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Blood harena  作者: ペイニー レイン
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「何か食べようか。」

イブが明るい声で聞く。決してお腹がすいているわけではなく、一種のコミュニケーション的なものだ。一緒に食事をする。ただ顔をつき合わせているだけでも、なんとなく相手の考えていることや、体調などをそれとなく見ることができた。スパンも笑顔を作って頷く。

イブが密封ケースから食料を取り出すあいだ、スパンはテーブルの砂を払い落とす。

払っても払っても砂はなくならない。テーブルからはたき落とされた砂は、床に薄く、積もる。昨日より今日、今日より明日、そして、明後日と砂の量は少しづつ増えていく。

密封された食品ケースの蓋をあけ、中からすばやく水とシリアルクッキーの箱を取り出す。どんなにすばやく蓋を開閉しても、一瞬をついて砂は入り込む。

「容器の中にも砂が入ってる…」

イブはそうつぶやいているが、わかりきったことだった。べつにスパンに返事を求めているわけではない。

1日の食料は、総合ビタミン剤、鉄剤、カルシウム剤などのサプリメント。シリアル系の加工食品。ゼリー。2リットルの水。

朝食時に必ずサプリメントを飲む。それから、シリアルクッキーを2枚サラダボールに割り入れ水で浸す。シリアルクッキーは水を吸い込んでドロリとした感じになる。それをそっと、一口一口を時間をかけて少量づつ、用心深く、用心深く、口に運ぶ。からからに乾いた口の中では食事は一種の命がけだ。食品が口の粘膜に貼りついて、最悪の場合呼吸が出来なくなる。乾燥が始まって1年くらいたったころに、のどに食べ物が貼りつき窒息する事故死が多発した。が、食べないとそれもまた、いづれ死へとつながる。

スパンは、お皿にシリアルクッキーを割りいれ、その上から粉ミルクをかけ、水をそそぐ。正直食欲はない。唾液もほとんどでない。汗も、尿も、身体から水分をだすことは、あまりない。体の具合も悪く、皮膚も黄色くなっている。たぶん“病気”と呼ばれる状態なのだろう。そんな状態でも、まだ生きている。

命は不思議だ。こんなことで?と思うことで死んでしまうこともあれば、こんな状態でも生きている。生きる人と死ぬ人の違いはなんだろう。とっても不思議だ。運命なのか宿命なのか。それとも生態的に、なにかが違うのか。

スパンは最近とくにこんなことを考えては、歴史学より生物学を専攻しておけばよかったと思うことがあった。命の深さ、不思議さは人間の脳では理解することができない、触れてはいけない世界なのかもしれない。

食料はあと2季節くらいはなんとかやっていけるだろう。スパンたちの命はあと2季節か。いやそれより先に砂になってしまうか、それとも他の原因で死んでしまうか。

どっちでもいい、どっちでもいい、どっちでも…スパンはときおりなげやりになる。


食料の中に、フルーツの缶詰がある。中には今では手に入れることができない果物がシロップ漬けになっている。ラズベリージャムのビンもある。これを手に入れたとき、大事そうにしまいこむイブにスパンは言った。

「元気で生きているうちに食べないか」

「最後の日まで、食べない」

「最後なんて、いつかわからないのに?」

「そうよ。だから食べないのよ」

「じゃ、こうしよう。味がわかるうちに食べよう」

「スパンはよっぽど食べたいのね」

「いや、別にそういうわけじゃ…」

イブはおかしそうに笑う。

「最後の日までは、絶対に、食べないの」

と念を押す。

「よくわからないなぁ」

「これを食べるまでは死ねない。そう思ったら根性でがんばるでしょ。」

「根性で生きられるのか?」

「そうよ。人間、その気になればなんとかなるんだから。だからスパン、最後は、まだまだ先よ。」

最後がいつかなんで誰にもわからないのに、イブはまだ生きていたいと望んでいる。それも根性で。でもとスパンは思う。“最後”はそんなに先ではない。明日なんて、わからない。

