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SABAKI 第三部 継送  作者: 吉幸 晶
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仲間割れ


       仲間割れ



 茨城県つくば市、三十年以上前になるが、国際科学技術博覧会――通称つくば万博――が二百日近い期間で開催された。それ以降も開拓は進み、三十年が経った現在でも、つくばエキスプレス沿線では、住宅やマンション、ショッピングモールなどの建設は、止まる事無く進んでいる。

 科学都市のイメージで街造りが進められ、近代的と言うよりは未来志向の強い建物が多く、東京都心とは違った近代的な都市になっていた。


 六月二十七日、入梅後の空梅雨は続き、この日も晴天であった。 多治見は例の如く、午前十時にはつくば駅に降り立ち、周辺の散策をしていた。つくば美術館、中央公園、つくばエキスポセンターをゆっくりと観て周った。

 散策途中に偶然見付けたパン屋で、美味しそうなパンを買い、駅の近くにある、ろくまる公園のベンチに座り遅い昼食とした。

 食後は駅周辺に隣接する、ショッピングモールを回って歩いた。歩きながら、防犯カメラ、警備員、私服警備員などを調べた。

「明美ちゃん。これなんか良いんじゃない?」

 聞き覚えの有る名前が聞こえ、その方を見やると、写真で見た西河内明美が、靴屋の中に居るのが目に入った。明美は母が持ったパンプスを否定するかのように、露骨に不細工な顔を作り母親へ向けていた。


(もっと愉しく買い物をすれば良いのにな)

 多治見は西河内親子に、美佐江と奈美の買い物と重ねた。複雑な思いが込み上げ、この親子に残された少ない時間を思うと、切なく悲しい気持ちに支配された。

(どうして――。どうして明美(きみ)は、人殺しを楽しみ繰り返すんだ。普通の生活をしていれば――)

 多治見の親子へ向ける視線には、苦痛と無念そして怒りが混ざっていた。


 母親が幾つか候補を挙げるが、その度に明美はプイと横を向き「ババくさ!」と吐き捨てた。側で見ていると、仲の悪い親子だと誰にでも判る程であった。

 三十分も掛けて、結局、明美が選んだ赤いパンプスと黒いピンヒールの二足を買った。その後、その靴に合わせ服とバッグを買った。

 明美がモールから出て来た。荷物を持った母親が、その後を慌てて追い駆けた。

 時間は午後二時四十五分。じきに『葬』のメンバーはつくば市に入り、持ち場に着いて、各々が自分の分担や動きの確認を始める。多治見は運良く罪人と遭遇したので、『裁きの時』まで、即かず離れず親子の尾行に付いた。


 二組の家族の、最後の晩餐は、予定通りの時刻と場所で始まった。


 比々多家の刑場には、【ZANN】と【TATAKI】が、先手組が各々用意した、逃走用の自動車に乗り込み、先手組のドライバーと車中で待機していた。

「【ZANN】。夕食です」

 先手組のドライバーが、サンドイッチとミルクティーを後部席にいる【ZANN】へ差し出した。

「ありがとう。でも仕置きの前には食べないの」

「そうでしたか。では帰りの道中で」

「そうするわ。」

 目を閉じ、神経を集中し始めると、一種独特の雰囲気が車中に篭った。

「【ZANN】は瞑想に入ったみたいだ」

 【TATAKI】が【ZANN】の乗った自動車の雰囲気が変わったのを察知すると、ドライバーへ告げた。

「食事の用意はしてきましたが、どうされますか?」

「そうだね。帰りにしようか」

「承知しました。」

 それきり、言葉が交わされる事は無かった。


 陽は落ち周りは既に暗くなっていた。外灯から外れている【ZANN】達が待機している各々の自動車には、月明かりさえも植木に阻まれ届かなかった。

 店の入口の窓に、比々多純一の顔が見えた。【ZANN】はそれを確認するとドアを開けて自動車を降りた。前打ち合わせで聞いていた、防犯カメラの死角を歩き、比々多家の、白いベンツの三台後方のジャガーに近付くと、

比々多が出てくるのを待った。

 数分後、比々多は両親と弟の四人で、階段を降りてきた。父親がベンツのロックを解除した時、【ZANN】はジャガーのバンパーに左足を掛けた。スカートが太腿まで上がると、比々多の視線を感じた。すると【ZANN】はゆっくりと顔を上げ、比々多の視線を真っ直ぐに捕らえた。

