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貧乏からの脱出策


「どうしても辞めるというのかね?」


「……はい、折角拾って頂いた恩も返さずにこのような無礼、まことに申し訳なく思っております」


「じゃが、孫たちはトラヴィス殿に対して何ら不満を口にはしておらぬぞ」


 現当主であるダレンが害獣退治に自ら赴いているため、隠居である先の当主であるジェラルドへ、三兄弟の家庭教師であるトラヴィスは自身の退職を願い出たのであった。

 ジェラルドの書斎には本棚があり、その本棚にはギッシリと本が並べられている。

 だが良く見れば、その本の内容や種類は雑多混迷を極めており、長編の物語なども一巻と四巻はあるのに二巻と三巻が抜けているといった感じであった。

 トラヴィスの視線が、自分の背後にある本棚に注がれているのを知ったジェラルドは、禿げ上がった頭を撫でながら笑った。


「いやぁ……お恥ずかしい話ですが、単なる武辺者の儂もダレンも、ここにある本の殆どを読むことが出来んのじゃ。貴族の見栄として適当に買い漁って見ただけでの……これが読めるのはトラヴィス殿とあの孫たちだけじゃ……」


「いえいえ、これ程の蔵書の数々、滅多にお目に掛かれるものではありません。事実、わたくしめの実家に

本など殆どありませんでした」


 これはお世辞ではない。本の質はともかくとして、この量は準男爵としては異常なほどの量であった。

 仮にも若い身の上で家庭教師を務めるだけあって、トラヴィスは聡い。

 

 ジェラルドとダレンは、御自身の勉学のためにこれらの本をお求めになったのだろうとすぐに悟った。

 これだけの量の本である。決して安い買い物では無かったはずだ。

 それでも本を買い知識を求めようとした姿に、トラヴィスは感動を覚えていた。

 だが悲しいかな……このコールス盆地の開拓事業に追われ、満足に勉学をする時間を得られなかったがために、ここでつい最近まで埃を被っていたのである。


「……トラヴィス殿……一つお尋ね致すが、あの孫たちをどう思うか?」


 これまた難しい質問であった。その孫たち……の異常な学力によってトラヴィスは自信を失い、退職を願い出たのだ。

 

「……素晴らしいお孫さんたちです。わたくしは家を出てから他家に数度、教師として赴きましたが、あれほどの才を誇るお子様を見たことはありません。算術は僅か一日で覚え、語学も僅か半年で読みも書きも完璧に覚え、しかもそれだけに飽き足らず貧欲に様々な知識を欲する姿勢は、素晴らしいものであります」


 これは事実であり、今となってはあの三兄弟がこのコールス地方で一番賢い者たちであるのは間違いないだろう。

 もっともこれはある意味ではズルである。あの三兄弟は、文字は兎も角として算術については最初から知っていたのである。

 前世の記憶、高瀬賢一の学歴を考えれば、簡単な四則演算の類など朝飯前である。

 文系に進んだとはいえ、より高度な関数や証明なども楽に解くことが出来るだろう。


 孫を褒められて嬉しいのか、ジェラルドはすぅと眼を細めて微笑んだ。


「如何にしても、当主である息子が帰って来てからの話じゃな。帰って来てからもう一度、今度は孫たちも含めて話し合うことにしようではないか」


 尤もな話である。トラヴィスはこの場は大人しく下がるほかないと、頭を下げてジェラルドの書斎から退出した。

 


ーーー



 祖父の書斎でそのような話がされているとは知らぬ三兄弟は、ネヴィル領をどう富ませるかを話し合う。


「計算能力が認められて、母上が行っている領内の決済の数々の書類に目を通すことが出来たが、収入に対して出費が大きすぎるよな」


 長男のアデルの言葉に二人は同意する。


「その原因はなんだ? 確かに大した産業や輸出物がないのはわかるが、あの数字はあまりにも馬鹿げていると言わざるを得ないぞ」


「その原因は塩だよ……殆どあれが原因だと思う。山間の盆地だからな、遠方から塩を運んでいる内に値段が跳ね上がっちまうのさ。でも塩が無ければ、人は生きることが出来ない。こればっかりはどうにもなんねぇよ」


