露呈と襲名
露呈と襲名
五六の話しは気になったが、とりあえず空腹を満たすことを優先にした。
いつものように、ラーメンへニンニクを大匙二杯入れて、大汗を掻いては汗を拭く、を繰り返し、美味そうに麺と具を平らげると、今度はスープに大匙二杯の酢を入れて飲み干した。
「美味い!最高だ!」といつも通り絶賛の言葉がでた。
コップの水を飲み一息つくと、「それで、何が有った?」と改めて訊いた。
「武にこの店を任せるのは、この事とは関係無いんです。最初から何とかやって行ける様になったら、武に任せて、自分は違う場所へ移る気でいましたから。」
「わかった。」
「若い頃、ツッパっていたと前にお話ししましたが」
「覚えているよ。その話しの後で、両親は居ないと言っていたな」
多治見が意地悪そうに五六を見た。
「すみません。」
「続けて」と先を促した。
「その頃の仲間は皆、結婚して家庭と家族を持って、一生懸命に生きています。先日、その一人から電話があって――」
その電話の内容とは、友人の息子が帰って来ないと言った話しであった。勉強も良く出来て、明るく友達の多い子で、いじめにも屈せず、いじめられている子を守れる強い息子だと、友人は誇らしげに五六へ話した。その息子が、息子の友達からの相談を受けて、出掛けたきり戻らなくなったと心配して、昔、頼っていた五六へ連絡を取った。
その息子が行ったという場所を聞くと、昔、五六が捕まった、乱闘の有った倉庫であった。五六は直感で、何か有ると判断して、急いでそこへ行き扉を蹴破り中へ入った。
昔と変わらず、中は不良の溜まり場になっていて、友人の息子は暴行に暴行を重ねられ、親も見間違う程に、全身が紫色に腫れ上がり吐血していた。意識は無く辛うじて息をしている、見るも無残な有り様だった。
五六は怒りに我を忘れ、中に居た不良共を一人で一掃した。当然、遅れて警察も介入したが、そこにいた不良達が、友人の息子に暴行したという証拠は取れず、喫煙と飲酒での補導という事で片がついたが、逆に五六が少年達への傷害と暴行で訴えられそうになった。しかし五六の仲間達が警察に事情を説明し、辛うじて五六は厳重注意で済んだ。
後日、友人の息子が受けた暴行は、余所で受け倉庫へ置かれていただけと言うことで、犯人は不明のまま捜査も行き詰り、そのまま打ち切られた。しかし五六は、昔と同じ場所から、恐らく当時と同じで、板戸慶介が噛んでいるのでは無いかと疑いを持ち、独自で調べ始めた。
結果、板戸慶介は、今は地元選出の衆議院議員をし、その息子の次男の良太は、塾を経営し自ら講師もしていた。表向きは犯罪とは無関係の様に見えたが、問題を起こした不良グループには、良太の息子で、不良のリーダーである、高貴の存在があった。高貴は、伯父の慶一郎と同じく、影で悪さを働く陰湿で有名な悪党で、今回の件も、慶介が揉み消しに一枚噛んでいると五六は語った。
五六の話しが終ると、二人は暫く無言であった。
「それで、その三代に渡る悪を根絶する気かい?」
多治見が五六の腹を読んで訊いた。
「はい。」
「警察には?」
「多治見さんは別ですが、警察は証拠第一で、対応が遅すぎます。現に――」
「そうだね。恐らくその政治家の力が、少なからず揉み消しに作用している。」
「だから僕が一人でやるしかないんです。」
「どうして?」
「先程も話しましたが、皆には家族がいます。未婚なのは僕だけで、もう身寄りもないので、捕まっても誰にも迷惑は掛かりません。」
「それは、人を殺す理由にはならないな。」
「でも、放って置けば、何時か同じ事が起きます。」
「判っているよ。警察も当てにはならない。仲間の身を守る為だろうけど。ところで、何処の話しだい?」
「神奈川の湘南市です。」
「海岸線?」
「はい。漁港の近くの町で、今頃は海水浴客で繁盛しているかと」
「そこの膿を出して、綺麗にしようと?」
「そうです。」
多治見は長考した。
黙ったまま暫く動かず、何度も色々な方向から考え直し、やっと考えが纏まると、五六の目を真っ直ぐに見て言った。
「そういう、悪を葬る組織があるのを知っているかい?」
「葬る?」
「時代劇に有ったろ。お金を払うと、悪人を殺してくれる番組が」
「あー。有りましたね。でもあれって架空の殺し屋ですよね。いくら江戸時代とは言え、あんな簡単に出来るとは思えません」
「そうだな。」
「殺し屋自体は、現代でもいるかも知れないですが、実際に聞いた事はないですね。」
「その三代に及ぶ悪を葬ったら、存在を信じるかい?」
「それは困りますよ。」
「何故?」
「僕が殺るからです」
「その組織の掟では、罪人と接点を持つ者は、殺しに参加できないんだ」
「それは納得が行きませんよ。この自分の手で、始末を着けなくてはならない事だってあります。」
「それは否めない。しかし組織と言ったろ。組織となると、一緒に動く仲間が存在する。その中で、殺意のある殺しは仲間を危険に晒す」
「確かにそうですね。自分の心がいなくなって、判断が狂って殺す事に専念する。まず周りは見えなくなります。」
「昔の経験かな?」
