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SABAKI 第三部 継送  作者: 吉幸 晶
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上層部の考え


       上層部の考え



 上神宮は警察病院から直接登庁すると、多治見が言った様に、一人の部下を伴い、警視総監室の前室のドアをノックした。

「上神宮警視正及び多部居巡査部長。警視総監警護にて参りました。」

 上神宮が名乗ると扉は開かれ、二人は前室に入った。そのまま奥のドアをノックして名乗る。

「開いているよ」と警視総監の岩本が二人の入室を許可した。


「今朝はご自宅までお迎えに行けず、また登庁の時間にも遅れました事。誠に申し訳ございませんでした。」と深々と頭を下げ、勤務に支障を来たした事を詫びた。

「仕方有るまい。多治見君だったかな?具合はどうだね?」

 岩本が多治見の容態を気にして訊いた。

「正直申しまして、任務に就ける状態ではありませんでした。しかし本人は警視総監の警護に就くと聞かなかった事もありまして、鎮静剤と睡眠薬を投与し強制的に眠らせました。」 

 敬礼の状態のまま報告を済ませた。

「そうか――。君を含め国内全員の警察官を休ませたいが、テロ対策と要人警護の為そうもいかん。無能な私を許して欲しい。」

 岩本は心底、本人も標的にされている中、不眠不休で要人警護とその反動で働いている、全国の警察官の労を労った。

「ありがとうございます。警視総監のそのお言葉で、全国の警察官の士気が上がります。」

 上神宮はそつ無く礼を言うと、「配置に付きます」と断り前室へ戻った。


 その日の午後二時。岩本は警視総監室に、生活安全部部長の福島。刑事部長の山形と捜査一課課長の酒田。公安部長の秋田と公安総務課課長の能代(のしろ)。それに生活安全部総務課長の上神宮を含めた、警視庁の機動部の主要な六人を自室へ呼び寄せた。

「私に入った情報では、以前渋谷を拠点(ねじろ)にしていた離是流(りぜる)と言うグループの残党が、裏で火薬の材料を買い漁っていると訊いたが、君達がどういった情報を入手しているのか聞きたくてね。」

 岩本は六人がソファに腰を降ろすとすぐに切り出した。しかし 誰もが手持ちの情報を他部署へ聞かせる訳も無く、貝の様に押し黙った。

「君達の――と言うか、今までの警察の体質からと言った方が良いか。今は沈黙を通す事は美学では無く。部下の命――。強いて言うのであれば国民の安全な生活を守るべき警察官として、何ら価値の無い。逆に国民の命すら危険に晒す愚かな行為だ。そう理解して貰った上で再度訊く。離是流への――。テロへの情報は得ていないのかね?」

 山形と秋田両部長は目を合わせないよう脇を向いて、部下である課長へ任せる腹だと岩本は見抜いた。各課長も出来る限りの進言は差し控える様にと言われているのであろう。下を向いて岩本と視線を合わせない姿勢を堅守した。しかしその中で唯一、上神宮だけが逡巡しているのがわかった。

「君達の遅疑が数十人の犠牲を生むかも知れん。」 

 岩本が諭すかのように言う。

「警視総監に窺います。」と公安の能代が口を開いた。

「何だね?」

「先程の離是流の件ですが、何処からの情報ですか?」

「何故だい?」

「……」

 確信を話す事を拒んでいるのが判った。

「私です。」と上神宮が挙手をして応えた。

「私の所の部下が、体調もまま成らない状態で、懸命に捜査をして得た情報です。」

「多治見――か?」一課長の酒田が呟いた。

「多治見が何か?」

 妙な言われ方に退けず、上神宮が問うた。

「実に良い――。部下を持った。と羨んでいるのですよ」

「酒田課長。どういう意味ですか!」

「上神宮。落ち着きなさい。」

 静かに福島が(いさ)めた。

「失礼いたしました。」

 素直に非を詫びた。

「酒田君。どういう意味かね?」

 今度は岩本が真意を問うた。

「皆さんも承知している様に。彼は優秀な刑事です――」と、酒田が話し始めた。

「所轄での人望の厚さ。それに伴う行動力と引率力。当初、一課に欲しいと刑事部長へお願いしておりました。」

「それは聞いているが、彼は生活安全課の人間だ。」

「それを承知でお願い致しました。」

 酒田が山形に食い下がる。

「それを言うのでしたら」

 今度は公安の能代が口を挟んだ。

「公安で辣腕を振るって欲しいと――。公安部長へお願いしました。」

「公安までも多治見を?」呆れ顔で岩本が言う。

「はい。彼の人を魅了する力は異質です。彼の人柄で、潜入している捜査員を安堵させ、より深く長い潜入捜査も恐れずに、迷わずに――」

「そうですよ。だから一課に欲しいと――」

「いい加減にしないか!」

 岩本が激昂して声を荒げた。

「多治見も人の子だよ。現に今、精神的なダメージを受けて、昨夜から再入院している。」 

 酒田と能代は乗り出していた身体を、ソファへと戻した。

「君達の思惑を耳にしていたので、上神宮へ預けたのだがな。」

「しかし女では――」

 悔し紛れに能代が毒突いた。

「現に本庁へ来て、たかだか半月で病院送りですよ。私ならもっと上手く使えましたよ。」と能代が続けて言った。

 上神宮の顔から血の気が退いた。見る見る蒼白になり、失神寸前と岩本と福島が見た。しかし上神宮は意外にもテーブルを叩くと立ち上がり「私に経験も実力も無いが故に、優秀な部下を僅か半月で潰してしまった。私は――無能な上司だと認めます。」