 そのあまりにも高い塩は、ネヴィル領では配給制を敷いている。

 値段が高すぎて、領民たちの個々の収入では買えない者も出てきてしまうためである。

 そのため、税の一部は塩税の名目で取り立てている。だが元々、領内自体での経済活動は盛んでは無い上に、祖父がこの地に来た頃よりはマシとはいえ、未だ多くの領民たちは自給自足で一杯いっぱいの状態である。

 塩税として集めた金では、領民たちに行き渡る量の塩は買えないため、どうしても領主であるネヴィル家が負担するしかないのが現状であった。

 それに元々、塩税以外の税も他領に比べれば恐ろしく安く設定している。他領と同じでは、領民は飢えて離散し難民と化してしまう恐れがあるからだ。

 税を払う事が出来ない者たちの救済処置としては、払う者よりも多くの賦役を与える事で免除していた。

 そのため、ネヴィル領からは今のところ難民は出ていない。

 

 この厳しい現状を打破するには、支出を上回る収益を上げる他はない。

 その一つが養蜂である。だが、これが上手くいく保証はどこにもない。

 他にも何か手を打つ必要があるだろう。


「産業ったってなぁ……土地は駄々余りしているんだがなぁ……」


 三人は脳内に以前見せて貰ったネヴィル領の地図を思い出す。

 現在のネヴィル領は、王国側の山道の麓に領内の人口の全てが集中している。

 周囲の山々はおろか、盆地の殆ども手つかずの状態なのである。

 

「開拓して新しい作物を育てるか、それともいま現在領内で育てている作物の収穫量を増やすか……」


 前者は兎も角として、後者は当主である父がいま現在行っている政策である。


「どっちにしろ時間が掛かるだろうな。それまでに戦が無ければいいんだが……戦が起こると大事な働き手が奪われるだけでなく、勝っても負けてもその内の何割かが帰って来ないからなぁ……人口の少ない我が領には途轍もない痛手なんだよな」


「やっぱり周りにある山々を探索するしかないと思う。金銀は無理だとしても、鉄鉱石でも出ればネヴィル領は救われる。駄目で元々、試してみるしかないと思う」


「だが、山を調べると言っても俺たちだけじゃ無理だ。何せまだ六歳だからな……家を何日も空けるなんて、到底許しては貰えないだろう」


「どうにかして親父殿を説き伏せる事が出来ないものか……」


「説得力が必要だな。つまりは、何らかの形で俺たちが経済的な成果を上げるしかない」


「つまりは結局のところ、養蜂を成功させるしかないのか」


 そこいらに居る六歳児のするような会話ではない。もしこれを何も知らぬ大人が聞けば、唖然とするか噴飯するかのどちらかであろう。

 だが彼らは至って真面目に話をしていた。このままでは、年月を重ねてもネヴィル家は貧乏のままで、ネヴィル領はいつまでも辺境のド田舎のままだろう。

 それを脱するには、何か転機となるような発見とドラスティックな改革が必要であると考えていた。

 

「あと、食事の改善も頼むよ。もう豆のスープは飽き飽きだ」


 うんざりとした顔で呟いたトーヤの言葉に、二人も頷いた。


「大豆があればなぁ……豆腐は……無理か……大豆もそうだが、にがりが無いものな」


「いや、いけるぞ! それだよ、それ! ちゃんとした豆腐にはならないが、ヒヨコ豆で豆腐もどきが出来るはずだ。二人とも忘れたのかってのは変な言い方だが、前世で一度だけ大学で昔の食事の再現をしたときに作ったことがあったはずだ」


「おお、それに加えて俺も一つ思いついた。豆腐ハンバーグだ。豆だけでハンバーグは無理でも、上手くすれば肉と豆の比率を半々ぐらいに出来るかもしれない。もっとも、ヒヨコ豆やレンズ豆で出来るかはわからないけどな」

 

 グッドアイデアだぞと、三人は燥ぐ。会話の内容は兎も角、燥いでいる姿だけをみれば年相応の子供に見える。

 早速明日試してみる事に決めた三兄弟は、夕食の後も夜が更け、祖父の雷が落ちるまで話し合いを続けた。

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