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SABAKI 第三部 継送  作者: 吉幸 晶
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継承


       継承 



 国民が税を納めそれで国を運営する。今も昔も何ら変わらない、当たり前の制度が埋蔵金だと『上様』は言う。多治見にとって、あまり興味の無い話しであった。ただ『葬』の財源が判れば良かった程度の事であった。

「国民は知らない間に、命の代金を支払っている。そう言うことですか?」

「そうなる。『葬』を維持するにも高額な金が掛かっている。」


 ――それなのに彼等は、将来のことなど考える事無く、前任者から引き継いだものは何の疑いや、経緯すら調べる事もせずに引継ぎ、また後任者へ引き継ぐ。恐らく、戦後以降――、いいや、ひょっとしたら、大政奉還された明治維新から、そのまま引き継がれているのかも知れません――。


 以前、善波が話していた通りの事が行われていた。だから『葬』が江戸時代から今日まで存在しているのだと、多治見は思った。

(善波――。君の言う通り、間違いなく世の中は動いているようだ)

 多治見は素直に、亡き善波へ言った。


「『お奉行』もご存知だったのですか?」

「大方は勘付いていたであろう。」

「だから寄付ですか?」

「私は――そう思っているがね。」

 自分が選ばれた理由は、ここに有ったように多治見は感じた。

「もう聞く事も無かろう。」

「はい。これ以上お聞きすれば、生きて帰して貰えそうもありませんから」

「そうか――。そうだろうな。」

 安堵の顔を多治見へ向けると「今夜はここに泊まるかね?」。

「いいえ、明日は新しい人事が有りますので、今日はこれにて失礼いたします」そう答え、多治見は立ち上がりかけた。

「新しい【SABAKI】は?」

 動きかけた体が自然と停まった。

「どちらも警察官ですので、正直、まだ決めかねています。」

「また警察から選ぶのか?」

「私には警察と『葬』しか知り合いは居ませんので」

「そうか――、ではひとつ警告して置く。警察に対しての不満分子は駄目だ。また警察にぞっこんの者もむかない。」

「承知しております」

「そうだろうな。何せ岩本が残した男だ。」

「それはわかりませんが。ところで――」

「何か?」

「『上様』は一子相伝と申されましたが、交代のタイミングはあるのですか?」

「そうだな。正確な『沙汰』が出せなくなった時だ。」

「承知しました。暫くは無いと思っております」

「では気を付けて帰りたまえ。」パンパンと手を打つと、【HANZOU】が入ってきた。

「駅まで送ってやれ」

「承知」

「一人でも大丈夫です。」

「この山は思った以上に深い。迷って獣に出くわす事もある。それに今後、【HANZOU】との繋がりも増えるだろう。」

「そう言う事でしたら、遠慮無く」

 多治見は足を正座にして、両手を床に着けてお辞儀で返した。

「新しい奉行と新しい【SABAKI】の襲名を待っている」

「御意」伏したまま確約した。

「では参りましょう」

 【HANZOU】が多治見へ声を掛けた。


 来た時は、時よりクマゼミが混じる蝉時雨の中を、足元も明るく歩いてきた。多治見にはそのイメージが強く残っていた。しかし、境内から出ると、まだ夏の入口だというのに、気の早いコオロギだろうか、涼しげに歌い始めていた。

「今日は長々と御疲れ様でした。」

【HANZOU】が、下山しながら労った。

「いいえ。お付き合いいただき恐縮です。」

「私は今の上様にお付して二十四年になります。その間に奉行が変わったのは十年前に寺社奉行。四年前に勘定奉行のお二人になります。」

「そうだ。五つの奉行所の地域割りなどが有ると聞きました」

「そうですね。寺社奉行所は関東地方の七県と山梨県の八県。勘定奉行所は中部地方の八県。町奉行所は山陰と中国地方に大阪の二府六県。作事奉行所は東北と北海道の一道六県。普請奉行所は四国、九州の十県となります。奉行職に就くと、各奉行との連絡が可能になります。当然、私達、お庭番衆や『上様』にもです。」

「それは以前、『お奉行』から聞いています。」

「そうですよね。【SABAKI】ですものね。」

「【SABAKI】はそんなに偉いのですか?」

「偉い――、というよりは、各奉行所の要です。重要なポストですね」

「そうなのですか?」

「はい。『上様』の下が『奉行』で、その下が【SABAKI】になります。」

「大変なポストだったのですね。知らずにいました」

「知らずにこなしていた。と言うことです。それだけ有能な人なのです」

「何か照れますね。でも次の【SABAKI】選びが、それだけ大事な事なのだと判りました。」

「その通りです。【SABAKI】によって、その奉行所は大きく変わります。今回の寺社奉行所のように」

「変わったのですか?」

「はい。大きく変わりました。人間性と言うか、個性というか。そういったものが蔓延して、他の奉行所には無い血の通っている感じがします。」

「良い事なのでしょうか?」

「どちらとも言えません。仲間意識が強いと、仲間が亡くなった時に、辛い思いを引きずる事になりますし、仲間意識が無ければ、仕置きまでも事務的に行われます。」

「殺し屋に人間味は不要ですか?」

「いいえ。『葬』は人を生かす為の殺し屋集団です。失礼ですが私は、岩本さんが『寺社奉行』で、多治見さんが【SABAKI】の時の『寺社奉行所』が好きでした。お庭番衆も、多治見さんを真似て、もっと仲間意識を持たせようかと思っていました。」

