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SABAKI 第三部 継送  作者: 吉幸 晶
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【TEGATA】最後の仕置き


       【TEGATA】最後の仕置き



 西河内家がディナーを始めた頃、多治見は【TEGATA】をエスコートしてレストランに入って来た。二人の席は窓側で夜景が映えていた。西河内家のテーブルも、監視するには問題の無い、絶妙な位置に有った。

 二人は西河内明美を監視しつつ、コースディナーのワインで乾杯をして、食事を始めた。少し離れた奥の方には、【NAGARE】と【FUMI】の顔が見えた。

 何の変わりも無く、ディナーは順調に進み、【NAGARE】達は、コーヒーをゆっくりと飲み始め、多治見達はデザートを食べ始めた。西河内明美は食事中に二度、席を立ったが一向に何も起きなかった。

「タイミングが掴めないのかな?」

「そうね。何か合図でも出す?」

 デザートのバニラアイスに舌鼓を打ち、にこやかに【TEGATA】が言う。

「邪魔になるかもしれない。ただ待つしかないか」

 多治見が諦めて、西河内明美の方を見ると、丁度席を立つところだった。

「三度目だ」

「よく立つ()ね。まぁ、会話も弾んでいないし、父親は勝手にワイン飲んで、母親は黙ったまま、たた食べるだけ。娘もずっとスマホいじっていて、笑顔も会話も無い食事なんて信じられない。私達の方が、よっぽど夫婦らしいわよ。」

 多治見は「ここ」と人差し指で口元を指した。

「えっ?」

「ここだよ」

 多治見が手を伸ばして、【TEGATA】の口元に付ていた、バニラアイスを紙ナプキンで拭いた。

「ありがとう。でも指で取って舐めて欲しかったわ」

「あのね――」

 多治見は呆れて小さく笑った。


「【SABAKI】と【TEGATA】は、ここから見ていると、本当の夫婦みたいですね。」

 【FUMI】が愉しそうにしている【TEGATA】を見て、羨ましそうに言った。

「私には、【SABAKI】のようにはできないな。」

 【NAGARE】が飲みきったカップをソーサに置きながら答えた。

「まさか【FUMI】もして欲しいの?」

 不満気な顔を向けた【FUMI】に訊く。

「ごめんなさい。望んでいません」

「良かった。安心したよ」

 二人の『葬』の携帯が揺れた。

「【TEGATA】からです。」空かさず確認して【NAGARE】に伝える。


《【ABURI】が動いた感じがする。急ぎ支払い店を出て、采配通りこの地を離れる事》


「だそうです。」内容を小声で伝える。「でも、仕置きを確認していない。」と【NAGARE】が拒否する。再び『葬』の携帯が揺れた。


《退避》


 多治見の指示であった。二人は仕方なくレジへ行き、【FUMI】が用意したクレジットカードで、【NAGARE】が支払いを済ませ、エレベータに乗り込んだ。


《早く遠くへ、安全に逃げること》


 二人の携帯に多治見が追送してきた。

「【ABURI】が仕損じたのか?」

 エレベータの中でひとりごとのように言う。

「否めません。安全な所まで、急ぎましょう」

 【FUMI】が先手組副組頭として、【NAGARE】の安全を優先にした。



「ありがとう。でも指で取って舐めて欲しかったわ」

「あのね――」

 多治見は呆れて小さく笑った。瞬間、殺気を感じた。おもむろに立ち上がる多治見へ「私も一緒に――」と【TEGATA】が声を掛けるが、優しく首を横に振り、「【FUMI】と【NAGARE】をここから出る様に指示を頼みます。」とだけ伝え、多治見は殺気を感じた方へと向かった。

 迷う事無く早足で歩き、VIPと書かれたドアを遠慮なく開けた。

 意外と長く薄暗い廊下の奥に、人影がふたつ見えた。多治見はその影の方へと進んだ。

 近付く間に、ひとつの人影が床に落ち、もう一つの影は闇に消えた。多治見は倒れたのが西河内明美だと判断した。近寄り自分の感と明美の生死を確認した。間違いなく、西河内明美は二十三年という人生を終えた。

