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SABAKI 第三部 継送  作者: 吉幸 晶
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テロの真相


       テロの真相



「そうやって、拉致した他グループのリーダーや幹部を、全員殺すのか」

 多治見は少しずつ質問を重ね、善波の計画の全容を聞き出そうとしていた。

「夷を以て夷を制す。奴等は菅谷が作った離是流を壊した。ひょっとしたら奴等の中に、菅谷を殺した奴がいるかもしれない。報復と仇討ちの一石二鳥になります。使って当然ですよ。」

「法律を学ぶ者として、間違っていると思わないのか?」

 白木が悲痛な面持ちで言う。

「先に仕掛けたのは奴等です。離是流のメンバーを引き抜いて菅谷を挑発しました。当然菅谷は、裏切った二人を許さなかった。一人は工事現場の橋桁の下に生きたまま埋めた。もう一人はミンチにして、川魚の餌に――。それを知って、奴等は菅谷が恐ろしくなり、菅谷自身を殺した。」

「やはり菅谷は、妻や娘意外にも殺していたんだな」

 多治見が確認するように訊いた。

「そうですよ。菅谷は気が短すぎる男ですぐに切れた。多治見さんの年代で言うと『瞬間湯沸し器』で、合っていますか?気に入らないと仲間だろうがお構い無しに痛め付ける。」

「君にもか?」

「僕に?ははは。菅谷は僕には手出ししませんよ。」

「なぜ?」

「僕は頭脳。菅谷は体。自分で自分の首を絞めるのは自殺行為ですよ。白木さんがそうであったように、菅谷は頭の良い人間には手は出さない。そういう人間でした。」

 白木を見ながら「そうですよね?」と薄笑いを浮かべて訊く。

「確かに」と返事をしながら、白木は唇を噛んだ。


「僕は大阪にいたので、裏切った二人の事は処理後に聞きました。そこの名古木ら三人を使って、菅谷が殺ったのは事実です。そうそう、多治見さんの家族は、菅谷の単独行動でした。しかしあれには正直参りました。大事の前にあんな事をやるなんて。僕の計画が全て駄目になるところでした。」

 善波が計画の首謀者だという言い方をした。それを聞いた東田原が口を開いた。

「菅谷と日本を取る夢が潰え、他のメンバーは散り散りに逃げ、離是流は壊滅した。だが唯一残った俺達三人の前に、お前は、無能で私腹を肥やす事しか脳の無い政治家や、絶対の地位を誇示する官僚。権力に弱く一般人には強固な警察官。事例がないと役に立たない役人。それに若者の少ない稼ぎを無心してまでも、無駄に生きる惚けた老人。若者が生きにくいこの国自体を解体して、住み易い政治・経済を作るという、菅谷が掲げた夢を実行しながら、菅谷の仇を取ってやると言ったから、俺達はお前の指示通りに動いたんだ!」

「黙っていろ!約束通り、菅谷の仇討ちと国への報復をしているだう。それともお前達三人の頭脳で、菅谷の仇討ちと夢を実現できるのか!」

 珍しく善波が怒鳴った。それを聞き、三人は黙り下を向くところを見ると、善波に頼り切っているのが判った。


「きみの言う惚けた老人達は、戦争の中を生き抜いて、日本の――、この国の復興に尽力した方々だ。戦争で自分がした事やされた事。失った悲しい過去など、忘れて生きたって良いじゃないか。」

「意外とロマンチストですね。」

 善波は嫌味な笑みを浮かばせ多治見へ向けた。

「それに死を間近にして、痴呆により死からの恐怖を緩和して、死の準備をしているのだと思えばいいじゃないか。」

「しかし痴呆の無い老人は、たいした病気でもないのに、話し相手を求めて毎朝のように病院へ行く。だから本当に具合の悪い子供は、長い時間苦しみながら、自分の番が来るのを待つ。そして若者は病院に費やす時間さえ貰えずにいる。」

