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豆、豆、豆


 三兄弟は朝食を済ませると、厨房へ行き我が家のコックであるモーリスに、本で知った料理を再現して欲しいと頼み込む。

 初老で痩せこけた風貌のモーリスは、少しだけ困ったような顔を浮かべたが、三兄弟の熱心さにほだされて、最後には仕方がありませんねぇと引き受けてくれた。


「最初に作るのは豆乳だな。その過程でおからも出来る」


 倉庫から持って来たヒヨコ豆を水に浸す。そのまま五、六時間放置する。

 三兄弟はその間、祖父に頼んで従者をつけて貰い、昨日と同じく裏山で女王蜂を捜索する。

 従者たちは、冬に虫を探すなんてと呆れるが、領主の息子であるために渋々ながらも付き合うのであった。

 人手が増えたおかげで、二匹の女王蜂が見つかり空き地に用意した巣箱の中へと収める。

 大成果だと喜ぶ三兄弟の、子供らしい一面を見た従者たちの顔も綻ぶ。

 家に帰り、井戸の冷たく冷えた水で手を洗うと、さっそく水に漬け込んだヒヨコ豆を調理棒でぐちゃぐちゃに潰してもらう。

 そしてそれを布で濾してきつく絞る。絞られた液体が豆乳、絞りかすがおからである。

 おからは、豆腐ハンバーグのつなぎとして使うのでそのまま取って置いてもらい、まずは絞りたてのヒヨコ豆の豆乳を試飲してみる。

 決して美味しくはない。


「ふ~む、これが豆乳ですか……結構いけますな」


 えっ? どこが? と三兄弟は驚き、顔を見合わせる。が、考えてみれば、山羊の乳よりはえぐみも臭みもなく、飲みやすいのかも知れない。

 次はその豆乳を鍋に掛けて温める。焦げ付かないようにかき混ぜながら、程よく水分を飛ばした所で容器に移して冷やす。

 今が冬であるため、外に出して冬の冷気に当て、一気に冷やすことにした。

 そのまま二時間ほど放置した後、皿に装って試食した。


「うん、豆腐だけど……やっぱり大豆で、にがりが無いと上手くは固まらないなぁ」


 出来上がったヒヨコ豆の豆腐は、日本で売られている豆腐よりも柔らかく、ドロッとしていた。

 味は豆腐なのでお察しである。当然だが、素材の豆の味しかしない。


「これが豆腐……ほぅほぅ、若様がたは本当に博識で御座いますなぁ。お次は何をすればよろしいのでしょうか?」


「えっと、次は豆腐ハンバーグかな。何の肉でもいいから、ミンチにして貰えるかな。あと卵を幾つか……それとさっきの豆の搾りかすのおからも使う」


 はいはいとモーリスは晩に出す予定であった、猟師から献上された鶏肉を包丁で刻んでミンチにする。

 そして妻でありこの屋敷の給仕長を務めるケイシーに、鶏小屋から卵を持ってくるように頼んだ。

 用意された食材を、三兄弟は一つ一つ確認する。三人は相談して、まずは肉と豆の比率を半々で作ってみることにした。

 

「ボウルにミンチ肉を入れて、卵とおからを加えて捏ねまわして、そうそう、そんな感じ! で、形をこう整えて焼いて見て」


 モーリスは言われた通りに調理を続ける。厨房に肉の焼ける良い香りが漂い始め、三人の腹の虫がぐぅぐぅと鳴きはじめる。

 途中で裏返して、しっかりと中まで火を通して焼き上げ完成。

 皿に移した豆腐ハンバーグからは実に良い香りがし、見た目は肉の塊……即ちハンバーグそのものであった。

 三人とモーリスは、豆腐ハンバーグをそのまま何も掛けずに試食してみる。

 と言っても、掛ける事が出来る調味料は塩くらいしかないのだが……


「うん、これは実に美味しい! これは素晴らしいですな! これならば、何も知らない者は全部肉だと勘違いするかも知れませんな」


 そうだろうか? と三人は思った。つなぎにおからを使ったせいで、豆の風味が強すぎる気がするのだが、これは仕方がないと諦める他なかった。

 何故なら、小麦が無いのである。コールス地方で育てているのは大麦なのだ。

 小麦はコールス地方では一切栽培していない。

 

