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家族


 長男で、このまま無事に育てば我が家の当主となるアデルは、同じ部屋に居る二人の弟たちの顔をマジマジと見つめる。

 決して広いとは言えない部屋には、子供用のベッドが三つ並んでおり、二人の弟はそのベッドにうつ伏せになって寛いでいた。


「何だよ、アデル……俺たちの顔をそんなに見たところで、変わりはしないよ。三つ子だぜ? お前と瓜二つ、いや三つだよ」


 そんなことは言われずとも承知している。事実、三兄弟は両親にすらしばしば間違われるほどであり、家族や仕えている者たちにもわかりやすいように、それぞれ首に違う色のスカーフを巻いていた。

 そのスカーフの色は、長男であるアデルが自分の家の旗に描かれている鷹の色と同じ白。

 次男のカインが、その旗の下地の色の赤、三男のトーヤは旗を吊るす竿の色と同じ黒である。


「いやぁ……俺たちって、目つき悪いよな……」


 二人の顔をマジマジと見続けていたアデルが、不意にポツリと呟いた。


「……仕方ないだろう……遺伝だ。目だけは爺さんと親父にそっくりだと誰からも言われるしな……」


 はぁ、とカインは大きな溜息をつく。


「他は、髪の色も顔の輪郭も、この高く形の良い鼻も、お美しい母上譲りなんだけどねぇ……」


 三男のトーヤが、少し猫っ毛気味の毛先を指でいじりながら答える。

 トーヤの言う通り、三人の顔だちは若く美しい母親に似て、そこそこ整っている。

 だが、顔の中である意味もっとも重要なパーツである目だけは、厳つい祖父や父親そっくりであった。

 自己主張が強く、睨み付ければ犬も尻尾を巻くような目力を灯す鋭い目つきが、母親から受け継いだ優しげな雰囲気を台無しにしている。

 だが、美容整形外科があるわけでもなさそうなこの世界では、生まれ持ったこの顔で勝負するしかない。


「よし、今日はそこそこ上手く行ったな……そこでもう一度、自分たちの置かれた状況を確認しよう。この世界にはスマートフォンもパソコンもない。紙はあるが貴重なもんでメモ帳なんかに使おうものなら悪戯じゃ済まされずに殺されかねないからな。こうやって、何度も直接話し合って確認するのは大事だ」


 二人の弟たちも、その点については同意した。


「ではどこから始める? まぁ最初は国からか? 俺たちは領内から出たことは無いから爺さんと親父と母上の話と、書斎にあった本の知識しかないが……」


 そこから始めようとアデルが言うと、三人はお互いに知っている限りのことを話し合い

確認していく。

 この三兄弟が住む国の名は、ガドモアという。王を頂点とする専制君主国家で、同じく専制国家である周辺諸国と絶えず戦争状態であるという。

 もっと詳しい話を祖父や両親から聞きたいのだが、まだ幼い子供であるお前たちには戦の話は早すぎると言って、教えてはくれないのであった。

 次に我が家の話へと移る。三兄弟の家はガドモア王国に属する貴族で、家名をネヴィルという。

 その位階は準男爵。貴族の中でも下から二番目という、小さな小さな地方貴族である。

 家祖である曾祖父が王国に仕える騎士であり、ある戦で大手柄を立てたことにより士爵号を授かった。

 そして祖父の代になり、またしても武功を上げ爵位が上がり準男爵号を授かった。

 そこまではいい。小さいながらも国の中央に属する、中央貴族の一員であった祖父はあることが切っ掛けで王の勘気を被ることになる。

 それは、話を聞いた限りでは誠に馬鹿馬鹿しい話ではあった。

 先代の王、つまり祖父が仕えていた先々代の王の息子、王太子がこともあろうにとある戦の際に、祖父をからかって祖父の剣に小便を引っ掛けたのだ。

 祖父は曾祖父が手柄を立て家宝として受け継いだ剣を穢され怒り、王太子をその場でぶん殴ったのだという。

 これが大問題になった。武門の家柄で、二代に渡って武功を挙げているネヴィル家を先々代の王は惜しんだが、如何に王太子側に非があるとはいえ、先に手を上げてしまった祖父をそのまま許すわけにはいかない。要は面子の問題である。

