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SABAKI 第三部 継送  作者: 吉幸 晶
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組頭


       組頭



 多治見は『葬』の携帯の呼び出し音で起こされた。時計を見ると午前四時二十三分とデジタルの目覚し時計が表示していた。

「はい多治見です。」

 表示に『奉行』と出ていたので、両手で顔を一度叩き、眠気を飛ばしてから出ると「朝早くにすまんな」と疲れた声が聞こえた。

「いいえ。急用ですか?」

「昨夜――、と言っても、まだ二時間程前のことだから、今朝早くになるのか、それとも深夜か――」

 普段からはっきりと物言いする『奉行』が、回りくどい言い方をするので、無意識に、『悪い知らせ』という不安が先立った。

「【TEGATA】が、帰りの首都高で事故に遭った。」

「亡くなったのですか?」

「いいや。辛うじて生きてはいるようだが、現在はICU――、集中治療室に入っている。」

「運転手は?」

「そっちは即死だったようだ」

「何て……。私を送らなければ――」

「それは違う!違うぞ!決してそんな事は無い。【TEGATA】の為に、今後もその言葉は口にしてはならない。」

「しかし」

「仕置き組を逃がし、無事に自宅まで届けるのが、先手組の仕事だ。」

「病院は?」

「板橋の総合病院だ。だが、見舞いは許可できない。」

「仕来り……ですか」

「そうだ。」

「承知しています」

「寿退社のつもりだったが……」

 電話の向う側で、岩本の咽び泣く声が、微かに聞こえた。

「【FUMI】には?」

「これから連絡する。」

「【JITTE】や仕置き組は、いかがいたしますか?」

「君から頼めるか?」

「承知しました。」

「しかし、くれぐれも見舞いは無用と伝えてくれたまえ」

 電話が切れた。

 多治見はベッドに座り呆然とした。昨夜、ホテルのレストランで初めて二人きりで食事をした。多治見自身、美佐江以外の女性と二人きりで食事をするのも、初めての事であった。


「ありがとう。でも指で取って舐めて欲しかったわ」


 何故かその言葉とあの時の、甘えているのか、ふくれているのか判らなかったが、初めて見せた顔が浮かんだ。

「まだ死んだ訳じゃない!」

 と声を出して自分を奮起させた。

「そうだ。彼は亡くなったのか――」

 ビールを用意して迎えに来てくれた。笑顔で出したビールを受け取り飲んだ。

「そうか――。彼はもういないのか」


 多治見が帰宅したのは、昨夜の十二時少し前だった。風呂を沸かすのが億劫で、シャワーを浴びて、一時半にベッドに入った。【ABURI】の教育方法を考えている内に、寝入ってしまった。正味二時間程度の睡眠だが眠気を逸した。


《連絡

昨夜はご苦労様でした。皆、無事に帰宅していると思う。

さて、昨夜。【TEGATA】の乗っていた自動車が事故に遭い、【TEGATA】は重症で現在集中治療室で治療中。運転手は即死だったそうです。

仕来りゆえ見舞いは出来ない。また組が違うので、運転手の葬儀にも組頭意外は参列が出来ない。運転手の冥福を祈り、【TEGATA】の早い回復を願ってください。》


 【JITTE】と仕置き組の全員へメールを送信を済ませ、「シャワーでも浴びるか」と呟き、立ち上がり風呂場へ行った。



 翌々日、先手組のドライバーの葬儀は、しめやかに執り行われた。多治見は偽名を使い通夜に参列して、彼の名前を初めて知り、彼の家族を知った。 

 遺影の前で焼香をして、お礼と別れを告げた。帰り道の途中で、【FUMI】から声を掛けられた。

「わざわざ遠い所、ありがとうございました。」

「とんでもない。それより今回は、申し訳ない。」

「何がですか?」

「仕置きがもたついた所為で――」

「いいえ。全てを承知した上で、どんな状況下でも、仲間を無事に逃がすのが私達の仕事です。気になされないでください。」

「ありがとう。ところで【TEGATA】は?」

「意識は戻ったようですが、生きていたのは奇跡だったと、病院でも言われたようです。」

「【FUMI】は会っていないの?」

「えぇ。」

 暗い声で返事を濁した。

「ご両親が来られているのですが、火傷が酷くて、それに右腕も失っていて――。誰とも会いたくない。と言うより見られたく無いようです。」

「そうか――」硬く口を結んだ。

「『お奉行』から、組頭を引き継ぐように言われているのですが、【TEGATA】があの状況ですので、引継ぎなど出来そうもないですし、どうしたものかと悩んでいるのですが。」

「そうだな。【TEGATA】が【FUMI】と会う気になるまでは、組頭代理の【FUMI】で通そう」

「良いのですか?」

「本当はね――」

 『葬』には組頭心得というものが有り、それには、死亡または長期に渡り、組頭の仕事に就けない場合。又は葬への裏切り行為が認められた時は、お奉行の権限で組頭を交代させる事が出来る。と書かれてある。

「だから『奉行』は、【FUMI】が【TEGATA】を名乗るべきだと言っているのだと思う。でもそれでは、【FUMI】は組頭の【TEGATA】の名を受け継ぐ事を拒むだろ」

