。よいな」
「はい。しかと肝に銘じます、大妃様」
部屋に残った大妃は、薄ら笑いながら、淑儀から受け取った書状を卓上の灯火に翳す。次第に色が変わっていく其れは、やがて灰となり、大妃の卓子を些と汚した。
「何、淑儀が宮殿にいない?」
王は眉を顰めた。
「一体どういうことだ。何故宮殿にいない?白内官、詳しく調べ――」
「王様、その件でしたら私が許可致しました」
「……大妃様」
大妃が入室したことにより内官は頭を下げて部屋を後にする。
「一体どういうことですか?淑儀は身重です。もう臨月だというのに、宮殿外に出して、何かあっては……」
「今日は淑儀の母の命日なのだとか。供養をしたいと涙ながらに訴えられ、どうして断れましょうか。あの者が出てもう二刻が経ちました。じき帰って参るでしょうから、どうかご心配なさらず」
微笑んだ大妃に、王が頷く。と、同時に先程退室した内官が慌ただしく扉を開けた。
「王様! たった今知らせが――淑儀様が実家で産気付いたと――」
ガタリ、王が音を立てて立ち上がる。大妃がその様子をちらりと見た後、頭を抑えてその場に倒れ込んだ。血相を変えた王と内官が駆け寄る。
「大妃様!」
「私のせいで……私が外出を許可しなければ……」
「何をしておる! はやく医官を!」
「(舞台は整えた。後は淑儀が、あの者が……)」
その日、急ぎ向かった王が淑儀の実家に到着する半刻ほど前――淑儀が、町医者の手を借りて王子を出産した。