「若者が病気の時は、有給休暇を取って行けば良い。」

「その有給さえ取らせて貰えないのが、現状ですよ。」

「取らせて貰えない?」

「そうですよ。企業側は、若い入社三年未満の社員で、有給申請をする者へは、『有給を取るほど仕事をしているのか!』と罵られ、半休でもと頼むと『だったら、明日から来なくて良いから』などと脅されて、結局、有給休暇を取れなくしています。」

「それは労働基準法に反する」白木が言う。

「企業は知っていてそうするのです。その場で辞表を書かせる企業もあります。現状は、それだけ正社員をやって行くのが厳しく、難しいのですよ。常に弱きは若者側にあるのです。」

「弱きは老人にもあるのでは?さっきの話しに戻るが、人と話す事によって、一時でも自分の病気の痛みや苦しみを忘れられるのら――」

「くだらない!」

 力の篭った一言で吐き捨てた。

「多治見さん。貴方は全てを正当化するのですか?」

「そんなつもりはない。だが若くても世の中の為にならない者もいると言いたい。」

「だから年寄りだけではないと?」

「そうだ。政治家や官僚に役人、老人を悪だと菅谷と君達は位置付けているが、悪人は一般の若者の中にもいる。いじめや虐待、変質者に暴行傷害、殺人や詐欺など、殆ど若者じゃないか」

「それも今の国の制度や政策が悪いからですよ。偽証や使い込み、政治の本質や知識すらない政治家が生まれ、大臣の職に就いたり、何事も無かったかのように、政治家の顔をして、体裁だけを繕ったりしているのです。そういった輩が国を動かしていては、まともな政治などできるわけがない。だから、支払われた議員報酬や政治活動費など、国民から徴収した金を、全額返済することはもとより、政治家になってから得た、家財は全て没収し、連帯責任として家族も含めて、即座に、極刑にするべきなのです。」

 善波の主張に、斐山(ひやま)市の市議だった谷山の戯言を思い出した。国民の為の国造りを真剣に考え、真面目に取組んでいる政治家は、いったい全体の何人なのか。恐らく少ないから。現職の市議である谷山も、似たような事を口にしたのであろう。また現代は、責任の所在を追及する風潮が強い。だから責任を取らないために、政治家だけではなく、国民の誰もが先頭には立たない。善波の言う連帯責任も、有る程度必要なのかも知れないと多治見は感じた。

「極刑にならないから、国民を無知だ無能だと腹の中で笑い、再び義理人情に訴えて、政治家に戻るのです。百五十年程前、徳川慶喜が大政奉還をして日本は新しい時代を迎えた。その後約八十年には大戦を敗戦で迎え、再度新しい政治の場が設けられたが、しかしその政治も、たかが七十年と言う時間の中で腐りきり、今ではスキャンダルの宝庫にまで成り下がっています。歴代の総理大臣自ら時の人になったケースも少なくはない。総理大臣になってまでも、まだ金や権力を欲しがる。そういった輩が政治を、日本を動かしている限り、代償を払うのは、未来を担う若い世代なのです。政治が保たれるのが八十年周期だとするならば、もう変革の次期に入っても良いのではないでしょうか?」

 先程、東田原へ向け言った、粗雑で頭ごなしの物言いではなく、落ち着き静かな口調に戻っていた。

「君の言う事も判らなくは無いが、どうして極刑に拘るのかな?しかも即座って、普通は裁判で審議を諮って刑罰を決める。時間は掛かるものだよ」と白木が問う。

「刑務所も税金で賄っています。散々私腹を肥やした者に、どうして税金を使うのですか?それも若者から徴収した血税を。」

 善波が吐き捨てる様に答えた。


「議員報酬を一般国民と同じ水準にする事が、大事なのです。」

「そんなことをしたら――」

「生活はできますよ。現に国民はしています。それに議員と肩書きが付けば、国政調査活動費や政治活動費などの名目で、月に五十万から百万も、報酬とは別に貰える。自由業を営んでいる国民よりも、はるかに良い条件ではないですか」

