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SABAKI 第三部 継送  作者: 吉幸 晶
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分岐点


       分岐点



 爆弾テロからひと月が経った。今年の梅雨入りは通年よりは三日早かったが、入梅が発表されてからは空梅雨が続いた。

 日中、外で働く人達は、雨の鬱陶しさからは逃れられたが、夏日の晴天が何日も続くと、暑さ負けを感じずにはいられなかった。その一人が多治見であった。

 多治見は三係の部下達と、善波が何処かに残したと思われる最後の爆弾を探して、都内は元より、善波の故郷の神奈川県にまで足を延ばして、聞き込みをしていた。

「係長――」

 今日同行している清野(せいの)巡査部長が、ファミレスの八百八十円ランチに付いている、フリードリンクをおかわりして戻って来て、席に付く前に多治見へ声を掛けてきた。

 多治見は、最後のひと口のご飯を頬張ったところで、声が出せず咀嚼しながら清野を見上げた。

「種類が多くて、全制覇は難しいですね。」

「スープと小さいながらもサラダまで付いているから、僕は食後にコーヒーを一杯飲めれば充分だ。」

「係長。それは勿体無いですよ。こういった店の飲み物は、一杯十円にも満たないらしいですよ。最低でも五杯は飲まないと」

 多治見は苦笑いを浮かべた。


 今日は善波の養子先の狛江に、母親と近所への聞き込みに来ていた。母親は三度目の刑事の到来に、迷惑だという顔を露骨に見せ、善波を養子に取った事を後悔していると、愚痴ばかりが口を吐いた。

 近所に住む同級生達からも、頭は良いが、無愛想で、見下した物言いをするので、殆ど付き合いは無かったと、口裏を合わせているかのよに同じ返事をした。

 気温二十五度の中を、三時間以上も歩き回ったが収穫はまるっきり無かった。清野が冷たいジュースやアイスコーヒーを、何度もおかわりするのも仕方が無い。

 多治見がそんな事を思いながら、食後のコーヒーを飲んでいると『葬』の携帯にメールが来た。

「ちょっと失礼するよ」と清野へ声を掛けて店を出た。


《ご無沙汰しております。急ぎとなりますが、今夜二十時半より三役会を開きます。場所はJR目白駅の、豊坂稲荷神社裏手にあるマンション目白豊坂の三○三号室です。

今夜中に采配を済ませ、一週間以内に仕置きを済ませる必要があります。 

罪人は、比々ひびた純一、二十四歳、不動産店勤務と西河内さいごうち明美、二十三歳で、つくば医療大学医学部在籍の女子大生の二人です。

比々多が強姦した後、西河内が生きたままで身体を切り刻み殺害。被害者は調査して判明している者が二名。他にもいる可能性はありますが、確認はまだ取れてはおりません。

今まで得ている情報では、比々多の強姦癖は中学三年生から、また西河内の解剖癖は高校二年の時からのようです。

一週間後の六月二十九日、西河内は海外留学と比々多は長期出張と言う名目にて、二人は共に三年ほどの渡米が決まっているため、前日までに仕置きを済ませる様にと、『上様』からの下知があり、今夜采配となりました。

尚、『お奉行』からは『死罪』との沙汰がでています。》


 内容を読んでいて、多治見は気が滅入った。

 善波が変えようとした社会。自分の命を賭してまで、政治や経済の不正を正して、何とか若者中心の時代を作ろうとしたが、作り得たとしても、はやりその時代にも、このような変質者は生まれてくるのであろう。

 本当に変質者を無くそうとするのであれば、全人類を管理、制御をする必要がある。例え家族から罪人を出さなくする為に、家族や親族に連帯責任を負わせたとしても、この様な愚かしい犯罪の抑止に、どのぐらい効果が見られるのだろうか。

 昭和の後半で核家族化が進み、一人一部屋となって、一つ屋根の下に住んでいても、一家団欒で過ごす時間を失った。そして家族の繋がりが希薄になり、それでも干渉しようとすれば、頑なにそれを拒み、個室に篭って意思の疎通を絶ってしまう。

 昭和初期のように、三代、四代の世代が共に暮らす、大家族に戻せば、現代病のような愚かな犯罪は減るのか。

(人間に『感情』がある以上、結局何をしても、犯罪はなくならない――な。)