 同席している全員が驚き、上神宮の潔さに沈黙した。

「このテロが収まりましたら――。犯人逮捕という結末を向かえた暁には、辞表なり移動願いなり。何でも出して責任を追う覚悟です。ですが、多治見が苦労して得た離是流の情報を生かす為に、是非こんな私に、ご教示をいただきたく――」

 後の言葉は感情に流され、涙声となって聞き取れなかった。頭を下げているので、顔を見ることは出来なかったが、テーブルの上に、幾つもの水滴が落ちた。


「もう一度訊くが、離是流の情報は掴んでいないかね?」

 上神宮が落ち着くのを待って、岩本が三度目を問うた。

「離是流は――」と酒田が先に話し始めた。

「リーダーの菅谷を失った離是流は、敵対していた幾つかのグループから報復を受け壊滅状態でした。しかし今年の四月初めに残党数人が――。我々が把握しているのは三人程ですが、新しいリーダーを向かえた様です。」

「新しいリーダー?」福島が訊く。

「はい。詳細は確認中ですが、どうやら三月に関西の国立大学の法学部を卒業した者と噂が出ています。」

「国立大学の法学部?」

「そうです。私達もそこまでは辿り着きましたが――」と能代が首を横に振った。

「正味一ヶ月で、いくら潰れかけていたとは言え、新参者が不良グループのリーダーに成るとは思えんが?」岩本が皆に訊いた。

「なのでがぜでは無いかと――。発言はもう少し信憑性を持ってからの方がよろしいかと、慎重になっておりました。」

 言いながら酒田が能代の顔を見る。能代は頷き返した。

「一課も公安も、捜査員が離是流に付いているのかね?」

「はい。」と二人が質問した福島へ返事をした。


「しかし――」全員が黙って思慮している中、岩本が口を開いた。

「酒田君の話しだと、離是流の残党は三人ほど。まぁ多くても十人には満たないだろう。その数少ない仲間を犠牲に自爆テロなどしていたら、仲間がいなくなるのでは無いのか?」

「そうですね。狭山大臣の時に二人で、この前の与党本部の時には、三人は確実に死んでおります。」

 福島が岩本の疑問を引き継ぎ言った。

「昨日、警視総監と多治見を入れて話しをした際に――」

「そうだ。多治見君がテロらしくない。と言っていたな。」

「はい。」上神宮が頷き答えた。

「警視総監。どう言う意味ですか?」

 寡黙を通していた山形が口を開いた。

「詳しくは判らんが、仇討ち的な『復讐』のように感じると――」上神宮を見る。

「多治見へ聞くのが一番だと思いますが。現状では――。」

「無理を承知でここに連れて来てはどうなのだ?」と山形が言う。

「命に危険性が及ばなければ、それも有りだな。」

 秋田も無言を一変して、山形の案に乗った。

「ちょっと待ってください!」(はや)る二人を上神宮が止める形になった。

「多治見は離是流という名へ、強いショックを起こして、検査入院をしています。それをここへ連れて来いとは。」

「上神宮君。悪いが私も同意見だよ。」

 非情な面持ちで福島が言う。上神宮は岩本へ向く。

「そうしたいのは山々だがね。先月まで所轄の一刑事だった多治見に、そこまで頼るのはどうかと思うが?」

 上神宮以外の顔を一人一人見て岩本が問う。

「ですが――。」能代が答える。

「キャリアの我々が出した答えで、万が一の事があれば、それは警察の威信にかかわります。ですが係長に成り立ての多治見の案だとすれば、問題が起こっても彼の所轄への転属の処分で――」

 岩本が今までに見せた事も無い、鬼のような形相で能代を睨んだ。得意気に話しをしていた能代がそれに気付き、後の言葉を飲み込んだ。

「君も。同意見か?」秋田を見る。

「はい――。いいえ。公安にも意地はありますので」

 秋田が下を向き、苦虫を潰したような顔をした。

「公安の意地ですか?それなら刑事部にも刑事部の意地ってものがあります。生活安全課の、たかが新米係長に頼る事などありません。」

 岩本は腕を組み天井を見つめていたが、「やはり付け焼刃では、昔から存在するが見えない。高くて厚い壁を切り崩すのは無理のようだな。」と呟いた。

「在任五年を掛けても成し得なかった。私の無能ゆえ――だな。」

 視線を手元に落とすと「私のミスだよ」と続けて言った。

「まぁ。こうして三部門が揃う事が、稀と言えば稀なのかも知れんが、このような非常事態でも、それぞれが自分の主義主張を譲らず、噛合おうとしないのでは、総理が仰る。非常事態宣言の元で、国全体がひとつになることなど、到底適わない絵空事に過ぎんな。」