 白木が言い掛けた途中で、善波が遮りその疑問に答えた。

「実績も上げずに、ただ何期もだらだらと議員バッヂを着けて、高額な報酬を貰っている、狡賢く無能な政治家が裕福に生きている現代では、国民の――、若者の本当の苦しみを知る事など、絶対に有りません。それに彼等が貧困や困窮を、身を持って知ることも有りません。」

 善波は部屋にいる者の顔を見回す。

「だから一度壊すのですよ。そして再編するのです。」

「その第一歩が今回のテロなのか」多治見が険しい目を向け問う。

「そうですよ。命欲しさに議員や役人達が辞職すれば、標的は少なくなり、僕の理想が早く具現化できますから。その為に――」

 善波は自分の描いたビジョンを語り始めた。

「政治家も六十歳定年制とし、定年後は自治会や町内会の役員を専任してもらいます。また任期は長くても三期まで。特例を設けて、三期内で本当の実績を残した政治家は、最長五期まで任期を可能にします。住まいも、議員でいる間は議員宿舎へ居住し、政治活動に集中できるように、全てのサイドビジネスを禁止にします。勿論、名前や肩書きを貸すのも厳禁。発覚したらその場で私財の全てを没収して、十八歳以上の家族も同罪で、無期懲役又は死刑の極刑を与えます。そして法を犯した政治家や、二期の間に功績の無い政治家は、立候補権を剥奪して、二度と政治の舞台に乗れなくします。とある市議達が政活費を不正に使い込んでも、立候補者がいないからといって、選挙に出て当選しました。犯罪者が政治家に成れる事から無くさなければならないのです。」

 谷山よりは的を射た事を言っていると多治見は思った。

「そして誰でもが政治に参加できるように、立候補の条件を見直します。若くてお金が無くても、政治へ取組む意思があれば、立候補できるようにします。」

「誰にでも政治に参加ができるようになるのは良いことだが、任期二年では、落ち着いて政治活動などできないのでは?」

「白木さん。二期というと八年ですよ。八年あれば、産まれたばかりの赤ん坊だって話しができます。何でもできるように思いませんか?逆に言えば、八年有っても何も出来ないのであれば、何年有っても何も出来ないですよ――。それに時代の流れは、お二人が思っているより遥かに速い。ポケットに入る携帯電話が普通(あたりまえ)になったのはいつだと思います。三十年ほど前です。それが今ではスマホになった。そのスマホが出たのは、僅か十数年前の事です。当時たった三社しかなかった携帯電話会社も、ここ数年で増えた。電気やガスだって公共のもので選択肢など無かったのが、買い手が選ぶ時代になっています。」

 確かに時代の流れは目を見張るものがある。携帯でさえ、やっと使えるようになったと思ったら、新機種に変わり、またいちら覚え直す。それを何度繰り返してきたのか。最早多治見は、使いこなす事は諦めて、電話とメールだけ使えれば良いと思っていた。

「それと法整備は別問題だと思うが?」

 白木の反論に、善波は皮肉な笑みを再び浮かべた。

「この国の技術を護る法律が無いから、簡単に国内の大手企業が他国に買われる。だから唯一日本の財産とも言える技術が、国外へ出て行き、その国の技術として使われているのですよ。企業ばかりではありません。島国の狭い国土まで、他国に買われているのが現状です。数十年後には、日本と言う名の国だが、所有者の大半が外国人になっているかもしれない。その土地の買占めも、役所は購入者が外国人とわかっているのに、危機感を持つ事無く静観しています。それに本来は国が護る土地なのに、空き家に課税するなどという、実に馬鹿げた、本末転倒な事を始めたので、日本の法律で護られない、不要の土地の所有者は、二束三文でも買ってくれる外国へ売るのです。」

