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SABAKI 第三部 継送  作者: 吉幸 晶
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因縁


     因縁



 上神宮との夕飯を済ませてから、多治見は一人で津田沼へ向かった。

 病み上がりで本調子では無いが、気になった事をほっとける性質では無い。特に警察の仲間――。新宿南署の連中や所轄の生活安全課の面々など。つい最近まで共に働いてきた仲間と、やっと全員の名前と顔を覚えたばかりの、六名の部下を含め全国の警察官から、犠牲が出る前に、少しでも早く『倒幕の志士』の狙いや『志士』の正体を知りたかった。

 津田沼駅から【ABURI】の店までぶらぶらと歩く。建物に入り『燻し銀』の扉の前に立った。看板の明かりは消えていて、ドアには『閉店』の看板がさがっていた。躊躇していると扉が開いて、【ABURI】が顔を出した。

「いらっしゃいませ」

 出迎える【ABURI】に驚いた顔を向ける。

「二人っきりの方が良いと思って、臨時休業したの。遠慮しないで入って。」

 【ABURI】は多治見の手を取り、店に招き入れた。

「すまない。僕の為に」

「私の為よ。気にしないで」

 多治見は前と同じカウンターの席に座る。

「今コーヒーを淹れるから、ちょっと待って」

 【ABURI】が厨房へ消えた。コーヒーの香りが漂ってきた。

「良い香りだ」

「今日はちゃんと飲んでね。」

「勿論」

「睡眠薬入れておくから」

「まさか」

「あら本気かもよ」

 【ABURI】がコーヒーを二つ、トレイに乗せて戻ってきた。

「香りも、味もいいね。」

 出されたコーヒーを疑いも持たず美味そうに飲んだ。

「何か入れたかも」

「仲間を信じられなければ、命を預ける事はできないさ」

「次は絶対に睡眠薬を入れるわ」

「眠ってはできないだろう?」

「それなりに楽しみ方は有るわよ」

「わかった。次は気を付けるよ。」

 【ABURI】が楽しそうに笑った。


「さてと――」ひと段落すると多治見が切り出した。

「自衛隊も警察と同じで、実弾は勿論、銃器も何重にも管理されているの。だから横流しどころか、外へ持ち出す事も容易では無いのよ。」

「やっぱり。そうだよな」

「でもね。長い歴史の中では、空砲と実弾の入れ間違えとか銃器の紛失もあったのは事実みたい。その時は演習場を隈なく探したそうよ。」

「と言う事は、自衛隊からの武器や火薬の調達は無いと見ていいな」

「でもそれじゃ。私を頼ってくれた【SABAKI】に申し訳無いから、別を当ってみたのよ。」

「えっ?」

「こう見えても、武器や弾薬を扱っていたんだもの。調べるルートは持っているわ」

「これは『葬』とは関係が無い。完全に表の――。警察官としての捜査の一環なんだ。」

「そんなこと判っているわよ。例のテロでしょ」

「それでも教えて貰えるのかい?」

「だって。【SABAKI】も。『奉行』も対象なんでしょ。」

「一応は」

「だったら私の為だもの。気にしなくて良いわ」

 多治見が真顔になって【ABURI】を見た。

「僕は君の想いには答えられない。」

「私は片思いでも平気。それを承知の上で、この世界に入ったんだもの。それに、いつか別の人が現れるかもしれないじゃない。それまでは【SABAKI】に片思いで充分。」

「すまないな。」

「どうしたの?今日の【SABAKI】は少し変よ。」

 暫くの沈黙が有った。


「まだ新宿南署にいた頃――」

 多治見が独り言を呟く様にぽつりと言った。

「吉田という部下がいてね。彼は裏方作業を黙々とこなしてくれた。署内で一番信頼していた部下だった。」

 多治見は飲み掛けのコーヒーカップを握っている手に、視線を落としながら語った。【ABURI】は黙って聞いている。

「仕事上では事務方の彼に物事を頼むのは、極普通にできた。でも『葬』にはいると、仕事の電話より『葬』でのやり取りの方が増えてね。所謂、私用電話だ。でも彼は黙って見ていない振りを通してくれた。僕は彼のその心を利用して『葬』の連絡に使った」

 黙って聞いていた【ABURI】の手が、コーヒーカップを握っている多治見の手に添えられた。

「【SABAKI】は仕置きの時、鬼の様に怖く、神の様に頼れる人だと聞いていたわ。でも本音は優し過ぎるのね。」

 多治見の視線は【ABURI】へ向けられた。

「誰も【SABAKI】に騙されているなんて思わないわよ。その吉田さんだって同じだと思う。【SABAKI】の心のどこか片隅にでも、自分の事を思ってくれる優しさに気付いているから、貴方に魅かれるのよ。【SABAKI】が騙しているのが心苦しいと思わなくなったら、恐らく誰も貴方の傍から居なくなるわ。だから気に病む事なんかないのよ。」

