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SABAKI 第三部 継送  作者: 吉幸 晶
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警視総監



       警視総監



多治見が登庁して席に着くのを、まるで何処かで見ていた様な、絶妙なタイミングで机上の電話が鳴った。

「はい多治見です」少し休ませろというニュアンスを含んだ、ぶっきら棒な言い方になった。

「朝早くにすまないな」

 聞き覚えの無い声は、多治見の不快さを聞き取ったのか、謝罪で帰してきた。

「いいえ。失礼ですが」と、名乗らない相手へ問う。

「新藤栄一郎と言います。」

 相手が名乗のると「副総監!」と声を荒げて飛び上がった。

「そういう肩書きも、あと一時間程で代わりますがね」

「失礼いたしました。」

「申し訳ないが、今、少し時間を取れるかね。」

「はっ。作ります」

「では悪いが、副総監室まで来てもらおうかね」

「承知しました。すぐに伺います。」

 多治見は受話器を置くと「副総監に呼ばれた。ちょっと行ってくる」と部下の田部居へ告げて、慌ててフロアから出て行った。

「前までは、上神宮課長や福島部長、警視総監からも目を掛けられていたから、驚きはしないけど、今度は副総監ですか?係長はどういった人脈を持っているのでしょうか?」

 田部居が隣の席の木村文子巡査部長に聞いた。

「そんなの、誰も判るわけないでしょ。」と周りを見て、主任の長澤と目が合い同意を求めた。

「確かに係長は謎多き人だからな」と無難に相槌を打った。


「済まないね。わざわざ来て貰って」

 多治見が部屋に入るなり、副総監はまた謝った。

「いいえ。」

「さっきも言ったけど、今日――。あと一時間程で、辞令が出る。僕はそのままスライドして警視総監になる。筈だ。」

「数十名の警視監の中から、東京都公安委員会がお決めになるかと」

「もう連絡は来ているから、ほぼ確定の筈だけど」

 岩本に比べると、頼りない感が滲み出ている。

「そこでね。新しい人事で、君を生活安全部総務課の課長になって貰おうと思ってね。」

「は?私の階級は警部です。課長にはなれません」

「いいや。警視総監がご存命の時に、冤罪の解明と犯人の割り出し、そして爆弾テロの、倒幕の獅子の壊滅と逮捕の功績で、二階級特進をさせると言っておられていてね。遺言になってしまったので、聞かない訳にはいかないのだよ。」

「に、二階級特進だなんて、殉職した訳ではありませんし、それに上級試験など受かる筈もありませんが」

「でも僕としても、警視総監賞などに留めて、岩本さんの意思と意向を(ないがし)ろには出来ないしね。」

「しかし――」

「二階級特進だと参事官職だけど、いきなり参事官というのも何だから、今回は課長という事で、来年春の人事では、正式に生活安全部参事官だから、その積りでいてください。」

「ですが」

「僕は生活安全部の部長から副総監に、岩本さんが引き上げてくれたのです。岩本さんは僕の大学の――、東大法学部ですが、二年先輩でして、学生時代はもとより、警視庁に入ってからも、ずっと面倒を見てもらっていました。その岩本さんは生前、何度も私を酒席に呼んでくれましてね。酔うと『多治見は凄い奴だ。あいつが警視総監になったら、間違いなく警視庁は変わる。膿を出し、病んだ部分を取り除き、本当の意味での警視庁の威信を築いてくれるだろう。見てみたい。』と何度も僕に言うものだから、僕も岩本さんと同じで、君が変える警視庁を見てみたいんだ。」

「そのお話しは、酒席だけの事として頂けませんか?自分はノンキャリアです。本庁の係長に成れただけでも、感謝しております。ですのでこれ以上のものは不要に――」

「黙りなさい!僕の言う事に逆らうつもりかい。岩本派の人間は警視庁内の半分以上を占めている。岩本さんの意思は我々の意思だ。僕の言葉は岩本さんの言葉だ。それに異を唱えると言う事は、岩本さんを否定する事。警視庁――、いいや警察に居る事も儘ならなくなるよ。いいね。もう君の線路は敷かれた。反岩本派の山形や酒田も都合良く逝ってくれた。岩本さんや福島、上神宮を巻き込むなど、この手で二度殺してやりたいぐらいだが、その分、岩本さんの意思意向を、何が何でも実現させなければならない。」