 ゆっくりと歩いて来たが、気が付くと、今朝の喫茶店に差し掛かっていた。

「お帰りですか?」と店主が、店仕舞をしながら声を掛けてきた。

「また来ます。」

「はい。コーヒーを淹れてお待ちしております」

 店主は丁寧に多治見へお辞儀をして答えた。

「私もここで失礼します」と【HANZOU】が言う。

「ありがとうございます。」

「では、『寺社奉行』と新【SABAKI】の襲名をお待ちしております。」

「【HANZOU】様、例のものは?」

「そうだ。渡すのを忘れていました。」

 そう言いながら、二台のスマートフォンを取り出した。

「襲名前ですのでコードネームは【SABAKI】のままですが、襲名しましたら、新しいアプリが送られます。それを読み込むと『奉行』にアップします。お取替えください。」

 多治見は携帯を渡して、スマホを受け取った。

「もう一台は?」

「新【SABAKI】の物です。人選が終わり、【SABAKI】が決まったら渡してください。これが立ち上がると、連動して貴方のスマホに『寺社奉行』のアプリがダウンロードされて、『継承』は完了します」

「意外と簡単ですね。」

「昔は『継承』が完了するまで、一ヶ月近く掛かりました。文字通り文明の利器です。」

「承知しました。」

「では、これで」

 【HANZOU】と店主は挨拶をすると、【HANZOU】は来た道を戻り始め、店主は看板を持って店の中へと消えた。


 川沿いにいるからなのか、やけに清々しい気分だった。


 大船から渋谷へ戻るため湘南新宿ラインに乗り込むと、スマホを立ち上げた。

 仕置き組全員と、【JITTE】に【FUMI】からもメールが来ていた。誰もが皆、【SABAKI】が『寺社奉行』になるのか、それはいつなのか。また新しい【SABAKI】はいつ来るのかという内容で、もう少し時間が欲しい。と全員に返した。


 今の電車は静かだ。線路の繋ぎ目の音と振動が無くなり、座っていると睡魔に襲われた。極限の緊張を長く続けた所為もあり、いつの間にか寝入ってしまった。

 目が覚めると見覚えの有る渋谷駅で、慌てて降りようとしたが間に合わず、ドアは無常にも閉ざされた。諦めて次の駅の新宿駅まで、いままでいた席に座り直した。

 久し振りの新宿駅構内だった。懐かしさと一緒に空腹も込み上げる。

「久し振りに五六(ごろう)に行くか」と多治見は改札を出て、ラーメン五六へと足が向いたが、時間はすでに二十三時を過ぎていた。

 店の前まで来ると、店員が暖簾を下げる所だった。

「閉店かい?」

「はい。すみません」と若い店員が答える。

「それじゃ仕方ないか」と諦めたところに、五六(いつむ)が仕込み用の野菜を持って来た。

「多治見さん!」

「やぁ。」手を軽く挙げて応じる。

「もう閉店の様だからまた来るよ」

「いいえ。入ってください。」

「しかし――」と降ろされた暖簾に目が行く。

「せっかくお見えになったお客様を、お返しするな!」

 五六が若い店員の頭を小突いた。

「でも――」

「俺がお相手するから、お前達は帰って良いよ。」

「スミマセン」と若い店員が頭を掻いた。

「悪いね。本当に良いのかい?」

「勿論ですよ。お越し頂いたお客様をお返しするほど、偉い店ではありません」

「嬉しいね。では遠慮なく頼もうかな」

 店に入り、いつもの席に座ると「いつもの」と五六へ言う。

「はい!只今!」と五六の活きの良い声が答える。

 少しして、先程の若い店員ともう一人が、着替えて店に顔を出した。

「気を付けて帰んな。明日も頼むよ」と声を掛ける。

「本当に悪いな」

「もう言わないでください。どっちにしても、明日の仕込みをするんで、店の灯も火も落としませんから。」

「上手い事言うね。座布団だそうか?」

 そこに見慣れた店員が入ってきた。

「多治見さん。いらっしゃい!」と寄ってきた。

「君は帰らないのかい?」

「はい。これから店長に、仕込みを見てもらうので」

「見てもらう?」

 五六の方へ目を向けた。

「僕は裏で仕込みの準備をしています」と気を使い、勝手口から野菜の入った、大きな袋を持って外へ出た。

「どういう事?」

「店をあいつに――。武って言うんですが、この店を出した時から、手伝ってもらっている、腕も気も良い奴なんです。」

「それは判るよ。」

「で、武にこの店を継いで貰おうかと――」

「五六。何か有ったな」

 多治見が怖い目で睨んだ。

「何も有りませんよ。ただ親が歳なもんで、実家に、田舎へ戻ろうかと――」

「麺茹で過ぎじゃないのか?」

「いけね」再度生麺を手に取り茹でなおす。

「嘘を吐くから失敗するんだ」

「多治見さんは誤魔化せないですね」

 降参とばかり両手を上げた。




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