 善波は白木の反応を窺っている。

「自然に対しても、世界を挙げて温暖化防止だと言いながら、毎年更新されている気温の上昇や、増える豪雨や荒天など、地球の危機管理すらせずに、野党がどうの与党がこうのと、くだらない事だけに時間を割いている。良いですか、任期内で自分は何をするのかと言う目標に、強い信念とそれをやり通す気力。そういう確固たるものを持っていないから、不倫などというどうでも良い事を何時までも引っ張ったり、他人の言葉の揚げ足を取ったりして、それで仕事をしているのだと勘違いをするのですよ。」

「だから法整備が時代の流れに付いて行けていないと?」

「白木さんも、気が付いておられるのではありませんか?ひと昔前では、法の目を潜ってギリギリ法を犯さずに悪が蔓延(はびこ)った。しかし今は、犯罪が先に立ち法が後から出来上がり、無意味な法律だけが残る。そういった物も負の遺産として、僕達が引き継ぐ事に成るのです。」

 先を見て想定した法律などできるものではない。したがって法改正や新しい法案などは後手後手に回り、出来上がった時には、犯罪者はすでに、法に触れない新しい犯罪を始めている。


「今までは政治家をメインに話しましたが、官僚、役人――。各省庁や役所に勤める人も同罪ですよ。菅谷が言っていた年金にしても、年寄りに早く死んで貰う理由のひとつです。貴方より少し上の代で、ここ一・二年で還暦を迎える年代の人達は、若い頃から収め続けていた年金が、やっと貰える歳になります。しかしそれ以降の人達は、収める若者が減り、支給額は半減するでしょう。それだけでは無く、資金不足との事で、支給される歳はどんどんと上がり、やがて七十歳以上などと馬鹿な法案を出す筈です。勿論、経済界へ根回しして、定年は七十歳だとゴリ押しをし、六十歳以上の正社員を雇った企業には、国から補助金を出す。そんな落としどころを、政財界は既に持っているのかも知れません。」

「では年寄りを排除する必要もないのでは?」白木が問う。

「七十歳までの人を雇えば補助金が出るが、若者を正社員にしても補助金は出ない。であれば補助金の出るベテランを雇う。しかも若者の正社員よりも賃金も安く。当然、企業も人の弱みに付け込みますよ。若者の最低賃金と同額であれば雇うと言われれば、年金が支給されるまでは、藁にも縋り細々でも生きなければならない。その条件で今の会社に残るか、良くて転職。結果、若者の正社員化は後回しになる。悪循環ですよ。」

「それを断ち切る為に必要だと言うのか」今度は多治見が訊いた。

「仕方ないでしょう。正社員雇用を衰弱させ、収入を減らして不安定な生活を勧めた、国の政策が間違いだった。今後――、これから若者が強いられるのが、昔の政治家や役人達又は未だ現役の者が行った、政策の顛末だと知りながらも、現役の政治家や役人は、昔の者達や、まして自らを罰する事など決してせず、尚且つ自分達の腹を痛める事も無く、還暦間近の人達か、若者から絞り取る方策を考え強行するでしょう。貧窮の中でやっと生きている若者から金を徴収して、六十歳以上の老人に支払う。」

「今までそうしてきたんだ」多治見が当たり前の如く言う。

「そうです。若者と年寄り――。貰う側と支払う側の均衡が保てている時代だからできたのでしょう。しかしこれからは違いますよ。働く――、いいえ働ける若者の数と、受け取る老人の数の比率が大きく変わる。均衡の取れていた時は、投資や利貸しなどで、何か運用もできたでしょう。穴を空けたり、役人が横領して使い込んだりしても、楽に穴埋めもできたでしょう。しかしこれからは、根本的に底辺が違うのです。そうなれば六十歳以上の人達は、若者の足枷としかいえない。それに多くの若者が気付き、老人を排除しようと、犯罪者が増えれば本末転倒ですよ。最早、早い時期に行政が何とかしなければならないのです。それなのに彼等は、将来のことなど考える事無く、先代から引き継いだものは何の疑いや、経緯すら調べる事もせずに引継ぎ、また後任へと引き継ぐ。恐らく、戦後以降――、いいえひょっとしたら、大政奉還された明治維新から、そのまま引き継がれているのかも知れません。何故なら、それが自分の保身となり。早く昇級する術で有るからです。だから上が右を向けば、自ずと右を向く。何か事が起きれば役所ぐるみで隠蔽して、硬く口を閉ざす。」