「しかし東京都公安委員会が黙っては」

「彼等は全員が岩本派だ。腐敗した警察を総洗いする為、岩本さんが見たがっていた、やりたがっていた警察創生に、僕達は君を担ぐのだ。」

 死して尚、岩本の意思を継ぐ者がいる。岩本の偉大さを、多治見は恐怖という形で始めて知った。

「わかりました。未熟者ですがご指導の程、宜しくお願いいたします。」

「そうだろう。判ってくれれば良いんだよ。大きな声を出して済まなかったね。」

「いいえ。そろそろ辞令のお時間です。お支度を。私はこれで失礼いたします。」

「うん。私の警視総監を継ぐのは君だからね四年後が楽しみだよ。」

「ありがとうございます。」

 多治見は深々と頭を下げて、礼を言った。

「うん。来年は参事官。一年後には部長にして、その二年後は副総監だ。くれぐれも刑事部なんぞに遅れを取らないように。危ない時は僕が何とかするからさ。頼みましたよ。」

 新藤副総監は、多治見の手を握り、何度も「頼む」を連呼した。


 一時間後、辞令が出されて新藤は、正式に警視総監となった。それは順当だと皆が認めたが、警視庁内を驚かせたのは、新しい人事の貼り紙で、やはり多治見の異例中の異例、生きたままで二階級特進と生活安全部総務課長への着任の項目であった。

 警視庁の半数の者は納得し、半数の者は疎んだ物言いをした。


 十二時丁度に館内放送で、新警視総監から着任の挨拶が、各部署のフロアに流れた。


「このたび、岩本前警視総監の後任になりました新藤です。皆さんも知っての通り、岩本前警視総監は、警視庁テロにより命を落とされました。これは五月に起きた、幕末の志士の、捜査の詰めの甘さによるものです。本来、SITに射殺命令を出さずに、主犯の善波を捕らえ、最後の爆弾の在り処を聞きだしていれば、回避できたテロです。言い換えるのであれば、当時現場にいた、一番事件内容を熟知している刑事の報告を無視してまで、意地を優先させた、杜撰(ずさん)な捜査と、私的感情が大きい指示の所為だと言えます。その後も、一部署の一係の捜査員が爆弾を探していましたが、それ以外の捜査員は何をしていたのか。どうして共同捜査をしなかったのか、それは警視庁の捜査員全員の、気の緩みが生んだ事だと反省するべき事です。これは警視庁全体の責任だと受け入れるべきなのです。生前、岩本前警視総監は、事ある毎に、横の壁を取り、捜査員全員が捜査に当るべきだと仰っておりました。縦社会の警視庁――、警察の組織では、これからの新しい犯罪に対処するのには、限界も感じられます。情報の共有化をし、他部署の捜査員も含めた、横展開の捜査会議などに変えて行くべきだと、私は岩本前警視総監から学び、実践するべきだと思っております。今後私は、岩本前警視総監のご意思とご意向を引き継いで、少しずつですが実現させる所存です。また警視庁テロの巻き添えで亡くなった、一般の三名の方を始め、福島生活安全部長、同課長の上神宮警視正、刑事部捜査課の吉田警部、中野警部。広報の安藤巡査部長と石塚巡査部長。テロ首謀者が狙っていた、山形刑事部長と酒田一課長。以上十四名の命の代償は、今後、新しい警察となり、我々が同じ轍を踏むことの無い様に、日々精進してゆく事だと、各自が肝に銘じて職務を遂行する事を望みます。また、新しい人事については、掲示板に貼り出してあります。明日八月一日より、新しい人事で警視庁が一丸となって、警察官の職務に就くように。短いですが、これで就任の挨拶といたします。」


 昼食時のこの放送を、一体何人がまともに聞いたのかなどと、変なところに興味が持たれた放送でもあった。

 貼り出されたその他の人事は、副総監には神奈川県警本部長の福井茂政(しげまさ)警視監、多治見の上司となる生活安全部部長には、多治見が渋谷中央署時代に、親身になって相談に乗ってくれていた、今は愛知県警本部の生活安全部長をしている、石川一利(かずとし)警視長が選ばれ、刑事部長に宮城俊雅(としまさ)警視長、捜査一課長には松島啓一(けいいち)警視で、全てが岩本派の人間であった。

 新藤は城の内堀だけでは無く外堀までも、しっかりと自分の派閥で固めに入っていた。その為に、自分が担がれたのだと知り、多治見は新藤が持つ思想は、危険なものだと感じた。

 最早、岩本派ではなく、都合の良い新藤派閥と受け取った。


 放送が終ると、多治見の警察用の携帯が振動した。見ると警視総監室と表示があった。

「はい多治見です。」

「多治見君かい。聞いて貰えたかな?」

「勿論です。感無量です。きっと岩本前警視総監も新藤警視総監誕生を喜んでおられるかと思います。」

「そうかな。悪いけど、総監室に来て貰えるかな」

「今でしょうか?」

「都合悪い?」

「いいえ。警視総監はご昼食の最中かと」

「一緒にどうかな。部屋に用意させてあるんだ。」

「畏まりました。すぐに伺います。」

(何を企んでいるんだ?こちらにすれば、腹の中を探れて好都合だが)

