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Blood harena  作者: ペイニー レイン
9/25

西へ -3-

-3-


4年前、スパンは学術調査のためにこの地にきていた。

西の国から、マーリス山に入山しようと思い、ヤナギ渓谷を越えマーリス山の麓まで言った。山の入り口には大きな建物が立っていたし、道路も整備されていた。そして、銃を持った警備局の人間が多くいた。

マーリス山は、立ち入り禁止になっていた。その時までスパンはマーリス山の状況を知ってはいなかった。東の国では、誰もマーリス山に近づくことはない。

それは、「マリアス創生歴史学」にもあるように、魔の山として恐れられており、一種の聖域として扱われている。

この惑星に着陸したときに、リーはマーリスが狂ってしまったことで、この山をマーリス山と名づけて、決して近づこうとはしなかった。そして子孫たちにも決してマーリス山へは近づいてはならない。と、言い伝えていた。

“悪”の“危険”なそんな聖域だった。4年前、スパンがマーリス山を訪れたのは、長い、長い間の憧からだった。

ひょっとしてという思いがスパンにはあった。飛行船が着陸した痕跡を見ることができるかもしれないという期待は大きかった。1000年という時間は、スパンたち人間にとっては長い時間だ。しかし、物にとってはどうだろう。一瞬の、そう、瞬きより短い時間かもしれない。そう考えるといても立ってもいられず、マーリス山に向かったのだ。

西の国への旅券をとり、バスにのってヤナギ渓谷までやってきた。

そこからは徒歩で鉄橋を渡り、西の国に入った。そこから、またバスに乗り3日かけて麓まで行ったのだった。

その麓でスパンを待っていたのは、「入山禁止」の看板と、銃をもった警備局の人間だった。西の国の一部の技術者や研究者、警備局の人間だけが出入りでき、一般人は誰も入ることを許されていなかった。

スパンは警備局の人間や、西の国の政府局に入山の許可を求めた。どこも断られ、途方にくれてしまったが、どうしても諦め切れなかった。予想外のことにスパンの好奇心はずいぶん刺激さてしまったようだった。

生物とは不思議なものだ。ダメだとわかるとなんとかならないかと、いろいろと創意工夫を凝らし、知恵を絞り、試し、その結果なにかを得るようであった。人に限らず全ての生物にいえることなのだろう。それが、進化であったり進歩という形で現れるのだろう。

このときのスパンも、同じだった。どうしてもあきらめることができず、東の国に戻り政府庁へ行った。そこでマーリス山への登頂の申請を行なった。許可証さえあれば、あの縦のものは決して横にはしないぞというような顔をした、堅物の警備局の人間も登頂を認めるだろうと考えていた。

そのとき、マーリス山への登頂の目的をきかれたので、

「マーリス山に登って、学術的な調査をしたい。」

と言った。担当者は資料を調べながら、

「あれ、マーリス山は東の麓からすべて西の境界に入ってますね。」

「ええ、そうなんです」

「なるほど。あなたも変わった人ですね。マーリス山に登ろうなんて。」

一瞬むっとしたが、まいいとすぐに納得した。東の人間なら、ほとんどの人間がそう思うだろう。

「じゃ、許可証を発行しましょう…あれ?」

急に担当者は難しい顔になった。スパンはどきっとした。不思議なもので、別にやましいことがなくても、こういう時は妙に居心地が悪くなり、不安になる。

「マーリス山は西の政府管轄の立ち入り禁止区域になってますね。」

「?どういう意味ですか…?」

「許可証があっても、立ち入れないようですね。」

「なにか、特別な申請でもすれば…」

「いや…えーと」

担当者はしばらく資料に目を通していたが、困惑した表情でスパンを見た。

「ここではわからないですね。とりあえず担当部署へ行ってもらえますか。」

「はぁ」

「えっと、担当部署はですね、このカウンターに沿って、まっすぐあっちにいっていただくと、突き当たりますから、突き当たりの廊下を左に折れて、次の筋を右へ、それから、2つめの角を右に、すると各種の特別申請の受付カウンターがありますから、そこの17番に行ってください。」

それからが大変だった。どこの部署でも、マーリス山への登頂許可は知らなかった。あちらこちらに廻された挙句、結局、政府局で調べて、後日連絡するとのことだった。

丸1日を棒に振って、スパンはひどく疲れてしまった。いったいマーリス山にはなにがあるんだろうか。期待と失望が入り混じった思いで数日を過ごした後に、スパンの手元には政府庁から1通の通知が届いた。

「東の国は、マーリス山の全ての権利を放棄しており、入山許可は西の国の決定により、一般人、および関係者で無い者には、一切の入山の許可が下りないということが判明いたしました。」

タイプ打ちされた、その活字を見てスパンはため息交じりにあきらめたのだった。



マーリス山にはなにがあるのだろうか。いまでもまだあの山は封鎖されているのだろうか。スパンは行ってみるしかないと思っていた。その意見には、トーイもイブもエヴァも賛成だった。ここまできて、サマーズに戻ることはしたくなかったし、また、ここに留まる気持ちもなかった。

翌日、カフェやホテルから必要なものを探しだすと荷物に詰め込んだ。魚や野菜の缶詰、紅茶の葉などがあったのが嬉しかった。しばらくはシリアルクッキーからは開放されそうだ。

ヤナギ渓谷に沿って、北へ進行方向を決めた。

正面にマーリス山が見える。それほど高い山ではないが、その先には、遠く影のように大きな山が連なっていた。スパンたちは黙々と車を走らせた。

途中から、舗装のされていない土がむき出しの荒れた道になった。ときどき大きな石があり、トラックはひどくがたがたと揺れた。ヤナギ渓谷を出て、2日目に小型トラックは動かなくなってしまった。トーイが工具片手に奮闘したが、砂がエンジンに入り込みうんともすんともいわなかった。