《了解しました》


 多治見は返信を済ませて、店の中に戻った。


「午後はどういたしますか?」

「そうだな。班長や多部居達は行っているが、一度、善波の故郷を見ておきたい。このまま小田急線で、秦野駅まで出て秦野署に行ってみよう。店を出たら課長に神奈川県警へ連絡をして貰う。」

「承知いたしました。」

 返事と共にスマホを出して、秦野市の名産品の検索を始めた。

「落花生ぐらいか」

「土産か?」

「はい。日頃、母には色々と無理を聞いて貰っていますので、遠出した時には、産地の名産品なんかを買って帰るのですが」

「伊勢原か小田原の方が良かったか?」

「はい。あっ――いいえ。とんでもありません。仕事ですので」

「偉い。刑事の鑑だ。これは奢りだ。母親孝行を応援するよ。」

「よろしいのですか?」

 多治見は笑顔で答えレシートを掴むと、席を立ってレジへ向かった。


 店から駅に行くまでに、多治見は上神宮へ電話をして、秦野の善波の実家へ行くと告げ、秦野署への連絡を頼んだ。

 秦野署へ寄り、善波の実家の場所を聞くと、根回しが効いたのか、パトカーで現地まで連れて行って貰い、聞き込みまで手を貸してくれた。

 工場の跡地には既に建物は無く、更地にしてから月日が経ち、葛やつる草などの雑草が生い茂り、境界の柵から飛び出し歩道を覆っていた。

 近所の人口も、ここ数年で流出が多くなり、善波正道の幼少期を知っている人は少なかった。だが知っている人は、殆どが賢くて明るく優しい子だったと、善波を擁護するように返事をした。また両親に関しても、悪く言う人は無く、弁護士と業者に殺された様なものだと話した。


 聞き込みが終ると、秦野駅前交番まで秦野署の刑事が送ってくれた。多治見達は恐縮しながらも、その行為に、素直に甘えさせて貰った。

「善波は、怨んでいた弁護士になるつもりだったんですよね?」

 パトカーの中で、清野が多治見へ質問を投げた。

「そうだな。菅谷に合わなければ、弁護士になって、両親の様な弱い者の為に働いていたかもな」

「その弁護士は誰だか分かりますか?」

「判りますが、一昨年だったかな。亡くなりました。」

「亡くなったんですか?」

「えぇ。自殺ですよ。善波の工場から機械を強制的に転売してからは、悪徳弁護士のレッテルが貼られましてね。それからめっきり仕事が減って、自棄(やけ)を起こして、大山の旅館で一週間も豪遊した挙句、無銭飲食で逃げました。逃げ込んだ山中で首吊り自殺です。」

「悪人の最後ですね。何か救われた気がします。」

「本当です。実は私も、ここにいた時の善波には会っていましてね。と言いましても、善波が通っていた小学校へ、交通安全教室に行って会っただけですが」

「何か有ったのですか?」多治見がそのエピソードを訊いた。

「はい。私にどうしたら警察官になれるのか、と聞いてきまして、どうして?と聞きなおすと、将来自分も警察官になって、この町を守りたいんです。とはっきり答えてくれました。あの時の善波からは、今回の事件など、結びつき様もありません。」

 午後四時、パトカーは左折して、駅前にある交番の横に停まった。

「ありがとうございました。助かりました。」

「いえいえ。遠い所お疲れ様でした。」と多治見達へ敬礼をした。

「課長によろしくお伝えください。」

 多治見も敬礼で返した。その後、駅に向かう途中の土産屋で、落花生を清野は買った。


「少なかったですが、実家周辺での聞き込みでは、善波は――、善波少年は良い少年だったのですね。」

 ホームに出て、電車を待っている時に清野が言った。

「そうだな」ぽつりと答えた。独り言なのかと清野は多治見を見る。

「清野君、課長への報告は僕がするから、今日はこのまま直帰しよう。」

「良いのですか。自分は千歳船橋なので、直帰は助かります。」

「お袋さん孝行することだよ。」

「はい。お袋が食べたがっていた洋食屋にでも、連れ出しますよ。」

 清野は満面の笑みで答えた。

 二人は急行に乗り込むと、多治見は上神宮へメールで、今日の報告を書いた。


《善波の少年期を知る人は、善波へ対して好意的で敵意などありませんでした。唯一恨みを向ける両親を脅した弁護士は、身から出た錆が原因で、昨年自殺しておりました。

私の見立てになりますが、神奈川県には爆弾を設置する場所は無いかと思います。》


 二人とも直帰する旨を追記して送った。五分後、了解の二文字の返信がきた。その後多治見は、会話をするでも無く、先程の清野の問い掛けと、実家近くで聞いた、善波の幼少期の事を考えていた。