「俺、ちょっと用事ができたから、先に帰って」

「用事?女は駄目だぞ」

「親父にそう言われてから我慢してきけど、限界。」

「明日、出国よ。もう少し我慢しなさい」

「もう呼んでいるんだ。済ませたらすぐに帰るよ」 

 比々多はドアを閉めて、ベンツのトランクを叩いて家族を駐車場から追い出した。

 【ZANN】は比々多から視線を逸らさずに見続けていた。比々多はその視線に応え【ZANN】に近付いた。

 右手で上げている左の太腿の内側を撫ぜる仕草を見せる。比々多はそそられ躊躇無く【ZANN】の横に来て、太腿に右手を伸ばした。


 刹那であった。【ZANN】が右手に持った大きな針状の物は、無防備な比々多の盆の窪に突き刺さった。刺さった瞬間引き抜かれ、比々多の右手が太腿に触れる前に、仕置きは終わり【ZANN】は待機している自動車へ向かって歩き出した。

 比々多純一は膝から崩れ落ち、全身を痙攣させた後、動かなくなった。

 その一部始終を見ていた【TATAKI】が「さすが、獲物が良いと早いな。」と呟いた。


 昨日の采配の時に多治見から「【ZANN】。明日はこれを使うように」と言いながら、大きな針状の物を出した。

「これは――」

「【ZANN】の新しい獲物は、出血が多すぎる。明日は人目に付く場所だ。この方が良い」

「私は良いが、そのオカマが仕損じた時に【SABAKI】はどうする?」

「失礼ね。私は仕損じないわよ。」

 息立つ【ABURI】を押さえながら「僕には髪で作った紐も有るし、最悪はプルトップも有る。」

「まだそんな物を持っているのか」

「あぁ。恐らく【ZANN】の髪が伸びるまでは、獲物の一つだよ」

「だから、そんな事を言うから――」

 【JITTE】の悲痛な訴えのあと、またひと悶着が勃発した。


「終ったわ。帰りましょ」

 ドライバーへ告げると、後部席に乗り込みドアを閉めた。ドライバーは無言で移動を始めた。駐車場から出て行く【ZANN】の自動車を見送ると、「では僕達も帰りましょう」と【TATAKI】がドライバーへ声を掛けた。


 多治見は、つくば駅から徒歩五分程の所にあるホテルへ、親子が入るのを確認すると、【TEGATA】との待ち合わせ場所へ向かった。 

 レストランには既に父親は来ていて、二人を待つ事無く、最後の晩餐になる事など知らずに、一人でワインを飲み始めていた。

 娘が海外留学へ行く前日に、家族でホテルのレストランへ行き、夕食をする時に、夕日と夜空の混じり合う空が、梅雨時など感じさせる事も無く、綺麗に映えて見えれば、充分すぎる演出だと感傷にも浸るだろう。しかしこの家族にとって、今夜の食事も特別な物ではなく、日常的な単なる食事に過ぎなかった。

 所謂、家族の繋がりなど誰もが持っていない、壊れた家族であった。


 【NAGARE】は采配通り、オブザーバーとして西河内家と同じレストランにリザーブした、二つのテーブルの中ひとつに、【FUMI】と二人で店に入り席に付いた。

「本当にここが刑場なのか?」

「信じられませんね」

 席に付くなり、二人に不安が過ぎった。


 【ABURI】は昨日の采配時、【ZANN】の「警備員が集まる」と言われた事にひどく拘った。

「わかったわ。駐車場もショッピングモールも刑場にならないと言うなら、レストラン内で仕置きしてみせるわよ」

「大勢の人前で仕置きなんて、顔だけじゃなく、頭も悪いのね」

「ちょっと!少し可愛いからって、調子に乗りすぎてない!」

「あんたに比べれば、世界中の女性は皆美人よ」

「ふん!いくら見た目が可愛くたって、心が醜ければオカマの方がずぅっとましよ」

「【SABAKI】だってオカマには興味無いって、はっきり言ったじゃない」

「もうよしなさいよ」

 【ABURI】と【ZANN】の言い合いを聞いていて、【TEGATA】が仲裁に入った。

「そう言いながら、【SABAKI】を取る気でしょ」

「【ABURI】いい加減にしないか!」

 多治見が堪り兼ねて止めた。

「僕達は仲間だ。しかも明日は仕置きだ。そんなくだらない話しで無駄に時間を使い、挙句、仲間割れしたなど『奉行』に知られたら、僕は解任されて『葬』を辞める事になる。」

