真相と本意
真相と本意
警視庁テロから三日が経った七月二十八日。警視庁の入口は、変わらず規制線が張られたままだが、エントランスホールはテロが有った前の状態に整えられ、献花台が設置されたところであった。
平行してテロにより死亡した警察官の合同葬儀を、副総監の指揮の元、執り行う方向で進められ、本日午後一時から、青山の葬議場で執り行われる事になった。従って警視庁テロの捜査をする刑事部と生活安全部は、捜査組と葬儀組に分かれ、庁内の人口密度は極端に減っていた。
多治見は葬儀組に入っていたが、自席に座ったまま、『何故、栞をひと目見た時に気付かなかったのか』という自責の念に囚われていた。うな垂れ後悔に後悔を重ねていた時、『葬』の携帯にメールが届いた。見ると【JITTE】からであった。
《ネットを観てください。桜坂栞が動画を配信しています》
多治見はパソコンを立ち上げ、ネットを開いた。【JITTE】のメールの通り、警視庁テロの犯人である桜坂栞、本人が画面の中央に映っていた。多治見はそのまま、自席のパソコンで動画を観始めた。
自宅で撮影したのか、勉強机の前に栞が座っている映像から始まった。
私は桜坂栞と言います。兄は五月に世間を騒がせました、倒幕の志士のリーダーをしていました善波正道です。
兄の行ったテロは、決して許される事ではありませんが、兄が本当に、日本の国民へ訴えたかった事は、兄の死後、二ヶ月が経ちますが、未だに発表されずにいます。警察は仇討ちとして処理しました。でもそれは離是流の意思であり、兄の本意ではありません。
今から、警視庁捜査一課課長の酒田の元で、警察が隠蔽した兄の射殺の真相と、兄の本意を語らせていただきます。
恐らく警察や政府によって、この動画は削除されるでしょう。その防護としましてコピーフリーにしています。また私が死んだのち、主要マスコミと警察庁へ、この動画のコピーを送るように、手配をしております。この動画が配信されておりましたら、近日中にお手元に届くかと思います。
ここで一度映像は切れて、放送室に似た背景に変わった。その中央に栞が椅子に座り、手元には原稿と水の入ったペットボトルが置かれてあった。
これから本題に入りますが、元は兄が私に渡していた、倒幕の志士用のスマホに電話を掛けた状態で、当日の音声を録音したものです。その内容を抜粋して書き出し、聞きやすく私が読む事にしました。なので話しの内容が飛び、理解し難いところも有るかと思いますが、最後までお聞きください。また、マスターもコピーして一緒に送りますので、受け取った方は、私が話すことの真偽を確認してください。
栞が一礼して、手元に置いてある水を飲むと、原稿を手に取り読み始めた。
動画は、「今の国の制度や政策が悪いから――」という文言から始まった。政治の本質や知識すらない者が、知名度だけで政治家になるからだ。と善波が嘆いたのを思い出した。その後、百五十年前に徳川慶喜が大政奉還をして、日本は新しく生まれ変わった。それから八十年後、大戦を敗戦で迎え再び日本の政治は変わった。それがたかだか七十年で腐敗したと、今の政治を正す変革の時期だといい、日本の行く末を心配し、本気で変えようとしていたと続けた。
「善波……。君はやり方を間違えたんだ」
動画を観ながら多治見が呟いた。
話しは時代の流れが、いかに速いのかというくだりに入り、日本の国土が他国に買われている事を伝え、空き家に課税する有り得ない処置が、安くても他国の者へ土地を売り、高い税金から逃れるだろうと警告した。
そして野党がどうの与党がこうのと、くだらない事だけに時間を割いて、挙句、不倫などというどうでも良い事を何時までも引っ張ったり、他人の言葉の揚げ足を取ったりして、それで仕事をしているのだと勘違いをしているのが殆どで、自分は何をするのかと言う目標と強い信念。それをやり通す気力。そういう確固たるものを持っている者がいるのかと、政治家の資質を問うていた。
やがて年金はいかに、若者を苦しめる障害になるのかと進み、正社員雇用を衰弱させ、正社員として働けない若者を増やした、政府の責任を問い、政治家は決して自分達の腹を痛める事無く、若者達から絞り取る方策を考え強行して、貧窮の中でやっと生きている若者から金を徴収するのだと締めた。
――人の理想や思想は不変ではありません。時間が掛かればひとつの旗の基に集った者も、自分の意見を持ち離れて行く。革命は短期決戦で無ければ実現はしません――
善波から直接聞いた、あの時の場面を思い返していた。