「何か、人生相談に来たようだ」多治見が小さく笑った。

「では続けて良いかしら?」

「悪かった。頼むよ。その前に手を――」

「あらやだ。どさくさに紛れて。」

 【ABURI】は惜しむかのように、ゆっくりと手を退いた。


「聞いた所に寄るとね。火薬そのものよりも、火薬になる材料などを買い漁っているグループがいるみたいなの。」

「火薬の材料?」

「えぇ。知識人なら、材料を個別に仕入れて調合すれば、無尽蔵に爆発物を作れるわ」

「火薬を直接買うより、足は付き難いか」

「それに、火薬を大量に保有も使用もできる。」

 多治見は【ABURI】の目の奥に、火薬を弄ぶ者への怒りを感じた。

「でも既に公安と一課は、そのグループに辿り着いているみたいよ。」

「本当かい?」

「現に聞き込みに来たと言っていたもの。彼等も『叩かれると埃の出る身』よ。護身の為、条件付きで教えたらしいわ」

「それじゃ『奉行』にも報告が上がっているな」

「それは判らないけど、追い駆けるなら一人は駄目よ。」

「勿論。警察組織で動くさ。ところでグループの名前は?」

離是流(りぜる)って聞いたわ」

 多治見は驚いた。息が止まり、両目を見開きカップを握る手には力が篭った。

「元は渋谷のヤンキーの集まりだったけど、リーダー格が渋谷で殺されてからは、敵対グループが残党狩りを始めて、壊滅的だった――みたい。」

 【ABURI】が多治見の異変に気がついた。

「どうかした?」

 多治見は一点を見つめたまま、呼吸も止まり硬直していた。

「【SABAKI】!」

 大声で呼んだが、今の多治見には聞こえない。

 多治見の止まっていた呼吸が、いきなり荒く早く始まった。顔には脂汗が浮かんでいる。

「【SABAKI】!どうしたの?」

 多治見はそのまま椅子から崩れ落ちそうになった。【ABURI】は慌てて多治見を抱き起こす。

「【SABAKI】どうしちゃったのよ――」

 多治見の意識はそのまま飛んだ。

 【ABURI】は多治見をボックスに寝かせると、『奉行』へ電話を掛けた。


「珍しいな。どうした?」

 低く落ち着いた声が出た。

「ごめんなさい。【ABURI】です。」

「【SABAKI】と会っているはすでは?」

「それが話しをしている途中で、【SABAKI】の様子が急変して――。意識が無くなってしまって。私、どうしたら良いのか」

「どういう症状だ?」

「息が荒くて速い。脂汗を掻いて、体中に力が入ったままで――」

「何を話していた?」

「火薬を集めている離是流というグループがいると」

「まずいな。急ぎ【JITTE】か【NAGARE】に連絡を付ける。近い方をそこへ行かせる。それまで頼む」

「はい。わかりました。」

 通話が切れ不通音が聞こえる。

 【ABURI】は我に返ると、自衛隊で学んだ応急処置を思い出しながら、多治見の介抱に専念した。

 まず多治見のネクタイと上着、靴を脱がせてベルトを緩めた。毛布を掛け、厨房から氷水を調理用のボールに入れ持ってきてタオルを浸ける。冷えたタオルを多治見の額にのせた。


 『葬』の携帯が鳴った。

「もしもし?」

「始めまして【NAGARE】です。【SABAKI】が倒れたと?」

「はい。」

「私は先程、羽田から湾岸線に入りそちらへ向かっています。そのまま信頼できる病院へ連れて行きますので、それまで【SABAKI】の事を頼みます。」

「わかった。待っています。」

「ところで、どの様にして倒れたのですか?」

「『お奉行』にも話したけど。火薬を集めているグループの話しをしていたら、息が止まって、急に息が荒くなって――」

「そのグループとは?」

「離是流という――」

「まずいな!」

「『お奉行』も、そのグループの名を言ったら――」

「【ABURI】はニューフェイスで知らないでしょう。離是流は【SABAKI】の奥さんとお嬢さんを殺した犯人がリーダーをしていたグループです。」

「えっ!嘘!私とんでもない事を――」

「でもそれなら、受けた怪我が元では無い様ですから、少しは安心できます。今浦安を過ぎました。じきに行けると思います。」

「判りました。待っています」

 電話が切れてから三十分程で、建物の前に白いBMWのセダンが停まった。

「【NAGARE】です。下に着きましたが【SABAKI】の具合は?」

「大分落ち着いてきて。今は眠っているように見えます。降ろしますか?」

「そうですね。一人で大丈夫ですか?」

「ええ。いつもお客様を抱っこして降りているから、問題は無いわ」

「では私はここで待っています。」


 【ABURI】は多治見を抱きかかえると、店を出て階段を降り始めた。一階の階段の入口に、小太りな長身の男が立っているのが見えた。相手もそれに気が付き、白いBMWのセダンの後部ドアを開けた。

