宣戦布告
宣戦布告
この国は病んでいる。
今この国を救えるのは、最早テロを持って他には無いと断言する。
私腹を肥やす為に、先見無く作った定めで、この国を動かしてきた政治家。それに疑問を持たず従事し護ってきた官僚と公務員の為に、何故に少ない我々若者が犠牲にならなくてはならないのか。
我々はまず始めに、この国の若者達への貧窮を増長・慢性化させている、全ての政治家、官僚、公務員を抹殺する。
同時に若者の負担を減らし、多くの命を守る為、老齢で事の判断が出来なくなった輩を、排除するものとする。
それを阻止する者は、何人なれど国を蝕む寄生虫と見做し、同罪として死を持って、己の間違いの罪に報いなければならない。
ここに宣戦布告をすると共に、我々の正義を貫き通す事を宣言する。
[討幕の志士]
この布告状は、大型連休の真っ只中であった、五月一日の早朝、突如ネット上に出現した。連休中と雖も、驚く速さで拡散し、翌日には『倒幕の志士』の宣戦布告状は、社会問題になり始めていた。
この布告状に賛同する者は徐々に増え、結果、政府や官僚は元より、公務員と一般老人までもが、いつ標的とされ被害を受けるのか恐怖した。
一番躍起になって動いたのは、当然の如く警視庁公安部であった。布告状の出所を洗い、テロ対策法の原案状態でも、特例で取り締まりが可能のように、政府へ動くように強く要請をした。
大型連休中ではあったが、主たる標的が政府だった為か、緊急に政府閣僚、官僚が総理官邸に召集され、緊急的に特例の準備に入った。
しかし閣僚の中にも布告状を軽んじて、あくまでも自分流を通す者もいた。
布告状がネットに登場してから四日後のこどもの日。伊豆でゴルフをしていた、経済産業省の大臣である狭山幹夫と、大臣政務官の新山及び事務次官の奥富の三氏が、休憩所に入った瞬間、大きな爆音と共に黒煙と炎が上がり、三氏の他に二人のSPも巻き込まれ死亡した。
爆発を目撃した者の証言で、三氏が休憩所に入った絶妙の爆破のタイミングから、ゴルフ場内で起きた自爆テロと警察は判断し発表した。また現場の遺留品から、遠隔装置付きの爆弾を使用したことを突き止めたが、遠隔装置は、自爆犯が臆して起爆しなかった際の保険との見方もできた。
その後の捜査により、防犯カメラに写っていた、休憩所にいた二人の清掃員は、ゴルフ場の者ではないと判明し、清掃員に成りすましていたのが、倒幕の志士のメンバーだと断定したが、最早、肉片となった犯人からは何も導き出す事はできなかった。
連休中の観光やレジャーで賑わう場所で、実際に起きた自爆テロに、国民ならず政府閣僚や官僚が一番に恐怖を身近に感じた。
しかし連休中とはいえ、テロの忠告が出ていたにも関らず、観光地でゴルフをしていた大臣の行動に、マスコミは重きを置き、問題を投じた。
記者会見で政府は、『本当に起こるとの認識は持っていなかった』と苦し紛れに発した官房長の言葉が、マスコミに油を注ぎ、ネットだけでは無く、会見自体がリアルに炎上した。
先ずは布告状が真実である事を国民に知らすべく、経済産業省の大臣に白羽の矢を立て実行をした。
これは我々の正義を遂行する為の一歩に過ぎない。
今後、政治家と官僚の抹殺を優先に行う。が、頑なに我を通しながら、無意味に生きている老体へも矛先は必ず向くであろう。
[討幕の志士]
事件後すぐに、ネットに載った声明文である。
『私腹の報いだ』
『若者の声を代表した結果』
『神の鎚』
『倒幕の志士万歳!』多くの若者が賛同した。
反面『やり過ぎ』『恐怖で抑えられるのは嫌だ』などと、倒幕の志士を否定する声も当然上がった。
その二日後の五月七日の午後。今度は議員宿舎へ、爆弾が投げ込まれた。
議院宿舎とは、地方から東京へ出てきている議員用の寮として、高額な税金を使い、議員の為に作られた高級な施設で、場所は都心の一等地にあり、通常での賃貸マンションの家賃から比べると、超破格な安さだと、一時マスコミで騒がれた曰く付きの物件である。
被害は二階の部屋の、三軒分のベランダ部と窓ガラスを壊し、発火により外壁も焦げたが、三軒共が空き家だった為、幸いにも被害は建物だけで済んだ。
議員宿舎を攻撃したが被害者はいない。しかし失敗では無い。
我々の血税を湯水の様に使い、豪勢だが不要な物を建てた証しを、再度、国民に伝える行為である。
現に今回の爆破で受けた三軒意外にも、建物全体の八十パーセントが空き家であり、本当に不要の物と国民も理解した事であろう。
国内には、他にも多くの空の器が存在するが、今後は器ではなく、政治家と官僚、公務員等の標的を直接狙う。
各党本部、国会議事堂、警視庁、警察庁、各省庁。
纏まっていて登退庁時間に石を投げればそれらに当るであろう。
尚、各国大使館は我々の標的では無い事を通達する。
[討幕の志士]
大型連休が明けて、政治家達は挙って警察や検察へ圧力を掛け始めた。今まで付いていなかった議員にまで、SPを付けろとの要請が増え警視庁は難儀した。
警視総監の岩本は用心の為に、国会議事堂前、虎ノ門、桜田門、霞ヶ関周辺の警備を増員して当らせた。それに平行して、SPも一人の国会議院へつける人数を極力分散させて、少しでも多くの国会議員への警護へ回した。
当然、捜査一課や二課の刑事もSPに充当させ、不足を補った。しかし当然のように警視庁の上層部では、『我々警察も彼等の標的なのだ』と政治家を優先したSPの配置に文句が出た。
岩本は「貴方達が言うのも判るが、そのSPも公務員だ。それを忘れずに」と上層部の全員へ釘を刺した上で『警察官は自分の身は自分で護る』旨を、断腸の思いで通達した。
その最中、第三のテロが遂行された。
与党である党本部が襲撃を受けた。伊豆高原と同じ自爆テロであった。
一台の黒いセダンが党本部の車寄せに付くと、中から三人の男が飛び出し、警備の制止を振り切り、建物へ強行に進入した。その後三人は、中の警備の者を払いのけると、分散し各々が目標の部屋に入り、身体に撒きつけた爆弾を起爆させた。
当時、党本部内には数十名の議員がいたが、議員四名とその秘書や党事務員、一般の面会者などを合わせ、五十人以上が被弾した。死者は二十名を超える大惨事となった。
犯人の顔は防犯カメラに撮影されたが、鮮明さに欠け、素顔を知る事まではできなかった。また飛び散った肉片は、犯人の近くで被弾した被害者の物なのか、犯人の物なのかは、簡単には判別が出来なかった。
今回は今までとは違い、同胞三人の力で、多くの標的を排除した。
だが我々が望むのは、標的全ての排除にある。
我が同胞の尊い命の犠牲により、今後はもっと効率的に標的を排除する。
政治家や官僚以外の者は、今回の様な巻き添えに合わぬ様、我々の標的へ近付かない事を切に願う。
[討幕の志士]
政府は緊急事態宣言を発令した。
もはやこの国が掲げる『安全大国』の看板は無残にも壊れ散った。