姉
私は双子だった。
物心がついたころ、もう私の役目は決まっていた。
嫌ではなかった。
そんな気持ちが生まれてこないほど私にとってそれは自然だった。
初めて姉を恥じたのは中学に入ってすぐの事だった。
「汚な、近づくな、うつる」
初めて姉が普通でないのだと実感し、俯き顔を伏せた。
私は小さな田舎町で生まれた。
幼稚園からエスカレーター式に入学した小学校は1クラスしかなく31人だけだった。
ずっと同じ顔ぶれだった。
幼稚園から一緒だった姉の存在は、当たり前のように全ての生徒に受け入れられていた。
姉を助け、手を差し伸べることが美徳であるように、姉は特別大事にされていた。
私の役目は姉を学校へ連れて行き、連れて帰る事だった。
姉は私がいなければ学校から帰れなかった。
手をつなぎ一緒に帰ってあげることが、私の役目だった。
幼稚園から小学校まで八年間、一度もかかさなかった。
嫌ではなかった。
あの日、中学校の入学式の後、姉はいじめられていた。
私はその現状を逃避したいがために下をむいた。
男子生徒が姉に言葉をぶつけては逃げた。
姉は、それが何か分かっていなかった。
今まで経験がなかった。
姉は「待って、待って」と鬼ごっこの鬼になったつもりで彼らを追いかけていた。
私は下を向いてそれが終わるのを待った。
私はそれが何か分かっていた。
姉はいじめに合っている。
その日もう一つ初めての事をした。
姉を家まで連れて帰る役割を果たさなかった。
一緒にいる所を見られたくなかった。
いつものように手を繋ごうとする姉の手を振り払って走った。
姉と適度な距離が空くまで走った。
姉を後ろに離してから歩いた。
自転車で追い抜く生徒の様子を気にした。
「有ちゃん、待って」
後ろから姉の声と走る足音が聞こえた。
振り向かず、また走った。
適度な距離が空いた事を確認するとまた歩いた。
姉を全く振り切り、放って帰ることは出来なかった。
家のそばまで歩いて、生徒が見当たらない場所までくると手を繋いだ。
姉はいつもの調子だった。
母に姉はいじめにあうだろうと話した。
話を聞いて母は言った。
「いじめっ子のした事と有のした事、どこが違うの」
私は姉を恥じ、いじめたのだと知らされた。
部屋に戻った私に、姉がいつものように宝箱をみせた。
毎日姉は宝物を私に見せた。
一つ一つ、自慢げに得意げに見せた。
今日は新しいものがあった。
新しい宝物が見つかった日は嬉しそうにした。
姉は分かってなかった。
私は泣いた。
姉は長く生きれないと聞かされていた。
高校3年の冬、亡くなった。
母は、姉に無事に産まなかった事を謝った。
私は、姉に無事に生まれる事を妨げた事を謝った。
受験シーズンだしみんな葬式に来れないだろうと母に伝えた。
葬式で、見た顔がいた。
31人の同級生だった。
他にも私の知らない友人が沢山いた。
姉は大勢に惜しまれる人間だった。
嬉しくて泣いた。
家族にとって姉の存在は大きかった。
姉は無邪気で素直に面倒をかける幼児そのものだった。
全ての人に甘え、わがままをいう、そんな姉だった。
母にとって姉は赤ちゃんだった。
姉の面倒を見るのは母の生きがいだった。
姉がいない空虚感に絶えていた。
姉のいない食卓がこんなに静かなものかと戸惑った。
何一つ不自由なく食事が始まり終わった。
私に姉の変わりはできなかった。
姉がいつも見せてくれた宝箱をみると泣けた。
私は逃げるように県外の大学へ行った。
姉の残像を見なくて済むようにしたかった。
友人には一人っ子だと伝えた。
出来るだけ姉の事を思い出さなくていいようにしたかった。
何十年も経った。
思いは時に叶わなかった。
それでも、姉を永遠に思い続けた。
姉の残したものは大きかった。
永久に思い、思わぬ日はない。