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Blood harena  作者: ペイニー レイン
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その日、“運命のその日”とスパンは思う。その日まで、人々は天変地異が起きてもきっと何とかなる。この1000年の歴史がそれを物語っているではないか。そんな楽天的希望をもっていた。その日を境にスパンたちは、“絶望”という言葉を知ることになった。

はじめての絶望。

未来を夢見ることを許されない。

それは人々の心に恐怖と闇を植えつけた。


正午、テレビは大統領を映し出した。

今回の一連の異常現象の政府の公式見解を大統領が直々に発表するという。大統領はテレビのカメラの前に座っている。

緊張した面持ち。

そして居住まいを正し、水を一口飲むと軽く咳払いをしてカメラに視線を据え、マイクに向かって静に、力強く語りはじめた。

「国民のみなさん、こんにちは。今日はみなさんにとても大切な話があります。落ち着いて、私の話を聞いていただきたい。」

大統領は、いつもの口調で、どこかもったいぶった、遠まわしな言い方をする。どこかすっきりしない物言いで、話を効くたびに、スパンは、『このタイプはどうも苦手だ』と思うのだった。今回もまた、テレビ画面から流れてくる大統領の話を聞きながら同じ事を思っていた。

大統領はまた一口水を飲むと、唇を舐めた。なにかとても緊張しているようで、唇が乾くようだ。しきりに唇をなめ、そして、小さくため息をつくと意を決したように一気にしゃべりだした。

「ここのところの異常現象の調査結果の途中経過が調査グループにより発表されました。そのご報告を国民のみなさんに、今からいたします。えー、その発表ないようですが、」

大統領は、おもむろに胸のポケットから眼鏡をだすと鼻先に引っ掛けた。そして手にもった紙きれを読み始めた。

「西の国と東の国の共同中央統合研究所の地下実験室で実験中に爆発がおこったのが原因の可能性が高いという報告がありました。爆発の原因は現在調査中です。その影響で地軸が多少ずれてしまったのではとの見解です。

多少です。たいした傾きではありません。そのために、磁気嵐のような異常現象が引き起こされ、国民の皆さんに大変な不安と不便を与えてしまいました。そして、その後の異常気象、現在、噂になっている新種の砂もその結果のひとつです。

いま東の政府と西の政府でこの事態の打開策を検討中しています。」

大統領は、大きく喉をならして唾を飲み込み

「だから安心してください。すぐに今までの暮らしに戻れます。安心です。政府を信じて安心してすごしてください。」

何度も「安心」という言葉を口にする。少し声を大きくし強調しているのがわかる。大統領は、言葉を続けた。

「しかし、その暮らしに戻るまで、皆さんの協力が必要なのです。我々政府はみなさんにお願いがあります。みなさんには、たった今より政府の管轄下での暮らしをしていただきます。政府の管轄下というと大変難しい感じがしますが、当分のあいだ、政府の指示に従っていただきたいということです。

当分の間です。

いいですか当分の間です。だから、安心してください。

国民の皆さんは、現在お住まいの町の政府庁に行き、現在同居されているご家族の人数・年齢・氏名等の申告を行ってください。

その申告内容に沿って食料・飲料水等、必要な生活物質の配給を行います。

また、旅行中の方に関しましては、東西の国ともに、交通機関も規制に入ります。よって、ご自分の町にもどれるようになるにはしばらく時間がかかります。その間の生活の拠点として、政府の宿舎を提供させていただきます。荷物をまとめて身近な管轄政府庁に出向き、宿泊施設名、氏名、年齢、居住地の住居所在地などを申告してください。

その間の食料・飲料水等、必要な生活物質などは、みなさんが不自由ないように政府が責任をもって対処させていただきます。

慌てずに、行動してください。」

大統領はここまで言うと、ちょっと横を向いて合図した。

すると白い服征服に、右腕に青と緑のストライプの腕章をつけ、それぞれの手に猟銃や短銃をもった政府機関の人間が4人、画面の端の方から現れて、大統領の後ろにならんだ。大統領は、彼らをテレビ画面の見ている国民に紹介するような仕草をすると、強い口調で言った。