「準備を――。準備期間をもっと取って、仲間も離是流などではなく、政治を学んでいる者達であったのなら、君の声も、今の若者に届いただろうな」
多治見の声は、無念と共に空となったフロアに消えた。
兄は最後に、「例えば僕がここで捕まっても、警察は僕の思想を公表する事など絶対しませんよ。単純に仇討ちだったと言うだけでしょう。」と言っていました。まさにその通りになっているのです。兄の本意は公表される事はありませんでした。恐らく今後も、この世に出る事は無いと思っています。
ここまでが、拉致してきた弁護士のS氏と、警視庁のT警部との三人のやり取りです。お二人の言葉は全て割愛したので、話しが途切れ途切れで、全てが伝わるとは思えませんが、これが兄の本意なのです。
テロを起こす前、関西の大学で法律を勉強している時から、兄は大学の友人に話しをしていたそうですが、長い物に巻かれる風潮が強い日本人には、本気で今の日本を治そうとする者はいない。と否定されたそうです。その話しを私にした時の兄の、凄く残念そうで悲しそうな顔を、私ははっきりと覚えています。
ここからは兄が警察により、いかに殺害――、射殺されたかの真相をお話しいたします。兄はT警部を盾にして、包囲された家から出る決心をしました。その裏には、離是流の三人がSITの包囲に怯え、これ以上立て篭もるのは無理だと悟ったからです。
兄はT警部と出て交渉する事にしましたが、兄のいない中で、離是流の三人がS氏に危害を加え、人質にする事を恐れて、三人をスタンガンで気を失わせ、S氏一人を軟禁状態にしました。そして交渉の為、T警部を盾に外へ出て、SITと直接交渉を始めたのです。
まず兄は、外へ出るとマスコミを呼ぶ様に言いましたが、兄の要望は即時に拒否されました。兄は爆弾のスイッチをSITに見えるように掲げ、マスコミが来なければ、最後の爆弾のスイッチを押すと伝えました。
SITは「脅しは通じない」と即答しましたが、T警部はSITへ、最後の爆弾の存在を訴えました。しかしそれさえ聞き入れられず、油断した兄の頭を打ち抜きました。その後T警部は何故打ったかと問いましたが、返事は有りませんでした。
これが、兄が打たれた時の状況です。お気付きの方がいらっしゃるかもしれませんが、SITからの投降を促す言葉は一切無く、また家の中の、S氏の開放要求は一度ありましたが、三人への投降を促す事は有りませんでした。そんな中兄は、外に出て僅か数分で射殺されたのです。
兄のした事は、万死に値する事だと理解しており、死刑になる事は覚悟していましたが、単に仇討ちの為だけにテロを行ったと思われているのには、私自身、納得ができませんでした。
記者会見で、兄が大罪を犯した凶悪な犯罪者と言われるのは、仕方の無い事と諦めもつきましたが、しかし兄の本意は、腐敗政治の根絶。それと若者達への、正規労働者としての雇用促進だったのだと、一言でも言って貰えれば、私が兄の遺産を使う事は有りませんでした。
私の標的は、刑事部部長の山形と捜査一課の酒田と言う課長だけですが、私ひとりでは、二人だけに兄の無念を晴らす事が出来ないので、警視庁のエントランスホールに入り込み、チャンスを待ち、兄の遺産で兄の無念を晴らす事にしました。
当然、私の自爆に巻き込まれ、亡くなった方もおられると思います。いくら謝っても、許していただけないと判っていますが、心からお詫びします。本当にごめんなさい。
動画は、深々と頭を下げた栞を映して終った。
警視庁が兄である善波正道を殺害した事実と、本当の動機を故意に隠蔽した事。そこに至った原因が政府に有ると語っているこの動画は、警視庁を始め政府の陰謀とも取られ兼ねない映像であった。
観終わった多治見は、悉く不幸を呼び込んでいるのは、自分なのではないかと自分を呪った。
妻の美佐江と娘の奈美の死。同期の相良と、その相棒、射水の殉職。【TEGATA】を襲った交通事故。そして岩本と上神宮の爆死。一年も経たない中で、一体何人、不幸にしてきたのか。そう考えると、体が熱くなり怒りが爆発しそうになった。
机上に置かれたファイルやペン立て、卓上用の小型の扇風機を、全て払い落としたくなる衝動に狩られた。昂ぶる感情を、辛うじて自分の心の中に押さえ込んだ。その時、『葬』の携帯に電話が掛かってきた。表示を見るが相手が誰なのかは表記されていない。辺りを見回すと、事件の捜査へ出ている者と、合同葬儀の支度の手伝いに出ている者で、幸運にもフロアには、多治見しか残っていなかった。