「はい。一緒に飛び込んだ仲間を順に逃がしながら、相手の力を少しずつ剥がしました。しかし自分に刃物が向けられ、切られた時は、怒りと恐怖で一杯になって――」
「それを回避する為の掟だよ」
「そうですね――。」
今度は五六が長考した。
「でも多治見さん。どうしてそんな話しを?」
「五六だから信用して話すけど、その組織。葬ると書いて『葬』と言う。江戸時代から代々受け継がれていてね。殺人を繰り返したり、大量殺人を考えたりする者を、秘密裏に始末する組織なんだ。」
五六が眉根を寄せて、疑いの目を多治見へ向けた。
「その組織の『長』の一人が僕だ。」
驚きを隠せず、五六は目を見開き、口を大きく開けたまま、息や鼓動までも止まったかのように、身動きひとつしなかった。
多治見は五六が戻って来るまで、じっと待った。
「ほん……本当の話しですか?」
やっとの思いで言葉が出た。
「あぁ。本当の話しだ。」
「何時からですか?」
「組織に入ったのは昨年の十一月だ」
「奥さんとお嬢さんが――」
「あぁそうだ。犯人の菅谷は『葬』が始末した。僕は手を出すことすら出来なかった。」
「無念では?」
「無いと言ったら嘘に成る。しかし僕が菅谷を殺していたら、人殺しの連鎖は断ち切れなくなっていただろう。現に、菅谷の仲間の、離是流の残党が爆弾テロを計画して実行した。」
「その時も多治見さんは拉致されて」
「そうだね。でもあれは『葬』とは関係は無い。警視庁の刑事として動いたに過ぎない。」
「入って間もないのに『長』を?」
「僕の尊敬していた『長』が殺された。『長』は僕に後を託した。だから僕は継ぐ決心をした。でもその為には、僕の後継者が必要になる。」
「それで僕を?」
「済まない。殺し屋に入ってくれなど、五六にしては因果な事だろう。しかし、仲間の事を考える事ができなければ、僕の後継者には選べない。」
「仲間の事――ですか」
「そうだ。『長』になる前の僕には、四人の直属の部下がいて、二つの組の仲間がいる。その全てを守り、殺しや拉致を遂行しなくてはならない。」
「拉致?ですか」
「順番が逆になってしまったが、『葬』は殺し専門の殺し屋では無く、ある程度の時間、社会と隔離しながら再教育して、社会復帰できるようにするのが主な組織なんだ。しかし中には、どうしても殺人や破廉恥な事から抜け出せない者も出てくる。それを始末する。」
「何か難しそうですね。」
「時間があれば、詳しく説明できるけど」
そう言いながら、勝手口を見る。
「判りました。僕に多治見さんの代わりが務まるかは判りませんが、狡賢い悪を放って置けませんから、頑張って勤めさせていただきます。」
「先に断って置くけど、僕達はヒーローではないよ。正義の味方なんてとんでもない。ただの殺人集団だという事を忘れないで欲しい。」
「はい。とにかく多治見さんに教わりながら、着いて行きます。」
「ありがとう。ではこれを渡す。」
先ほど【HANZOU】から受け取った、スマホを取り出し五六に渡した。
「これは?」
「『葬』の連絡ツールだ。電源を入れて、網膜認証に登録すれば、『葬』のアプリが起動する。」
「凄いですね。スパイ映画みたいですよ。」
そう言いながら起動させて、五六は網膜の登録を済ませた。すると画面の右上に【SABAKI】の文字が出た。
「五六のコードネームだ。」
「コードネーム。他の名は」
【NAGARE】【ZANN】【TATAKI】【ABURI】の名が表示された。
「その四人が五六の直属の部下になる。隣の【JITTE】と【FUMI】は今度説明しよう。」
「わかりました。」
「これは五六以外の者が立ち上げると、中のデータやアプリだけでは無く、機器の内部までもが壊れて使えなくなるようにできている。くれぐれも取り扱いは慎重に頼むよ」
「わかりました。で、僕はどうすれば良いですか?」
「追って連絡する。それまで、二日程は武に秘伝の味と極秘の調理法を伝授していて良いよ。」
「わかりました。」
多治見は店を出ると、『葬』のスマホを出して立ち上げた。コードネームが【SABAKI】から【JISYABUGYOU】に変わっていた。
その他にも、【UESAMA】や【HANZOU】に【MACHIBUGYOU】【KANNJYOUBUGYOU】【SAKUJIBUGYOU】【FUSHINNBUGYOU】の四奉行のコードネームが追加されていた。
早速『上様』からメールが届いた。
《大いに期待している》
《ご期待に添えるように、勤めさせていただきます》
返信すると、四奉行と【HANZOU】からも、歓迎のメールが届いた。多治見はタクシーを捕まえると、自宅に着くまでに、それぞれに返信した。
返信が終ると、重圧をやっと感じ始めた。
「何とか纏まるといいのだが――、いいや纏めなければならない。」
腹を括ると【JITTE】へメールを出した。
《神奈川県湘南市大瀬の衆議院議員、板戸慶介とその息子の塾経営者の板戸良太、その息子大瀬高校一年の板戸高貴を急ぎ洗ってください。》
《『お奉行』就任、おめでとうございます。三代の悪党ですね。急ぎ確認を取ります。》




