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Blood harena  作者: ペイニー レイン
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事の始まりは磁気嵐だった。

東西の国のほとんどの人間が、その朝、軽い耳鳴りで目を覚ました。耳の奥で何かキーンという音が鳴っている。最初、人々は空を見た。周りを見回した。電化製品などの音を確認し、やっとその音が自分の耳の中で鳴っているということに気がついた。テレビは『ザー、ザー』という音と無機質な灰色の画面だけを写し、電化製品はいくらスイッチを押しても、ウンも、スンも動かない。聴こえるものは、自分たちの耳の奥でなるキーンという音と息遣いだけだった。

便利な文明に慣れきった人々は、急な不便な生活に最初苦痛を感じたが食品などのストックもあり、今すぐ食料などに困窮するということはなかったせいか、多少の不便は我慢することが出来た。

磁気嵐が去ればまた元の生活にもどるだろう。人々はみな、そう信じていた。

この惑星の人々は楽観的な性質をもっている。開拓者精神が、心の奥に潜んでいる。

今、その精神が目覚め、人々はパニックになることなく、じっと嵐が過ぎ去るのを待った。人々を悩ませたのは、体への影響だった。長引く耳鳴りによって、聴こえない声を聞き、見えない者に怯えた。幾人かは狂ったようになり、死亡した。さすがに政府機構もそのころになると静観することができずに、本格的な医療ケアを試みようとしたころ、磁気嵐は去り、ほっとするか、しないかの頃、雪が降り始めた。

それも十数日ほどだった。

その後は、雨が降り続けた。

人々はじっと耐えた。あれこれ心配しても、不安になってもしかたがない。過酷な自然の中で生き抜くには自然と対峙し、受け入れ、共に生きることが一番の早道だと本能的に知っているのだ。そして、月は火の月から、風の月をへて氷の月へと移り変わった。

気候は落ち着きを取り戻し、再び火の月が巡ろうとしていた。平穏が戻ってきた、が、そのまま月は動かなくなった。

火の月になっても、夜になると凍つくような寒さとなり、昼間は風の月をおもわせるような穏やか暖かさであった。

マリアスの気候は変化してしまったが、人々はすぐにそれに順応した。どんな状況や環境でもすぐに順応できるから、この惑星マリアスへの移住もうまくいったのだろう。いつもの平和な日々が戻り、人々がほっとしたころ、本当の、それが始まった。


それは、南の海岸で見つかった。血のように真っ赤な砂だった。最初の発見者は若いカップルで、彼らはそのまま最初の犠牲者となった。

とても仲の良い2人であった。名前を、マークスとリアンと言った。2人は休みになるとビーチに遊びに行くのを習慣にしていた。海で遊ぶにはちょっと寒いかもしれないが、東の国の人間はビーチで遊ぶのが大好きだった。波の音は人の心を癒し、優しい砂は人を自然に帰す。

マークスとリアンはいつものようにビーチの砂と戯れ遊んでいた。砂浜で寝そべるリアンにマークスは砂をかけ、リアンの首から下に砂の芸術を描いていた。気がつくと砂が赤っぽくなっていた。

「ふーん。珍しい砂だな。」

「どんなの?」

「赤い砂だよ。」

「赤い砂?」

「リアン、ほら、みて。」

マークスはそう言うとリアンにも見えるように赤い砂をつまんでみせた。

「ほら、とてもざらざらしていて、粒も大きいよ。こんな砂、はじめてみるね。」

「ほんと。」

そういうと、リアンはちょっと眠そうに目をしばたかせた。

「ね、マークスなに創ってるの?」

「うん。可愛い顔をした、怪獣!」

「もう!やだ。変なものをつくらないでよ!」

いつものように楽しげに笑いながら遊んでいたのだが、いつのまにかうとうとと眠ってしまった。

マークスは、体のだるさで目が覚めた。

(体がだるい。なんかへんな感じ…)

マークスはリアンを見ようとしたが、焦点が合わなかった。目に映るものすべてがかすみ、歪んで見える。マークスはまだ自分は夢の中にいるのではないかと思った。そして、またうとうとと眠ってしまった。