 仕置きを確認すると急ぎ席に戻り、コーヒーを一気に飲み干して、【TEGATA】へ「帰ろう」とだけ伝えた。

「終ったの?」

「【FUMI】と【NAGARE】は?」

「私の言葉が弱いみたい」

 多治見は二文字で『退避』と送り、続けて『早く遠くへ、安全に逃げること』と送った。

「【ABURI】は?逃がさなくちゃ」

「【ABURI】は僕が見る。【TEGATA(きみ)】は急いで逃げて欲しい。」

「逃がすのは私の本職よ。そんな事できるわけないでしょ」

「【ABURI(あいつ)】の単独行動は僕の責任だ。【TEGATA(きみ)】に関って貰うつもりは無いよ」

「だからと言って、長く私がしてきた仕事を放ってまで、私だけ助かるつもりは毛頭も無いわよ」

「【TEGATA(きみ)】は実家に戻り、家業を旦那と継いで、美酒を後世に伝える義務がある。人殺しの稼業に殉じる事など絶対に無い。早くここから出て行くんだ」

「出て行くのなら、【SABAKI】。貴方の方よ。私は『葬』の先手組組頭。仲間を犠牲にしてまで、自分が助かる事など、絶対に無いの!」

 辺りがざわめき出した。明美の母親が娘の戻るが遅いと、レストラン内を探し始めたからであった。

「時間が無い」多治見と【TEGATA】がお互いに口にした。

「頼むから逃げてくれ!」と多治見が言う。

「お願い。私の最後の仕事を遂行させて」と請う【TEGATA】。どちらも譲らず動かない。

「判った。仕置きは完了した。単独で動いた【ABURI(ぶか)】は切り捨てる。二人でここから出よう。」

 多治見は【TEGATA】の手を握るとレジへ動いた。

「ご馳走様。支払いを――」そう言いながらレシートを出す。

「二万五千円になります。」

 財布を出し、カードを受け取っていない事を思い出し「カードが無い」と一言。

【TEGATA】の顔から血の気が引くのを見ると、「仕事用の鞄の中だな。ではこれで」と現金を財布から取り出し支払いレシートを受け取った。二人はそのままエレベータに乗り込んだ。

