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魔術師の少女リン

少年は頬に冷たい夜風を感じて目を覚ました。ぼやけた視界が時間とともに徐々に鮮明になってゆく。どうやらテントの中に運び込まれたようだった。

「目は覚めた?」

1度どこかで聞いたような、活気のある声が聞こえる。声の方向を見ると、そこには美しい少女が座っていた。首元まで伸びた、燃えるように赤い髪を耳にかけ、少年を覗き込んでいる。ルビーのような、透き通った赤色の瞳に覗き込まれた少年の心臓は今にも止まりそうだった。

「さっ覚めました!」

少年は、舞い上がってしまわないよう必死になりながら、質問に答えた。

「自分の名前はわかる?」

慌てる少年の様子を見てひどい後遺症でも残っているのかもしれないと勘違いしたのだろう。少女が心配そうに尋ねる。

「ユウ、池上ユウです。」

少年ことユウは緊張からか思わず敬語になってしまったが、なんとか返答し起き上がった。

「大丈夫そうね、それなら……」

少女の様子が変わる。スッと通った眉がつり上がり、語調が厳しくなる。

「スライムを押し付けるなんて、なんでそんないたずらしたの?」

少女はかなり本気で怒っている様子で、ユウを真剣な表情で見つめている。

「イタズラなんてそんな 助けを呼ぼうとしたんです…チュートリアルを飛ばしてしまって、メニューすら開けなくて…そしたらゲル状のモンスターが襲ってきて……」

ユウは耐え切れず自分の醜態を洗いざらい吐いてしまった。ユウはたまらず真っ赤になった顔を伏せる。少女の方はというと、あまりにも返答が予想外だったのだろう。すっかり毒気を抜かれてしまった様子で真っ赤になってしまったユウを申し訳なさそうに見つめている。

「あの、本当にごめんなさい!いたずらか敵の罠かと勘違いしちゃって……」

少女が沈黙に耐え切れずそう切り出した。

「いえいえいえいえ とんでもない 今回の事故の原因はこちらの無知ですし 謝るべきは僕の方ですよ 本当にごめんなさい……」

「いやいやいやいや そんなことないですよ事情も聞かず、いきなり爆撃したこちらにも非はあります……」

再び気まずい沈黙が訪れる。これ以上この空気の中にいるのは耐えられない、そう思いユウは話題を強引に切り替えることにした。

「あ、あのメニューの開き方とか教えてもらってもいいですか?」

お互いこの空気をなんとかしたかったのだろう。少女は二つ返事で了承し、ユウに懇切丁寧にゲームの操作方法について説明してくれた。少女は教えることが好きな性格のようだ。教え終わる頃にはとても上機嫌になっており、ユウとも友達口調で話せる程度には仲良くなっていた。

「こんな感じで一通りは終了かな 魔術使いに教えてもらえることなんてなかなかないんだよ」

最後に魔法についての解説が終わった後、少女は満足げにそう言った。

「魔術使い?魔法使いじゃないの?」

ゲームの宣伝にも剣と魔法の世界へ君も行こうという売り文句が使われていたし、彼女の説明にも魔術などというものは1度も出てこなかった。ユウが疑問を持つのも不思議ではない。

「ああ、まだ魔術の説明をしてなかったね」

そういうと彼女は腰のポーチから紙の巻物を取り出しユウに手渡す。

「それが魔術よ」

ユウは受け取った巻物を受け取り、紐を解いて中身を見る。ルーン文字に似たものを期待していたユウは衝撃を受けた。巻物はユウにとってなじみ深い言語で書かれていたからである。

「これC言語じゃないか!?」

ユウがそう呟くと少女が意外そうな顔をする。

「へぇ、わかるんだ」

親しげだった少女の目がユウを値踏みするものに変わった。

「でもコンパイラがなければこんなもの意味ないだろ?」

ユウは不信感丸出しで少女に回答を催促する。

「コンパイラも、テキストエディタも、ソフト開発環境もすべて揃っているわ」

意外なことにこの質問に対する少女の答えはNOだった。彼女の説明によると、アナザーワールドの特徴の一つにキャラクターがゲームの機能を自分で追加することができるというものがあるらしく、ゲームの中のキャラクターはソフト開発に必要なものはすべて自由に使えるのだそうだ。

「今度は私が聞く番ね」

質問を重ねようとするユウを制して、少女は挑戦的な笑みを浮かべた。

「センサー値と目標値からPID制御を使って操作量を指定したメモリに返すプログラム書ける?」

「書けるけど……」

急な話題の転換に戸惑うユウなど御構い無しに、少女は白紙の紙を渡してくる。ユウが紙を受け取ると、彼の目の前にキーボードが出現した。おそらくプログラムをこれで打込めということだろう。ユウは少女の要求に従ってプログラムを書き始めた。少女の挑戦的な視線はユウのプライドをくすぐったし、何よりユウは自分のプログラムの構築力に自信を持っていた。少女の鼻をあかしてやろうと猛然とキーボードを叩く。2分くらい経った頃だろうか。

「できた」

ユウは完成したプログラムを少女に渡す。少女はプログラムを受けると真剣な表情で読み始めた。やがて少女の視線がプログラムの先頭から末尾に達する。

「合格ね!あなたは今日から魔術師候補よ 私の名前はリン よろしくね!」

「魔術師!? 合格!?」

急に何かに合格したことにされ目を白黒させているユウなど御構い無しに、リンはユウの今後の予定を勝手に決め始めた。

「明日はフレアの魔術を教えてあげる そうね、明日から私と同じ分隊に入ってもらうわ これがフレアのソースコードね。あとこれがアナザーワールドのソースコード 」

リンは、呆然として固まっているユウの手の中にさきほどのものに似た巻物を二つ押し込んだ。

「明日までにそれ読んどいてね そのテントは自由に使っていいわよ お礼はいいから」

そう言い放つとリンはテントを飛び出して行ってしまった。

「ねー聞いて聞いて、あの子魔術師候補だったよ」

心底嬉しそうな声がテントの外から響いてくる。


そもそも結局のところ、魔術ってなんなんだよ! それに魔術師候補なんかになる気はないぞ


テントの中に一人訳も分からず取り残されたユウは心の中で叫んだ。そもそも剣士になった自分が見たくてこのゲームを買ったのだ。魔術師などというよくわからない職業に就く気は毛頭ない。

「魔術師候補なんかにされる前にここから逃げないと」

ユウはテントから出ようとして思いとどまった。

「どこに行こう」

すぐに自分がこの世界のことについてほとんど何も知らないことに気づく。それに加えて水と食料すら満足に持っていない。

「当分はリンのお世話なるしかないのか」

ユウは釈然としない気持ちを押さえ込み、渡された二つの巻物を読み始めた。


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