「君が言おうとする事は判る。だがさっき多治見さんが言ったように、政治家や役人の対象者には、若者も多く含まれている。」

「そうですよ。だから布告状に、ちゃんと書いているではありませんか」

 多治見は宣戦布告状を思い返し、最後の一行にその意味を知った。


『それを阻止する者は、何人なれど国を蝕む寄生虫と見做し、同罪として死を持って、己の間違いの罪に報いなければならない。』


「そういう事か。」

「ご理解いただけたようで、安心いたしましたよ」

 善波は多治見と白木へ素直に微笑んだ。

「君に逆らう者は、全て抹殺するという事では、菅谷の思想そのものだ。」

「そうですよ。死にたくなければ、僕の掲げる政府ができるまで、政治家や役人を辞めて、今後再生される理想の国家の為に、僕に尽くせば良いだけの事です。」

「まるで独裁だな。坂本竜馬ではなくヒットラーだ。」

「窮屈なのは、理想国家が出来上がるまでの事です。」

「暴力に――、テロに訴えなくても、君の考えをちゃんと伝えて、少しずつでも変えて行くべきではないのか?」

 白木が説得を試みた。

「人の理想や思想は不変ではありません。時間が掛かればひとつの旗の基に集った者も、自分の意見を持ち離れて行く。」

「政治家特有で、持論と合致したから入党して進む。と選挙前には言っていても、一期と持たずに、異見だと言って離れてゆく。あれかな?」

 多治見が例を挙げた。

「僕が望むものは、そんな紛いものでは有りませんがね。彼等のは、自分を守る為の方便でしかないですよ。僕は国の事を話しているのです。国を変えるには、改革の短期決戦(クーデター)でなければ実現はしません。」

 善波は立ち上がり、庭に面した窓へと近付いた。

「君の言っている事も、修正を重ねれば支持されるだろう。」

「それはありません。犯罪者の――、殺人者の理想や思想など、誰が支持するのですか?力で押さえ付けて、恐怖を持たせ始めて聞き入られる。例えば僕がここで捕まっても、警察は僕の思想(どうき)を発表すると思いますか?絶対しませんよ。単純に菅谷の仇討ちだったと言うだけでしょう。だから世の人達は――、今後の若者達が背負う負の遺産を作った者達が誰で、その者達だけが甘い汁を吸い。その家族や親族が、恩恵を受け続ける事も知らされる事も無い。ましてや僕がしようとした、現状の日本政府への抗議のテロも、テロを真似た、個人的な仇討ちに過ぎなかったと発表され、それを疑いもせずに信じるのですよ。」

 窓から外を見ると、武装した――恐らくSIT(シット)だろう。植え込みや物陰に隠れているのが、外灯に照らされ僅かに見えた。

「多治見さん。どうやったのか教えて貰えますか?」

「何を?」

「どうやら包囲されているらしい。」

 東田原ら三人も、別々に窓から外を窺った。

「外への連絡ツールはひとつだけだ」善波の質問に答える。

「なるほど」善波が視線を多治見に戻した。

「どうするんだよ!」下落合が善波へ大声を出した。

「今更、何もできないさ。」

「こいつ等を人質にして逃げよう」

「名古木。馬鹿過ぎるよ。」

「善波!まだ菅谷の仇討ちすら終っていないのに、何余裕こいてんだよ!」

「SITに囲まれた時点で負けだ。」

「ふざけんな!俺は逃げるぜ!」

 名古木が白木に近付き腕を伸ばした。瞬間、多治見が名古木の腕を取り投げた。大きな体は宙で一回転して、勢い良く床に打ち付けられた。名古木は「うっ」と短く唸り気絶した。

