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SABAKI 第三部 継送  作者: 吉幸 晶
18/25

上様と葬


       上様と葬



 小旅行気分で大船観音に寄り、待ち合わせ場所のフラワーパークセンター内を観て周るつもりで、多治見は朝九時に、渋谷から湘南新宿ラインの快速に乗り込んだ。

 電車は時刻表に遅れる事無く大船に着いたが、明け方から順調に気温が上がり、夏日の厚さが多治見を出迎えた。駅前から観音像を拝し、観音寺に詣でたのち、川沿いに歩いてフラワーパークセンターへ向かった。

 長い時間を歩いた訳では無いのに、汗が溢れて出てくる。いくら拭えど汗は滝の様に吹き出てきた。我慢の限界と、フラワーパーク内の見学を諦めて、目の前の喫茶店に逃げ込んだ。


 エアコンの効いた店内は、まさにオアシスであった。店主も、客の大汗を見て、寒すぎず、そこそこに涼しい席を勧めてくれた。多治見は勧められたシートに座ると、ブレンドを頼んだ。

「熱いので良いのですか?」

「コーヒーは熱いのに限りますよ」と笑顔で応えた。

 コーヒーを持ってきた店主に「フラワーパークまでは、まだありますか?」と尋ねると「この先の角を曲がると、じきに見えて来ますよ」と教えてくれた。

 多治見は安心して、出されたコーヒーの香りを楽しみ、ゆっくり味わった。美味そうに飲む多治見を見て、「コーヒーがお好きなのですね」と店主が話し掛けて来た。

「唯一の趣味みたいな物で、あー。飲む方専門ですが」

「そうですか。」嬉しそうに返事をする。

「インスタントすら、美味く淹れる事ができないんですよ。」

「粉は水分を良く吸いますからね。味は日ごと落ちて、香りも無くなるのが早いですから」

「どうりで。腕だけでは無く、知識さえも薄かったようです」

 多治見が頭を掻くと、店にある柱時計が「ボン」と鳴った。

「しまった!」と時計を見て慌てて出る支度を始めた。

「十時に待ち合わせですか?」

「えぇ。ゆっくりし過ぎました。」

 そう言いながら財布を出す。

「まだ五分以上ありますから、少し急げば間に合いますよ」

 多治見の驚く顔を見て「十分程、進めているのです。」

「十分もですか?」

「駅までの時間です。」

「なるほど。助かりました。」と言いながらお金を渡し、つり銭を仕舞うと、「ご馳走様でした」と挨拶をして店を出た。

 多治見は教えて貰った通りに、少し早足で歩くと、十一時丁度に約束の場所に着いた。


 着くとすぐに辺りを見回す。夏休みといえ、平日のこの時間では、人は疎らですぐに『上様』と分かると思っていたが、なかなか盛況で、早目の昼食を済ませてから入ろうと言う親子や、観光バスを乗り付け降りて来る外国人の団体。鎌倉の山を歩いて来たのか、ハイカーのような出立ちのグループで、チケット売り場はそれなりに混み合っていて、多治見は探すのを諦め、日陰のベンチに腰を降ろした。

 視線を感じた。その方を見るが人影は見えない。今度は別の方角から視線を感じたが、向くと視線が消える。

(間違い無い。誰か居る)

「多治見さんですね」

 いきなりうしろから呼ばれた。驚き振り向くと、見覚えのある男が立っていた。

「貴方は……」

 黒服を着た、細身で背の高い男が立っていた。

「ご無沙汰しております。」

「そうだ。家内と娘が殺された時、渋谷中央署から――」

「覚えていて頂けたとは、恐縮です。」

「貴方が『上様』なのですか?」

「私はお庭番衆の頭をしている【HANZOU】と申します。」

「『上様』は?」

「お連れする様に言われております。こちらです。」

 【HANZOU】は先に歩き出し、多治見が間を取り続いた。山の方へ十五分程歩くと、森の中に寺の門が見えた。そのまま門前まで進むと「本堂におられます。どうぞ」と手を指して招じ入れた。

 多治見は一人で、門を潜り境内に入った。蝉時雨が賑やかだが、人の気配はまったく感じられない。仕方なく本堂まで行き案内を乞う。

「遠慮せずに上がりなさい。」

 本堂の暗がりの中から、昨日の電話の声が応えた。

「では遠慮無く、失礼いたします。」

「暑い中、ご苦労だったな。」

 重低音の声が、労いの言葉を多治見に掛けた。

「本当に今日は暑いですね」

「それなのに熱いコーヒーとは。」

「ではあの喫茶店も――」

「【HANZOU】の手の者の店だ。」

 『上様』は、多治見が思っていた通り、多治見よりは年配だが、老人の域までは達していない、『お奉行』と同年か少し上ぐらいで鋭い眼光の男であった。

「守る為に近くに居るのですね」

「その通り。まぁ話しは昼食の後にしよう。」

 本堂の中央に、精進料理と思われるお膳が二膳、用意されてあった。『上様』はそのひとつのお膳へ多治見を招いた。


 食事中、蝉時雨が暑さを掻き立てるが、開け放たれた窓や扉から、時より入る風は、草木から涼しさを運び心地良い。お互い無言のまま、昼食を済ませると「ここは古より『上様家』の菩提寺ですか?」と話し掛けた。

