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SABAKI 第三部 継送  作者: 吉幸 晶
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復帰


       復帰



 五月も半ばを過ぎていた。気温は日の出から順調に上昇し、登庁時間には、すでに初夏をも思わせる暑さに達していた。しかしさすがに五月。その暑さのなかにも爽やかさは残っている。

 多治見は半月近い入院生活を追えて、久し振りに警視庁へ復帰、登庁した。

 警視庁への配属から僅かひと月程での入院の為、六名の部下との意思の疎通も半ばだった事もあり、部下への信頼回復が一番の仕事と多治見は思っていた。しかしこのテロ騒ぎの中で、どのようにするのが良いのか模索しながらの登庁でもあった。


 部屋に入ると上神宮が出迎えた。というよりは、生活安全課のフロアには、上神宮と数名の事務の者しか残っていなかった。

「多治見。復帰おめでとう。」

「ありがとうございます。休んだ分は早目に取り戻します」

「そう願いたい所だけど、今は緊急事態。悪いけど貴方もすぐにSPへ回って貰うわ」

「判っております。その前に課長には、付き添いをしていただきまた御礼を。」

「多治見は一人身、誰かが付き添いをしなければならないもの、困っている部下を助けるのは、上司として当然じゃない。」

「ありがとうございます。」

 多治見は改めて部屋内を見回した。フロアの閑散とした情景が、テロの大きさを物語っていた。

「それで自分は誰の警護へ?」

「私と警視総監の警護になるわ」

「警視総監ですか?」

「そうよ。総監だって狙われる順位から言えば、高い方になるもの。当然と言えば当然の事よ」

「で、今はどちらに?」

「総監室に。公務で出掛ける時と登退庁時の警護になるわ。その他の時間は、総監室の前室で張り番よ。退院早々だもの、今月一杯は、少しずつ本調子に戻すようにして。」

「お心遣い、ありがとうございます。」

「では早速行くわよ」

 上神宮は多治見を連れて、生活安全課の部屋を出て行った。


「多治見。貴方は今回のテロ。どう思う?」

 エレベータに乗り込むと訊いた。

「正直、文面通りに、国の転覆や倒幕――といった事を狙っているようには思えません。」

「どういうこと?」

「主犯は政治や宗教といった事へは、これといって関係が無い様に感じます。」

「でも狙われているのは――」

「確かに政治家――所謂議員達ですが、本来報復するのであれば、総理や各大臣が先ですが、狭山大臣以降は、議員と付けば誰でも良いようなやり口です。」

「そう声明文に出ているわ」

 多治見は言葉の組み立て方を少し考えていると、エレベータが目的の階に停まった。


 二人は降りて警視総監室へ向かう。その間、一言も発する事はなかった。

「生活安全課の上神宮と多治見警部参りました。」

 上神宮が扉をノックして前室の事務へ声を掛けた。

 鍵を外す音がして扉が開かれた。

「よろしくお願いします。」

 恐々(こわごわ)、受付事務が二人を招き入れた。


 上神宮は奥の扉をノックした。

「どうぞ」と中から聞き覚えのある声が返事をした。

 扉を開けて一礼すると、上神宮は中に入る。多治見は慌ててそれに続いた。

「悪いな。私は不要だと言っているのだが、副総監がSPを欲しがっていてな。私に付かないと、自分に付けられないと言って聞かんのだ。」

「福島部長より伺っております。」

 上神宮は脱帽の敬礼をしたまま返事をした。

 離れたところにいた多治見を、手招きして自分の横へ着ける。

「本日から上神宮警視と多治見警部が総監の護衛を勤めさせていただきます。」

「まぁ庁内でテロは起こらんだろうから、ゆっくりすると良い」

 岩本は二人を見て言った。

「ありごとうございます。では、前室にて警備にあたります。」

 再度敬礼をして部屋を出ようとした時「ちょっと二人とも、そこへ掛けなさい」と岩本が止めてソファを指すと、机上のインターフォンを押してコーヒーを三つ頼んだ。


「私達に何か御用でしょうか?」

 勧められたソファに座ると、上神宮が緊張気味に岩本へ訊いた。

「今回のテロだが、君達はどう受け取っているか聞きたくてね。」

 岩本もソファに移り掛けると答えた。


 多治見は座ったソファから見る景色を、半年前のあの時の景色と照らし合わせていた。

(奥のドアだ。あの扉から僕は入ってきた。そしてここ、今と同じここに座った――。『別の部屋』とは。嘘だったのか。上手く誤魔化されたな)


