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桜の樹の物語  作者: kim
5/14

七月

ルービスの物語

高校三年・七月

 

 世の中はどんどん進歩していく。

 わたしはストラップをつまんで、プラプラと手のひらより少し大きいくらいの薄い長方形を眺めた。


 テレパスと呼ばれる長距離伝達器具。

 クラスの大半が持っているからとわたしも持たされた。

 その初期費用や月額料金がどこから捻出されているのかは問わなかった。


 テレパスとは〈伝心〉の魔法を応用し汎用化された道具で、言語内容を声の届かない場所にいるヒトへ直接に伝達できる魔道具だ。

 同時に〈翻訳〉の魔法も付加されている上位機種なら、王国の外でもそれぞれの種族語で翻訳なしに会話ができる。

 ちなみに王国内においては、王国全域に同魔法がかかっているから、その機能は必要ない。

 もちろん相手方も同様のテレパスツールを持っているのが前提ではあるが、世の中のヒトビトの通信時間と方法がそれによって画期的な進歩を遂げた。


 その分、淋しくなる。

 わたしのアドレス帳に登録されている名前があまりに少数だからなのだが、これが機能を発揮することはほとんどない。

 履歴をしめるのは、これを用意してくれた居候が送ってくる居場所確認と公会議の定期連絡。

 たまにウェイテラ兄の近況報告と妹の部活の報告。

 ごく稀に、信者さんがお祈りの日の確認とか、相談事をしてくる程度だ。


「とは言え、勉強中のわたしには迷惑でしかないんだけどね。」

 悔し紛れに呟いた。


 毎日、着信画面を確認してしまう自分がすごく嫌いだ。

 勉強に集中しようとテレパスをベッドに放り投げ、再度机に向かった。


 青空に白い雲。

 空を見上げる小さなウサギ。

 そんな絵が描かれた薄い直方体。


 裏側を向いてたから、画面を表にして置きなおす。

 待ち受け画面は先月撮ったアジサイのままだ。そろそろ、外は色あせてきたから、変えようかな。


「あれ?」

 窓の外、なぜか今でも咲き続ける桜の樹の下で、ウチの居候がなにか話していた。

 ヒトリ言か周囲にダレかいるのか、と身を隠しながら確認してみたら、テレパスでしゃべっているようだ。

 あいつにもダレかからテルが来るのかと思ったら、悔しいやら腹ただしいやら、やけにイラついた。


「んー。でも、あまりいい雰囲気ではなさそうだな。」

 ムダに好奇心がわき上がる。


 テルの相手は神殿の正門前にいるヒトじゃないだろうか。

 あの距離なら直接話せばいいのに。

 遠くてよく見えないが、おそらく女性。この暑い日に頭をすっぽり帽子で覆っている。襟元にピンク色が見えたから、髪色を隠したいのかもしれない。


 案の定、ウチの居候が門を出て、その人影と立ち話をはじめた。

 その背の大小から判断するに、アレはやっぱり女性だ。

「逢引かよ。ホントむかつく。」

 わたしは悪態をついて、二人の後姿を見送った。


 生命神は金のない弱小神だから、神殿の規模自体は小さい。

 ただ、わたしの生活する部屋が神殿に併設する鐘楼の途中という高いトコにあるから、彼らの姿はずいぶん先に行っても見つけることができた。

「嫌がらせでもしてやろうか。」

 鏡で見たら我ながらうんざりするだろう笑みを浮かべつつ、わたしはテレパスを手に取った。


 とたん、コールが鳴った。この着信メロディはコナ先輩だ。

 いつぞや二人っきりで音楽室で練習したときに、こっそり録音した先輩のフルート独奏。


「もしもし。」

「いきなりすまん。今、ヒマか?」

「受験生にヒマあるわけないじゃん。」

 不機嫌にわたしは即答する。

 しばし沈黙。コナ先輩とのテルはだいたいこのパターンだ。

 慣れてるはずなんだけど、今日はダメだった。

「ヒマじゃないけど、ヒマです。」

「なんだ、それ?」

「勉強しようと思ったんですけど、集中できなくて。」

 テル越しに届く「そっか」と短く低音。少しだけ安心する。「で?」と一言で尋ねる。

「街に出てこれないか?」

「なんでまた。っていうかコナ先輩が街ってめずらしくないですか?」

 きっと仏頂面してるか、泡食った顔をしているに違いない。


