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桜の樹の物語  作者: kim
8/14

十月

コーノス・ウェイテラの物語

大学一年・十月 


 今日はヘスと一緒じゃないの?


 会うヒト会うヒトにそんなことを聞かれる。男女、学生も教授も。

 おかげで俺の会話量は以前に比べれば、格段に増えた。交友関係も、ペシタが羨むくらいに広がった。

 テストが近くなると、必ずといっていいほど俺のところにクラスメイトが集まってきた。


「それは友達って言わない!」

 ペシタにはそう呆れられたが、俺は正直嬉しかった。ヒトに頼られるということがこれまでなかったからだ。

 それに俺にとって試験は、他人を蹴落とす作業で、一緒に助け合いながら行う作業ではなかった。いろいろなヒトと話し合いながら、お互いを補い合いながら、難問を解いていくということがこんなに楽しいものだとは。


「そりゃ、ペシタも心配しますよ。どんだけの人生だったんですか。」

 呆れるようにルビが溜息をついた。


 夏の事件から二ヶ月が過ぎた頃、突然ルビから相談事を受けた。大学の図書館を使いたいから、口利きして欲しいとの事だった。

 大学図書館は一般にも開放している。

 とはいえ、大学関係者の人物証明が必要だったり、教会関係の聴講生としての身分証だったりが必要とされる。

 面倒な手続きは必要だが、神学教育の一環として王国が推奨しているのだ。

「助かりました。」

 大学図書館の玄関をくぐり、受付を済ませて終わり次第声をかけてもらえるよう、ルビに言った。こっちはこっちで定期試験も近かったこともあり、図書館内で自由にしてもらうことにしたのだ。


「おぉ、コナ来たか。おや? カノジョと待ち合わせじゃなかったのか?」

 一緒に試験勉強をする予定だった男友達が、きょろきょろと周辺を見回していた。

「あぁ、さっそく目的の書架へ行ってもらった。俺が試験だからと気を使ってくれたらしい。」

「はぁ? なんでだよ。女子高生だろ? 俺らに紹介しろよ。」

 どいつもこいつもカレシカノジョと頭の中ピンク色だな。

 なんて思いながら、俺は彼らを勉強のテーブルに促した。

「終わればそのうち来るから。まず、こっち終わらせよう。」

 それに男に対しての愛想は多分ないぞ。

 心の中で続けた。


「さて、では早速…」

 と教科書とノートを広げた矢先、コツコツとヒールが床を叩く音が図書館に反響する。

 どこのヒステリーだ?