「メールで駅まで来るように伝えたら、豪雨か雷雨になる。そう返信がきました。」

 成城学園で清野は乗り換えの為、急行を降りる間際に笑いながら言った。

 多治見は笑顔で「晴天を祈っているよ」と見送った。

「少し疲れたな」独り言が口を吐いた。

(このまま新宿へ行くか)

 新宿南署のメンバーと五六(いつむ)の顔が浮かんだ。


 新宿駅には午後五時半過に着いた。多治見はそのまま新宿南署へ向かって歩き出す。署の近くまで来た時「多治見さんではないですか!」と萩本が声を掛けて来た。

「これは課長。ご無沙汰しております。」と挨拶で返す。

「今日は何か?」

「いいえ得には。何故か懐かしくなりまして」

「ホームシックですか?」

「その様です。」多治見は頭を書きながら笑った。

「吉田君は帰ったが、森田君はまだ居ますよ。会って行きますか?」

「そうですね。良いですかね?」

「勿論ですよ」そう答えながら、多治見をエスコートするかのように、萩本は署へ戻ってくれた。

「おーい森田君。」

 萩本に呼ばれてデスクから顔を持ち上げた。

「係長!すっすみません!多治見警部!」

 森田が飛び上がって驚くと、その声に、周りにいた刑事達も驚き、入口を見やった。

「忙しいのに悪いね」

 多治見がにこやかに答えると、仕事そっちのけで、刑事部屋にいる刑事達が出迎えた。萩本を含み、積りに積もった話しをお互いにした。

「森田君が係長代理か」

「はい。係長になるには、今年の昇進試験で警部補になる事が絶対条件なんですよ。」

「私も署長も押しているのだが、階級制限があるので、こればかりはどうしようも無いのですよ」

「だったら吉田君に、問題集を作って貰えば良いよ。」

「その吉田も、一緒に試験を受けるのですよ」


〔出動要請――歌舞伎町二丁目で喧嘩の通報あり。十八時二十三分。出動お願いします〕


 出動要請で話しは終った。

「多治見警部。いつでも来てください。」出動の支度をしながら森田が言う。

「森田君と吉田君の昇進祝いには、参加させてもらうよ。では、気を付けて」

 手を振って見送った。

「では私もこれで帰りますよ」と萩本が言う。

「駅までご一緒します」

 多治見が萩本と署を出る。新宿駅で萩本と別れて、多治見は時計と相談した上で、五六の店へと足を向けた。


 店の前まで来たが、ラーメン五六の暖簾は出ていない。扉は閉まっていた。扉には張り紙があり、改装の為休業いたします。七月一日昼十一時半新装オープン!と書かれていた。

「残念だな」

 期待していただけに、ラーメンを食べられないのが残念で、未練がましく店内を覗いた。

「多治見さん!」

 後ろから声が掛けられ、慌てて振り向くと五六が立っていた。

「改装だって?」

「お陰様で。ゴキブリ詐欺で無くしたお客様にも戻っていただけて、落ち着いたところで、厄落としと思って、内装を変えようかと」

「そう!良かったじゃないか」

 多治見は嬉しそうに笑って、五六の手を取って握った。

「これも多治見さんのお陰です」

 五六も強く握り返し礼を言った。

「頑張れよ。オープンしたらまた来るよ。」

「お時間が有りましら、新作の試食をお願いできませんか?」

「僕で良ければ構わないけど、いつ?」

「今ですよ」

 言われて店の中に目を向けると、厨房には湯気が立っていた。

「良いのかい?」

「多治見さんなら、大歓迎ですよ」

 五六が扉を開けて多治見を迎えた。


「美味いよ!」

 試作を完食して感想を言った。

「本当ですか?」

「あぁ。味は通常のより薄めの感じだけど、その分麺が縮れていて汁が絡んで、五六のラーメンの基本的な味は損なっていない。コテコテのとんこつに弱い人向きじゃないかな?」