 多治見はフロアに残っていた木村巡査部長へ、「総監室へ行ってくる」と告げて出て行った。


「人事、見てくれた。副総監に生活安全部長、それに刑事部長と一課長も岩本派で抑えたから」

 新藤はそう言いながら多治見を出迎え、豪勢なうな重が置かれた席へ案内した。

「まずは食べて。岩本さんの好物。」

「そうでしたか」

「知らなかった?」

「はい。存じませんでした。」

 考えてみると、岩本の趣味や好物など、まったく知らなかった。

「他には、ダンヒルのタバコとコーヒーかな。酒は夏でも熱燗なんだ。二合徳利を一本。それ以上もそれ以下も無い。」

「本当に警視総監は、岩本前警視総監の事を熟知されておられるのですね」

「うん。そうなんだ。恩人だし、ファンって言うのかな。」

 うなぎを一口頬張り、美味そうに食べている。

「ここのうなぎが好物でね。何度かご馳走になった。さぁ、食べて」

 勧められて多治見も食べ始める。

「美味しいでしょ?」

「はい。とても美味いです。」

 何故か涙が溢れてきた。

「どうしたの?」涙の理由を訊く。

「判りません。」

 多治見はそう答え、うな重を平らげた。


「明日からも時々呼ぶから。都合の付く限り来て。」

 食後の緑茶を飲みながら新藤が言う。

「それはどうかと――」

「どうして?」

「課長の自分を良く誘われては、いくら警視総監の人脈の方々でも、副総監や石川部長、その他の部長、課長職の方々から、やっかみが出るかと」

「うーん。それもそうだな。では月一ならどうかな?」

「承知いたしました。」

「では連絡するから、都合が付くようなら来て」

「ありがとうございます。では、ご馳走になりました。」

 多治見は立ち上がり、敬礼をして総監室を辞去した。


「係長、どうでしたか?」

 席に戻ると主任の長澤警部補が訊いて来た。

「新しい人事での労いのお言葉を、ありがたく頂戴してきたよ」

「そうですよね。明日からは課長ですからね。」

「係長も満足にこなせなかったのに、課長だなんて――。極力、皆に迷惑が掛からないようにするから、よろしく頼むよ」

「勿論です。我々三係は多治見派ですから」

「そういう派閥は極力無くしたいな。」

「そうですか。皆は上司と割り切っても、木村だけはそうはいかないかも知れませんよ」

「どういう意味?」

「係長は理想の男性だそうです。今までは上神宮課長に遠慮して、隠れ多治見ファンでしたが、これからは、鉢巻に法被着て、写真入りの団扇まで用意して来ますよ。」

「冗談はよしてくれよ」

「それは係長から直接、本人へ言ってください。」

「わかった。目立つ様なら注意しよう。ところで新しい係長は?」

「わかりません。貼り出されていたのは課長以上の人事でしたので」

「そうだよな。僕も聞いてはいないが……」

 その時、大きな箱を持った見慣れた男が一人、うろうろと席を探しているのか、近づいて来るのが見えた。

「萩本課長!」

 多治見は箱の主の顔を見るなり、声を掛けた。

「これは多治見さん。お久しぶりです。」

「どうしてここへ?」

「はい。三係の係長に任命されまして、一日早いのですが、荷物だけでも先にと来た次第です」

「そうですか。萩本課長が三係りの係長に――」

 新藤の差し金だとすぐに気付いた。ひょっとすると、新年度には、新宿南署の多治見班全員が、本庁に着任するのではと勘ぐった。

「まだ私の荷物が有りますが、席はここになります」

「そうですよね。追い出す様で申し訳ないので、出直して参ります。」

「いいですよ。僕の荷物をどかしますから、ここを使ってください。悪いけど、手伝って貰えるかな?」

 近くにいた三係の面々へ声をかけると、木村が他の者の介入を拒むように、一人で手早く荷をまとめた。

 長澤が木村の作業を見て、目だけを多治見へ向け、『言った通りで』とニコリとした。多治見は軽く首を左右に振りながら、溜め息を吐いて返した。


 ひと段落すると、萩本は「明日よりお世話になります。」と、部下になる係の者達へ挨拶をして、帰り支度を始めた。多治見は萩本の準備が終ると、「ちょっと送ってくる」と長澤主任へ伝え、萩本を地下鉄の改札まで見送った。その帰り、一人桜田門に寄った。警視庁の建物を見上げながら思った。

(お奉行、新藤警視総監は危険な人です。お奉行を崇拝するばかりに、強大な力を手中に握ろうとしています。おまけに、私の弱みを握り、私を広告塔にする気のようです。暫くは様子を見ますが、場合に寄っては、私は第二の善波になるかもしれません。)

 新藤の企みを観察しながら、最悪は多治見自身で止める他は無いと思った。




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