 と横目にした俺の脇にルビが立っていた。

 予定より早い、どころかさっき別行動し始めたばかりだ。

 男どもが今にも歓声をあげようとするのを片手で制し、尋ねた。

「ルビ、どうした?」

 なぜか涙ぐんでいた。

「閉架に入れてくんなかった。」

「はぁ?」

 ルビの言ったことが最初理解できなかった。

「閉架って閉架図書のことか?」

 黙って肯く。

 そりゃ、無理だ。

 俺はさも当然のこととばかりに彼女を諭す。


 大学図書館には一般人が自由に閲覧できる開架図書と、許可申請が受理されたヒトしか閲覧が許されない閉架図書とがある。

 正直俺ら一学年の学生が閉架図書閲覧が許可されることすら、ほぼないのだ。


「閉架図書って、一体何を調べたくて来たんだよ。」

 俺は呆れ口調で言った。

 その開架閉架のシステムは、市立図書館や王立図書館だって同じ。学問を志すことのないヒトビトならまだしも、仮にも神官職を目指すルビが知らなかったわけでもあるまい。

「もしかして、お前わかってて忍び込もうとしたんじゃないのか。」

 だから格好もそんななのか。

 黒のパンツスーツに白のブラウスなんて、就職活動じゃないんだから、おかしい気がしてたんだ。

 許可も得ずもぐりこもうとして、当然叱責され。だから泣いている。

「場所を変えよう。」

 周囲が興味津々といった目線を俺らに向けていた。


 俺は慌てて彼女をつれ、図書館の二階に登る。

 一角に休憩スペースがあるからだ。それに二階は神学以外の、神大学とはあまり関係ない教科の書籍が並んでいるから、ヒトが少ない。

「ルビ。閉架図書が見たいなんて一度も言わなかったよな。」

 詰問する気はない。確認しただけだ。

 なのに、彼女は首をすくめて、俺のほうを見ようともしない。

「ふぅ…俺は役に立ってやれないよ、それじゃ。正直、俺自身に許可が下りないからという理由もある。

 だけど、それ以上にお前の目的がわからない。」


 閉架に入れない理由は多々ある。

 一般市民が使える王国各市の図書館の閉架図書であれば、単純に貴重本の保護のために許可制にせざる得ない。それだけだ。

 しかし、大学図書館と王立図書館の閉架図書はそれだけが理由ではない。確かに親子三代金を稼がずとも暮らしていけるくらいの価値がある高級本も存在するらしい。

 それ以上に、王国関連本が多いというのが理由だ。秘密保持のため。王国の暗部が書き連ねられた書籍が数多く存在するのだ。

 当然、何かしらの情報を得たことが知られれば、どこぞやの組織から追われる可能性だってある。

 たとえ、見ていないと言い訳したところで、許されることはないだろう。過去に頭の中だけを抜かれた連続殺人だって起こっているのだ。

 また、閉架図書の空間があまりに広く、過去に智に魅せられた行方不明者が続出したから。

 そんな真偽が怪しまれるような話もある。


 俺の説得が通じているのか、不安になる。

 泣いているような、怒っているような表情のままうつむくルビから、納得といった様子は見られない。

「どうしたの?」

「ヘスか。」

 おそらく下の友人に聞いたのだろう。

 特に突っ返すことはせず、一緒に話を続ける。

「だいたい事情はわかった。僕が何とかするよ。」

 ルビが「本当?」と表情を変えた。文句を言おうとした俺を無言で制した。

「ただ僕でも許可は出ないと思うから、先生に頼むことになるけど大丈夫?」

 不安げに肯くルビをその場に残し、俺についてくるように言った。素直に従い、一度中庭に出る。

「どうすんだ?」

「多分だけど、生命神殿に住み着いているアレの話だろうと思うんだ。」

「俺もそれは考えた。」

 だからこそ下手なニンゲンに頼めないんじゃないのか?

 俺の疑問をさとったのだろう。ヘスはポケットからテレパスを出して、誰かと話していた。テルが終わるのを待って、俺はヘスに尋ねた。

「シータか?」

「いや、彼女でも閉架に入るのはムリ。身内に王立図書館のコネがある。」

 確かに光明神殿の大司教だ。だったら、許可は出るだろう。


 テルから十分そこらでそのヒトは現れた。

 まるでキャンパス内に待機していたかのようなスピードじゃないか?

「ヘスゥ…父親をパシリに使うとはいいご身分じゃないか。」

 眠そうな顔で現れたのは光明神大司教ではなかった。なんかの薬品で薄汚れた白衣を着た男性。銀縁のメガネをとっかえれば、ヘスとおんなじ顔だ。

「さすがに孫の私用に顔出せるほど、大司教様は暇じゃないよ。」

「僕だってそんなに暇じゃないんだけどなぁ。」

 あからさまに不満げな顔をしているこの男性は…

「ヘス、どちら様?」

「あぁ、僕の父親。光明神殿からは破門されているし、祖父からは親子の縁を切られているけど、王国にはコネがある。そんなヒト。」

 仲がいいのかわからない紹介をされて、さらにいっそう不満げだ。俺は曖昧に笑みながら、その男性に頭を下げた。

「父さんは今からここの教授ね。その娘はここの学生じゃないから、顔知らないだろうし。うまくだまして、その娘から情報も引き出して欲しい。」

「ムチャぶり。」

「そんなの承知の上。」

 そんな会話の後、少しだけ大学教授っぽく体裁を整えた。とはいえ、白衣を脱いでもらい、ヘスのスレートグレーのジャケットを着せなおしただけだが。かすりの入った石版みたいな灰色がマッドサイエンティストにしか見えなかった男性を、驚くくらい立派な大学教授に仕立て上げた。

 マッドサイエンティストは失礼か。あ、ツッカケとローファー取り替えろ。

 戸惑う図書館司書からお偉いさんに連絡をつけてもらい、訝しげに出てきたお偉いさんにこっそり名前を告げるとあっさり許可が出た。

「あとその娘、ルービスさんに危害が及ばないように細心の注意を払うこと。」

 どっちが父親かわからなくなるような会話を済ませて、ルビと一緒に閉架に消えた。


 閉架図書は時空を越えた迷路だ。なんてウワサもあるが。

「大丈夫なのか?」

「何が?」

 父ならだいじょうぶ、とこともなげにタバコをふかすヘスが知らないニンゲンに見えた。

「なぁ、どうしてこんなリスクを犯す? できなければ断ればいいじゃないか。」

「そうなんだけど…」

 言い淀む。

 とりあえず別方向から話を引き出すか。

「ヘスの父はいったいどこから登場した?」

「ん?