 だが父より受け継がれし家宝の剣を小便で穢されたことに対しては、王を始め貴族たちも同情的ではあった。

 故に、お取り潰し等の厳しい沙汰はなく、少々の謹慎と僻地への左遷で済まされたのだ。

 それも王は祖父の武勇を惜しみ、王国最西端のド辺境ではあるが、西に限り領地切り取り自由の御免状を与えたのである。

 こうして祖父の代にネヴィル家は、現在の土地であるコールス盆地へやってきた。

 切り取り自由の御免状があるとはいえ、山間の中にあるこの盆地には当時、村が三つあるだけであった。

 その三つの村もド辺境よろしく寒村で、盆地の王国側の入口にひっそりと立っているのみであった。

 当然開発など何もされておらず、三つの村には王国の代官が年に一度だけ、山を越えて税を取りに来るだけという有様。

 産業も何も無い寒村を見て、祖父は途方に暮れたという。

 だが祖父は、それしきの事でへこたれなかった。開拓し、耕作面積を増やし、人口を増やした。

 そして今では小さいながらも街一つ、村三つになるまでに至ったのだ。

 その過程は、決して楽なものではなかった。祖父はまず、王国側へと続く山間の道を整備した。

 だが、いくら道を整備してみても、大した産業も名物もないド辺境に商人が来るはずも無い。

 そこで祖父は、跡継ぎであるダレンに貴族ではなく商家の娘を嫁として迎え入れた。

 これにより商家との繋がりが出来、何とか領内に商人を迎え入れることが出来るようになったのである。

 つまり、三兄弟の母親であるクラリッサは、貴族ではなく商家の出である。

 商家の出である母、クラリッサは多少の計算が出来た。

 祖父も父も、貴族としてある程度の教育は受けてはいるが、基本的に武人であり数字には滅法弱い。

 今でも、領内の収支報告書などはクラリッサが一手に引き受けているほどである。


 商人との繋がりを築くことに成功した祖父は、今度は売り物になる農作物の栽培に取り掛かった。

 だが盆地の寒村、そうは簡単にはいかない。色々と試行錯誤を繰り返して、今領内で育てている農作物は主食の大麦、レンズ豆、ヒヨコ豆、イナゴ豆、そしてワインの原料として僅かに葡萄を栽培しているのみであった。

 家畜も、少数の鶏と山羊が精一杯であり、軍馬は極々わずかで領内の馬の殆どは農耕馬というありさまであった。


「……意外と、ハードモードだよな……」


「意外じゃなくて、十分ハードだよ! 毎日の食事を見ればわかるだろ、毎日麦粥と豆。それが朝晩二食」


「もう流石に飽きてきたな……しかも豆も大豆じゃなく、レンズ豆とヒヨコ豆だもんなぁ……日本じゃ家畜の餌だよ」


「でも、あのイナゴ豆ってのは、ほんのり甘くて俺は好きだぜ」


「ああ、あれはいいな。あと、大麦が獲れるから麦茶が飲めるのもいい」


 うんうんと三兄弟は頷いた。


「そうだ、明日先生に他にどんな野菜や果物があるか聞いてみよう。先生は確か中央貴族の家柄だったはず、王都で色んな物を見ているだろうし」


 賛成と二人の弟たちが手を上げる。

 先生とは、三兄弟の家庭教師として領内に招かれた貴族の家柄の出の若者で、その名はトラヴィスという。

 トラヴィスは中央貴族の出ではあるものの、位階は最低の士爵家でありさらには子沢山で八男という何とも言えない出自の者であった。

 当然、そのような大人数を生涯養うだけの余裕はなく、八男坊であるトラヴィスは十六歳になり成人すると、手切れ金のはした金を手渡されて家を追われた。

 途方に暮れていたトラヴィスを偶然にも戦場帰りに王都へ立ち寄った父のダレンが見出し、中央貴族の出ならば礼儀作法や教育もされているはずだと、三兄弟の家庭教師として雇うことにしたのであった。

 その日の食事にも事欠いていたトラヴィスは、渡りに船とばかりにその話に飛びついた。

 ダレンから僻地だと聞かされてはいたが、来て見てビックリ……ネヴィル領コールス地方は想像を絶する、言うなれば陸の孤島であった。

 

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