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貝殻と化石


 アデル、カイン、トーヤの三兄弟は、並んで子供部屋の窓から夜空を見上げている。

 空に浮かぶは満天の星。その星々が流れるミルキーウェイ……その美しい夜空に、前世の記憶にある星座は見当たらない。

 そして首を巡らせれば、大きな月とその横に小さな月が白い光を夜空に煌々と放っている。


「地球じゃないんだよなぁ……北極星も無いし……」


 そう、この世界には夜に方角を知るしるべとなる北極星が無かった。

 代わりに真南に、南天星と呼ばれる星がありこの世界ではその星をしるべとしているのだと、家庭教師のトラヴィスから教わった。


「秋に川を遡上してきた鮭だか鱒だかを見たか? 腹を裂いて出て来た筋子が黄色だったぜ?」


 これには三兄弟も度肝を抜かれた。盆地であり周囲を山で囲まれたコールス地方ネヴィル領は、その山の頂から流れる川が幾つも領内を流れている。

 その流れは南へと向かい、海へと続いているのだという。

 そのためか、川には一旦海へと降り、後に遡上する魚が多数生息していた。

 話に上がった鮭、鱒だけでなく鰻や鮎など領民たちの貴重なタンパク源の一つとして重宝されている。


「盆地なのに雪が降らないしな……それどころか、寒いとは言っても氷すら張らないよな」


 この事を祖父に聞いたところ、コールス地方に雪が降ったことは数度あるという。

 だが、積もる程には降らないのだと言っていた。

 盆地といえば、普通は冬になると山の頂から冷たい風が吹き下ろして、厳しい寒さに見舞われるものである。

 だがコールス盆地は違った。幾つかの奇跡的な条件により、一般的な常識を覆すような現象が起こっていたのである。

 まず山に囲まれているとはいえ、その山がそれほど高くないこと。そして、コールス地方からは少し離れた場所に休眠火山があり、その火山の地熱によって盆地全体が温められていること。

 その熱によって温められた空気が、山から流れて来る冷たい空気を押し上げ堰き止めていることなど様々な条件が重なっての気候であった。

 そのため、冷たい空気と暖かい空気がぶつかる山裾には、冬になると毎日のように濃い靄が掛かるのであった。

 

「地球っぽいけど、地球じゃないのかなぁ? だってよ、野菜とかはそのまんまだぜ?」


 三人が毎日食べている大麦や豆類を始め、油を取るオリーブや、カブ、キャベツ、ニンジンなど、地球と色形がそっくりそのままの物が数多くある。


並行世界パラレルワールドってのは考えられないかな? ここまで地球に似ていると、そんな馬鹿げた説でも納得しちゃいそう」


「まぁ何にせよ自動車が走り、飛行機が空を飛ぶ世界ではないことはわかっている。そして、前世の記憶がそこそこ役に立つということもだ……」


 七歳の子供の行動範囲などたかが知れている。いま現在わかるのは、コールス地方ネヴィル領のごく一部、このネヴィル領唯一の街であるフロムの周辺だけである。

 その唯一の街であるフロムも、街というよりは大きな村と言った方がいいような有様で、二階建ての建物は三兄弟が住む領主の屋敷のみであった。


「どっちにしたって、俺たちはこの世界で生きて行かなきゃならないんだ。俺たちにどうして前世の記憶があるのかはわからないが、あるからにはそれを活かして懸命に生きるしかないよ」


「そうだな。考えても答えの出る問題じゃないし、この世界の秘密は大人になるまでお預けってことで……」


 三兄弟はこの世界のことはひとまず棚上げにして、目下このネヴィル領をどう富ませるかの思案に暮れるのであった。 



ーーー



 剣の稽古を始めて二ヶ月が経過した。つまり今は二月であり、冬はもう間もなく終わろうとしていた。

 ネヴィル領の各家庭の食卓に、塩付けのオリーブの実が並ぶと皆は春の到来を感じ始める。

 秋に収穫したオリーブの実は、油を取る他にも食用にされる。

 そのままでは食べる事ができないため、塩水に三ヵ月ほど浸しておく必要がある。

 そのため、丁度食卓に並ぶのが一月の終わりから二月であり、もうそろそろ春だなとなるわけである。

 

