転機
自分が言うのもなんですが少ないですね…」
ユウは支給された茶碗の中の米をしげしげと見つめながらつぶやいた。心なしか同じ飯盒を囲むリンとクロエの顔も暗いように見える。山頂で食べる飯はうまいというが、量が量だけに皆、味を感じる余裕がないように見えた。
「仕方ねぇだろ…補給を受けたのは5日前だ」
忘れようとしていたことを思い出させるなといった表情でユウを軽く睨みつけてくる。だがそんなクロエの睨みもどこか力がない。
「マジロ要塞にたどり着けば補給を受けられるのでもっといい食料が食べられると思いますよ…予定では明日、到着するはずですから」
リンが喧嘩腰のクロエをなだめる。するとクロエもここでイラついていても何も変わらないと悟ったのだろう。話題を部隊の食料事情からこれから通るであろう要塞についてのものに変えてくれた。
「マジロ要塞ねぇ…まさかあそこをもう一回通ることになるとは思ってなかったぜ」
「そんなに酷い場所なんですか?」
「あぁ… あの要塞はアルピノ山脈を縦断する唯一の山道上に位置しているんだが、この山道が厄介でな ほとんど舗装されていないから馬も通れない そんなもんだから要塞らしいものはほとんどないのに、帝国最強の要塞なんて呼ばれてる あそこにたどり着くのは骨が折れるぜ あと山賊も出るらしいしな」
この食料がまともに支給されない状況で、さらに山越えをしなければいけないと知ったユウはげんなりとした表情を浮かべる。他の二人も同じことを考えていたようで同じ表情で何もない地面をじっと見つめていた。3人の間に再びなんとも言えない雰囲気がまとわりついていたそんな時だった。
「食事中失礼するよ」
勝久とシャーレイが3人に対して後ろから声を掛けて来る。
「勝久、本部からの連絡は終わったのかい?」
クロエは、空虚な笑いを浮かべながら後ろに立っている勝久とシャーレイを飯盒に招き入れる。
「どうしたんだよお前ら、しけたツラしやがって」
勝久とシャーレイの困り果てた表情に気づいたクロエが勝久に事情を尋ねる。勝久はというと事情を話しづらいといった様子で少しの間黙り込む。しかしクロエの不審な視線に耐え切れなくなったようでしばらくするとおもむろに口を開いた。
「実は本部からマジロ要塞が共和国所属と思われる一個中隊に占領されたという連絡が入った」
「何っ!? 補給はどうすんだよ?」
クロエから悲鳴に近い叫び声が上がる。そのクロエの悲鳴に周りも気づいたようで、周囲の分隊がざわつき始める。
「マジの要塞から5キロ南下したところの街で一時的に補充する 本格的な補給は5日後、マジの要塞を超えて2キロのところにある渓谷に補給部隊を派遣してくれるらしい」
勝久はというと、ここで全ての真実を話した方がいいと踏んだのかさらに絶望的な状況を説明してきた。
「おい待て…まさか迂回せず要塞を突っ切るのか?無茶だ!」
クロエが勝久の説明の意味を汲み取り目を白黒させる。周りの分隊もクロエと同じ考えのようで、周囲のざわつきがうめき声に変わり始めていた。
「仕方ないだろう迂回すればおそらく帝都に着くまでに30日はかかる 本部はそれでは共和国の宣戦布告に間に合わないと判断したんだろう…四日間の間に要塞を攻略することを要求してきた」
「四日……」
次々と明かされていく絶望的な現状にクロエは耐え切れなくなったのか空虚な笑みを浮かべながら現実逃避気味に空を仰いでいる。勝久はそんなクロエを見て、申し訳なさそうな表情を浮かべていたがすぐに真剣な表情にもどる。そしてユウのほうを向いたと思うとユウに向かってもとんでもない発言をしてきた。
「ユウ君、本来ならしっかりと訓練を受けてからにしたかったんだが、今この状況で魔術を使えるものを温存しておく余裕はない……君には明日の要塞攻略に参加してもらう」