 重苦しい雰囲気の中で、上神宮の携帯が運悪く鳴った。表示を見ると警察病院とあった。

「すみません。多治見の検査結果が出たのかも知れません。」

 会議中の電話への、非難めいた視線を浴びながら、一同へ断り「上神宮です。」と電話に出た。

「上神宮さんですか?」

「そうです。多治見の検査結果が出ましたか?」

「それどころではありませんよ。」

 担当医の非難の口調に「多治見に何か?」

「逃げました。検査の前に逃げられました。」

「逃げた?」

 周りの誰もが上神宮の応答に興味をそそられた。


 担当医の話しだと、午前中は薬で寝ていたが、昼休みが終る頃に、渋谷中央署の生活安全課の刑事が来て、どうしても供述を取りたいと頼まれ、目が覚めていれば、短い時間の面会を許可したと言った。

「刑事が帰ってから様子を見に行くと、ベッドには入院用のパジャマが脱ぎ捨てられていて、手空きの看護師を総動員させて、院内を探したが見付からなかった。」と告げ、「金輪際、多治見さんの担当は御免被りますので!」と担当医は怒り心頭で電話を切った。

「すみません。多治見が警察病院を逃げ出しました。」

 申し訳無さそうに上神宮が報告した。

「手引きは誰がした?」酒田が訊く。

「渋谷中央署の生活安全課の刑事が、供述を取りたいと面会に来たと言っておりました。」

「渋谷中央だと!新宿南署でなはいのか?」

 今度は能代が上神宮に迫った。

「多治見は縦よりも横の繋がりが強いので――」

 しどろもどろで答える。

「それだけでは無かろう。渋谷中央署は離是流のヤサだ。」

「警視総監は多治見が計算ずくで、渋谷中央を呼んだと?」

「君だって同じ考えでは無いのか?」福島に問う。

「恐らく、ここにいる全員かと――」

 福島が答えながら顔を見回す。

「逃げてどのくらいだね?」

 福島が上神宮に訊いた。

「昼休みが終る頃と言っていましたので、一時間程は経っているかと思われます。」

「なら、そろそろか。」

 岩本が発したその言葉の意味が判らず、一同が岩本の視線の先を見た。

 大きな木製のドアの向う側から「生活安全対策係、多治見警部です。入ります!」と名乗りを上げて扉が大きく開けられた。岩本は満足気に三度頷いた。


「三部門が力を合わせて、テロもどきを潰す会議をしているとお聞きしたもので、突然に失礼いたします。」入口で敬礼をして多治見が入って来た。

「多治見!」上神宮が悲鳴に似た声を上げた。

「重要な会議に乱入しました事、大事が済みましたらどの様な処罰も受けますので、今はご容赦ください。」

 多治見が応接セットの近くまで進み、再度敬礼をしたまま謝罪した。

「君は再入院したと上神宮君から聞いていたが。」

 福島が警察病院を、脱走したことを伏せて問うた。

「半月近く休みを頂いておりました。しかしながら、これ以上は税金泥棒のレッテルを貼られそうでしたので、知人へ頼み着替えを見舞いがてら持って来て貰いました。」

「呆れたな。上神宮の話しでは、現場復帰も危うい様子と――」

「多くの命を守る為です。」

 多治見は真面目に、室内に居る全員へ言ってのけた。

「しかし本当に大丈夫なのだろうな?」

 岩本が訊く。

「はい。メンタルは鍛え上げられましたので」

「どこでだ?」山形が問う。

「今までの全ての上司からです。」

 一瞬。岩本が顔を歪め、上神宮は頬を赤らめた。

「せっかく来たのだ、君の考えを聞こう」

 福島が多治見を招き入れた。

「その前に少し休みを入れよう。」

 岩本はそう言うとインターフォンでコーヒーを八個頼んだ。


 コーヒーが運ばれるまでの時間で、喫煙する者は隣接された喫煙室へ入り煙を吸った。基より吸わない上神宮と多治見の二人が席にいた。

「多治見。本当に大丈夫なの?」

「ご心配をお掛けいたしました。もう離是流のダメージは有りません。」

「そんな短時間で克服出来るの?」

「国民と仲間の為です。」

 多治見は上神宮の瞳を正面に見て答えた。

「どういう事?」

「これ以上被害者を出すのは避けなければなりません。このような大事件の時に、ベッドで休んでなどいられません。」

 多治見の本心を汲み取れずにいた。そこへ一服を終えた順に、各自の席へ一人、二人と戻り始めると、岩本の頼んだコーヒーがテーブルに配られた。誰しも黙って元の席に着き、多治見の話しを待った。


 コーヒーを各々が好みに合わせ飲み始めた時、「お寛ぎの所恐れ入ります。」と多治見が立ち上がり「離是流の新リーダーの事ですが、誰だか検討は付いておりますか?」と全員を見回し訊いた。


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