 あぁ、父さんの職場って、王国各市のどこかには通じてるから。カラトンだったら、光明神殿と大学図書館。それから、どこだっけかな。

 とにかくそんな理由で即召喚できる都合のいい使い魔なの。」

 なるほど。〈空間転移〉の魔法システムか。金持ち神殿はやることが違う。

「だからといって、ホイホイ息子の呼びかけに応じるものなのか?」

「今回はネタでつった…あ…」

 人を散々素直で真面目で、なんて言ってくれたけど、ヘスも似たり寄ったりだな。

 観念したようにうつむいた。

「隠し事はするなよ。」


「あのさ。俺って善人だと思う?」

「唐突に何を?」

 真面目な顔して俺をまっすぐに見た。

 父親の白衣を羽織った男はやっぱり狂者に見えた。薄青のギンガムチェックシャツとチャコールグレーのスラックスというキレイめな服が白衣からのぞいているから、かろうじてヘスであることを認識できる。

 そんな感じでしかない。

「そうだな…善人だと思っていた。ただ、今日のお前は腹黒い気がする。」

 正直だね、とヘスが苦笑した。


「夏の事件は妹さんから説明受けたか?

 アレと、それから去年の冬の事件知ってるだろ?」

「ルビのいる生命神殿の失踪事件だよな。父親の自殺ということで、ルビからは聞いているが。」

「それに疑惑が浮上している。」

 俺は驚きで大声を上げそうになった。

 喫煙所は分煙のため隔離されているから、外に話し声が漏れることはない。それでも俺は周囲を確認してしまう。

「そんな…誰がそんなことを…」

「僕。」

 言葉を失う。

「はぁ?」

「正確に言えば、僕と父とシータ。

 だからわざわざ呼んだの。」

 なんと言っていいのか、わからずにパクパクと口元だけが動いた。

 ヘスの苦笑いが悪人の嘲笑に見えた。

「お前らに何の権限があるんだ。」

「ないよ。そんなもの。」

「だったらなぜ!」

 ルビはようやく父親の死というショックから立ち直ったんだ。それをなぜ、公的機関でもなし、本人からの依頼でもなし、そんな奴らが蒸し返すんだ。

「理解に苦しむ。」

「理解しろなんて言わないよ。コナを巻き込むつもりはないから。たまたまコナがルービスの知り合いだって知ったから、利用しただけ。」

 なんだよ、それ…

「悪い。俺は冷静に考えられない。」

「だろうね。ただ、ルービスには俺らのことを言わないで欲しいんだけど、それもムリか?」

 ヘスを信じられない、のか?