 コナ先輩は、自分で処理できないことがあると必ず、わたしのとこに現れる。

 お互いがテレパスを持っていなかったころは、わたしの都合お構いナシに、直接神殿に現れるからすごく迷惑だったな。


 再び沈黙。

「行ってもいいですけど、今から準備したらけっこうかかりますよ。」

 まだ、昼まで一時間以上ある。シャワー浴びてからでもじゅうぶん間に合うだろう。

「了解だ。もう一つお願いがあるんだが、いいか?」

「ダメって言っても、怒るくせに。」

 やっぱり苦手だ。テレパスは表情が見えないから。沈黙がたまに怖くなる。小さく溜息をついた。

「で、なんですか。お願いって。」

「ハープを持ってきて欲しいんだ。」

「うわ! メンドくさ。あれ、けっこう重いんですよ。知ってます?」

 すまん。頼む。と再度低音。やっぱり強引だ。あたしはしぶしぶながら、了承してテレパスを切った。急いで準備を始める。


 女の準備って長いよな。

 いつぞや先輩にぼやかれた。

 わたしは全速力でシャワーを浴びて、ドライヤーをかけて、服を選んで、鏡の前で髪と服を整えた。あわせ部分にフリルのついた白のブラウスに赤紺チェックのフレアスカート。同系色のキャスケット。

 薄化粧してみたけど、どうせあの朴念仁には伝わらないのだろうが。


 ちょうど乗合馬車が来た。間に合った。木製のイスに腰掛け、ほぅと大きく吐息をついた。馬車の窓から一組の男女が見えた。北のほうからふらふらと歩いていた。

 あの女のヒト、どっかで見たな。

 パッチリした瞳。

 どこでだっけ?

 にしても、なんでだろう。遠目には仲良く肩を組んでいるように見えたのだが、近づくにつれ、すごい真剣な顔でカレシの体を支えているみたいだった。


 そんな疑問も、ぼんやりと眺める窓の外を通りすぎていく景色といっしょに消えていく。

 街に近づくにつれて徐々に景色が変わっていく。

 あの樹は桜、林檎。今は花を落とした菜の花や蕎麦の花。カキツバタも終わった。アジサイは薄紫にしおれてきていた。

 それから、ただの草原だったり、果樹園だったり、田畑だったりがパノラマのように移り変わり、農地管理の家がだんだんと増えていった。

 西の入場門で形ばかりのチェックを受けたあと、荘厳な光明神ラ・ザ・フォー神殿を右手に街の大通りを馬車は駆けていった。


 家を出て十五分で街の中心部のターミナルに到着する。

「腰イタ…メチャ暑い…楽器が重い。」

 降りるなりわたしはぼやく。月に数度来るか来ないかの街中心部は、つくづくわたしと不似合いだと思う。すれ違うヒトが無遠慮にわたしを見る。反射的にうつむいてしまう。


 わたしは足早に約束の場所へと向かった。

「コナ先輩ですか? 街に着きました。

 どこ行けばいいですか?」

 途中、テルして場所を確認する。

 指定場所はメインストリートが交差する角のファーストフード店。

 よりによって街の真っ只中かい。高校のヒトに会わなきゃいいなと神様に祈る。


「ルビ、こっち!」

 二階の一番奥にコナ先輩がいた。わたしは半分まで近づいたところで、足を止めた。

 こっち向いて座っているコナ先輩が、首をかしげながらわたしを手招く。心臓が高鳴る。

 ずり落ちかけたメガネを直して、もう一度確認した。

「受験生を呼び出してすまん。」

 頭を下げるコナ先輩。


 向かいの女のヒトはダレだ?


 テーブルの直前で再度立ち止まったわたしを女のヒトが見上げた。口にストローをくわえたまま。

「あ、こんにちわー」

 変にもごもごした甲高い声が気に障る。

 コナ先輩が腰をずらして、隣を指差す。わたしは相好を崩さぬまま、腰を下ろした。

「ルビ、こちらの女性がディルサさんだ。で、こっちがさっき話してたルービス。吹奏楽部の後輩。」

「よろしくー」

 ピラピラと手のひらを振られた。

 わたしは無言で小さく会釈した。なんとなく頭上にコナ先輩の咎める目線を感じて、余計に縮こまった。

「ムリ言って、ごめんね。あ、あたし、なんか買ってくるわ。ルービスさん、なにがいい?」

 わたしは慌てて首を振り、立ち上がろうとした。なのに、なんとも俊敏にそれを制された。

「いーの。あたしが呼び出してもらったんだから、オゴリ。コナは?」

「悪いな。俺はアイスコーヒー。

 それから、ルビはいつものキャラメルマキアートでいいのか?