「何故にそう思う?」聞きながら、右手でお膳を下げる様に払うと、置くから黒服の男が二人現れ、無言でお膳を持ち奥へ消えた。

「【HANZOU】と言えば徳川幕府の(しのび)。そして、ここ鎌倉市玉縄で徳川と縁が有るのは、老中の本多正信です。」

 多治見は頃合を見て答えたが、『上様』は黙ったまま、話しの続きを待った。

「本多正信と言えば、玉縄藩の藩主でした。寺と係わりが有るのなら、菩提寺だと行き着きました。」

「ほう。」驚いて見せている。そう多治見は感じた。

「さらに付け足すのであれば、先ほど『守る為』とお聞きしたとき、素直に肯定されました。であれば、『上様』はこの地のお方と確信したのです。それに剃髪のように見えるその頭、それと住職にそぐわない所作など。総合的に見ますと、恐らく本多家の血筋の――」

「さすがだ。岩本が信頼していただけの事はある。」

 多治見の推理を最後まで言わせないよう、途中で止められたと思った。

「『葬』に入るときに、『お奉行』から徳川の埋蔵金の話しがありましたので、徳川家に纏わるのだろうと、前情報がありましたので」

「あ奴は、そんな余計な事を口にしたか。」

 大きな目を多治見に向け、岩本を窘めるような言い方をした。

「『葬』の財源は徳川の埋蔵金なのですか?」

「その様な物があれば()うに使い切っておる!」

「なるほど、金銀財宝では無い、と言うことですね」

「【SABAKI】!もう良い!」

「『上様』。今日はここの住職やその家族までも人払いをして、私の為にお時間を作っていただけたと思っております。であれば、私の独り言、戯言と思って、聞いてはいただけませんでしょうか?」

 蝉時雨は止む事無く、夏日の暑さを一層暑くするかのように、降り注いだ。多治見は無遠慮に、本堂の『上様』の近くまで寄って座りなおした。


 どの位の寡黙な時間が流れたのか、多治見は『上様』の了承が出るまで、忍耐強く待った。

「戯言……だな。でなければ、生きてここから出すことは無い。」

 『上様』が折れて、多治見の話しの続きを許可した。

「死罪と流罪は何処で分けられるのか――。恐らく、社会復帰できるか否かではないでしょうか。社会復帰できる者は流罪。できない者は死罪。それは何故か――」

 『上様』は多治見を見ていると、自供に追い込まれる感が払拭できず、目を合わせる事を頑なに避けた。がしかし、両肩が微妙に震えているのを多治見は気付いた。

「その秘密が、徳川の埋蔵金ではないかと思いました。」

「【SABAKI】よ。それは『お上』になる者だけが知る、一子相伝の極秘中の極秘だ。」

「やはりそうでしたか。しかしどうして国の財源を自由に使えるのですか?」

「末恐ろしい奴よ。やはりこれ以上、この事を口にする事は憚れる。私は、岩本が残した、託した命を奪う事は出来ない。だから、もうこれ以上推測をするな。」

「私の推測は、全て当っていると思って宜しいのですか?」

「好きに受け取ればよかろう。」

「そうですか……。徳川の埋蔵金。誰が探しても決して見付けられなかった。その理由が判りましたよ。」

 『上様』は天井に描かれた、曼荼羅を見上げていた。最早、何かを口にすれば、謎が謎で無くなり、多治見の前に真実としてさらけ出されると、必死に、頑なにそれを拒む姿勢を取った。


「『葬』の報酬は、法外な金額でした。」

 意外な、想定外のところに話しが振られて、『上様』は明らかに戸惑いを見せた。

「『お奉行』も私も、寄付団体を探すのに苦労していました。ただ【JITTE】や【TEGATA】は、組の者の生活もあるので、かつかつだと思いますが」

「人の命を奪うから、高額な代金を支払っているに過ぎん。」

 そう言って、慌てて扇子で口を塞いだ。

「いいえ。人の命を奪って得た法外な報酬だから、寄付をすると知っていたのではありませんか」

 しまったという顔をした。また多治見の誘導尋問に掛かってしまったと後悔した。

「そうだ。知っていた。岩本も【SABAKI】も共に、どこぞの団体に寄付すると。初めから、守銭奴などを奉行や仕置き組組頭には選びはせん。」

「結局、私達は国が雇った殺し屋だったのですね」

「それは少し違う」

「どう言うことですか?」

 『上様』は慌てて両手で、耳を塞いで床に屈した。

「徳川の埋蔵金とは、国民そのものですね」

「【SABAKI】!私は口にするなと止めたぞ!それを!」

 床に屈していた体を起こすと、手にしていた扇子を多治見へ投げ付けた。

「これから『寺社奉行』として、『上様』のお近くで、仕置きを進めるのに当り、どうしても知っておきたかったのです。知らなければ、何を守り何を倒すのか、判断に振れがでます。」