 いや、何か事情があるはずだ。中学生のときの記憶を呼び戻す。


 王国を敵に回してでもヘスは自分の正義で動いていた。

 初めてその話をしたとき、ヘスには興味本位で手伝ったと話した。しかし、半分ウソだ。俺はヘスの正義を信じて、いても立ってもいられずこの街から首都まで走ったのだ。

 そんな自分と再会したとき彼は「嬉しかった」と言ってくれた。


「俺はお前の正義を信じていいのか?」

「正義かぁ…正義かどうかは結果と他人の評価だからなんとも…」

「…わかった。好きにしろ。俺は俺の正義でお前らのやることを見守ろう。

 ただしこれだけは言っておく。」

 ヘスを見下ろすように睨みつけた。拳をその胸元に突きつけた。

 ヘスはたじろぐことも、目をそらすこともなかった。

「ルビを守る。あれが傷つくようなことはしない。

 夏の事件も、と言ったな。だったら、ペシタもだ。」

「了解。」

 少し淋しげに見えたのは、俺が自意識過剰なだけだろうか。

 だからというわけではないが、言葉を付け加えた。

「それと、お前とも今までどおりの付き合いを続けたい。

 この二つの両立は可能だと思うか?」

 驚いた表情を見せた。そして、崩れた苦笑を浮かべた。

 その顔を見て、ようやく気づいた。こいつなりに覚悟を持って俺に話したのだ、ということ。

「わから…いや、ありがとう。」

 小声でヘスは言ってうつむいた。頭を下げたのか、顔を見られたくなかったのか。

 俺は多少なりとも理解した。理解する努力をしようと思えた。

「いつでもいい。話せるところまでは、話せ。

 俺はルビが不利になる話はお前にしないと思う。

 だが、抱え込むなよ。」

「了解。」

 そこまで話したところで、ルビとヘスの父親が一緒に歩いてくるのが見えた。


 それで、ふと思い出した。

「なぁ、ヘス。」

「ん、どうした?

 って、なんで顔赤らめてんだ。」

 これまでの自分なら慌てふためいて黙り込んだことだろう。


「お前の妹にもう一度逢えないか?」


「はぁ?」

 意味が通じないのか?

 二人が到着する前にきちんと伝えなければ。

「ディルサと言ったよな。彼女に逢いたいんだ。」

「へ? えっと…それって…」

 ヘスの動揺する姿を初めて見た。

 俺が言葉にする前に二人が到着してしまう。


 仕方なく俺はヘスの父親にお礼を言って、ルビを連れ立って図書館を出た。

「あのヒトと何を話してたの?」

「ヘスか? たいした話はしていないよ。

 試験のこととか、友人たちの愚痴とかだ。

 で、そっちの方は調べ物は無事済んだのか?」

 ルビは曖昧に肯いた。

「もし、必要だったら、またあいつに頼んでやるよ。

 受験勉強も大変だろうし、お前も抱え込むなよ。」

「も?」

「あぁ、お前は、というべきか…やっぱり、お前も、だな。」

 不思議そうに横目に俺を見上げていた。

「コナ先輩、なんだかずいぶんハレバレした顔してますね。めずらし。」

「そうか?」


 誰もが何かしら心に抱えながら生きてるんだ。


 そう思うと、今までの俺が小さく思えた。

 別段、傷をなめ合うつもりはない。悩みを抱えた存在を知って、安堵するつもりはない。


「一つ訊いていいか?」

「何?」

「ルビの神殿に住み着いてる男はいつからいるんだ?」

 ルビの全身が固まるのがわかった。

「言えない。言いたくないです。

 ごめんなさい。ペシタの件もあるから気になるんですよね。

 でも、ごめんなさい。言いたくない。」

「そっか。わかった。言いたくないならそれでいい。

 ただ、言えるときがきたら言って欲しい。

 俺はルビの味方になる。ペシタのことも守りたいと思っている。」

 いいの?

 怯えた瞳が俺を見つめた。

「妹には毛嫌いされてるみたいだがな。それでも妹だ。」

 フルフルと頭を振っているのは、一応俺に気を使ってのことだろう。

 そこからは無言だった。


 両脇に咲いた秋桜が涼やかな秋風に揺れていた。

 俺は立ち止まり、しばしその景色を眺めた。

「誰もがこんな風に揺れてんだろうな。頼りなく。

 でも、周りの花が少しでも風を和らげているから、立っていられる。こんなにきれいに咲いていられる。」

「コナ先輩って、そんな詩人でしたっけ?」

 馬鹿にするな。

 つい口に出してしまった。苦笑する。

「ヘスの影響かな。」

「あのヒトの? なんで?」

「あいつ、文芸サークルにも入ってるんだ。たまに背筋が寒くなるような詩を聞かされるから。」

 ようやくルビが笑った。秋桜のように肩を揺らして。


「わたし、受験がんばるね。

 コナ先輩の後を追っかけて、ヘスさんの詩をコナ先輩と一緒に聞くわ。」

「そういえば、お前も物書きを夢見てんだよな。

 よし。よろしく頼む。

 少なくとも俺みたいなムサイ男が、ヘスみたいなヤサ男にサムい詩を聞かされている構図より、お前が聞いてくれたほうがよっぽど絵になるしな。」

 目を潤ませてまで爆笑するルビが、このままでいてくれればと心から願った。

 その気持ちを忘れないように、この景色をきちんと覚えておこう。


 秋桜の花を一つ一つ。

 それぞれが違うものを見て、違うことを思っていたとしても、隣に寄り添っている限りは倒れることはない。

 そう祈って。


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