「下落合、早くスイッチを押せ!どうせなら都庁諸共爆破して、道連れを多くしてやれ!」

「つくづく。馬鹿を仲間にした事を恥じるよ。」

「何を!」東田原が善波の胸倉を掴んだ。

「タクシーの運転手も、都庁近くの選挙事務所に監禁している奴も、既に助けられている。多治見さんの時間稼ぎに乗ってしまった。」

「ふざけるな!」怒鳴りながら何度も下落合はスイッチを押した。しかし手応えを感じる事はできなかった。


『善波及び離是流のメンバーに告ぐ!君達が仕掛けた爆弾は全て排除した。無駄な抵抗は止めて、人質を解放しなさい!』


 突如、拡声器を使った声が、仲間割れを始めた部屋に、遠慮無く進入してきた。

「善波!俺達はどうなるんだ?」おどおどしながら下落合が訊く。

「何人、殺したと思っているんだ。捕まれば当然死刑だ。」

「おっ俺は死にたく無い!お前弁護士だろ。俺を死刑から助けろよ!」

 東田原が白木へ哀願するように命令する。

「警察の言う通り、素直に投降すれば無期になるかもしれない。」

「無期って――。死刑よりましか……。でも、無期だよな」

 多治見と白木はソファに座ったまま、善波だけを見ていた。


 善波は怯えている東田原の後ろに立つと、スタンガンで気絶させた。下落合はそれに気付き多治見の陰に隠れた。

「もうじき警告から五分経つ。外に出るなら今のうちだ」

「五分が過ぎたら、何をするんだよ」下落合は狼狽えながら聞いた。

「普通から言えば催涙弾が打ち込まれ、突入だろうな。目。痛いよ。」

「外へ出ると射殺されるかな?」

「両手を挙げて出て行けば、それは無いさ」

 多治見が慰めるように言うと、下落合は玄関のドアに向かって這い出した。善波は下落合の後ろからスタンガンを押し付けた。

「善波。どうする?」

「悪いけど、多治見さんには人質になっていただきますよ。」

「逃げられると?」

「いいえ。私の思想と理想。今回の犯行の目的を、マスコミに伝える為の人質ですよ。」

「SIT相手に?」

「あなたが人質なら、SITも無理はしませんよ。」

「さて。お役に立てるか判らないが――」

 多治見は両手を頭に置いて立ち上がった。


 善波は多治見を盾にして、玄関のドアを開けた。陽は傾きかけて、家や木々が大きな影を造り、辺りを薄暗くさせていた。

「マスコミを呼べ!話しがしたい!」

「善波!お前の要望は通らない。多治見警部を離して、素直に投降しなさい!」

「これは最後の爆弾の起爆スイッチだ!マスコミを呼ばなければ、これを押すだけだ!」

「そんな脅しは通用しない!」

「爆弾はもうひとつ有ります!」多治見が大声で、早まるSITへ忠告した。

「多治見さん。助かりますよ。」

「何処の誰が犠牲に成るのか、それが許せないだけだ。」

「そうですか。ところで先程の質問ですが――。どうやってここを教え、爆弾の在り処を伝えたのですか?」

「さっきも言ったが、君の敗因は、君が寄越したスマホを放置した事だよ。」

「やっぱりそうですか……。はははは。そんな馬鹿なミスを……。」

 善波はスイッチを持つ手を、多治見の顔の前に出した。

「策士、策に溺れる――か。でも僕と同じですね。」

「どういう意味だ?それよりも、最後の爆弾は何処だ?」多治見が問う。

「マスコミはまだか!押すぞ!」

 多治見の右の耳辺りに、生温い水が掛かった感じがした。銃声がそれを追うかのように隠れ家の庭に響いた。

 善波の体が多治見に圧し掛かってきて、そのまま崩れ落ちた。多治見は、最後の爆弾の在り処を聞けずに善波を失った事へ憤り、SITへ「何故!撃った!」と大声を上げた。


「突入!」の掛け声が上がると、多方から一斉に窓ガラスの割れる音が聞こえた。しかし部屋の中は、外の喧騒とは打って変わり、水を打ったような静けさが支配していた。






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