エピローグ
エピローグ
多治見は一人、店を離れて、階段脇にある人通りの無い、静かな場所へ移ると『上様』へ電話を掛けた。
「寺社奉行か、仕置きは済んだのか?」
落ち着いた低い声が問うて来た。
「御意に。ご報告を」
『上様』からは何も返答が無かった。多治見は勝手に報告を始めた。
「まず慶介についてですが、【JITTE】が掴んできた情報の通り、高利貸しで返済出来ない者への取り立てが尋常では無く、自殺者や臓器を取られ死に至った者もおりました。また二人の女性を殺害して、息子の良太と遺棄したと【ZANN】に自供しました。次に良太ですが、慶介に言われて、自分の妻を遺棄、慶介が起こした二人の殺人の死体遺棄を手伝ったと自供し、遺棄したその場所を吐きました。本来であれば『流罪』も有りかと思いましたが、女児への悪戯癖は治らない様でしたので、『死罪』としました。高貴に付きましては、薬物使用や同姓への性的虐待など、多数に渡る罪は確認できました。しかし死罪というよりは、流罪として更生する方に賭けてみたいと思い、よって『流罪』を言い渡しました。以上が今回の仕置きとなりました。ご承知置きいただけますか?」
「済んでいるのでは、反対の余地もあるまい」
「御意」
「皆、無事に帰宅できたのだろうか?」
「ご安心を。寺社奉行所の者は皆、優秀ですので」
「しかし――」
「【TEGATA】は事故でした。防ぎ様の無い、惨い事故でした。先手組のミスではありません。」
「わかった。これからも頼む。」
「御意に」
多治見と『上様』の話しは終った。
今日半日、長々といた商業施設から移動して、小田急線の駅へ向かった。
平日の夜も十時を過ぎると、来た時とは変わり、待ち合わせで賑わっていた改札周辺も、家路を急ぐのか、急ぎ足で行過ぎる人が多く、改札前で佇む人は僅かであった。
切符を買い改札を通る。二人は構内を右手側に歩き階段を降りた。ホームに着くと、一番先に設置されている、人のいないベンチに腰を降ろした。
二人の眼前には、十数の引き込みの線路が有り、盛夏の晩を涼しげに、小田急線の車輌が、暗闇の中で休んでいるのが見えた。
「多治見さん」
少しして五六が口を開いた。
「ん?」
「僕はいつもこうして、部下に人殺しをさせて待つだけなのですか?」
「そんな事は無いさ。それをするのは僕の仕事だ。今日は――、今回の罪人は、君の関係者だから直接手出しをさせなかった。おかげでアリバイは完璧なものになった。そうだこれを渡しておくよ。もし警察が聞き込みに来たら、これを出して、当日は僕とここにいた事を伝えれば良い。」
多治見は自分の名刺を五六へ差し出した。
「ありがとうございます。でも多治見さんの名を出しても良いのですか?」
「その為に、今日ここにいたんだ。名目上は店の下調べを、贔屓の客が同行しただけだが」
「あれ?」
「どうした?」
「多治見さんは係長でしたよね?」
「前警視総監が二階級特進させてくれてね。課長も殉職した事もあって、現警視総監の人事だそうだ。」
「凄いじゃないですか!」
「来年度は参事官だそうだよ」
「行く行くは警視総監も夢じゃないですね」
「僕はノンキャリアだよ。それはないだろう。」
不穏な笑みを浮かべた新藤の顔が頭を過ぎった。
「質問が途中になってしまったな。次回からは、僕抜きで全て君が中心で動く事になる。」
「そうですね。僕は殺し屋になるのですね。」
「そうだ。」
線路に視線を落としたまま短く答えた。
「どうやれば、人を殺せるでしょうか?」
「殺すのは人じゃない。様相は人の形をしているが、中身はまるっきり違う化け物だ。相手に感情を持つと仕損じる。仕損ずれば仲間の危機に繋がる。緊張するなとは言わない。しかし、仕掛けるのであれば、確実にとどめを刺すしかない。」
「確実にですか――」
多治見は黙って五六を見ている。
「どんな物で殺すのが良いでしょうか?」
「自分の手に馴染んでいる物が一番だな」
「多治見さんは?」
「僕は、絞殺と刺殺だった。切るのは止した方が良い。血が飛び散って、後始末が大変だ。」
「手に馴染んでいる物で、切ってはいけないとすると、菜箸か金串で刺しますか?」
「これなんかどうかな?」
多治見が周りから見えないように、左腕の袖を捲くると、針を大きくした様な物が現れた。
「これは【ZANN】――、というより、僕の先代の【SABAKI】が使っていた獲物を、僕様に作った物だ。今、【ZANN】が使っている獲物に似ている。」
「獲物――ですか?」
「殺しの道具をそう呼んでいる」
「これで、刺すのですか?」
「あぁ。顎の下から脳に向けて、又は盆の窪から脳へ向けて、力に自信があるなら、こめかみを刺すのも有効だな。」
「頂いても良いのでしょうか?」
「構わないよ。しかし実戦までに、何度も練習が必要だ。」
「大根とか豚骨や鳥ガラなどでも?」
「良いね。僕はもっぱら枕を相手にしていた。お陰で、いくつ枕を買ったか判らないな」
多治見の手から、獲物が五六の手に渡り、店の見取り図の入ったカバンにしまわれた。
「では、これからは『奉行』と【SABAKI】の関係だ。無理を言う事も有る。」
「判っています。『お奉行』を見習って、僕も僕流の【SABAKI】になります。」
「おいおい。」
(お奉行もこんな感じだったのだろうな)
新宿行きの急行電車が来る案内が、聞き覚えのある音楽のオルゴールと共にホームに流れた。
多治見は笑って立ち上がった。五六も立ち上がり、二人はホームに入って来る、電車のライトを見ていた。
空には上弦の月が静かに浮かんでいた。
平成二十九年五月六日~平成二十九年十一月十九日
【SABAKI】 完
多治見の【SABAKI】はこれで完結になります。
長々とお付き合いをいただきまして、ありがとうございました。
【TATAKI】のその後や、新藤警視総監の思惑に多治見はどうのように対処するのか。
それと、多治見が寺社奉行としていかに辣腕を振るうのか……。
気にされる方がいたら作者冥利に尽きます。
近く、そのことを短編にして掲載する予定です。
その時には、またお付き合いください。




