1日目の災難
チュートリアルぐらいしっかり受けといてよ
草原でゲル状のモンスターに追い回されながら彼の心の中は、過去の自分への不満でいっぱいだった。無理もない、何の情報もなしに急にゲームの世界に放り込まれたら誰だって不満の一つや二つも出るだろう。
「わかりやすい操作が売りじゃなかったの 何もわからないよ」
少年はHPバーの上に乗っている『アナザーワールド』と書かれたロゴマークを恨めしげに睨みながら悪態をついた。アナザーワールドとは、自分の人格をゲーム内にコピーし、そのコピーが中世をベースにしたmmoをプレイするという斬新な放置ゲームのことである。自分が剣や魔法を覚えながら成長する姿と、キャラが24時間生死をかけて作り上げた文化や経済は話題を呼び、放置ゲームというニッチなジャンルながら30万本を売り上げニュースにも取り上げられた。ちなみに、この少年も池上祐という男子高校生のコピーで、1時間前にアナザーワールドにログインしたキャラクターの一人である。そしてログインから1時間ずっと、ゲル状のモンスターに追いかけ回されているのであった。
「とりあえずあいつらから逃げて水と食料を手に入れないと」
限界を超えて走り続けている少年の額には汗が帯のように広がり、彼の視界はぐにゃぐにゃに歪み始めていた。それが原因だったのだろう。ふとした瞬間に少年の足はもつれ近くの茂みに体ごと突っ込んでしまう。
殺される!
少年は死を覚悟した。しかし、少年の意に反していつまでたってもゲル状のモンスターは襲ってこない。恐る恐る茂みの隙間からモンスターの様子を伺うと、モンスターは少年を見失ったようでじっとその場で立ち止まっていた。おそらく序盤のモンスターだったのだろう、視界から相手が消えるとそれ以上は追撃しないようプログラムされているようだった。
「助かったぁ」
モンスターから解放された安心感から少年は地面にへたり込む。
改めて見てみると気の弱そうな少年だった。少し長めの黒髪に二重の大きな目、その上にある、薄い下がり眉が少年の性格を如実に表していた。体格は細身で、初期装備として配られたであろう鎧が全くと言っていいほど似合っていない。見ていると、鎧よりドレスの方が似合っているのでは?と言いたくなってくるような始末である。
少年は酸素を取り込もうとその細身の体を精一杯膨らませながら息を整える。呼吸のリズムが穏やかになるにつれ、いま自分の置かれている絶望的な状況を把握できるようになったのだろう。安堵によって緩んでいた表情が徐々に険しいものへと変わっていく。
どうしよう、このままじゃこの茂みから一歩も出られないよ……誰か……
少年は助けを求めるべく辺りを見回す。すると視界の右端にローブや鎧を着た30人ほどの集団を見つけることができた。
やった!助けを呼べる
そう確信し大声で助けを呼ぼうとした。
「助け、ゲホっ ゲホっ」
1時間に及ぶ長距離走という無理が祟ったのだろう。声を出そうと息を吸い込んだ瞬間、思いっきり咳き込んでしまう。
しまった!
ゲル状のモンスターが音に気付き襲いかかってくる。
「もうやるしかない」
少年は集団めがけて全力疾走した。
「助けて!」
プライドをかなぐり捨てて叫ぶ。いくら情けなくても死ぬよりはマシだ。集団までおよそ500メートルの距離まで近づくと、一団は少年の存在に気づいたらしくざわつき始めた。
あと200メートル!
集団との距離が相手の顔をなんとなく認識できる距離まで広がる。その時だった
「フレア」
よく通る軽く明るい声とともに直径5メートルはあるであろう火の玉が集団から放たれた。あっけにとられ働かなくなった少年の意識とは正反対に、火球はどんどん少年の方へ近づき、ゲル状のモンスターに直撃した。着弾とともに凄まじい衝撃波と熱風が少年に襲いかかる。激しい熱風にもみくちゃにされ、薄れゆく意識の中で少年はこう毒づいた。
「こんなゲーム買った俺の馬鹿野郎!。」