「はい。」

「【TEGATA】が自分から、【FUMI】へ全てを引き継ぐ決心が付くまで、半年か一年か、とにかく待とう。」

「ありがとうございます。」深々と頭を下げた。

「『お奉行』には僕から話そうか?」

「いいえ。これは私の問題ですので、自分で『お奉行』へお願いしてみます。」

「わかった。いつでも援護するから、何かあったら連絡ください。」

「助かります。その時は、お願いします」

 多治見は【FUMI】へ「それでは」と右手を挙げて、帰路に着いた。


 最寄り駅まで来た時、「目明しにしては、尾行が下手だね。」人影は黙って姿を見せた。

「どうかしたかい?」

「『葬』は殺し屋ですから、幸せに暮らせるなどと思ってはいけないのでしょうが、姉さんの場合、あまりにも惨すぎると――」

「そうだな。運命だとしたら惨い定めだな。」

 【JITTE】は多治見の横に並び歩きだした。

「【JITTE】はまだ若いから、恋愛して結婚して子供を授かって、そういった幸せな生活に戻って欲しいと、僕は思っている。」

「人殺しがそんな事望んでは――」

「そんな事は無いよ。ただの人殺しでは無い。奇麗事を言うつもりはないけど、僕達が仕置きをしたお陰で、助かった命が有る。その命には当然人生が存在する。隠れて見えない人を助けている事は確かさ。でもね。命とその人生を、一方的に奪っているのも事実。殺しを指示しているのは、僕と奉行の二人だけだ。だから地獄に落ちるのも、不幸に見舞われるのも、奉行と僕だけで充分だ。」

「そんな――」

「『葬』のいらない世の中に変われば――」

 ふと善波の顔が浮かんだ。

「どうかしましたか?」

 話しが途中で切れて、【JITTE】が多治見の顔を覗いた。

「いいや。ただ本当に平和の世の中って、どんなものなのかと思ってね」

「難しいですね。幸せなんてものは、人によって違いますものね」

「争いを嫌う者と好む者。人の価値観なんて人それぞれか」

「哲学的な話しになってきましたね」と愉しそうに言う。

「哲学。好きかい?」

「僕が勉強好きに見えます?」

「科学者風に見えるけどね」

「良い病院知っていますが、紹介しましょうか?」

「老後の楽しみ取って置くか」

 駅に着いて「横浜だと別々だな」

「そうですね。姉さんの見舞いに行きますか?」

「よしておくよ。彼女の気持ちを優先にしたいから」

「【FUMI】さん。大丈夫でしょうか?」

「組頭と部下を一緒に失ったんだ。かなり参っているだろうけど、次期組頭として、この試練に勝って欲しい。」

「一人にして、持ち堪えると思いますか?」

「僕と【JITTE】が時々、連絡を取る事にしよう。」

「そうですね。ではここで失礼いたします。」

 【JITTE】のその言葉に、多治見は右手を挙げて答えた。

 一人になると、【ABURI】へメールを送った。


《昨夜はご苦労様。

これから店の近くに行く。少し時間が欲しい》


《昨夜の事ね。店の裏手に小さな公園が有ります。人目に付かないので、着いたらメール下さい。》


《了解》


 文面に反省の色は見えた。くどく言う必要は無さそうだが、【TEGATA】の事で落ち込んで、今後の仕置きに差し支えるのは避けなければならない。津田沼駅から『燻し銀』へ向かった。

 『燻し銀』の入っている雑居ビルを過ぎて裏手へ周ると、【ABURI】が言っていた公園と思われる、四畳半ほどの広さを、つつじだろうか、俗世と隔てるかのように周りに植えられ、中には古ぼけた、座ると壊れそうなベンチがひとつ、忘れられた様に置かれている空間が有った。


《着》とだけ送る。


《すぐに行きます》と返事が間も無く来た。


 周りのビル群を見上げていると、足音を殺して近付く人の気配を感じた。

「この前は、本当に済みませんでした。私の所為で――」

「あの日の【ABURI】の仕置きは厳罰だ。裏切りに近い行為だった。」

「――」

「しかし【TEGATA】の事は、【ABURI】には関係の無い事。それを引きずる必要は無い。が、【ABURI】一人が単独行動を取れば、仲間を危険に晒す事になる。」

 多治見はビル群を見、【ABURI】は下を向いたまま、二人は顔を会わせずいる。

「二度目は無い。大勢の仲間の為に」

「判っています。取り返しの付かない事をしてしまった。」

「そう思っているのであれば、これ以上言う事は無い」

 多治見が来た道を戻り始める。「【TEGATA】の具合は?」と呼び止めた。

「大丈夫。【TEGATA】は【FUMI】に引継ぎ、自分の生きる場所へ行く。【ABURI】は同じ過ちを犯す事無く、従事して欲しい。」

「はい。」

 多治見が去るのを見送り、【ABURI】は重い足取りで『燻し銀』へ戻って行った。


《【ABURI】への教育は済みました。というより、すでに深く反省しているのを見届けました。

【TEGATA】の具合は如何でしょうか?》


 帰りの電車の中から、『お奉行』へ連絡した。


《左腕は肘より切断され、下半身の損傷もひどく。恐らくは下半身不随だろう。

上半身も顔の半分を含み、大半に火傷を負っている。意識は戻ったが、鮮明に全てを覚えているのが、痛々しく辛い。

来週にはICUから個室へ移ると聞いている。》


 【ABURI】の事には触れず、【TEGATA】の事だけを返してきた。多治見はそれが、長年『奉行』に仕えて来た【TEGATA】へ対する労いの証しなのだと感じた。


《【FUMI】から【TEGATA】との引継ぎが終らなければ、【TEGATA】を名乗る事も、組頭と呼ばれる事もできないと言ってきた。》


《二人の気持ちを一番にするべきだと思います。しばらく、組頭代理の【FUMI】でよろしいのではないでしょうか?》


《了解した。これから『寺社奉行所』の全員へその通知を送る。暫く、【FUMI】の力になってやって欲しい》


《御意。》


 この十分後に『お奉行』から、先手組に関する重要通達として一通のメールが届いた。


《【TEGATA】の重症に伴い、暫くの間、【FUMI】を先手組組頭代理とし、先手組の全権限を与える。周知徹底の事》




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