「予定では【ABURI】は吾妻公園でピックアップされる筈だ。急ぐよ。」

 多治見は【TEGATA】と自分がピックアップされる竹園公園へは向かわずに、吾妻公園を目指し急ぎ足で移動した。

 吾妻公園が見える所まで来ると、迷彩服を着た大男が、自衛隊のジープに似た自動車に乗るところだった。

【ABURI】のピックアップを見届けた多治見は、【TEGATA】を引っ張って竹園公園へと行き先を変えた。



 少し時間を戻す。西河内親子がレストランに入る前に、エレベータで一緒になった、迷彩服の大男に明美が興味を持って声を掛けた。

「あんた、上のレストランへ行くの?」

「いいや。物珍しさで乗っただけだ。」

 ぶっきら棒に答える。

「上のレストラン。高いけど良い物出すの。食べたい?」

「あまり興味は無いな」

「VIPルームを取るから、そこで高級な肉を好きなだけ食べても良いのよ」

「明美ちゃん。何て事言うの」

 窘める母親へ「ウザイ。消えろよ」と吐き捨てる。

「どう。私にその筋肉を見せてよ」

「見てどうする?」

「触りたい。いいえ食べても良いわよ。」

「時間はある。付き合ってやっても良いが、その華奢なお前の首を折っても良いか?」

「VIPの101を取って置くから。好きな肉や酒を好きなだけ頼むといいわ」

 エレベータが最上階で停まり扉が開いた。

「ねぇ。そこの大男を101へ入れて置いて。注文は全て受けてね。絶対に逃がさないでよ!」

 明美はそうレジへ告げると、母親と店の奥へ入って行った。


 ときより明美は、101号室を覗きに席を立った。

「見た目通り。素敵な筋肉。早く切りたいわ。ついでにどんな味か、網で焼いて食べてみたい。」

 明美の変質な部分が身体と心を支配していた。

「もう我慢できない。こんな不味い肉なんて、口にするのも汚らわしい」

「明美。何を言っているんだ。近江が嫌なら神戸だって、松坂だって好きなA五ランクを言えば良い。」

「牛肉だけが肉では無いわ」

「では豚か?鳥か?」

「人間の筋肉に決まっているでしょ」

 明美は席を立ち、驚き返答を失った両親を置いてVIPルームへ向かった。


 ドアをノックして中に入る。

「どう。好みの肉は見付かって?」

「いいや。どいつも骨が無くてがっかりだ」

「あんた、骨フェチ?」

「いいや」

 迷彩服の大男はニヤリと薄笑いを浮かべた。

「ちょっと。マジに、私に変な事したら死ぬわよ」

 ドアから後退りを始めたが、大男の動きが早く、明美の首に大男の腕が巻きついた。

 瞬殺だった。巻きついた腕は、いとも簡単に明美の首をへし折っていた。明美はその場に倒れ身動きひとつしなかった。

 誰かが近付いて来るのに気が付き、急ぎその場を後にした。

「防犯カメラの位置と撮影範囲は確認した。私は何処にも映っていない。入口の女にも顔を見られていない。大丈夫、仕置きは成功した。後は先手組の車に乗れば、全てが終るわ」