どれくらいの時間がたったのだろう。5分、いや、2、3分かもしれない。マークスは体の皮のすぐ下を何かの虫がはいずるような気持ちの悪い、むず痒いような感覚で目が覚めた。目をあけたが、自分の目に映るものが何か理解できなかった。視界かすみ、歪んで見える。じっと目をこらし神経を集中すると、ぼんやりした頭が少しすっきりした。自分がここで何をしていたのか、なかなか思い出せなかった。唐突にリアンの顔が浮かんだ。

(そうだ、リアンと海岸にきていたんだった。)

ゆっくりと頭をめぐらすと、リアンの顔があった。

(リアン…)

リアンも眠っているようだった。マークスはリアンを起こそうと、手を伸ばしたが、腕を動かすのもだるく、思うように体は動かすことができなかった。とまどうマークスの耳に、リアンのかすかな声がする。

「砂…」

リアンを砂に埋めったままだったことを、マークスはようやく思い出した。リアンを砂から出そうと、砂をかき分けはじめたが、砂をかく指に力が入らない。

いくら、手を動かしても、マークスの手は砂の表面をなぞり、指の跡だけを砂の表面に残した。

(なんだ? 力がはいらない。)マークスは焦った。焦るとともに思考もしっかりしてきた。

(赤い…血のような砂だな。)

マークスの目に赤い砂が映った。

(…!血だ!リアンがなにかで怪我をしたんだ。大変だ。早く、早く助けなきゃ。)

マークスがパニックになった。リアンがつぶやく。

「砂を…お願い。助けて…」

マークスは自分の力ではどうにもならないことを知った。

「リアン、助けを呼んでくる。待ってて!」

マークスは、必死で走った。

マークスの足はふわふわと地面を蹴る。が、思うようには前に進まない。マークスはふらつく足取りで公園とビーチの境にある売店に向かった。

売店の屋根には色鮮やかな看板がかかっている。

『ジョーンズの店 自慢は自家製アイス!』

年配の店主が一人で店を切り盛りしている。マークスとリアンはビーチに行く前にかならず、この店でアイスクリームを買うのが習慣だった。ジョーンズの自家製のアイスクリームは評判で、ファンが多い。マークすとリアンもファンの1人だった。そして2人ともジョーンズの店では常連でジョーンズとは顔なじみになっている。

ジョーンズは接客中だったが、ビーチの方からマークスが、ふわふわとした感じでやってくるのを見つけ、違和感を感じた。「走る」とか、「歩いている」というのではなく、『 ふわっ ふわっ 』と風に乗って運ばれてくる枯れ葉のような感じだった。

ジョーンズはその異様な雰囲気に嫌なものを感じた。思わずじっと見つめてしまっていた。その視線に気づいた客が、ジョーンズの視線の先を追い、マークスに気がついた。

「おい、大変だ血まみれじゃないか!」

そう客は叫ぶと、マークスのもとへ走った。ジョーンズも我に返り、急いで後を追う。マークスに近づくにつれ、その異様さに気がついた。ジョーンズは思った。

(マークスは確か16歳の若者だ。が、この姿は…。)

ジョーンズは眉間にシワを寄せた。マークスの体はまるでしぼんだ風船のようだった。一度空気を入れたあと時間がたって、空気が抜けてしまった風船。その風船を思わせるような肌だった。

マークスはジョーンズを見て安心したのか、そのまま崩れ落ちた。ジョーンズは目を見張った。くしゅくしゅの肌だけでなく、マークスが血まみれに見えたのは、体を覆っていた赤い砂だった。