「先程も多治見警部と話していたのですが、私より、多治見警部の方が、多くの実績から、何か考えを持っているようです。」

 隣の多治見に視線を向けながら答えた。

「そうか。では多治見警部。改めて訊くが、君の考えは?」

 話しを聞いていなかったのか、多治見が答えないので、上神宮が肘で多治見を突付いた。我に帰り上神宮を見る。

「さっきエレベータの中で話し掛けたことよ」

 多治見は「失礼をいたしました」と詫びて話しを始めた。


「形式や行っている事は確かに爆弾テロの様に見えますが、政治的または宗教的な思想を本当に持っているのか、少し疑問を持っていたところです。」

「どういう意味かね?」

「まず宗教的なものでは無いのは確かだと思います。」

 岩本と上神宮が頷く。

「政治的なテロを目指しているのでしたら、なぜ総理自身や官邸を一番に狙わなかったのか――」

「それは警備が強固な物だからではないのか?」

「では何故、一番に狭山大臣を狙ったのでしょうか?況してや、声明文――宣戦布告をしてから。」

「そうか。普通であれば先に事を起こしてから、声明文を提示する。」

「そです。わざわざやり難くしてから、政府の要人を狙うのはどうかと思います。以前、ドローンが総理官邸に落ちていた。とのニュースを見ました。犯人達もそれを見ているのであれば、宣戦布告する前なら、官邸の襲撃爆破も可能だったと思います。」

「確かにそうね。と言う事は、狙いは他に有る?」

「私はそう思っています。」

「何か思うものが有るのなら、遠慮なく言ってくれたまえ。」

「何となくなのですが――」多治見は躊躇しながら自分の考えを語り始めた。

「確証は勿論有りません。ただの『私の感』としか言えませんが、『復讐』に似たものを感じます。」

 多治見が岩本の目を見ながら答えた。

「『復讐』で爆弾か?」岩本は少し考え「保有している武器を見せ付ける為に、順番を変えているとは?」

 岩本が二人へ問う。

「それもあるかもしれません。しかし所有している武器は爆弾しか持っていないような気がします。」

「どうして?」と上神宮が訊く。

「本来建物を狙うなら、自ら現場付近へ出向く爆弾よりも、距離を置いて狙える上に、逃げる時間が稼げるメリットもある、ミサイルランチャーの様な遠距離の武器を使います。効率もその方が良いはずです。」

「確かに」と岩本と上神宮が再び頷いた。

「それに以前ですが、手製のパイプランチャー的な物を作ってアメリカの施設を襲撃した事も記憶にあります。ですから爆弾を作る技術を持っているテロ組織であれば、作りそうなものです――。しかし犯行はあくまでも爆弾だけです。なので組織というよりは個人に近いように思えるのです。」