「僕の出したかったところが上手く出せたみたいです!」

 五六が興奮気味に言う。

「ラーメン五六のファンとしては、歓迎の一品だよ」

 満足気な顔をして五六を見る。

「ありがとうございます。多治見さんから太鼓判を貰えれば安心して出せますよ。」

「僕は刑事で、料理評論家でも食通でもない。ただのファンの一人だけど大丈夫かい?」

「ファンの声が一番大事ですよ。次はレセプションを開いて、お馴染みさんを呼ぼうかと思っています。」

「それは良いね。そこで高評価が出れば間違いない。お馴染みと言うと南署にも声を掛けるのかい?」

「はい。常連さんですから。あとは白木弁護士も――」

「白木弁護士?」

「そうだ、前にお店で面識はありますよね。あぁ、それと先日の爆弾魔の時にも一緒だったようですね」

 多治見の目から笑いが消えた。

「五六。君と白木弁護士とはどういう付き合いなんだ?」

 珍しく五六が言い澱んだ。多治見は辛抱強く五六の言葉を待った。


「多治見さんだから、正直にお話ししますが……」

 重い口が開いた。

「昔――、二十年程前の事です。私もやんちゃな――当時風に言いますと、ツッパっていた時期が有ったんです。通っていた高校を仕切っていました。近くにある男子高校と共学だった私の高校は因縁があって、良くうちの生徒が狙われました。うちの高校を仕切る者は、生徒を守る用心棒も兼ねていて、小さないざこざは日常茶飯事で、事ある毎に、自分の高校の生徒を守りに出ました。あれは高校三年生の夏休み前でした――。」


 期末試験が終わり、部活が再活動を始めると、生徒達の帰り時間が疎らになる。男子高校の不良数名は、そんな目立たない時間を狙い、五六の学校の女生徒二人を強引に連れ去った。それを偶然目撃した別の生徒は五六へ助けを求めた。

 五六はすぐに仲間を数人連れて、男子高校の不良がたむろする、ゲームセンターの奥に有る倉庫へ向かった。

 ドアを蹴破り突入すると、二人の女生徒が強姦される間際だった。

 そのまま乱闘に持ち込み、仲間に言ってまず女生徒を逃がした。

 目の前で獲物を取られたリーダー怒り、その怒りは、サバイバルナイフを手に握らせた。

 五六は六人を相手にしながら、仲間を倉庫から出し始める。

 ところがその内の一人がリーダーに捕まり、刃先は彼に向けられ降り下ろされた。五六は自分の身を、刃と仲間の間に入れ仲間を守ったが、切っ先は五六の横っ腹に触れ、学生服や着ていたシャツと一緒に、腹を十センチほど切り裂いた。

 五六は激痛に腹を抑えると、指の間から流れ出る血を見て、瞬時に、恐怖と絶望の中で、憤怒の感情が押さえきれなくなり、近くにあったモップを手にして振り回した。

 五六には不運であった。そのモップは不良のリーダーの頭に当り彼は倒れた。

 そこへゲームセンターからの通報で駆け付けた警察官により、乱闘は収まったが、多数の怪我人の中で、リーダーだけが倒れたまま動かなかった。

 警察官とその後到着した救急隊の調べで、彼の死亡が確認され、五六はその場で、殺人罪で逮捕された。

 翌日、元は男子高校生が起こした事だと、五六の高校側が訴えたが、死んだリーダーの板戸慶一郎は、地元でも有名な名家の長男で、父親の慶介が雇った弁護士により、慶一郎にとって降りになる証拠や証言は隠され、五六達が、殴り込みを掛けてきた事により起きた事件だと主張した。

 五六の国選の弁護士は、鼻から五六に殺人を認めるように言っていた。しかし五六には運良く、国選弁護士が持病で倒れ、裁判の前に弁護士が代わった。その時に弁護を担当したのが、新人の白木であった。

 白木は拉致された女生徒と助けに行った仲間を守る為と、サバイバルナイフで身を切られた事により、防衛本能が働いた正当防衛を主張した。

 結果、五六の日常の不良行為が注視され、五六は高等少年院で三年の服役となった。


「白木先生がいてくれなければ、今の自分はありませんよ」

 五六はそう締め括った。

 多治見は重い話しを聞き「申し訳ない」と五六へ頭を下げた。

「どうしたんですか?」驚き問う。

「警察が不甲斐ないから、高校生の君へ、取り返しの付かない事をしてしまった。警察を代表して、改めてお詫びします」

 多治見は立ち上がり、五六へ頭を下げた。

「よしてください。怒りますよ!」と五六が多治見を制した。




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