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Blood harena  作者: ペイニー レイン
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Blood harena

■砂

-1-


サラサラ…・

サラサラ…・

心地よい眠りの中に、乾いた砂の音が偲びこんでくる

サラサラ…・

サラサラ…・


夢を見ていた。

その中で、スパンは妻のコニータとリゾートビーチにきていた。ビーチベットで寝そべって本を読んでいるスパンを、遠くからコニータが、呼ぶ。

「…ン」

「…スパン」

スパンは、その声に本から顔をあげ、軽く手をあげて合図をしてみせる。コニータの伸びやかな肢体が夏の太陽を浴びて、きらきらと輝く。コニータは手を振りながら近づいてくる。まぶしい光のなか、たった今、海の泡から生まれた妖精のようだ。オレンジに近い、長く赤い髪を日の光がキラキラと飾りつける。毛先が、くるくると巻いている様は本当に可愛い。コニータは、「くせっ毛は、もつれるからイヤ」と気にしているが、そのくせっ毛も、スパンは、愛している。

「泳ぎましょうよ」

「ん?本を読んでるから」

「ほら。波がスパンを呼んでるわ」

そういって、スパンの本を取り上げる。困ったように見上げるスパン。笑っているコニータ。コニータはスパンのそばでいつも笑っている。コニータが笑っていてくれるなら、スパンは、どんなことでもできた。

ずっと、ずっと、この時間が続けばいいのに。

ずっと、永遠にこの時間が続くと信じていた。

サラサラと音がする。

コニータの笑顔を見つめているスパンの耳元で、乾いた砂の音がする。




スパン…スパン…

「スパン!」

どこかで、スパンの名を呼ぶ声がする。

浅く、深い眠りから、意識が呼び戻される。

「スパン…砂が、」

イブの声がした。

「…砂…?」

スパンはかったるい体をずり起こした。スパンの乾燥した体の上にうっすらと積もっている、砂が、サラサラと乾いた音を立てて床に散らばった。

ザラッとする嫌な感触。イブの悲しい声が、する。

「スパン。昨日よりずっと近くに砂が…ほら。昨日まであった木がなくなってる。」

スパンは、ようやくベッドから起き上がる。ザラ…ザラ…床にちらばる砂を踏みしめる音。足の裏から伝わる、嫌な感触。そして、懐かしい感触。サマーズのリゾートビーチにいる感覚がよみがえってくる。コニータ…もういちど君に会いたい…。

スパンは赤い砂を踏みながら、

『そうだ、サマーズのビーチの砂は、白かったな。』

と漠然と思う。『こんな、血のような赤じゃない。』

スパンはイブに寄り添うように窓の前に立つ。イブはカーテンの端を強く握り締め、窓の外を睨みつけている。

窓には隙間から砂の侵入を防ぐために強力な粘着テープを貼っているが、どこからともなく砂は家の中に侵入してくる。窓の外…ついこの前まで…サマーズのビーチに続く公園があったあたりに、スパンは目を凝らす。


少し高台のその家の窓から見える景色は、歩いて30分ほどの距離があるサマーズの海のきらめきまで見える。時折、白い波が立ち、海鳥が舞う。

窓のすぐ外に目をやると、コニータが丹念に手入れした小さな花壇には、いつも薄いピンクいろの花が風に揺れている。その庭から、通りに目をやると、カラフルな大小のパラソルを広げた露店がサマーズの海岸近くにある公園の入り口まで続いている。露天を冷やかす客や、商品を見ながら値切っている客がいる。店の人も客も楽しそうに笑っている。露店のパラソルの影になっているが、公園の入り口には噴水があり、水が高く吹き上げられると、子供たちの歓声とともに、パラソルの上にパラパラと水滴を降り注ぐ。時折、虹がかかる。噴水の向こうはビーチに続く道があり、沿道には赤、紫、黄色、オレンジ、ピンク、様々な色彩に溢れた花が咲き、虫たちが忙しそうに羽音をたててその間を飛び回っている。その先は公園になっている。背の高い木や低い木がいりまじり、海の青さと、濃い緑のコントラスは目を楽しませてくれる。空は、抜けるように蒼く、蒼く。

一瞬、スパンの瞳に、窓の外の景色が昔見た風景に見えた。まだ、夢の中にいるのかもしれない。

再び目を凝らす。


少し高台のその家の窓から見える景色は、歩いて30分ほどの距離があるサマーズの海は乾いた赤い砂で覆われている。赤い砂が太陽の光にきらめいている。時々強く吹く風が赤い砂を吹き飛ばす。

窓のすぐ外に目をやると、コニータが丹念に手入れした小さな花壇は枯れ果て赤い砂が積もっている。いつも薄いピンクいろの花が風に揺れていたが、今は茶色の固い茎が、(昔はここに私は咲いていたんだ)と告げているいる。その庭から、通りに目をやると、風になぎ倒され、破けて色褪せたカラフルな大小のパラソルを広げた露店の残骸が続いている。大小のパラソルや露店露天を冷やかす客や、商品を見ていたはずの人々は幻のように消えている。以前はパラソルでさえぎられていた噴水は、水を噴き上げることは無い。虹を掲げることもない。子供たちの歓声も人々のざわめきの変わりに、淋しい風の音だけがスパンの耳に聞こえる。噴水の向こうはビーチに続く道があり、沿道には赤、紫、黄色、オレンジ、ピンク、様々な色彩に溢れた花は姿を消し、虫たちの姿も消えて久しい。そのビーチに続く道は荒れ果て、その先は公園の背の高い木や低い木は、もう枯れ枝だけを広げている。どこまでも続く赤い砂。空は風に舞う砂のせいか赤茶けて見える。最後に青い空を見たのはいつだっただろう。

すべてが、真っ赤な砂に埋もれようとしている。じきにこのあたりも砂に埋もれてしまうだろう。

青く澄んだ水も、藍々と茂っていた木々も、飲み込まれたのか、吸収されたのか、赤い砂はすべてを、そのサラサラとした体の中に飲み尽くそうとしている。

最近では最初から何も無かったのかもしれないと、現実と幻の境にで想い出たちは彷徨っていた。


「3年…か」

ぼんやりとした視線でスパンがつぶやく。イブの手がスパンの手をそっと握る。

「私、昨日のことのように覚えてるわ。」

そうつぶやくと、まつげを震わせた。スパンもイブの手を握り返す。互いに弱々しく、でもしっかりと握る。離れてしまうとそのまま2度とその手を掴むことができないようなそんな不安が互いの手のひらに伝わった。

「あれは、突然現れたわ。」

「…」

「ほうんとうに、突然に…」

イブは暗い目をして窓の外を眺めていた。



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