新たな仲間
「今日はここまでだね 朝飯食べにいくけど一緒に行かない」
リンが地面に座りこんでいるユウを覗き込む。
「やめとくよ」
ユウは首を横に振った。正直胃がものを受け付けない。
「残念……」
リンはそう答えると、とぼとぼとテントの方向に歩いて行った。
「生き残ったぁ」
人目をはばかることなくユウは地面に大の字で寝ころんだ。ユウの眼前に真っ青な空が映る。心地よい風を感じながら、徐々に迫り来る睡魔に身を委ねようとしたその時だった。
「魔術師候補とは聞いていたが上手いもんだ、魔術師名のっていいくらいだぞ」
頭上から急に声をかけられ、ユウはびっくりして声の方向に顔を向ける。
強面の大男が立っていた。短く刈り上げたベリーショートと、顔に刻まれた大きな傷が厳つさを際立たせている。精緻な装飾が施されたフルプレートの鎧を身にまとっていることから、かなり身分の高い男であることがうかがえた。
「隣、失礼するよ」
大男がユウの隣に腰掛ける。
「私の名前は勝久だ この小隊の隊長をやらせてもらってる 一応君の分隊の分隊長でもある よろしく」
勝久はガントレットを外し、ゴツゴツとした大きな手を差し出してきた。
「池上ユウです よろしくお願いします」
ユウは起き上がり勝久の手を優しく握る。すると勝久も優しくにぎり返してきた。
「昨晩はリンが迷惑をかけたようで、すまないね いろいろ苦労したろう 愚痴なら聞くよ」
勝久が申し訳なさそうにこちらを向く。
「迷惑なんてもんじゃないですよ!本当に!急に魔術師にさせられるし、早朝に押しかけてきて無理やり朝練させられるし……僕だって本当は剣士になりたかったのに!…… まぁ助けてもらったことには感謝してますけど……あっ、急に取り乱してしまってすみません」
こちらの世界に来てから初めてユウの苦労を聞いてくれる人が現れ、歯止めが効かなくなったのだろう。ユウは相手が初対面であることも忘れ今まで溜め込んでいた不満をぶつけてしまう。
「リンのことだが許してやってくれ。あの子も普段は大人の魔術師に囲まれて肩苦しい思いをしていたんだ。だから初めて同い年の魔術師仲間ができて舞い上がってしまったんだろう。本当はもっと大人しい子なんだ。仲良くしてやってくれないか。」
勝久の優しげな目がユウをまっすぐに見つめてきた。
「そういうことならまぁ……」
ユウは照れくさくなって思わず視線をそらしてしまう。どうやらリンは部隊の人間から愛されているようだ。その関係がユウには少し羨ましく思われた。
「オホンッ ここからが本題なんだが……」
今まで紳士的だった勝久の態度が急におっさんじみたものに変わる。
「ぶっちゃけリンのこと、どう思ってるんだ?」
「きゅっ急になんでそんなこと聞くんですか!?」
ユウは勝久の質問に対して動揺を隠せない。悲しいかなユウは恋愛豊富とは言い難い人種の人間で、コピー前の現実世界でもそういった話題には縁がなかったのだから仕方ない。
「俺が言うのもなんだが美人だろう、リンは」
「僕もそう思いますけど……ってなに言わせるんですか、ほんとやめてください」
心底楽しそうな様子で無遠慮な質問を続ける勝久をユウは恨めしそうに睨み上げる。ユウの目には若干涙が浮かんでいるようだった。
「悪かったってそんな顔するなよ そういえば剣士になりたかったんだって? 剣術、教えてやるよ」
勝久はやりすぎたと思ったのだろう。強引に話題を変えてごまかそうとする。
「……ごまかされませんからね、お願いします」
ユウは見え見えの機嫌取りに乗るのはしゃくだったが、剣術という魅力に逆らうことはできなかった。
「そうと決まれば早速やろうか ほれっ」
勝久はユウに腰の剣を差し出した。ユウは新しいおもちゃを買ってもらった子供のように、剣を嬉しそうに受け取る。
「振ってみろ」
勝久に促されるまま、ユウは鞘から剣を抜いて振り下ろした。しかし振り下ろした剣の重さを支えきれずそのまま転倒してしまう。
「アシストを使わんからだ 剣を握ると光のラインが見えるだろう そこに剣を乗せるイメージだ」
ユウは言われた通りに剣をもう一度握る。すると目の前に9つの光の線が走った。そのうちの一つに剣を乗せるとユウの体は自然に剣を降り始める。そして、そのまま剣を振ると辺りに空気を切り裂く音が響いた。
「すごいですよこれっ」
「よしっ いいぞ! 次は連続攻撃だ 攻撃した直後に現れるラインに剣を乗っけてみろ」
そのままの流れで、勝久がユウを指導する。脇目も振らず剣を振るユウの姿に感化されたのだろう。時間が経つにつれて、勝久の指導は厳しいものに変わっていった。そして、ユウが一通りの基本動作を覚え、勝久が満足げにうなずいたその時だった。
「勝久、こんなとこで何油売ってんだよ もう出発の時間だってシャーレイのやつが怒ってたぜ」
熱心にユウを指導していた勝久の後ろから女性の声がかかる。勝久とユウが驚いて声の方に振り向くと、青髪の女騎士が呆れ顔で立っていた。
必死に剣を振っていた2人は気づかなかったが、もう剣を振り始めてから30分近くが経過している。
「すまない、すぐ戻るよ」
勝久は少し顔を赤らめて女騎士に謝罪した。おそらく隊長にもかかわらず部下に迎えに来られるという状況が恥ずかしかったのだろう。
「全く頼むぜマジで… そういえばそいつがリンの言ってた新入りの魔術師候補かい?」
女騎士がユウを指差して勝久に尋ねた。
「ああ、池上ユウくんだ さっき彼が魔術を使っているところを見たんだが、魔術師としての腕は本物だよ」
勝久の方に向いていた女騎士の視線がユウの方に動く。そのまま、ユウの細身の体を上から下までじっくりと観察したかと思うと彼女はユウに向かっていきなり不躾な質問をぶつけてきた。
「なんでその新米魔術師候補が似合わねぇ剣なんか振り回してんだ?今にもぶっ倒れちまいそうだぜ」
ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべながら、ユウに挑発的な視線を送りつけてくる。ユウを挑発しているのは明らかだった。
「そんな言い方しなくてもいいじゃないですか!」
見え透いた挑発だったが、ユウは挑発を受け流せるほど大人ではなかった。剣の柄をギュッと握りしめ、女騎士をキッと睨みつける。
「ハッ、あんたみたいなもやし野郎が私とやろうっていうのかい?」
女騎士は腰に下げた剣を鞘から抜く。そして意地の悪い笑みを浮かべたままユウの前に歩み出た。
「おい、クロエ!」
勝久が慌てて止めに入る。
「安心しろって 上下関係を教えてやるだけだ ちょっと腹を叩くだけで怪我はさせねえよ」
クロエと呼ばれた女騎士は止めに入った勝久を左手で制し、右手に握った剣の腹で勝久の腹を軽く叩く。
「来いよ 新米魔術師くん」
クロエはユウの方に振り向き中段に剣を構えた。それに応じてユウも負けじと剣を構える。
「外見で判断したこと後悔させてやりますよ」
ユウはそう叫びユウはクロエに向かって突っ込んでいった。