「【SABAKI】だな」
多治見は無言で出ると、かなりの低音だが、聞き取り易い声が問い掛けてきた。
「誰ですか?」訊いた瞬間、相手が判り「『上様』ですね」といい直した。
「寺社奉行の突然の死は、大変残念だった。」
「はい」
「君には急ぎ、後任の【SABAKI】を決めた上で、寺社奉行に就いて貰わなければならない」
「こんな時に何ですか!」思わず大声になった。
「聞いていると思うが、『葬』は代々そうやって受け継がれてきた。」
「確かに聞いておりますが、まだ葬儀も出せていないのに――」
「この時にも、被害者は恐れ苦しんでいる――。或いは遺族が嘆き悲しんでいるのだ。」
「それは理解していますが――」
「本当に理解しているのであれば、こんな口論などしてはいない」
反論する言葉が出なかった。
「時間が経てば、心に傷を負うか死に追いやられる。いずれにしても被害者は増えるだけなのだ。岩本は君に絶大な信頼を寄せていた。それを裏切るような事はせんで欲しい。」
最後の言葉は、しゃがれ声になっていた。多治見は『上様』が、悲しみを抑えている事を悟った。
「次期【SABAKI】の候補はいるのか?」
間を置き多治見に問う。
「二人ほど――」
そう答えた時、新宿南署時代の吉田と森田の顔が過ぎった。
「そうか。では急ぎ後継者を決めて、奉行職に就くように。」
「『上様』!」
「何か?」
「一度、お会いできませんか?」
「――岩本への手向けだ。」少し間を置き答えると「明日の昼、大船にある、フラワーセンターまで来られるか?」
「何処へでも伺います」
「では、十一時にフラワーセンターの入口で」
「承知いたしました。しかし私は『上様』を――」
「私が君を知っている。声を掛ける。」
「わかりました。必ず伺います」
「話しは長くなりそうだ。何時間でも落ち着いて話しのできる場所を取って置こう。」
「ありがとうございます」
あっさりと電話が切れた。
その後、多治見は青山へ行き、岩本と上神宮の遺影と対面した。遺影の岩本に笑みは無く、真っ直ぐ前を向いているが、その瞳には優しさが現れていた。
多治見は敬礼を送り「お奉行、貴方の意思は私が継ぎます。迷った時には、導いてください。」と別れを告げると、今度は微笑む上神宮の慰霊へ向かい敬礼をして「短い時間でしたが、本当にお世話になりました。課長のお気持ちには応えられませんでしたが、素晴らしい上司でした。ありがとうございました」と別れを告げた。
遺族席と書かれた区画に、泣き崩れる妻を支える夫が見えた。多治見は近付くと、「失礼ですが、上神宮課長のご両親でしょうか?」と声をかけた。
「はい。そうです。」と父親が返事をした。
「私は多治見と申します。」
「貴方が多治見さん。」泣きながら母親が応えた。
「優代が――」
「入院した時も付き添っていただきました。」
「家に帰ると、貴方の事ばかり話すのよ。優代の口から、男の人の話しなど一度も聞いた事が無くて……」
母親は夫にしがみ付きながら、大粒の涙を幾つも流して話した。
「守る事ができませんでした。頼りない部下で申し訳ありません。」
多治見の謝罪に「貴方に会えて、娘は変わりました。迷惑だったかも知れませんが、貴方を慕っていたと思います。」と父親が涙声で言う。
「そのお気持ちに、応える事は出来ませんでした。」
「存じております。奥様とお嬢さんの事は――。それゆえに、貴方を放って置けなかったのですよ。ご迷惑をお掛けいたしました。」
「いいえ。迷惑とは思っておりませんでした。応える事ができないのに、課長の好意に甘えて――」
「良いのよ。優代も多治見さんとお会いして、数日は女性としていられました。お化粧や洋服にも……。ありがとう……ございました。」
両親が揃って多治見に礼を言った。
「お体を大事にしてください。では失礼いたします」
その時、岩本と上神宮が本当に死んでしまったと、理解できた気がした。その場を辞去して、そのままトイレへ行き個室の中で、声を殺して泣いた。
岩本と上神宮を亡くした、悲しさ、悔しさ、虚しさ、痛み、全ての辛い感情が一度に押し寄せ、泣かずにはいられなかった。
寺社奉行所の者達は、多治見と少し異なり、葬儀に参列できない辛さが増していた。しかし各自が思い思いの場所と時間に、奉行である岩本に別れを告げた。
ただ、ICUに入っている【TEGATA】だけは、この重大な事件を知らずにいた。自分の変わり果てた容姿とまだ向き合えず、ただぼんやりと、白い天井を眺めていた。