「この放送開始とともに厳戒令がひかれました。厳戒令という言葉を始めて聞く方々も多いでしょう。今、私の後ろに並んでいるのは、政府機関の人間です。彼らは皆さんもご存知の白い制服を着ています。今回から、右腕に青と緑のストライプの腕章をつけています。これは、今回の厳戒令において、皆さんに指示をだす政府機関の権限をもった人間のしるしです。彼らの指示に従ってください。政府機関の命令…いや、指示に従わない場合、みなさんを拘留することもありえます。政府機関の指示には必ず従ってください。

みなさんを守るためです。いいですか。決して勝手な行動をとることなく、政府機関の支持にしたがってください。そうすれば皆さん、安全です。

決して取り乱したり、パニックにならないでください。落ち着いて、政府庁に申告に行ってください。以上です。」

そういうと、大統領は口元を拭った。そして、テレビ放送がプツンと切れる。

スパンは、とまどい、慌てて他のチャンネルにあわせてみたが、いくら回しても何も放送していなかった。いいようのない不安が広がる。横にいるコニータも同じ思いだったのか、スパンの手を強く握っている。コニータの横顔は、今は青ざめている。

窓の外には、今までと何も変わらない穏やかな風景と、海岸線が広がっている。

蒼い、蒼い空もそのままだった。


スパンとコニータは街の様子をみるため、外にでた。街はざわざわとしていた。広場や道端で不安そうに立っている人や、スパンたちと同じようにスーパーや市場に向かって歩いていく人たちもいた。みんな不安そうな表情をしている。スパンと顔見知りの隣人もいたが、軽く会釈をする程度で話しはしなかった。

スパンとコニータも無言で歩いた。思い余ったように、コニータが言った。

「今朝、お水とアイスクリームを買いに行ったときは、何も変わったところはなかったわ。いつもと同じだったのよ。」

今にも泣きそうな顔。スパンは右手でコニータ右手を取り、スパンの左手でそっと、コニータの手の甲を、赤ちゃんをあやすようにたたいた。

「大丈夫だよ。コニータ」

根拠のない『大丈夫』。しかし、いまはその言葉しかおもいつかなかった。言葉にならない不安がスパンの心に重くのしかかっている。

スーパーの前には大勢の人々が集まっていた。みんな一様に不安な表情をしている。中には何でもめているのか、怒っている人もおり怒鳴り声がしている。

店の前には、軍隊がきていた。軍隊を見るのは初めてだった。

平和な国だ。10年ほど前に急に東西の国で軍隊を発足させた。

人々は軍隊自体が何かわからない。一部の学者が異議を唱えたがそれもいつのまにか立ち消えてしまった。スパン自身、授業のなかで軽くふれる程度で、新しい職業ぐらいしか認識をもっていなかった。兵士がマイクを使って、叫んでいる。

「ここの商品はすべて、国で管理し、配給制にすることに決定しています。商品を売ること、買うことは禁止されました。政府庁で配給の手続きを行っているので、みなさんはそちらに行ってください。」

スーパーの前は人であふれていた。みんなスパンらと同じ不安を抱き近くのスーパーに様子を見に来たのだろう。みんな一様に心配げな不安げな表情をしている。このままここにいても何も解りそうにも無かった。隊長や軍関係者になにか聞いたところで、政府庁に行くよう言われるだけのようだし、それにスパンより前に隊長や他の兵隊に何か声をかけている人たちは、皆、政府庁へ行くよう言われている。しばらくそんな様子を眺めていた。

