帝国の現状
練習ではなかなかいい線いってたから適性はあると思ってたんだけどなぁ…」
「ハハッ、バカ言っちゃいけねえよ勝久 見ただろこいつの屁っ放り腰、こいつに戦士の適性なんてかけらもねぇよ そいやぁユウっていうんだっけお前今日から俺のパシリな」
ズキズキと痛む腹を押さえながらうずくまるユウの頭上に二人の容赦ない言葉が降りかかる。ユウは何か言い返そうとクロエを恨めしげに見上げるが、クロエに情けなく敗北した自分の姿がフラッシュバックし何も言葉が出てこない。クロエの方はというと得意げな表情でユウを見下ろしている。まだまだユウを小馬鹿にしたくてたまらないといった様子だ。ユウはその表情を見て、これからおそらくかなりひどいことを言われるのだろうとクロエの罵倒を受け入れる覚悟を決める。しかしユウにとって幸いな事に、この辛い状況はそう長くは続かなかった。
「ちょっと二人とも出発の時間ですよ!」
クロエと勝久の背後から苛立ちを含んだ声がかけられた。その声が発せられると同時に今まであれだけ生き生きとしていたクロエの顔がみるみるうちに青くなっていく。ユウが声の主を確かめようと顔を動かすと、柳眉を釣り上げた銀髪の少女が仁王立ちしていた。そしてその少女は恐る恐る振り向いた勝久とクロエをキッと睨め付けると、恐ろしい勢いで2人に詰め寄る。
「勝久さん隊長なのに時間も守れないんですか?!あとクロエちゃん隊長を呼びに行ってくれたはずでしょう」
「あっ、いや、うん、そうだったかな?」
少女に詰め寄られたクロエの方はというと、この状況でユウをいびっていたことが少女にばれたらまずいと思ったのだろう。銀髪の少女に対して適当な言い訳をしながら少女からユウを必死に隠そうとする。しかしそんな努力もむなしくすぐに少女は地面にうずくまっているユウを見つけてしまった。
「あっ、なんで入ったばかりの新人さんが倒れてるんですか!?クロエちゃんあれほど新人さんには優しくしろと教えましたよね?」
「そう怒るなよシャーレイ、新人研修しただけさ」
「入ってきたばかりの初心者を剣で叩くなんていう研修聞いたことがありませんよ それに彼、魔術師候補なんでしょ? 怪我したらどうするんですか?」
地面にうずくまっているユウを見て何が起こったのか察したのだろう。シャーレイと呼ばれた少女は鬼のような形相でクロエをまくしたてる。出発時刻を守らず、自分の役割をすっぽかして新人いびりをしていたクロエへの彼女の怒りは凄まじく、彼女の怒りが収まったのはそれから5分後のことだった。
「まぁいいです 3分後帝都に向け出発します それまでにはしっかりと準備を整えておいてくださいね」
「あと新人さんも時間はしっかりと守るように。」
「はい…」
クロエ、勝久、ユウの3人は力なく頷いた。ユウはなぜかとばっちりを食らい釈然としなかったが、余計なことは言わず勝久とクロエとともに出発の準備を始めたのだった。
「ちくしょうシャーレイのやつは鬼かよ……」
「クロエさんはまだいいですよ 僕なんて完全にとばっちりですからね」
クロエとユウの二人はシャーレイに出発時間を遅らせた罰として分隊全員の荷物を背負わされ、愚痴をこぼしながら山道を行く小隊の最後尾を歩いていた。出発から3時間、徐々に日も高くなり始め2人の額に汗がにじみ始めている。ちなみに勝久はというと、隊長ということでこの罰を免除されていた。リンとシャーレイとともに楽しそうに山道を歩いている。
あまりの荷物の重さに何か会話をしないとやってられない!そう思ったユウはクロエにふとした疑問を投げかけた。
「そういえば僕らなんで帝都に向かってるんですかね?」
「ったくお前そんなことも知らねえで付いてきたのかよ…共和国のやつらが開戦の準備をしているらしくてな 俺らはそれに対応するために東部戦線から帝都に召集されたのよ」
クロエも同じ気持ちだったのか嫌味もなくあっさりと返答してきた。
