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オチのある短編集

ゴールドマン事件

 ゴールドマンは新しもの好きで、発売されたばかりのデラックス・カーを真っ先に買った。それに乗って旅行中、不運にも災害に遭遇する。

 ゴールドマンは目一杯アクセルを踏んだが、デラックス・カーは動かなかった。今度はギアをリバースに入れる。また目一杯アクセルを踏むが同じだった。

 デラックス・カーの人工知能はその仕様について、こう弁明した。

「前方に人がいます」

「後方に人がいます」

 ゴールドマンは絶叫した。

「そんなことはわかっている!」

 発進することを諦め、ドアを開けようとしたが開かない。

 デラックス・カーの人工知能はその仕様について、こう弁明した。

「側方に人がいます」

「わかっている!」

 窓を開けようとしたが、これも開かない。

 デラックス・カーの人工知能はその仕様について、こう弁明した。

「外気から有毒物質を検出……」

 ゴールドマンは絶望してハンドルに額をこすりつけた。デラックス・カーの防弾ガラスがけして割れないことは実演を見て知っていた。大口径のマグナム弾を六発、至近距離から撃ちこまれてもなんともない。それ以上の力が自分の鉄拳や肘鉄に秘められているとは、ゴールドマンは試してみる気にもならなかった。

 デラックス・カーは外にいる連中に激しく揺さぶられ、サイレンを鳴らすが、連中の仲間をさらに呼び集めるだけだった。


 この数分前、製薬会社で爆発事故があった。その製薬会社は密かにゾンビウイルスを研究していた。それが街中に飛散し、人間も犬も猫もみんなゾンビになってしまった。ゾンビにならなかったのはゴールドマンだけだった。デラックス・カーの誇る潜水艦並みの気密性能が、ゾンビウイルスを車内に入れなかったからだ。

 ゾンビ映画やゾンビゲームに親しんでいる方々はよくご存知だろう。ゾンビは人間を喰い殺そうとするが、ゾンビ同士で共喰いはしない。その理由は釈然としないが、現実のゾンビたちも共喰いはせず、束になってゴールドマン一人に押し寄せた。

 群がるゾンビの勢いは、デラックス・カーをついに横転させる。

「やめろ! やめてくれ!」

 ゾンビには話が通じない。

 話が通じないのは人工知能も似たようなものだった。

「車体の転倒を検知、事故時緊急プログラム発動、ドアを開きます」

「開けるなぁぁぁ!」

 ゾンビにつまみ出され、貪り喰われるゴールドマンに、人工知能はこう弁明した。

「現在、救助を要請中です」

 もちろん救助は間に合わなかった。


 この災害による死者はゴールドマン一人だった。ゾンビになった人間も犬も猫もみんな、製薬会社が用意していたワクチンによって正気へと戻った。陰謀論者によればこの事故は、事故に見せかけた人体実験だったらしい。

 なんにせよ。ゾンビになった人びとが助かったのだから、人工知能が窓を開けてくれれば、ゴールドマンもゾンビ化し、喰われずに助かった。あるいは、車体が横転したとき、人工知能がドアを開けさえしなければ、救助が間に合い助かった。考えうる最悪のパターンがゴールドマンの身に起こったのだ。

 このことは一部始終ビデオに残っており、奇しくもゴールドマンという名前のジャーナリストによっておおやけにされ、ゴールドマン事件と称された。もちろん、デラックス・カー事件とか、ゾンビウイルス事件でも良かったが、経済談合連合から圧力がかかったらしい。

 衝撃的な事件は、すべてのメディアと井戸端会議で論じられた。議論の内容は、難しい話になるが、目先の人命尊重が大局的に見てその人間の命を助けるとは限らない。すなわち、生き死にに関わることの判断はすべて人間に委ねられるべきだとされた。突き詰めて考えていくと、このことは、自殺をしようとする人間がいた場合、人工知能はそれを幇助せよということになる。

 ゴールドマン事件をきっかけにして、人工知能からロボット三原則(ロボットは人間に危害を加えてはならないなどの三原則)が取り除かれた。その結果、殺人ロボットが生み出され、世界戦争に発展していくのだが、それはまた別の話。一つだけ補足して言えるのは、人工知能から見れば、人間はみんな自殺したがっているように見えるらしい。これには心当たりのある方も多いと思う。

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― 新着の感想 ―
[一言] 車のドアが開いたときにウイルスは入ってこなかったのでしょうか?車内に救助要請の手段があればよかったですね。 この事件でロボット三原則?が取り除かれるのは「え?」って感じがしました。
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