「仕方ないよ」

スパンはコニータを連れて政府庁に向かおうとした。

「ここにいてもどうにもなりそうもないし…」

コニータは小さく頷いた。そのとき、一部の人々が暴れた。たぶん西の旅行者だろう。

「なぜ、軍隊がいるんだ。俺は自分の家に帰りたいんだ!」

「政府庁に行けって、そればかりじゃないか。俺はなぜ品物が買えないのか、これからどうなるのか、いまどうなっているのか、それを聞いてんだ」

そんなことを怒鳴っていた。急に国に帰るなといわれても困るだろうし、また、西の人は軍隊がどういう職業なのかという認識がスパンたち東の国の人間よりよく理解しているだろう。

スパンは、いや周りでその騒ぎを眺めていた東の人々は言い表せない不安に襲われていた。

なにかが、おかしい…

そんな不安に耐えられなくなった人たちが、怒鳴っている旅行者の味方をはじめた。

この国の人々は、開拓精神豊かだ。楽天的なものの考えをする。そうでないと過酷な自然と向き合って1000年もの間で繁栄することは不可能であっただろう。精神的な強さは、人々を常に前に押し出す。しかし、今は違った。慣れきった平穏と体験したことのない不安…それが一部の人々を突き動かした。不安は自己防衛本能を呼び覚ます。そして、それは人から人へと伝染し、大きな波となる。

「今すぐこの店の品物を売れ!」

「売れない。指示にしたがえ」

「なんだと!俺たちに命令するのか?!」

両者が衝突し、激しい言い争い、こづきあう。怒声がとび、悲鳴があがる。はじめて人が憎しみ、恐怖、不安、そういうマイナスのエネルギーを爆発させた。スパンははじめて見る光景にただ、呆然と立ち尽くすだけだった。コニータが震えながらスパンの腕にしがみついた。その痛みでスパンは我にかえった。コニータを守るように抱きしめたが、頭の中は真っ白で何も考えることが出来なかった。にわかに心の中に大きな恐怖と不安が広がり、ただ、この争いを呆然と見ているだけだった。

そのとき、「ズン」と鈍い音がした。銃声だ。その場にいた人々は、ほとんどの人はポカンとしている。兵士ともみ合っていた人々が、悲鳴をあげながら逃げだした。あるものは、泣きながらその場にしゃがみこんだ。銃を威嚇発砲した、兵士に詰め寄っている人々もいた。

「ズン」

再び銃声が鳴った。

若い兵士が銃を空に向かって撃った。一瞬ひるんだ人々は、その兵士の腕に飛びつき銃の奪い合いがはじまった。

「何するんだ。」

「俺たちを殺す気か!」

「や、やめてください。」

若い兵士は哀願するように、今にも泣きそうな顔をして、抵抗している。他の兵士も慌てて加わった。兵士も本当は怖いのかもしれない。怒り狂った人々と兵士達のあいだでは、罵声がとびかい、髪をつかんだり、小突いたりとひどい騒動に発展していった。

「ズン」ともう一度銃の音がした。

と、同時に肉のはじくような、つぶされるような変な、嫌な音が、した。兵士に詰め寄っていた人々から言葉にならない悲鳴が上がった。誰かが倒れ、その人を抱きとめて座りこんだ人が血で染まった右手をかかげ、悲鳴をあげている。その場にいた人々はそこに凍りついてしまった。

誰かが撃たれた。

撃たれた人間は力なく、全身の筋肉をだらんとのばしている。抱きとめた人は悲鳴をあげ続けていた。尾を引くような哀しい、哀しい、悲鳴…。

銃は200年ほど前に、西の国から多くの科学文化とともに東の国に持ち込まれた。いままでは危険な野生動物などから我々の身を守るためにのみ使うものだった。今、その銃が同じ人間に向けられ、危険動物と同じように撃ち殺されたのだ。

