魔法の練習
「今から魔術の練習をするのよ わかってるの?」
リンがムッとした表情でユウを見下ろしている。
「まだ早朝じゃないか」
ユウの方はといえば恨めしそうにリンを見上げている。無理もないだろう。昨日渡されたソースコードをやっとの思いで解読し、寝ようとしていたらリンが乱入してきたからだ。
「昼間は帝国に向かわなきゃいけないの」
リンはユウの腕を掴むとテントから引きずり出した。そのままユウをずるずると引きずっていく。野営地と思われるところから100メートルほど離れたところでリンは立ち止まった。
ユウはなんとか姿勢を立て直し、前を見る。そこには昨日散々走り回った草原が広がっていた。
「ここで十分ね 早速始めるわよ 昨日は忘れちゃったけど、魔術についての説明は必要ないわよね」
「おかげさまでね」
ユウは昨日渡された二つの巻物をひらひらと振る。ユウは昨日、ソースコードの解読という苦行の中で魔術というものが、どういうものなのか理解していた。魔術というのはバグを発生させるために必要な行動をソフトによって高速化、自動化し、任意のタイミングと規模で、バグを発生させる技術のことである。この説明の仕方だと誰でも使える技術のように思われるだろう。しかしmmoと言うゲームの特性上事前に予測できない値が必ず発生し、これをソフトに上手に与えてやる必要がある。従ってソースコードの内容を理解し、適切な場所に前述した値を書き込む能力を持つ人にしか使えない技術になっていた。「魔術師」という言葉があることからも特殊な技術であることがわかる。
「頼もしいわね」
リンは満足げに頷く。
「じゃあ実際にやるからしっかり見ててね!あの岩を狙うよ フレア」
彼女の掛け声とともに何重にも折り重なった魔法陣がリンの前に出現する。リンは出現した魔法陣の中にためらうことなく手を突っ込んだ。そのまま、無作為に重なっていた魔法陣をものすごいスピードで規則的な形に組み上げる。そして彼女が魔法陣の中で両手を合わせた時だった。半径5メートルはあるだろう火球が彼女の頭上に現れ、凄まじいスピードで前方の岩に向かい飛んで行った。耳をつんざくような爆発音とともに岩があった辺りの地形が削り取られる。
「魔法陣の中に手を突っ込めば必要な情報は頭の中に流れ込んでくるし、メモリに値を書き込むイメージを浮かべれば手は勝手に動くから まずはやってみて」
ユウはあまりの威力に若干引き気味で気が進まなかったが、リンに期待に満ちあふれた目で催促されると断りきれなかった。
「フレア」
不安そうな声とともに魔法陣が出現する。ユウはまるでゴキブリでも触るような手つきで魔法陣に手を突っ込んだ。その瞬間、徹夜明けで回らない頭に膨大な量の情報が押し寄せてくる。
脳が焼ききれそうだ!
ユウは情報に押しつぶされないよう必死にそれらを分類し、魔法陣のメモリの中に詰め込んだ。ユウの両手が重なる。
リンと同じ大きさの火球が頭上に出現し前方に飛んでいった。しかし、さすがに完全にリンのものと一緒というわけにはいかなかった。リンの火球とは異なり目標の岩から10メートル離れた場所に着弾し炸裂してしまう。それでも初心者にしてはうまくいった部類だと思われた。
「すごい!すごいよ!初めてにしては上出来だよ!」
リンが大はしゃぎで今にも倒れそうなユウに駆け寄ってくる。
「ありがとう」
こみ上げてくる吐き気をこらえながらユウはなんとか笑顔を作った。こんなに喜んでくれるならばやったかいがあったというものだ。ただもう正直2度とやりたくはない。
「一回休憩を……」
「じゃあもう一回やってみようか」
ユウの提案をはねのけ、リンが有無を言わせぬ無邪気な表情でユウの肩に手を乗せた。絶対に今日中に完成させてやるという意気込みがひしひしと伝わってくる。
だめだ、これ成功するまで終わらないやつだ……
ユウは耐え切れずおもいっきり嘔吐した。
実際にこの「朝練」はユウの嘔吐など関係なく魔法が岩に命中するまで続くこととなる。