スパンとトーイ、イブ、エヴァは、ここからは徒歩でマーリス山へ向かうしかなかった。マーリス山はもう目前だ。車なら、およそ1日の距離、徒歩なら2日、3日ぐらいはかかるだろう。

スパンたちは、背負えるだけの荷物を背負い、歩き始めた。

ただ黙々と。

このあたりの地面は、赤い砂がうっすらと積もっている程度だった。後ろを振り返ってもサマーズの町は見えなかったが、すぐそこに、たったいま乗り捨てた車が、とてもさびしく見えた。

荒涼とした荒地を歩きながら、少しづつだがマーリス山が近づいてくることが、スパンたちを前に推し進める原動力となっていた。

夜の冷え込みに毛布にくるまり、4人で寄り添っていると、くるまった毛布の中でイブがつぶやくように言った。

「固形燃料とかコンロ、少しだけでも持ってくればよかったね。そしたら寒さも少しはしのげるし、ライトの代わりにもなったわね。温かい飲み物だって…」

「残念だけどしょうがない。」

「そうね」

スパンも同感だった。もてるものには限界があった。どうしても必要なもの、水や缶詰はかなり重い。何度も何度も休憩しながら進んだ。2日から3日と予想したが、この調子ではもう少しかかるだろう。食料や水にこだわりすぎて、やむなくコンロを置いてきたが、さすがに夜は冷える。温かい飲み物が飲みたい…。

「マーリス山にはなにがあるの」

エヴァがきいた。スパンは静かに首を横に振った。星明りだけの闇の中ではスパンの動作がエヴァに伝わったかどうか判らないが、言葉がでてこなかった。スパンは静かに目を閉じる。

マーリス山は先祖が宇宙から降り立った山だが、もう1000年も前のことだった。何かあるかもしれないという希望。何も無いかもしれないという不安。スパンの心はひりひりと痛み、苦しかった。

エヴァはスパンが眠ったとおもったのか、それ以上何も聞かなかった。


スパンはマーリスの麓についていた。

その険しい山肌は鉄の柵で囲まれ、乗り越えるのは一筋縄ではいきそうもなかった。

「どうしたものかな…?」

思案にくれていると、山の中から声がした。

「おおい。そのこきみ」

スパンはびっくりとした。山の中は薄暗く、スパンに声をかけた人影は見えなかった。

「ここは、立ち入り禁止区域だよ。無理に入ってくると、西の政府に逮捕されてしまうよ。」

「そこまで、砂が、赤い砂がきています。入れてください。」

「無理だよ。ここは西の領域だよ」

「お願いします。もう、西も東もないでしょう。こんな状態なんですから。お願いします。」

「ダメだよ」

スパンは後ろから、赤い砂の、さらさらという音を聞いた。恐怖が背中を走り抜け、鉄柵を掴んだ。をよじ登ろうともがいていると、山の中の人物が現れた。

「むりだよ。スパン。」

「ほら、もう私たちも砂になっているんだよ」

真っ赤な人型をした砂がスパンの周りを取り囲んだ。うじゃうじゃとスパンにしがみついてきた。

「いかないでくれ、スパン。」

「いかないで。」

「置いていかないでくれ。」

「見捨てないで…」

急な寒さでスパンは目をあけた。汗をかいていた。汗で濡れた服に夜の寒さがしみこんでくる。暗い中で、静に寝息が聞こえた。それにまじってさらさらと砂の音が遠くから聞こえた。スパンは小さく身震いをした。もう、眠れなかった。


うす赤い地面の上をとぼとぼと、歩いている。もともと荒野だったこの土地は草も木もろくにない。ごつごつとした灰色の岩が、ここかしこと転がっている。マーリス山は手に届きそうなくらい近くに見えてはいるが、一向に近づいてこない。

単調な歩みだった。誰もあまり話をしない。なにか楽しい話でもと思ったりもするが、口が重たく話す気分にはなれなかった。話をしても思い出話くらいだ。それは平和な日々を思い出させ、余計に辛くなりそうだった。

ただ黙々と、うつむきかげんにスパンらは歩いた。

時々、妄想に囚われる。

背後から、赤い砂が大きな口をあけ、スパンたちを飲み込もうとそっと忍び寄ってきていないか。はっとして、そっと後ろを振り返る。

遠くに真っ赤な砂の砂漠が見えるが、スパンたちと赤い砂の砂漠の間には、乾いた白茶けた大地が横たわっている。

スパンは恐怖で壊れそうになる。不安になる。

みんなを、町から引っ張りだし西へと、マーリス山へと、誘ってしまった。もし行き着くことができなかったら? 

万にひとつ行き着いたとしてそこも、サマーズや他の町となんら変わらなかったら? 

未来も希望も失く、絶望と死が待ってたら?

自分はみんなをとてもひどい旅に誘い出したのではないのか?

あのままサマーズにいたほうがまだましだったのではないか?

(コニータ、僕は正しかったのか。君がいなくなったあと、僕は毎日毎日後悔していた。サマーズの町を早くでて、もっと…、どこかへ逃げていれば、君はまだ生きていたかもしれない。イブが生き残ったように、まだ生きていたかもしれない。毎日後悔ばかりしているんだ。)

スパンは黙ってうつむいてあるきながら、コニータを思っていた。単調な歩調と疲労が夢遊病的な感覚となって、スパンを夢の中へ誘う。



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