「入手先も気になりますね。」

「そうだな。そもそも日本は、拳銃を調達するにも苦労する国だ。それがあるから、大それたテロなど起こらない。と油断していたのも事実。」

 そこへ先ほど岩本が頼んだ、コーヒーが運ばれてきた。

「ちょっと席を外しても良いでしょうか?」

「トイレ?」と上神宮が眉根を寄せ訊いた。

「構わんが――。冷めない中にな」

 多治見は席を立ち敬礼をして部屋を出て行った。


 携帯の着信音で起こされた。

「誰よこんな非常識な時間に!」

 手を伸ばし、相手の表示も見ずに怒りの無言で電話に出た。

「もしもし?起こしてしまったかい。」

 【ABURI】はベッドの上に跳ね起きた。

「大丈夫。もうとっくに起きていたから。」

 正直、眠気など一気に吹っ飛んだ。

「悪いけど。ちょっと教えてもらえないかな?」

「何?何時でも空けるわ。何処へ行けば良いの?」

「おいおい。悪いがちょっと急いでいてね。ゆっくりしてはいられないんだ。」

「もう。いいわ。【SABAKI】だから許してあげる。それより身体は?」

「今日から登庁している。心配かけたね。そうだ。あの時のお礼もまだった。」

「いいのよ。気にしないで。でも、その気があったらお店に顔を出して。」

「わかった。今夜行くよ。」

「えっ!本当に。」

「あぁ。だからちょっと調べて貰えないかな。」

「何でも言って。」ベッドの上に正座をした。

「君の心の傷を(えぐ)る様で、心苦しいのだが――」

「大丈夫。【SABAKI】なら快感に変わるかも知れない。」

 入院中に免疫力も回復していたようで、寒気は走らなかった。

「前に、弾薬の数字の話しをしていたよね。」

「えっ。えぇ。」

「本当に横流しって出来るのかい?」

「簡単には無理よ。でも――」

「心辺りが?」

「えぇ。」

「今夜までに調べられるかい?」

「任せて。」

「それを調べるのに、君に危険は?」

「大丈夫。そんなへまはしないわよ。」

「わかった。それでは今夜。十時には行くよ」

「待ってて良いの?」

「悪いが、本題意外は期待しない方が良いな」

「わかってる。じゃ。急いで当るから」

 電話が切れた。


 ドアをノックして「多治見警部です。」と合言葉のように言う。ドアの鍵が外されて、大きく開かれると前室に入る。奥のドアをノックする。

「空いているよ。」

 多治見がドアを開けて入ってきた。

「簡単に入れては、警護している意味が無い様に思いますが?」

「御免。多治見だと安心していたわ。今後は注意するから。」

 多治見は頷いた。

「今夜、情報屋と合ってきます。」

「私も――」言い掛けた上神宮を制して「情報屋の所へは一人で行くのが鉄則です。」と答えた。

「それでは仕様がないわね。どんな情報?」

「爆薬と銃器に関してです。」

「ほう。生活安全課ではそんな物騒な物まで扱うのかい?」

「色々と項目が多いのが、所轄の生活安全課ですので――」

「そうか。では頼むが、気を付けてくれたまえ。一応君も、公務員という、奴等のターゲットのひとつだからな。」

「ありがとうございます。十二分に。」

「さぁ。冷めん中に。コーヒーを飲みなさい。」

「では。遠慮なく頂戴いたします」

 多治見はコーヒーカップを取り一口飲んだ。


 その日の岩本は、一日中、自席で資料を読んだり、電話をして情報を得たりと内勤で過ごした。午後から上神宮は、前室の応接セットへ自分の仕事の書類を持ち込み、読んでは捺印を繰り返していた。多治見は時より部屋を出て、廊下やエレベーターホールなど、不審物を確認して回ったが、本庁の最上階に近いこの階まで、登ってくる人物は限られていて、副総監と刑事部長の二人だけが、本日の面会者だった。

 定刻になるとインターフォンで『退庁』を告げてきた。上神宮はすぐに総監室へ入り、多治見は前室を出て、エレベーターホールまでを確認し、エレベータのボタンを押して前室へ戻った。


 岩本を公用車で自宅まで送り届けると、多治見と上神宮の一日の仕事は終る。岩本が帰り支度を済ませ、部屋を出ると多治見が岩本の前を、上神宮がうしろに付いて歩いた。

 予め呼んでいたエレベータに乗り地下の駐車場へ向かう。着くと同時に、岩本の専用車がドアの前まで来て主を迎えた。

 辺りに注意を払いながら岩本を車に載せる。後部席に上神宮が乗り込むと、周りを監視していた多治見が助手席に乗り込んだ。


 車は警視庁を出て、芝公園近くの岩本の自宅へ着くと、そのまま自宅の駐車場に入って停まった。

「ご苦労さん。君達の警護はここまでだ。後は明朝七時半に頼む。」

「承知いたしました。そのお時間に多治見と窺います。」

 車を降りて敬礼をし敷地の外へ出た。


「復帰初日だから疲れたでしょ?」

 最寄り駅になる、地下鉄の大門駅へ向かいながら、上神宮が一日を労った。

「はい。正直ちょっと疲れました。」

「これから情報屋のところへ?」

「まだ少し早いので、どこかで夕食を済ませてから行きます。」

「だったら一緒に食事しましょ。」

 上神宮を見る。

「そうですね。今日は付き添いのお礼をさせていただきます。」

 多治見が言うと、上神宮がニコリと微笑んだ。

「そう?それでは遠慮なく。高価なお寿司でもご馳走になろうかしら」

「新橋に美味い寿司屋が有りますが、そこで良いですか?」

「新橋?銀座かと思ったけど。まぁ。多治見の給料じゃ良いところね。」

「助かります。」

 二人は笑いながら、大門の改札に入った。


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