 冷たいのでいいんだよな?」

 わたしはまたうつむいて、小さく肯いた。

「了解。じゃ、ちと待っててね。」


 軽快な動作でディルサさんは階下に駆け降りていった。

 それを上目遣いで見送り、隣のオトコを睨んだ。しょざいなさげに真っ赤なポロシャツの襟を正していた。

 しかもホワイトジーンズなんて、わたしと逢うときにはいたことないだろ。

「…聞いてない…」

「そりゃまぁ、言ってないから。」

 いつから先輩はイジワルくなった? 大学の友人どもか?

「こないだ話した俺の想いビトだ。」

 さらに追い討ちをかける。


「わたしに関係ないし。」

「え? あぁ、関係ないな。

 もっともその話はどうでもいい。今日来てもらったのは、楽器の話なんだよ。」

 コナ先輩はそう言って、重い思いして持ってきたハープを箱から取り出した。

「別に変哲もない竪琴だよな。」

「アタリマエです。これは…」

 ふと、わたしはそこで話を止めた。不思議そうに竪琴を眺めている先輩は、わたしの変化に気づいていない。


 わたしはとんでもなく重大なことに気づいた。なぜ、いまさら?


「お待たせ。あ、それが例のハープ?」

 コナ先輩の前にアイスコーヒー、わたしの前にアイスキャラメルマキアートを置いて、ハープを覗きこんだ。

 すごくやせっぽちな体がわたしに迫る。

 メガネの上縁ぎりぎりに見えた顔は、切れ長の目をばっちりメイクされていて、しゅんと伸びた鼻筋の下の薄く小さな唇は桜色だった。

「わーぁ! ごめんルビ!」

 ダレがそう呼んでいいと言った、と皮肉の一つでも言えればすっきりするのかもしれない。現実のわたしは、愛想笑いを浮かべてドリンクのお礼を口にするのがやっとだった。

「どうぞ。外、暑かったもんねぇ。おなか空いたら言ってね。あたし、買ってくるわ。」

 そう元気に言っているディルサさんは、ホットコーヒーだった。湯気が暑苦しいなと、ストローで勢いよくドリンクを飲みながら、思う。


「あの…このハープがどうかしたのですか?」

 持ってきた以上訊かないわけにはいかない。例え過去を晒すことになっても。

 わたしは、だから動揺したのだ。


「吹奏楽部って、ハープって使うものなの?」

 ディルサさんの問いに、フルフルと首を横に振った。

「だよねぇ。あまり聞かないもん。」

「普段は木琴、鉄琴とか、鍵盤を担当してるんだ。ピアノはプロ並だ。」

 先輩がいらぬフォローを入れてくれた。必死に否定するわたしに、まぁまぁとディルサさんがなだめる仕草をした。

「じゃあ、ハープっていつからやってんの?」

 ドキリ!