 投げ付けられた扇子を右手で受け止めると、多治見が言い寄った。

「もう良い。判った。全てを話そう。そしてお前が『葬』を『寺社奉行』を引き継ぎできない時は、【HANZOU】に言って、お前を始末する。覚悟は良いな。」

 『上様』を推論でねじ伏せた。当てずっぽうの多治見の考えが、半分は合っていたのだと判ると共に、国税で雇われた殺し屋だったことが、残念でもあった。


「家康が天下を取った時、すでにこの国は破綻していた――。」

 『上様』は天井の曼荼羅をじっと見て語り始めた。

「戦国時代の終わり、関が原の戦いのあと、食糧や金など、いたる物が不足していた。何故だか判るかね?」

「需要と供給のバランスが大きく崩れたからですか」

「その通りだ。兵力が足りないと言っては農民を狩り出し、雑兵として頭数に加えた。三万もの兵糧を用意するにも、蓄えだけでは当然不足し、買い付けにも金が掛かった。そんな瀕死な状態で豊臣から国を取ったが、金も米も使い果たし、国元には何も無い状態だった。論功行賞として、禄高を加増してやれば、諸大名達を黙らす事はできたが、国元の民はそうはいかない。既に長久手の戦いの時に、大雨が長く続き、領国の田畑は荒廃し飢餓状態に有った。家康は領国の為、秀吉と交える事無く兵を退いた。その教訓があり、本多正信は大阪夏の陣で豊臣が滅亡してから、戦の無い平和な時代になっても――。今後は大きな戦などは怒らないと確信していても、領国の財を、蓄える事を第一に考えていたと聞く。」

 天井を見て話す『上様』の背を、多治見は黙ったまま見、そして話しを聞いた。


 一六十五年に武家諸法度が発令されると、諸大名は倹約すべく記されていた事を守った。しかし信正は、諸大名が蓄えを増やし、謀反を企てる事が無い様にと、参勤交代をさせて、約し蓄えた金を吸い上げる事を考えた。

 百姓からは米を、商人と一般の民、諸大名からは金を徴収して、徳川の財の蓄えを一段と増やしたという。しかしある時、正信は一番の収入源は民だと気付いた。民は武士より遥かに多い、その民を殺さず減らす事無く生かせば、収入が増えると悟り、以降、民を大事にし、人口を増やす事に注力した。

 結果、盗賊や山賊に海賊。民を虐殺する野武士に流浪人など、税を納めず民を苦しめる輩を密かに殺し、税を納める民を守った。それが『葬』の始まりであった。

 徳川の埋蔵金を探している者もいるが、慶喜が徳川時代を終らせる際に『民は徳川の財源だ。大政奉還をしたとて、民が居る限り、我々の隠れた財となる。云わば民は埋蔵金と言える』と小栗忠順へ話したのが発端となったようだ。そして国が徴収する税から、人知れず抽出する方法を託したのが、いつしか徳川の埋蔵金伝説となって伝わり、今日に残っているらしい。

 『葬』にとっては、これほど都合の言い話しは無かった。国民から国が徴収した税金の一部が、国にばれる事無く、容易く『上様』の一族に毎月入ってくる、徳川の財宝の仕組みがばれずに済むからであった。

 その代わり、頂戴した代金に見合う仕事は昔通り行う。何故なら『葬』は、民が苦労して納めた税を貪る泥棒では無い。人を殺す事を躊躇せず、殺人を繰り返す輩を、秘密裏に殺して片付け、税収を減らさない様にする事で収入を得ていた。だが、全ての罪人を殺しては税収に響く、だから【SABAKI】の推論通り、社会復帰してから、掛かった費用以上に回収が見込める輩は、教育をし直して税金を納められるようにしているのだと『上様』は、ゆっくりとした口調で語った。


「その為に、流罪の罪人用の寮を作り道徳を徹底的に頭脳へ刷り込む。他にも、文明の流れに合わせて、備品の開発もしている。今使っているスマホもその産物だ。」

「しかしそんな膨大な金額が、毎年外に流れていたら気付くのではありませんか?」

「例えばだ、国民一人から毎月一円徴収する。四人家族なら月四円。年にして僅か四十八円。その家族が年に納める税金を八万とすると、その中の四十八円が、税務上に記載された項目として、納税後に引き落とされても、毎月数千円の市民税の中の四円など、役所の者は気にも留めない。それこそ市民税の割り振り程度としか思わんだろう。しかし徴収した税金が、一箇所に集まり纏まってしまうと、全国民が約一億人とすれば年十二億。さすがに毎年十二億もの金額が漏れていては目立つ。従って、誰にも気取られる事の無い所で、誰にも知られずに金を取り入れる。役所どころか国民の誰にも知られない、極秘の仕組みが出来上がっている。だから江戸時代から今日まで、『葬』は存続しているのだよ。」

 アブラ蝉とミンミン蝉の鬱陶しい鳴き声は、いつの間にかヒグラシの物悲しい鳴き声に代わっていた。気温も汗ばんでいた昼とは変わり、過ごし易い温度まで下がっている。『上様』は話し疲れたのか、黙ったまま、放たれた窓から見える、山の木々を見ていた。




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