二つの祝賀会 其の一
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トーヤが麺づくりに勤しんでいる頃、アデルとスイルの両国王はノルト王国の王都リルストレイムへと向かっていた。
表向きは、同盟国である両国の戦勝を祝うとのことであったが、その真意は見え透いたものであった。
三国の王とノルト中の貴族が集まる中で、ノルトの王シルヴァルドがアデルとヒルデガルドとの婚約を成立させることであった。
これがもし、アデルが成人していたのならば即結婚という流れになっただろうが、アデルは十四歳である。
年明けに十五になってめでたく成人するのだが、未成年ということで婚約という形になるのは間違いない。
それにネヴィル側の都合というのもある。
元々ネヴィルは険しい山々の中にある盆地で、山そのものが城壁であり、谷が堀であるといった天然の要害で城を持たない国である。
王都トキオに都庁が聳え立ってはいるが、都庁は城ではない。
居館にしてもガドモア王国に仕えていた頃の男爵邸を多少増築しただけで、とてもではないが一国の王が住むレベルの代物ではなかった。
アデルをはじめ、カインもトーヤも贅沢を好まず、別に住むには問題ないのだからと棚上げにしてきたが、ここに来て体裁を繕う必要が生じてしまった。
三人はこの問題に頭を抱えたが、国民たちは違った。
国民にとって王であるアデルは、文字通り期待の星である。
アデルがもたらした数々の勝利と発展は、正に神の御業であるとさえ囁かれていた。
国民たちは若いながらも敬愛しているアデルが、恥を掻くのを良しとはしなかった。
「俺たちの手で城を建てるべきだ!」
こういった声が日増しに大きくなり、各村や街の代表者たちが集まり嘆願したのだ。
この時アデルは人前も憚らず、涙を流したといわれている。
結局、城は戦略的意味をなさないとして建てられなかったが、王都を今より拡張してアデルに相応しい居館を建てることになった。
折しも山陰道に続き、新たに山陽道が開通して好景気である。
資金についての目途はすぐに立った。
すぐに建築は開始されたが、どう見積もっても完成は来年の秋位になるだろうと思われる。
トーヤが自ら図面を引いた建築図を見たアデルは、その図を見て即ツッコミを入れた。
図には白い館と書かれており、アメリカ合衆国のホワイトハウスの外観を少し小さくしたような形をしていたからだ。
「これホワイトハウスまんまじゃないか!」
「面白いだろう? 記憶の中の大都市東京をモチーフとしたトキオに、アメリカの象徴のホワイトハウスが建つんだぜ」
衣装の件といい、トーヤのセンスに期待したのが間違いだったとアデルは嘆いたが、このホワイトハウスは後に数奇な運命を辿ることになり、後世でも特に有名な建築物の一つになるのであった。
センスの程はさておき、絵を描いたり図面を引いたりといったことに関して、今のネヴィルでトーヤの右に出るものはいない。
アデルとカインの見るところ、このトーヤこそが兄弟の内で最も豊かな才能の持ち主であると認めていた。
ノリノリの弟に水を差すのもどうかと思ったアデルは、この案を承認した。
どうせ年の半分は、戦だ何だと王都を留守にするのだから、どんな見た目であろうがあまり意味はないとも考えていたのだった。
こうしてネヴィル王国に、初めて王の居館が建てらることになった。
ーーー
話は再びノルトの王都リルストレイムへ向かう道中へと戻る。
アデルもスイルも、道中馬車よりも自ら馬に乗ることを好んだ。
ノルト王国が派した護衛に厳重に警備されながらも、二人は馬を並べて旅路を楽しんでいた。
行く先々で噂の無敵の若き黒狼を見ようと、人々が街道にごった返す。
アデルもスイルもそんな民衆たちに、愛想を振りまいていく。
「ついにアデルも妻帯するか。いや、仲間が増えるのは結構、結構」
馬上で胸を反らし、呵々と笑うスイル。
その笑い方に何か含むものを感じたアデル。
「俺が結婚するのが何でそんなに嬉しいのさ?」
不思議がるアデルに、スイルはニヤリと口角を上げた。
「いや、なに…………まぁ、結婚すればわかることさ。うちのも気が強くて敵わんが、聞くところによればヒルデガルド姫も相当のものらしいな。お前とはいずれ美味い酒が飲めそうだなと」
確かに将棋の件といい、ヒルデガルドは気が強い方である。
「もっとも俺の時とお前の場合では、何というか規模そのものが違う。俺が結婚した時はまだ国ではなかったからな。それに俺の妻は部族内の有力者の娘。今回は国と国とのことであるし、さてどうなることやら…………」
表情こそ心配する素振りを見せたものの、内心ではスイルは全くといっていいほど心配はしていない。
ただ、未知のことについて久しぶりに緊張しているアデルを、もう少しだけからかってやろうと思っていた。
「俺が一つだけ心配しているのは、今回の婚儀の件でフランジェとベルクトとノルトとの関係が悪化するのではないか、というところだ」
あくまでも自身の結婚を、政治的なものとして捉えようとするアデルに、スイルは驚きを隠せない。
「その二国もヒルデガルド姫を狙っていたというのか? 初耳だな」
「俺もカールから直接聞いたわけじゃない。だけども、二国とも永きにわたって戦が続き、未だ決着がついてない。だとすれば、ノルトと婚姻を結んで優位になろうとするのは自然な考えだろ?」
「ノルトの隣国か…………確かに言われてみれば、食指を伸ばさないわけがないな。しかし、カールはお前を選んだわけだ。俺にはカールの気持ちがわかる。俺もカインに妹を嫁がせるわけだしな。カインならば妹をきっと幸せにしてくれるだろうと信じている。カールもお前ならば、と思っているに違いない」
アデルはそう語るスイルの横顔を見た途端、自分が酷く幼く感じてしまった。
確かに見た目は両国の結びつきを強める政略結婚だが、ただそれだけであの妹思いのカールが自分を選ぶわけがないのだ。
「…………ありがとう、スイル。俺は人として大事なことを見落としていたようだ。結婚ってのは、そんなんじゃないよな…………そういえば一つだけ心配なことがあるんだが…………ヒルダは、その…………俺なんかでいいのかな?」
今更お前は何を言っているのかと、スイルは大笑いした。
「お前がヒルデガルド姫と何度も会っていて、贈り物を送っている話はもう誰もが知っている。大体、嫌いな者に贈られた装飾品を日ごろ愛用すると思うか? お前は政戦両略長けているが、どういうわけか時々阿呆になるな。ま、そんなところが俺の知るアデルなんだがな」
アデルも、ヒルデガルドはアデルに贈られた簪を大層気に入っており、どこに行くにも身に着けているとの話は聞いている。
でもそれは物そのものが便利だから気に入っているのではないかと言うと、
スイルは呆れたような顔をして、天を仰いだ。
「お前もそうだが、カインもトーヤも少しは女心を学ぶべきだな」
次回は、ついに婚約発表!