「えっと…その…えっと…」

 言葉に詰まる。顔を見合わせる二人の視線が怪訝そうに集まる。何も答えられなかった。


 わたしはこれをいつどこで手に入れたか覚えていない… 


「ごめん、ごめん。覚えてないならいいよ。

 べつに取調べじゃないんだから、そんなコマった顔されたら、あたしがイジめてるみたいだわ。」

 ほっと安堵した反面、猛烈な不安に襲われた。


「写真とってもいい?」

 わたしが無言で肯くと、かばんからテレパスを取り出して、数枚写真を撮った。ずいぶんと高機能なテレパスを持ってるな、と動揺を抑えこむように、別なことを考えてみる。

〈転写〉魔法付のテレパスなんて、かなりの贅沢品だ。

 しかも、キラキラした色砂を固めたデコなんて、すごくおしゃれ。ヘン顔の犬がドカンとついた長袖Tシャツとやたらギャップがあるけど。

 あらためて見ると細いヒトだ。たぶんこのヒトのはいてるスキニージーンズは、わたしにははけない。


 画像をダレかに送ったようだ。わたしはわけもなく、また不安に襲われた。

「ごめんね。ありがとう。」

 気を使ってくれたわけではないと思うのだが、そのあとは、ホントに世間話だった。


 吹奏楽部のことを訊かれて一言二言答えてみたり、受験がどうとか、コナ先輩の大学生活とか。だんだんとわたしの口数も増えてきた。

 カノジョできたの、なんて訊かれて泡食ってる様子を見ると、先輩はまだコクってないらしい。


「ルビ、ようやく笑った。」

「へ?」

 突然そんなコト言われて、間抜けな返事を返してしまった。

「ヒト見知りって聞いてたから、どうにかして笑わせようとがんばったのよ、あたし。それなのに途中で泣かせちゃうし、もうどうしようかとあせったぁ。」

「泣いてないです!」

 ヤバ、ペースに巻き込まれた。きっと顔が赤い。咄嗟に窓に視線をそらす。横目に見えたニヤニヤ笑いが悔しい。でも、イヤな気はしない。視線の先には、ケーキ屋さん。


「あーっ!」

 ひらめいた。突然叫びだしたものだから、コナ先輩がびっくりしてわたしを見た。

 わたしは馬車で見た二人の話を身振り手振りで話す。

 二人は笑顔でわたしの話を聞いていた。ナニやってるヒトたちなんだろう、なんて話から、ディルサさんの勤める雑貨屋さんの話や独占販売している絵描きさんの話に話題が変わっていく。

 さらに、画材の薀蓄とか販売のプロになるための資格の話とか。

 わたしの興味が尽きない。ほとんど、ディルサさんの話で時が過ぎていく。

 一年しか歳が違わないのに、わたしがどれだけ狭い世界にいるかを思い知らされる。


「くそー。

 なごりオシいけど、時間ギレだわ。」

 気がついたら、窓の外は暗くなっていた。

 わたしもディルサさんとの話に夢中になって気づかなかった。がっかりしている自分自身に苦笑した。


 店を出たわたしたちを男性が見つけ歩み寄ってきた。

 長髪のメガネ男子。Vネックの白シャツに濃紺のチノパン。無造作に羽織った同色のカーディガンが初夏の風に揺らめいていた。

 どっかで見かけたな、このイケメン。

「おう、ヘス。」

 右手に挟んでいたタバコをくわえ、ポンとコナ先輩とハイタッチする。

 あぁ、大学の友人どもの一人か。

 また、モヤモヤした。苛立ちはないけど。

「終わった?」

「うん。出迎えご苦労。」

 ディルサさんもタバコに火をつけた。

 あそこ、禁煙席じゃなかった。でも、わたしが来てからは一本も吸ってない。


「さようなら。今日は楽しかったです。」

「うん。あたしも。

 また、そのうちお茶のみしよ。ほんじゃ、またね。」 

 わたしが頭を下げると、ひらひらと手のひらをふって、ヘスと呼ばれたメガネ男子と大通りの並木道を歩いていってしまった。

 くわえタバコで何事か話しながら。


「絵になるなぁ。」

 タバコがカッコいいオトナ。って憬れてしまうほどコドモではないつもりだが、あんなカッコいいオトナになりたいとは思う。


「今日はありがとうな。」

 帰りの馬車の中、コナ先輩が言った。

 わたしは今日何度目かの否定の仕草を見せる。呼び出されたときは、そして待ち合わせ場所でディルサさんに会ったときは、本気で帰ろうと思ったけど。

「最後に会ったメガネ男子がディルサさんのカレシ?」

 一瞬コナ先輩が慌てた。しかし、わたしのいじわるな微笑みに苦笑して答えた。

「兄だ。ルビの言うメガネ男子が、妹だ、ってやたら強調してたよ。」


「そうなんですね。よかった。

 今日はホントに楽しかったです。

 いいヒトですね、ディルサさん。わたし、応援します。」

 びっくりしたように見つめられた。わたしは満面の笑みでその視線を受け止めた。

「わたしも大学受かったら、好きなヒト探そうっと。」

 最後の最後で気づいたのだ。このモヤモヤした気持ちが何なのか。


 わたしはコナ先輩に、自分勝手なお仲間意識を持っていた。

 先輩はわたしをオイテケボリにして変化していった。

 ヒトの変化なんてアタリマエのことなのに、わたしはそれが許せなかっただけなのだ。と。


 十把一絡げに見えるアジサイですら、咲き時も枯れ時も花一つ一つ違うというのに。

 似たもの同士のカレに自分を写すのはもうやめだ。

 わたしは戒めとしてアジサイを待ち受け画面に残した。


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