 竹園公園に着いた時には、多治見も【TEGATA】共々、息は上がり、喉がカラカラに渇ききっていた。

「迎えが来る前に、何か飲まないか?」

 多治見の提案に手を挙げ賛成すると、多治見は自販機にコインを入れて「何が良い?」と聞いた。

「水……。待って、スポーツドリンクにして貰える?」

「了解。僕と同じだな。」

 ぶつぶつひとりごとを言いながら、自販機のボタンを押す。始めに出て来たのを【TEGATA】に渡し、再度コインを探したが足りない。千円札すら手持ちに無かった。

 仕方なく【TEGATA】の飲みかけを貰って渇きを潤すと「間接キスよ」と笑いながら【TEGATA】が言った。

「初めてのキスが、こんな間接キスなんて、ろくな人生じゃ無かったって事ね」

 冗談か本気かは汲み取れずにいると、一台の自動車が近付き停まった。

「【TEGATA】。早く乗ってください」

 ドライバーが言う。二人は揃って後部席に乗り込んだ。

「長く『葬』に居たけど、こんないい加減な仕置きなんて初めてよ。」

「済まない。僕の教育不足だ。」

「それは否めないわね。でも【ABURI】には、真面目に単独犯では無くて、チームで動いている事を叩き込む事は必要だと思うわ。」

「同感だ。早ければ明日にでも、厳重注意をするよ。」

「でも【ABURI】のお陰で、最後にスリルで心が踊らされたわ」

「【TEGATA(きみ)】はね。だけど僕は違うよ。毎回、こんな事されては寿命が足りなくなる。『遺憾だ』と告げるよ」

「お二人とも、喉が渇いておられる様で、冷たいビールでもいかがですか?」

「【TEGATA(きみ)】の部下は、僕の部下と違って、気が聞く。素晴らしいな」 

 飲めない多治見も、缶ビールを受け取り、【TEGATA】と乾杯をして一気に飲み干した。

「美味い!最高に美味いビールだ。ありがとう」

 ドライバーへ礼を言うと、多治見は後部席で高鼾を書き始めた。そんな多治見に寄り添い、仲村ちひろも眠りに付いた。

「最後の仕置き、喜怒哀楽が全て揃っていたわ。これで心残り無く、実家の稼業が継げる。【SABAKI】、おやすみ。」

 寝ている多治見の唇にちひろの唇が重なった。


 東京へ帰っている途中、首都高速の堀切辺りの渋滞に嵌り、ノロノロと動いている中で、多治見は目を覚ました。

「寝てしまった。」

 夜景を寂しそうに見ている【TEGATA】へ言った。

「ワイン飲んで、走り回ってからのビールですもの、下戸の【SABAKI】には少し酷だったかもね」

「『お奉行』へ連絡をしなくては」

 『葬』の携帯を出してメールをチェックする。【TATAKI】から比々多の仕置きの確認メールが入っていた。


《御疲れ様。次の仕置きまで、ゆっくり休んでください。》


 【TATAKI】と【ZANN】へ返信をして、『お奉行』へ文面を書き出した。


《比々多純一と西河内明美。二名の仕置きは完了しました。

ニューフェイスには、仕置きのルールが飲み込めていないようで、少し教育の必要があります。今後、私が責任を持って教育いたします。》


「『奉行』が【ABURI】の事を知ったら、【SABAKI】と二人、呼び出しよ。こってり絞られるから、覚悟しておいた方が良いわよ。」

「そう脅すなよ。もう反省しているから。ところで【TEGATA】の自宅を先に行った方が楽じゃないのかい?」

「私は最後って決まっているのよ。」

「でも前に【JITTE】が――」

「あれは特別。【JITTE】の好意に甘えただけ。」


《ご苦労。全ての仕置きが、安全且つ完璧に出来るとは思っていない。その分、連携、チームワークが大切だ。君の手に余るようであれば、私が教育する。》


 【TEGATA】が言ったように、『奉行』から『お叱り』を受けた。


《ご安心ください。もう一度チャンスをいただければ、しっかり教育いたします。》


《了解した。では、ゆっくり休みたまえ。》


「ゆっくり休ませていただきますよ」

 携帯の画面に向け、嫌味を含んで言った。

「怒っていたでしょ?」

「あぁ」

「私の時もそうだったもの。」

「そんな事あったの?」

「えぇ。もう遠い、昔の事よ。でも今までやってこられたわ。」

「先輩がいなくなるのは寂しいけど、仕方ないな。残った者で刻んで行くしかないか」

「そうね。頑張ってね」

 自動車は渋谷で首都高速道路を降りて、二四六から一般道に入り、多治見の自宅近くで停まった。

「ありがとう。気を付けてください。」

 多治見が降り際に告げた。

「【SABAKI】もね。無理しないで」

 降りてドアを閉めかけた手を止めて、開けなおし「お祝いはできないけど――。幸せになってください」

「ありがとう」

 珍しく多治見は【TEGATA】の乗る自動車を暫く見送った。


「さぁ、私達も帰りましょ」

「承知」

 ETCカードを変えてから、首都高速道路に渋谷から乗り、赤羽根を目指して走り始めた。夜中の首都高速道路は意外と空いていて走りやすい。しかしドライバーは常に安全運転で、法定速度を守り順調に走行していた。

 【TEGATA】は右手の人差し指で、自分の唇をなぞった。微かに多治見の唇の感触が残っていた。

 北池袋を過ぎた辺りで、後方が明るくなった。異変に気付きドライバーは車線を変える。しかし後方の大きな光源は、右へ左へと速度を上げて近付いてくる。

「居眠りのようです。」とドライバーが何とか逃げ切ろうと、運転技術を駆使しているが、チョンチョンと少しずつ、車輌同士が当る感じがした。

「座席に横になって、手足を前の席の背に突っ張っていてください。」

「でも君は?」

「私の事は気にせず、早く!」

 【TEGATA】は言われた姿勢を取った。

 追尾の凶器が、トレーラーだと横に着かれた時に判った。全長十二メートルはある、まさに走る凶器と化していた。その後方からパトカーのサイレンが聞こえ、赤色灯がサイドミラーに時より映った。

 ドライバーは急ブレーキを掛けて、トレーラーの後ろに入ろうと試みたが、三分の二ほどかわしたところで、トレーラーが一気に寄ってきた。【TEGATA】達が乗っていた自動車は、側壁とトレーラーのボディに挟まれながら、五十メートルも走行を余儀なくされた。やがて自動車は、志村パーキングエリア手前に有る、退避スペースの窪みに正面から突っ込み大破して炎上した。

 幸い後方にいたパトカーがすぐさま、消化と救助に対応して、【TEGATA】は、炎上する車輌の後部席から何とか救出されて、救急車で近くの救急病院へ搬送された。しかしドライバーの男は、残念だが、側壁と車体に潰され即死の上、丸焦げの遺体となって収容された。

 暴走していたトレーラーは、約一キロ先のカーブに突っ込んで大破して停まった。

 事故後の調べで、運転手は過労による心筋梗塞を起こして、事故前に死んでいた可能性が有るとわかった。




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