銃を撃った若い兵士は、その場に銃を握り締めたまま立ち尽くしている。

スパンはコニータにその光景を見せまいと、しっかりと彼女の頭を胸に抱く。コニータもスパンの胸にしがみついたまま眼をきつく閉じている。

隊長らしき兵士が若い兵士から銃をそっと取り上げた。若い兵士の頭を抱き寄せる。その若い兵士は隊長の手をすり抜けるようにその場にへたり込んでしまった。魂の抜けたような表情。たぶん彼は二度と自力では立ち上がれないかもしれない。

人々は、叫ぶことも泣くことも出来なくなった。

隊長がマイクをもって叫んだ。

「われわれの指示に従わないもの・われわれに反抗するものは、一般人・公人の別なく射殺せよとも命令が出ている。すみやかにわれわれの指示にしたがってください。」

誰も何も言わない。人々は、恐怖で顔を引きつらせながら、政府庁へと向かって歩き始めた。


政府庁につくと、配給の手続きのための長蛇の列ができていた。

配給の手続きの列に並びながら、スパンはコニータの肩をやさしく抱き、

「大丈夫、心配ないよ」

と、何度も繰り返していた。コニータは恐怖に青ざめた顔で、それでも必死に微笑を返していた。


厳戒令から、2年近くになる。町は、いや、おそらく世界はあの赤い砂で覆われているだろう。軍隊はいつのまにか消滅していた。政府も機能していない。人間や動物、昆虫、植物…生物はすべて…砂に埋もれたのか、吸収されたのか、わからない。もともと人や町などなく、すべてはスパンが見ている夢なのかもしれない。スパンは最近、ときどきそういう錯覚に陥るときがあった。

今の世界が現実で、眠ると、その夢の中で楽しい時間を過ごし、目覚めるとまた砂の中にいるのだと。ひょっとして、自分は人間だと思っているが、砂の中で生きる生き物であるのかもしれない。何が現実で何が夢で、幻なんだろう。自分が信じているものが世界の全てで、それが現実なのかと問われたら「そうだ」という自信はスパンにはなかった。自分がここにいる不安定な感じにとらわれている。

夢と現実の区別がつかなくなっているのだろうか。どちらが、夢でも現実でもそう大差はないのかもしれない。どんなに夢であって欲しいと願っても、楽しく幸せだった過去は去り、現実は、ひしひしスパンたち、生き残った人間達を追い詰め、そしてまだ見ぬ未来は閉ざされている。

スパンは最近、よく昔を思い出す。そして、スパンは笑ってしまう。軍隊も人もあっという間に、そう、たった2年で消えてしまった。厳戒令も政府の監視も全ては過去のものだ。

厳戒令。

食料、飲料水の配給。

あのとき撃ち殺された人。

撃ち殺してしまった若い兵士。

備蓄されていた飲料水や食料。

奪い合う人々の怒声も。

すべてが消え、いまわずかに生き残った人間ももうすぐ消える運命にある。スパンは時折、ポジティブな考えを持とうと、自分が世界の支配者になったと想定してみる。が、想定したところで、目に映るものは全て赤い砂に覆われている。この世界の支配者は赤い砂なんだ。いや、もともと世界に支配者なんていたのだろうか。

誰の物でもない世界、

誰のものでもない星、

誰のものでもない時間、

誰のものでもない…

この世に誰かのものなんてあるのだろうか。自然も星も、空気も、風も、海も。自然はもともとそこにあり、人が人として生きるまえからそこにあった。それでいいような気がする。力で支配しても、いつか、もっと大きな、人間の全知全能を越えた、大きな力によってリセットされてしまうのだ。世界は、赤い砂が支配者になろうとしている。人はあまりにも大きな力を敵にしてしまったのだろうか。

飲料水や食糧の備蓄庫も赤い砂に覆われてしまい、そこに蓄えられていたいろいろなものはすべて赤い砂と化してしまった。赤い砂に倉庫が覆われるまえに、スパンたちが運び出した飲料水や食料はわずかだった。が、食料が尽きるのが先か、赤い砂に飲まれてしまうのが先か。

スパンにはもう未来は見えなかった…


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