いま、この地域の住人は全部で10人。多分最後の東の国の住人。スパンたち10人はこの町の中で、よりそいながら、それでいてなるべく顔を合わさないようにして、ひっそりと生きている。人は、助け合って生きるのが普通かなっ…て思うが、ここは普通ではない。助け合えば会うほど、支えあえばあうほど、その後に起きることが怖くてしかたがない。正気を保つことでさえ苦痛となる。スパンたちはすでに絶望し、生きる気力を失っていた。

スパンたちは必然的に、必要なとき以外は顔を合わさないようになっていった。

まだ、人が沢山いたころ、人々は備蓄庫を襲ったことがあった。

“軍隊が水を自分たちで好きなだけ飲んでいる。”

“配給をごまかしている。”

ほんとうか嘘かわからない噂が広がった。そして、いく人かの人々が備蓄庫を襲ったのだ。激しい争いだった。どこから手に入れたのか、銃などの武器を持ち、殺し殺されていった。

その軍隊も、反乱する人々ももういない。

数日前に、スパンはみんなを呼び集めた。気にしないように努めているが、やはり気がかりだった。最後に食料を備蓄庫に運び出しに行ったとき、17人いた。そして今は10人になっていた。消えた7人については、誰もなにも言わない。最初からいなかった。そう、気づいていない振りをする。そうしないとスパンたちは崩れてしまうだろう。

そのときアヤが、言葉を選びながら提案をした。

「空き家に残っている7人分の物資ををみんなで分けない?」

水や食料は貴重だ。もらえるならもらっておくほうがいい。集まったみんなは、視線を合わさないよう目をそらした。

残り10人。

自分たちは、食料がなくなるまで、あとどれくらい生きていけるのだろうか。結局、空き家の7人分の食料には誰も手をつけなかった。



この地域以外に人がいるのかどうかわからない。このサマーズには1季節ほどは新しい人間はやってきていない。

1季節前、イブとヨダがこの町にやってきた。ぼろぼろになって、砂と血にまみれた二人は、丸二日眠った。そして、2日目にイブは目覚め、ヨダは永遠の眠りについた。

ヨダとイブになにがあったのか、イブは話さなかった、また、スパンたちも聞きだすことはしなかった。ただ、『トーソンから来た』とだけイブはいった。旅の途中で食料も水も底をつき、やっとの思いでこのサマーズに辿りついたという。ヨダは怪我をしていた。怪我をしたヨダを引きずるようにして、イブはここに辿りついた。ヨダは背中をぱっくりと刃物で切られ、その傷口に赤い砂がたくさん付着していた。赤い砂は、ヨダの血を吸ってか、目にも鮮やかな、赤さを放っていた。

ヨダは安らかな表情を浮かべ眠るように死んだ。他のみんなと違って、ヨダは砂にはならなかった。恐怖や、苦しみや、いろいろなものから解放された人間は、こんな顔をするのだろうか。

スパンたちは、忘れかけていた“やすらぎ”という気持ちを思い出した。自分たちがやすらぎを感じたのは、どれくらい前だろうか。サマーズにいた誰もがそう思っただろう。それほどヨダの表情は“やすらぎ”と“安堵感”にあふれ、笑っているようにさえ見えた。スパンたちは忘れていたことを思い出し、そして思い知らされた。

生き物は死んでも赤い砂にはならない。

こうしてその屍を残し、“己は確かに存在している”のだということを誇示する。

「あのまま、砂に飲まれて、死を待つより、少しでもどこかへ行きたかった。どこへ行けばいいかわからなかったから、沈む太陽を追いかけてきたの」

イブは、ヨダを赤い砂が混じった地に埋葬したときに、言った。

枯れつつある草を供え、水をかけ、その冥福を祈った。

あまりにも沢山の人が、沢山の生きとし生ける命が赤い砂になって消えてしまった。


まるで その存在が 最初から なかったみたいに


コニータ…きみは本当に存在していたの…?


コニータ…

きみのやわらかい肌も、華奢な指も、オレンジ色の髪の感触も…

正直いうとあまり思い出せない。

君がどんな顔をして笑ったのか。

君がどんな顔をして泣いたのか。

君が、君がどんな声で話したのか。

みんな、みんな遠い、霞みの向こう側だ…


イブはそのまま、なんとなく、スパンの家に住み着いた。



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