「若様がた、今日作った料理を明日、さっそく先代様にお出ししてもよろしいでしょうか? わたくしが思うに、きっと先代様もお気に入ると思いますので……」


「うん、いいよ! あと、おからは麦粥に掛けて食べるのも面白いかも知れないね」


 こうしてネヴィル家のメニューに、新たに豆乳、おから、豆腐と豆腐ハンバーグの四品が加わる事となった。

 翌朝、早速モーリスは朝食に豆乳と豆腐、そして麦粥におからを掛けた物を出して見た。

 豆乳を飲んだ先代様こと、三兄弟の祖父であるジェラルドは顔を顰めた。


「なんじゃこの薄い乳は! これは何の乳か?」


「う~ん、強いて言うなら豆の乳でしょうか? これは豆乳と言って、ヒヨコ豆から作ったものです」


 なに? と、驚きながら、説明をする孫のアデルの顔と豆乳を何度も見比べる。


「家にあった本に、料理に関する記述がありまして、昨日モーリスに無理を言って作って貰ったのです」


 当然これは嘘である。ネヴィル家に料理の本は一冊も無い。だが、本をまともに読めるのが三兄弟とその家庭教師であるトラヴィスだけであり、ジェラルドには事の真偽を確かめることが出来ないのが幸いした。

 そのままアデルの話を信じて、鵜呑みにしたのである。


「するとこの皿に盛られている物もか?」


「それは豆腐と言います。それもヒヨコ豆から作られた物です」


 何、これもヒヨコ豆からだと、とジェラルドは驚く。そして恐る恐る豆腐をスプーンで掬って口に運んだ。


「う~む、味があまりせんな……だが、口の中で溶けるような食感は面白い」


 味については兎も角として、あまり咀嚼せずに済む豆腐をジェラルドは気に入ったようである。


「病気で弱っている方にも良いかも知れません。味が薄いので後から好みの味付けに出来ますし、豆をそのまま食べるよりは、柔らかくて消化も良いですから」


 ふむ、とジェラルドは頷く。確かに病人食には良いかも知れないと。


「う~む、しかし朝から肉とは、贅沢だし胃にもたれるわい」


 豆腐ハンバーグを見たジェラルドは、このような贅沢は慎むべきであると孫たちに説教をした。

 我が家に、いや我が領内には贅沢をする余裕がないと、六歳の子供にもわかるように噛み砕いて説明する。


「承知しております。ですが、今日は特別に用意して貰いました。御覧の通り、僕たちの分はありません。ああ、僕たちのことは気にせずにお食べ下さい。僕たちは昨日、試食しましたので……取り敢えず、今日は御爺様に試食して頂き感想をお聞きしたかったのです。ですが、確かに朝から肉料理とは、贅沢で胃に優しくありませんでしたね、申し訳ございませんでした」


 いや、と口ごもりながらも、厳つい顔に似合わず孫に滅法弱いジェラルドは、あまり気が乗らぬが孫が自分のために用意させたというので、取り敢えず口を付けてみることにした。


「うん? 見た目とは違い、やけにあっさりとしておるな……何の肉だ?」


「その豆腐ハンバーグは、鶏肉が半分と後はヒヨコ豆で出来ております」


「なに? これが、これが豆だと申すのか?」


「半分ですけどね」


「いや、いや、これは素晴らしいではないか! 半分を豆で補えるのならば、今までの一人分の肉で二人分になるということであろう? 我が領内では領民たちが開拓に精を出してくれたおかげで、豆だけは豊富に獲れるからの。これは良い、実に良い。それに、儂はこの味も気に入った。肉の臭みも半分が豆のせいか、それほど感じられないし、油のしつこさもないからの」


 最後に麦粥に掛かったおからを食し、それが豆乳の搾りかすであり、豆を捨てところがないほどに活用していると知ると、その倹約の心意気を褒めた。

 そして作り方を聞き、それが複雑でない事を知ると、ジェラルドは領民たちにこの四品を広める事に決めた。

 こうしてネヴィル家だけでなく、コールス地方全体に豆腐料理が広まることになったのである。

評価、ブックマークありがとうございます! 感謝です!


本作に出て来るヒヨコ豆ですが、値段は高いです。

そして、ヒヨコ豆で作った豆腐はそれほど美味しくはないです。

やっぱり豆腐は大豆が一番だと思います。

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