 多治見を後部席へ寝かせ、出て来た【ABURI】と目が合った。

「初対面ですね。【NAGARE】です。今日は助かりました。」

 小声で挨拶をした。

「こちらこそ、ニューフェイスがこんなので御免なさい。」

「【SABAKI】が選んだ方です。外見など関係は有りません。」

「ありがとう。」

「では【SABAKI】を警察病院へ連れて行きますので、これで。」

「警察病院?」

「はい。二日前に退院したばかりですが、『お奉行』が手配してくれました。」

「私が軽率な――」【NAGARE】が遮った。

「遅かれ早かれ離是流の名は判明したことでしょう。かえって【ABURI】の所で良かったですよ。」

「ありがとう。殿方は皆さん、優しい方ばかりで安心しました。」

「ではこでれ失礼します。」

 【ABURI】は、BMWが曲がって見えなくなっても、暫くそのまま見送り続けた。


 その晩遅く。日付が変わった頃、多治見は警察病院に検査の為の再入院となった。送り届けた白木は、弁護士という肩書きで何ら疑われる事は無かったが、病院へ連絡をしてきたのが、警視総監自らだった事で、白木は警視総監との間柄を問われた。

「多治見さんと話しをしていたら、急に具合が悪くなって、多治見さんが『警視総監へ連絡を』と言うもので、多治見さんの携帯をお借りして電話しました。」

 その場に居たのが、白木か中道かの違いなので、説明には困りはしなかったが、その質問をしたのが上神宮という多治見の上司だと知り、白木は些か驚いた。

「そうでしたか。では貴方が多治見警部の情報屋ですか?」

「いいえ。私は以前、多治見さんの奥さんとお嬢さんを殺害した、犯人の弁護士をしていました。」

「そうなの?」眉根を寄せて、白木をまじまじと見る。

「はい。私の前に誰かと遭った。と言っておりました。たしかその人から聞いた話しで、私に確かめたい事がある。と電話を貰いました。それで羽田から多治見さんの居る、浦安へ行ってお会いしました。」

「羽田から?」

「今日は大阪の伊丹で仕事が有りまして、羽田に着いた時に、電話を貰ったので」

「そうでしたか。お疲れの所、助かりました。」

 上神宮は丁寧に頭を下げてお礼を言った。

「いいえ。急な事で驚きはしましたが。」

「多治見は白木さんへ、何をお聞きするつもりだったのでしょうか?」

「はっきりとは判りませんが」と前置きをして、多治見と白木の繋がりは。菅谷――多治見の妻と娘を殺害した犯人――だけだと告げた。そして「菅谷の事を聞こうとしていたのか。それであの事件を思い出して体調を崩された気がします。」と答えた。

「わかりました。多治見が目を覚ましたら確認します。もしその後で、白木さんにお聞きしなければならないとしたら」

「構いませんよ。こちらへ電話を頂けましたら、審議中や打ち合わせで無ければ、協力は惜しみません。」

 白木は上神宮と名刺を交換した。

「助かります。ではその際は宜しく。」

 貰った名刺を見ながら、今度は白木が訊いた。

「あの……。」

「何ですか?」

「多治見さんと上神宮さんはどの様なご関係で?」

「先程も説明しましたが?」

「はい。ただの上司と部下ですか?」

「破廉恥な!ただの上司と部下意外には何もありません!」

 上神宮は怒って処置室の方へ歩き出した。

「参ったな。彼女は【SABAKI】に惚れている。【TEGATA】が知ったら、ここに乗り込んで来そうだ。」


 白木はBMWに乗り込むと『奉行』へ電話を入れた。

「夜分に失礼いたします。」

「いいや。こっちこそ急ですまなかった。」

「先程、警察病院へ送り届けました。一応、様子見での再入院だそうです。」

「そうか――。やはり病み上がりで離是流は、さすがの【SABAKI】にも辛過ぎたか」

「その様です。」

「ご苦労。後はこちらで何とかする。」

「奉行――」

「どうした?」

「上神宮と言う【SABAKI】の上司ですが――」

「彼女がどうかしたか?」

「【SABAKI】に惚れていますよ」

「まさか」

「本当です。これ以上傍に置くのは良くないかと」

「そうか。どうして【SABAKI】ばかりがもてるのか――。」

「そうですね。【TEGATA】は前からとしても、【ZANN】にも何かが芽生えた感がありますし、先程会った【ABURI】も」

「彼には、死んだ奥さんと娘さん意外見えていないのにな。皆が気の毒になる」

「同感です。」

「では離是流の件は『葬』では手を出さないよう。再度、私から連絡する。テロはあくまでも政府主導の元、警察が必ず防ぎ、テロ集団を捕まえてみせる。」

 そう言うと電話が切れた。白木はエンジンを掛けると自宅へ向けて動きだした。




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