 騒いでいた四人の女性達(?)は黙り反省の色を見せた。

「ここにいる皆には、仲間と言う意識と、大切にしたいという愛情は平等に持っているが、さっきも言った通り、僕は亡くなった家内以外の女性を愛したりはしない。」

「ごめんなさい。いい歳して恥ずかしいわ」

 【TEGATA】が素直に謝った。【ZANN】も【ABURI】へ「ごめんなさい。言い過ぎたわ」と謝った。【ABURI】は手を出し「私も。」と握手を求めた。


 一件落着して采配に戻った。

「で、【ABURI】の刑場は?」と多治見が改めて訊いた。

「【ZANN】の言う事も一理有ると思うの、私みたいのがうろうろしていたら、怪しまれるのは当たり前。例え男に戻ったとしても、大男だから下手に動かない方が言いと思うの」

 皆は無言で聞いている。

「レストラン内に忍び込んで、期を待つのが良いと思う」

「わかった。【ABURI】に任せると言った以上、君を信じる。」

「では【SABAKI】と【NAGARE】は、レストラン内にいなければならないわね」

「【NAGARE】と二人のディナーでは目立ち過ぎる。」

 多治見は先日の善波の件を思い言った。【NAGARE】もそれを知り「そうですね。」と同意した。

「では【NAGARE】には【FUMI】を、【SABAKI】には私がペアを組んでレストランに入る。」

「仕方ないわね」

【ABURI】がしおらしく言う。

「最後だもの。長年のご褒美ね」と【ZANN】も承諾した。

「では決まり、【FUMI】。テーブルをふたつリザーブして、それから仕置き後の逃走経路と方法を」

「承知。お任せください。皆さんを無事にご自宅までお届けいたします。」

「ところで、本当にレストラン内で大丈夫かい?」

「お任せください。仕損じはしないし、迷惑も掛けない。」

「随分な自信ね」

「先輩の最後の仕事に、ミソは付けられないもの」


 結局、詳しい事は訊けないまま、『裁きの時』を向かえた。【NAGARE】と【FUMI】は先入りして、夕陽を見ながらコースディナーのワインで乾杯をした。

 多治見と【TEGATA】はつくばエキスプレスの駅にある、コーヒーショップで待ち合わせていた。定刻通り、つくばエキスプレスは駅に到着した。多治見は改札から出てくる【TEGATA】を、コーヒーショップの席で待っていた。


「お待たせ」と声が掛かる。多治見は軽く目を向けた。人違いと前を向き、慌てて今の声の主を見た。

「驚いた?馬子にも衣装でしょ」と笑顔で【TEGATA】が言う。

 普段着のジーパンにコットンシャツのラフな格好から、薄いブルーのスーツに白いフリルの付いたシャツと、スーツと同色のハイヒールとセカンドバッグ。多治見は声を出せずに、何度も頷いて返事をした。

「さぁ、行きましょ」と仲村ちひろは、多治見の手を取って席を立たせた。

 長いエスカレータに乗り、途中でちひろは多治見の腕に、自分の腕を回すと「女からさせるの?」と耳元で囁いた。

「ご、ごめん」と謝り、多治見がちひろに腕を開いた。ちひろは改めてその腕に自分の腕をまわした。

「今夜は夫婦という設定ですから、忘れないように」

「了解」と辛うじて応えた。


「【ABURI】はもう入っているのかな?」

 ホテルのエレベータに乗ると、二人だけの空間になり、場が持てきれずに多治見が聞いた。

「昨日、レストランの設計図面と防犯カメラの位置を教えて欲しいと頼まれたから、【JITTE】の持っている資料と、私が持っている資料を渡したけど」

 ガラス張りのエレベータの外を眺めながら答えた。

「それと、ディナーが終ったら急いで出るようにって言っていたわ」

「僕は仕置きを確認せずに、店を出る事はできないよ」

「喧嘩して、私が先に帰りましょうか?」

「それは目立つな」

「店にも組の者を忍び込ませているから、中の防犯カメラの画像は全部消すわよ。」

「であれば、一緒に【ABURI】の仕置きを確認しよう。」

 エレベータは最上階に着くとドアが開いた。目の前につくば駅周辺の夜景が広がった。




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