「東部戦線? 共和国?」
「そこからかよ……いいかよく聞いとけよ」
クロエは自身が所属する帝国の内部事情についてかなり詳しく説明してくれた。クロエの説明をまとめると以下のようになる。
デウス帝国は寒冷な気候と、氷河により削られた痩せた土壌という農業に適さない土地に位置していた。そんな土地においても2年前までは外部から持ち込んだ知識と農具の改良でなんとか反乱が起きない程度には国内に安定して食糧を供給することに成功していた。しかし悲しいことに食料が安定に供給されれば人口が増える。この例に違わずデウス帝国の人口は年々増え続けた。そして2年前ついに増加し続ける人口に対し、食糧の供給が完全に追いつかなくなった。けれども幸いというべきか不幸というべきか、帝国は鉄鉱石や石炭といった軍事活動に必要なものは豊富に産出した。そのため軍事力を利用して豊かな土壌を持つ南東の小国を次々と侵略することでこの問題を一時的に解決することに成功したのだった。しかし案の定、南東の小国の人々は帝国の侵略に屈しなかった。帝国の侵略により領土を追われた南東の人々は北の大国ラシアに協力を要請し、自らの領土を取り返そうと試みた。この要請は大国ラシアが長年持ち続けてきた、南東の国々への影響力拡大という思惑と相まって受諾されることとなる。ラシアが戦争に参加したことにより大国同士の戦争に発展し、大陸を縦断するとてつもなく長い戦線が形成されることとなった。この戦いによって出来上がった戦線のことを東部戦線と呼ぶらしい。そして今帝国の軍事力が東部戦線に大量投入された隙を見逃さず、西の共和国が帝国に宣戦布告の準備をしているのであった。
「ってなわけで俺たちは急いで帝都に帰らにゃならんわけですよ」
「つまりクロエたちが精鋭部隊だから呼び戻されたってことですよね すごいじゃないですか」
「クロエさんな」
クロエがユウの右の脇腹を肘でごつく。おそらく照れ隠しだったのだろう、とても威力が弱い。
「まぁ俺たちが精鋭だから呼び戻されたってのも多少はあるだろうが、今回呼び出しがかかったのはリンの魔術が必要だったからだろうな 俺たちはその護衛に近い感じだ」
「なぜわざわざ国の反対側にいるリンを呼び戻すんですか?1番帝国に近いところにいる魔術師を使えばいいのに」
「その1番帝国に近い魔術師がリンだ」
「えっ!? どういうことですか?」
ユウは次々と明かされるこの世界の情報に対して興味津々といった様子で、熱心にクロエに続きを催促した。クロエの方はというと終始呆れた顔でユウの質問に答えている。
「こっちに来ていきなり魔術師と出会って魔術が使えるようになったお前には実感がないのかもしれんが、この世界で魔術を使える人間はほとんどいねぇんだよ 事実、帝国にも魔術師は3人しかいない そんで今、我が国の貴重な魔術師3人は全員東部戦線に投入されてる 加えてリン以外の2人は味方の援護のため敵国深くまで潜り込んでるときた ここまで言えばなぜリンが呼ばれたかもわかんだろ?」
「なるほど」
ユウは納得した表情でうなずく。どうやら魔術師はかなり貴重な戦力で重要視されているようだった。今まで剣士の適性はなく、魔術師になるしかない、という事実をかなり悲観的に捉えていたユウだったが、その考え方はもしかしたら魔術師になるのもアリかもしれないというものに変わりつつあった。自分が魔術師になる。そんな妄想を膨らませていたユウに小隊の先頭から声がかけられる。
「二人ともー!昼食休憩だってー」
リンがこちらに向かって手を振っていた。クロエと会話していたため気づかなかったが、空を見ると日が南の空に昇りきっている。
「どうやら昼飯みたいだ さっさと行こうぜ」
どうやら最後の一踏ん張りのようだ。そう思うと俄然やる気が湧いてくる。リンが手を振る山の頂上までクロエとユウは重たい荷物を背負いながら一気にダッシュした。