 あれから三人は夜ごと話し合い、幾つかのアイデアを思いつくのだが、どれもこれも実現するには厳しいと言わざるを得ない状況だった。

 例えば、コールス地方の山々には椎木が生えている。秋になれば椎の実を実らせ貴重な食料となり、その根元には椎茸が生える。

 その椎茸の栽培を考えたのだが、どうも上手くいきそうにない。

 何故なら、今のネヴィル領の技術では人工での完全栽培は不可能であることがまず一つ。

 ならば、半栽培ならどうかとも考えたが、半栽培は椎木に傷を付けて椎茸が宿りやすくする方法である。

 そのために椎木が年々痛んでいくのである。いくら椎茸を栽培するためとはいえ、椎木を痛めつけて枯らしてしまっては元も子も無い。

 枯れた椎木の根張りの力が失われ、地滑りや崩落の危険も出て来るだろう。

 そして山自体に水を蓄える力が失われれば、枯れ山となりその頂から流れる川も干上がってしまう恐れがある。

 こうして三兄弟は、椎茸の栽培を諦めたのであった。


 行き詰った三兄弟は、剣の稽古が終わるともっぱら、従者を引き連れて領内を練り歩くことにした。

 まずは何よりも、この地を知ろうと考えたのである。

 領民たちと挨拶を交わし、会話をして様々な知識を得る。そうしたものを得た後で、改めて何が出来るのかを考えようとしたのだ。

 領民たちは三兄弟に好意的であった。すでにヒヨコ豆を用いた豆料理の数々は各家庭に浸透しており、その発案者が三兄弟であることが知れ渡っていたのだ。

 この豆腐を始めとする豆料理に関する成功も、後から考えれば偶然に近い産物であったことを思い知る。

 主食が大麦であり、ヒヨコ豆はあくまでも副食。そしてヒヨコ豆は半分家畜の餌であったがために、今まで大して加工されてこなかったという理由があったのだ。

 まぁ何にせよ成功は成功である。これによって、ネヴィル領が極端に豊かになるわけではないが、各家庭の食卓を賑やかにし、領民たちの顔に笑顔を灯すことが出来たのならば、それはそれで満足であった。


 冬の間でも農民たちは、汗水を垂らして毎日働いている。

 手が空いている今の内に、新しい畑を開墾しようと必死に耕しているのだ。

 新たに開墾した畑から取り除かれた石や木の根などが、耕したばかりの畑の脇に高く積まれている。

 三兄弟は、ふとその高く積み上げられた石に目をやった。

 そしてその中に驚くべきものを発見したのである。

 その驚くべき物とは、貝である。積み上げられた石の中に、貝殻が混じっているのである。


「おい、これを見ろ!」


 カイルが差し出した何の変哲もない石の中に、さらに驚くべきものを見つける。


「これ、化石か? 貝かな? 珊瑚かな? 詳しくはわからないけど、これ間違いなく化石だよな」


 さっそく農民たちを呼んで話を聞いてみる。すると、この辺りではどこでも当たり前のように出てくるのだと言う。

 

「んまぁ、貝さ出て来ても、実が入ってねぇべ。おらたちにしてみれば、こんなん出て来ても嬉しくもなんともねぇべさ」


 元々代々この土地に住んでいたという農民の言葉には強い訛りがあった。

 さらに詳しい話を聞くと、山にも貝や化石がたくさんあると言うのだ。

 これは考えればわかるとおり、この土地が大昔は海であったことを物語っていた。

 三兄弟は、春になったらコールス地方の山々の調査を本格的に行う必要性があると考える。

 もしかすれば、もしかすると、貝殻や化石などよりももっと大きな発見があるかも知れないのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 未だ未だ出だしですが、三人の覚悟が素晴らしい。 [気になる点] 地球での文明は北半球に集中していたので忘れがちですが、天の北極(つまり北極星の辺り)と天の南極が同時に見えることは有り得ませ…
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