まるで生きているような赤々とした砂がマークスの全身を覆っていた。

「どうした。どこか怪我をしたのか?」

マークスはビーチを指さした。

「リアン…が、助けて…リアン…お願い、リアンを助けて」

マークスはそのまま気を失ってしまった。騒ぎを聞きつけたほかの人たちもぱらぱらと集まり始めていた。ジョーンズは誰にということもなく、叫んだ。

「病院に!病院に連絡してくれ。マークスを病院へ!それから、誰か私と一緒に来てくれ!」

そばにいた女性が、ジョーンズの腕からマークスを抱き取った。ジョーンズは、マークスが走ってきた方向に走った。そこに必ずリアンがいるからだ。彼は走りながら2人のことが頭をよぎった。ジョーンズは独り者だった。残念ながら女性に縁がなくこの年まできてしまった。この仲良しカップルを見るたび、もし私が結婚していて、この子達が息子とその彼女だったらと想像してみることもあった。いつも2人一緒で、1つのアイスを半分こにする。ジョーンズがたまにおまけして、ひとつ余分に渡すのだが、それも半分こにしてしまう。あと数年もすればこの2人は結婚して子供が生まれ、その子供も一緒に私のところで、アイスを食べる。子供は私に抱っこされ楽しそうに笑うんだ。そんな想像をしては、1人で笑ってしまっていたこともあった。

ビーチの一角が真っ赤に染まっている。砂の上に顔だけだし、その体は真っ赤な砂でかたどられた妖精…。

(死んでいるのか?)

ジョーンズは、リアンの頬にそっと触れてみた。リアンまつげがかすかに震え、その唇は何か言おうとしているが、声はでない。ジョーンズはそっとリアンに話しかけた。

「私だよ。リアン。ジョーンズだよ」

リアンの口元が少し笑った。

「どこか痛いのかい?」

リアンはかすかに顔を左右に動かした。

「気分が、具合が悪いのかい?」

「砂が…」

リアンは声を絞り出した。ジョーンズはリアンの口元に耳を近づけた。ほとんど聞き取れないかすれた声。

ジョーンズは一緒に走ってきた人たちと赤い砂をかき分けた。もし彼女が怪我をしているといけない。そっと、そっと慎重に、砂をかきわける。

細い首、

きゃしゃな肩、

腕、

胸…

胸?

腹!?

ジョーンズは息を呑んだ。彼女の細い腕がすっと持ち上がり宙を彷徨った。人々の目の前で、彼女の腕が赤い砂になって風に運ばれていった。異様な光景にその場にいたものは、言葉を失った。

彼女の胸から下は存在していなかった。元からそこにはなにもなかったように。ただ、血でできたような真っ赤な砂が広がっていただけだった。

それから、数日。

リアンは病院に運ぶ間もなく、砂になって消えてしまった。その後のマークスや、その救出に協力した人々は、一様にしぼんだ風船のようになり、赤い砂となって消えてしまった。

一時、ニュースを賑わしたのだが、それもじきにニュースでは取り上げられなくなった。人々の興味がなくなったわけでは、決してなかった。また、保険機構からも政府機関からも一切の発表はなかった。

赤い砂はあっという間に世界にひろまった。

赤い砂に覆われた場所の植物は枯れ、じきに赤い砂と同化する。海の水は枯れ、その居場所を赤い砂に譲り始めた。空は赤い砂粒が空中に吹き上げられ、夕焼けのように赤っぽく染まっている。赤い砂は、東の国、西の国を問わずじわじわと着実に広がっていった。

その“事故”以降、新聞は一切赤い砂には触れなかった。テレビも同じだ。すべてが人々の目からその事実は隠された。

ただ噂だけは密かに、人の口から口へ、耳から耳へとささやかれていった。

“カルの町が赤い砂に埋もれてしまった。”

“リーベンの町に住んでいるルイの両親が連絡が取れないらしい”

“赤い砂が人を襲ったんだと。みたやつがいるらしい。”

“リプロの町も、禁止区域になったらしい”

“避難した人たちはどこにいるんだ”

どの噂も、真実かどうかわからなかった。確かめようもなかった。

噂になった街や、海岸方面は立ち入りを禁止され、誰も、そこへ行って真実を確認することはできなかった。その街の人々の行方も、避難先もわからなかった。日に日に、立ち入り禁止地域は増えていることだけは確かだった。



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